第14話 変わりゆく関係と矜恃
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
8月。憎たらしいほどの晴天が続き、報道番組では気象予報士が『命に関わる暑さ』と笑えない脅しを掛けてくるほどの炎天下の中。社員たちは今日もいつもの様に駆け回っている。
「戻りましたー。」
「お疲れ様です。ただ今戻りました。」
馬とナマエがそんな命の危険から脱してきたようだ。
「あぁ。どうだった。」
「はい。滞りなく。年度末までは一先ず契約続行で纏まりました。あとは…」
「ナマエさーん!自販機行ってきますけどアイスティーでいいんでしたっけ?」
馬が入り口付近からナマエに声掛ける。声がデケェ。
「ちょっと!声が大きいよ!今課長に報告してるところだから!えっと…レモンで!
あ、すみません課長。それで…」
お前の声も十分デケェ。と思いつつも報告を聞いた後、ナマエはデスクに戻っていった。
自席に着いたナマエはクリアファイルで首元を仰ぎながら書類の確認をしている。こいつは外面がいいのでこういった行儀の悪い事は比較的しねぇ奴だ。外はそれほどの暑さという事らしい。
マネジメント業務がメインで内勤が多くなった今、暑そうに外回りをしている奴らに罪悪感を感じなくもない。少しだが。
「はい、ナマエさん。アイスレモンティー。今ならキンキンっすよ。」
馬が戻ってきたらしい。ナマエの頬に缶を当てながら自分の缶コーヒーのプルタブを片手で空けている。
「わ!冷た!ありがとう!…じゃなくて!入り口からあんな大声で言わなくてもよかったでしょ?」
「何いってんすか。『今すぐ冷たいの飲まないと死ぬー』っつってたのは誰ですか。だから死んじまう前に急いで買ってきてやったのに。」
俺たちのチームのデスクとナマエたちのデスクは目と鼻の先で。小声で話しているつもりの様だが丸聞こえだ。
「それに。芸能人限定しりとりで負けた方がジュース奢りって。俺がテレビあんま見ねぇの知ってて仕掛けたでしょ。大人気ねぇっすよ。」
「うるさいな。ノってきたのはキルシュタインくんだからね。」
「じゃあ今度は政治家限定しりとりで勝負ですね。」
「そんなの無理に決まってんじゃん!」
何やってんだコイツら。ガキか。
お互い喉を潤しながらも軽口を言い合っている。
最近こういった光景をよく見かける様になった。馬が砕けた口調でナマエに話す。良く言えばフレンドリー、悪く言えばクソ生意気に。ナマエはナマエでそれに軽口で答える。今までならありえない光景だった。
先月のあの件か。あれ以降こいつらはあまり言葉をオブラートに包む事をしなくなった。ナマエの得意技でもある、見えない壁が薄くなりつつあるようだ。パートナーとして仕事をしていく上で信頼関係は必須だ。いい傾向なんだろう。パートナーとしては。
「はいっ!飲んだら仕事するよ!まだまだ溜まってるのがあるんだからね!」
「ヘイヘイ。」
「こら!言い方!」
そう言いながらも各々仕事モードに切り替えた様だ。俺も手元の資料に目を落とした。言っておくが、聞き耳を立てていたわけではない。勝手に耳に入ってきていただけだ。
黙々と作業を続ける。稟議書やら報告書、いつまで経っても減る気配がない。空調の効いたオフィスでのデスクワークは外勤の奴らからしたら確かに天国だろう。しかし、硬い椅子に長時間座りブルーライトに目を晒し続けるこの時間はある意味地獄だ。思わず目頭を押さえてしまう。
「ねぇ、午前の案件だけどさ、キルシュタインくんはほんとにあれでよかったの?」
「いいと思ったから提案したんすけどね。こっちの利益は多少落ちますけど。長いスパンで考えれば悪くない話だと思いますよ。」
さっきも言ったが、アイツらの会話はほぼ筒抜けだ。午前中の商談について話しているらしい。
ナマエからの報告によれば相手方の予算の問題もあり、最初は3ヶ月ならという話だったらしい。それでもこちらにはデメリットは無かったが。それを、単価を下げることで相手方の負担を減らす代わりに、今後もウチとの契約を継続しないかと投げ掛けたらしい。それを提案したのはまさかの馬の方だったそうだ。
「私も同じ事を考えてたけど。キルシュタインくんなら反対するかもなって思ってたの。」
「じゃあ俺の勘も中々っつーことっすかね?ナマエさんならどうするかって考えての提案でしたから。それにナマエさんはあの会社とは切れない方がいいと思ったんでしょ?ナマエさんのそういう勘、俺は結構信頼してるんで。」
ナマエは「そっか。」と一言呟いただけだがその声色はどこか嬉しそうにも聞こえる。
「すみませんリヴァイ課長。捺印をお願いします!」
あいつらの話に耳を傾けている合間にやってきたのはコニーとサシャだ。あぁと返事をして持ってきた書類に目を通す。
「なぁサシャ。ジャンってあんな感じだったか?」
「なんですか?あんな感じってどんな感じですか。」
コソコソと話してはいるが、どいつもこいつも。だから、丸聞こえだ。
こいつらもナマエたちの会話を聞いていたらしい。
「元々のあいつは何つーか、利益がなけりゃ意味ねーよ?みたいな?」
「それじゃよくわかりませんよコニー。バカなんですか?」
「何だよ。お前がバカだから分かんねーだけだろ?」
どっちもバカだ。
「うるせぇ。それから。捺印は無理だな。やり直しだ。」
まずは正しい漢字で打ち直せ、と言って追い返した。二人は雷に打たれた様な顔を同時にして去っていった。なぜお前らがそんな顔になる。なりたいのはこっちの方だ。
まぁ。コニーの言いたかったことはなんとなく分かる。
利益最優先。小口より大口。効率重視。
取引先が小規模だったりすると見下している節もある程だ。
今回も長期的利益を見越しての動きだったとは思うが。それでも。
ーナマエの影響、だろうな。
あいつはあいつで、最近部下への指示の出し方が変わってきている。自分で考えさせて、ナマエは少し手を添えるだけ。馬に意見を求めたり時には馬に任せたりする様にもなった。
これはこれであいつの影響なんだろう。
そもそもナマエは俺に報告したり許可を取ったりはするが、意見を求めてきたりはしない。上司と部下という関係性によるものもあるだろうが。
仕方のない事と言えばそれまでだが。この表現しづらい感情の持って行き場は探しても見つかりそうもない。
いつの間にかディスプレイがスクリーンセーバーに切り替わっているのを見て、暫く考え事をしていたらしい事に初めて気付く。
気を取り直して作業に取り掛かろうとしたが、バカ二人が書類の再提出に戻って来た。書類に目を通したが、…なぜだ。先程とは違う意味で目頭を押さえてしまう。
「…お前ら。舐めてんのか、それとも喧嘩売ってんのか。どっちだ。俺は誤字を訂正してこいと言ったはずだ。漢字を直せと言ったな?それがどうしてご丁寧に平仮名になってんだ。なぁ、お前ら。小学生からやり直してくるか?」
さっきは雷に打たれた様な顔をしていたこのバカ二人は、俺からの雷を御所望だったらしいのでお望み通り落としてやった。心なしかいつもより多く俺の口も回っていた。
「戻りましたー。」
「お疲れ様です。ただ今戻りました。」
馬とナマエがそんな命の危険から脱してきたようだ。
「あぁ。どうだった。」
「はい。滞りなく。年度末までは一先ず契約続行で纏まりました。あとは…」
「ナマエさーん!自販機行ってきますけどアイスティーでいいんでしたっけ?」
馬が入り口付近からナマエに声掛ける。声がデケェ。
「ちょっと!声が大きいよ!今課長に報告してるところだから!えっと…レモンで!
あ、すみません課長。それで…」
お前の声も十分デケェ。と思いつつも報告を聞いた後、ナマエはデスクに戻っていった。
自席に着いたナマエはクリアファイルで首元を仰ぎながら書類の確認をしている。こいつは外面がいいのでこういった行儀の悪い事は比較的しねぇ奴だ。外はそれほどの暑さという事らしい。
マネジメント業務がメインで内勤が多くなった今、暑そうに外回りをしている奴らに罪悪感を感じなくもない。少しだが。
「はい、ナマエさん。アイスレモンティー。今ならキンキンっすよ。」
馬が戻ってきたらしい。ナマエの頬に缶を当てながら自分の缶コーヒーのプルタブを片手で空けている。
「わ!冷た!ありがとう!…じゃなくて!入り口からあんな大声で言わなくてもよかったでしょ?」
「何いってんすか。『今すぐ冷たいの飲まないと死ぬー』っつってたのは誰ですか。だから死んじまう前に急いで買ってきてやったのに。」
俺たちのチームのデスクとナマエたちのデスクは目と鼻の先で。小声で話しているつもりの様だが丸聞こえだ。
「それに。芸能人限定しりとりで負けた方がジュース奢りって。俺がテレビあんま見ねぇの知ってて仕掛けたでしょ。大人気ねぇっすよ。」
「うるさいな。ノってきたのはキルシュタインくんだからね。」
「じゃあ今度は政治家限定しりとりで勝負ですね。」
「そんなの無理に決まってんじゃん!」
何やってんだコイツら。ガキか。
お互い喉を潤しながらも軽口を言い合っている。
最近こういった光景をよく見かける様になった。馬が砕けた口調でナマエに話す。良く言えばフレンドリー、悪く言えばクソ生意気に。ナマエはナマエでそれに軽口で答える。今までならありえない光景だった。
先月のあの件か。あれ以降こいつらはあまり言葉をオブラートに包む事をしなくなった。ナマエの得意技でもある、見えない壁が薄くなりつつあるようだ。パートナーとして仕事をしていく上で信頼関係は必須だ。いい傾向なんだろう。パートナーとしては。
「はいっ!飲んだら仕事するよ!まだまだ溜まってるのがあるんだからね!」
「ヘイヘイ。」
「こら!言い方!」
そう言いながらも各々仕事モードに切り替えた様だ。俺も手元の資料に目を落とした。言っておくが、聞き耳を立てていたわけではない。勝手に耳に入ってきていただけだ。
黙々と作業を続ける。稟議書やら報告書、いつまで経っても減る気配がない。空調の効いたオフィスでのデスクワークは外勤の奴らからしたら確かに天国だろう。しかし、硬い椅子に長時間座りブルーライトに目を晒し続けるこの時間はある意味地獄だ。思わず目頭を押さえてしまう。
「ねぇ、午前の案件だけどさ、キルシュタインくんはほんとにあれでよかったの?」
「いいと思ったから提案したんすけどね。こっちの利益は多少落ちますけど。長いスパンで考えれば悪くない話だと思いますよ。」
さっきも言ったが、アイツらの会話はほぼ筒抜けだ。午前中の商談について話しているらしい。
ナマエからの報告によれば相手方の予算の問題もあり、最初は3ヶ月ならという話だったらしい。それでもこちらにはデメリットは無かったが。それを、単価を下げることで相手方の負担を減らす代わりに、今後もウチとの契約を継続しないかと投げ掛けたらしい。それを提案したのはまさかの馬の方だったそうだ。
「私も同じ事を考えてたけど。キルシュタインくんなら反対するかもなって思ってたの。」
「じゃあ俺の勘も中々っつーことっすかね?ナマエさんならどうするかって考えての提案でしたから。それにナマエさんはあの会社とは切れない方がいいと思ったんでしょ?ナマエさんのそういう勘、俺は結構信頼してるんで。」
ナマエは「そっか。」と一言呟いただけだがその声色はどこか嬉しそうにも聞こえる。
「すみませんリヴァイ課長。捺印をお願いします!」
あいつらの話に耳を傾けている合間にやってきたのはコニーとサシャだ。あぁと返事をして持ってきた書類に目を通す。
「なぁサシャ。ジャンってあんな感じだったか?」
「なんですか?あんな感じってどんな感じですか。」
コソコソと話してはいるが、どいつもこいつも。だから、丸聞こえだ。
こいつらもナマエたちの会話を聞いていたらしい。
「元々のあいつは何つーか、利益がなけりゃ意味ねーよ?みたいな?」
「それじゃよくわかりませんよコニー。バカなんですか?」
「何だよ。お前がバカだから分かんねーだけだろ?」
どっちもバカだ。
「うるせぇ。それから。捺印は無理だな。やり直しだ。」
まずは正しい漢字で打ち直せ、と言って追い返した。二人は雷に打たれた様な顔を同時にして去っていった。なぜお前らがそんな顔になる。なりたいのはこっちの方だ。
まぁ。コニーの言いたかったことはなんとなく分かる。
利益最優先。小口より大口。効率重視。
取引先が小規模だったりすると見下している節もある程だ。
今回も長期的利益を見越しての動きだったとは思うが。それでも。
ーナマエの影響、だろうな。
あいつはあいつで、最近部下への指示の出し方が変わってきている。自分で考えさせて、ナマエは少し手を添えるだけ。馬に意見を求めたり時には馬に任せたりする様にもなった。
これはこれであいつの影響なんだろう。
そもそもナマエは俺に報告したり許可を取ったりはするが、意見を求めてきたりはしない。上司と部下という関係性によるものもあるだろうが。
仕方のない事と言えばそれまでだが。この表現しづらい感情の持って行き場は探しても見つかりそうもない。
いつの間にかディスプレイがスクリーンセーバーに切り替わっているのを見て、暫く考え事をしていたらしい事に初めて気付く。
気を取り直して作業に取り掛かろうとしたが、バカ二人が書類の再提出に戻って来た。書類に目を通したが、…なぜだ。先程とは違う意味で目頭を押さえてしまう。
「…お前ら。舐めてんのか、それとも喧嘩売ってんのか。どっちだ。俺は誤字を訂正してこいと言ったはずだ。漢字を直せと言ったな?それがどうしてご丁寧に平仮名になってんだ。なぁ、お前ら。小学生からやり直してくるか?」
さっきは雷に打たれた様な顔をしていたこのバカ二人は、俺からの雷を御所望だったらしいのでお望み通り落としてやった。心なしかいつもより多く俺の口も回っていた。