第13話 右手に触れた陶器の熱
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誰もいない朝の談話室。それもそうだ、今は社員たちが出社してくる時間だ。もしくは、さっきの様子だと他の奴らも気を使っているのだろう。あからさまに静かになりやがって。バレバレだ。
『少し、話せるかな。』
その瞬間、オフィス内が静まり返った気がした。昨日ほとんどの営業部社員にあのやり取りを見られていたのだ。サシャが不安そうにこちらを見ているのが遠目にも分かった。そう言えば昨日はサシャの件を引っ張り出してしまった。少しだけ気まずい。後で話すか。
『ここだとアレだから…』
『談話室でも行きますか。』
『そうだね。』
そうして場所を変えることになった。
どちらともなく、奥にあるハイカウンターへ向かう。横のブースでは誰かがスイッチを入れたんだろう、コーヒーメーカーが香ばしい匂いとコポコポという小気味良い音を立てていた。
眠気覚ましに後で貰おう。
「あの…ね。」
ナマエさんが切り出す。昨日リヴァイ課長に謝らない宣言をしている手前、俺から何かを言うつもりはなかった。と言うか。何も言葉が思い浮かばなかった。はいと返事をする代わりにナマエさんの方を見たが、少し顔色が悪い。寝不足か?うっすら隈があるようにも見える。
「あの。…ありがとう。」
…一瞬、何を言われたのかが分からなかった。ありがとう?アリガトウ?
「…何でですか?」
返したのは純粋な疑問だ。
「だって、言い辛いこと、ハッキリ言ってくれたでしょ?それに、相談に来てくれたあの子にもやるべきことをしっかり伝えて、でも突き放すんじゃなくて逃げ道も作ってあげてた。すごいなって思ったの。」
「………。」
なんと言っていいかが分からない。
「でもね、ごめんなさいは言わないよ。」
「…え?」
「これからも、誰かが困ってたら手伝うだろうし、取引先と円滑に商談ができる環境を作る。それが私に与えられた仕事の一つでもあるから。自分の担当だろうが他の人の担当だろうが、私にとっては同じなんだよ。」
ナマエさんらしいっちゃらしいか。
「後はね、これからはちゃんと、フォローの仕方も考える。言われて思ったの。確かに、何でも自分が解決しちゃってたなって。誰のためにもならないよね。主任になった時にね、これからは私が皆のフォローをしっかりしなくちゃって、完璧にしなきゃって思ったの。肩に力が入りすぎてたのかな。キルシュタインくんに言われるまで間違ってるなんて考えてもなかったよ。」
誰も間違ってるって言わなかったしね。正しいって思ってた。だから、ありがとうだよ。
そう言ってナマエさんは遠慮がちに微笑んだ。
この人は…どこまでも素直な人だ。普通は、俺みたいな後輩に、しかも教え子にあんなこと言われたら腹を立てても何らおかしくない。しかもあんな言い方だ。自分で言っておいてアレだが、俺ならキレていただろう。これはもう何も言えない。
「分かりました。でも、そのせいで隠れて残業するのは今後ナシって約束してくださいね?それか、するなら俺も付き合います。」
「でも、それは…」
「パートナーじゃなかったんすか?俺たち。ナマエさんの仕事は俺の仕事でもあるんですよ。」
大きな目を瞬かせた後、ナマエさんは今度はいつものあの花のような笑顔で、そうだね、と言ってくれた。
無事、和解…か?でも。リヴァイ課長にはああ言ったものの、俺のあの言い草はさすがに頂けないと今更ながらに思う。明らかに感情任せだった。言った内容には後悔はないが、言い方自体に対しては謝るべきだろう。
「あの、ナマエさん。俺からも一つだけ。昨日はあんな言い方しちまって、本当にすみ…」
「謝らないで?」
困ったように笑いながらもしっかりと遮られた。思わず俺の片眉が上がる。
「あの…」
「キルシュタインくんは何も間違ったこと言ってないもん。自分でもそう思ってるでしょ?」
「それは…そうなんですが。でも言い方他にもあっただろっていうか…。」
俺が言い淀んでいると、それなんだけどね、とナマエさんは言った。
「実はね、嬉しかったんだー。」
「…は?」
「こう、バシッと、ね。ダメだ!って言われて、おぉ!ってなったの!」
ナマエさんはいきなり語彙力がなくなったようで。失礼ながら言わせてもらうが、よく分からない。
「あの…。ナマエさん、」
「言われた瞬間はどうしても凹んじゃったんだけど、後から嬉しくなったの。」
ダメだ。聞いてねぇ。何かこの感じ昨夜もあったな。
「だからね、これからもああやって私が間違ってたりしたらバシーッと言ってほしいんだ。」
だって、パートナーでしょ?と、小首を傾げて見つめられる。どうやら俺はこの顔に酷く弱いらしい。
「…わかりましたよ。じゃあこれからは遠慮なく。」
冗談ぽく言って俺も笑った。
お互いわだかまりなく元通りになったな、と安堵していると、ナマエさんが自分の目の下を指差しながら言った。
「昨日は遅かったの?顔色が悪いよ?今日は商談がない日で良かったね。」
これには呆れてしまう。俺は早速遠慮なく言わせて貰うことにした。
「どの口が言ってんすか。ナマエさんこそ鏡見ました?隈できてますよ?」
今日は商談がない日で良かったっすね─
言いながら俺は無意識にナマエさんが先程指差していた辺りを右手の指の背でなぞっていた。
「え?…あの…」
ナマエさんの戸惑う声にハッとしてやっと気付く。咄嗟に謝ろうとするが。
「…っ!すいま…「おい。」」
聞き覚えのある低音ボイスに遮られた。
「いつまでくっちゃべってんだ。始業時間直前だ。早く戻れ。」
談話室の入り口に居たのはやはりというかリヴァイ課長で。
「はいっ!すぐ戻ります!」
ナマエさんが慌てたようにハイカウンターの椅子から飛び降り、戻ろう?と言ってきた。
行き場のなくなった右手はごまかすように元の位置に戻った。何となく右手だけ熱を持っているような気がしなくもない。
─初めて触れたナマエさんの頬はまるで陶器のようだった。
余談だが、サシャともちゃんと話した。最初ビクビクしていたサシャだったが、俺が下手に出て言い過ぎたと謝ると。
「そうですよね!皆の前であそこまで言う必要はありませんでしたよ!だからジャンは駄目なんですよ!」
と、なぜか逆にダメ出しをされた。解せん。
あと、終業間近まで忘れていたが、ペトラさんからのお呼び出しがなかった。
ナマエさんとその話をすると。
「それならもう大丈夫だと思うよ。」
と、またしてもよく分からない返答をされて。当のペトラさんも、ジャン!お疲れさま!と謎にニコニコしながら帰っていった。
─解せん。
『少し、話せるかな。』
その瞬間、オフィス内が静まり返った気がした。昨日ほとんどの営業部社員にあのやり取りを見られていたのだ。サシャが不安そうにこちらを見ているのが遠目にも分かった。そう言えば昨日はサシャの件を引っ張り出してしまった。少しだけ気まずい。後で話すか。
『ここだとアレだから…』
『談話室でも行きますか。』
『そうだね。』
そうして場所を変えることになった。
どちらともなく、奥にあるハイカウンターへ向かう。横のブースでは誰かがスイッチを入れたんだろう、コーヒーメーカーが香ばしい匂いとコポコポという小気味良い音を立てていた。
眠気覚ましに後で貰おう。
「あの…ね。」
ナマエさんが切り出す。昨日リヴァイ課長に謝らない宣言をしている手前、俺から何かを言うつもりはなかった。と言うか。何も言葉が思い浮かばなかった。はいと返事をする代わりにナマエさんの方を見たが、少し顔色が悪い。寝不足か?うっすら隈があるようにも見える。
「あの。…ありがとう。」
…一瞬、何を言われたのかが分からなかった。ありがとう?アリガトウ?
「…何でですか?」
返したのは純粋な疑問だ。
「だって、言い辛いこと、ハッキリ言ってくれたでしょ?それに、相談に来てくれたあの子にもやるべきことをしっかり伝えて、でも突き放すんじゃなくて逃げ道も作ってあげてた。すごいなって思ったの。」
「………。」
なんと言っていいかが分からない。
「でもね、ごめんなさいは言わないよ。」
「…え?」
「これからも、誰かが困ってたら手伝うだろうし、取引先と円滑に商談ができる環境を作る。それが私に与えられた仕事の一つでもあるから。自分の担当だろうが他の人の担当だろうが、私にとっては同じなんだよ。」
ナマエさんらしいっちゃらしいか。
「後はね、これからはちゃんと、フォローの仕方も考える。言われて思ったの。確かに、何でも自分が解決しちゃってたなって。誰のためにもならないよね。主任になった時にね、これからは私が皆のフォローをしっかりしなくちゃって、完璧にしなきゃって思ったの。肩に力が入りすぎてたのかな。キルシュタインくんに言われるまで間違ってるなんて考えてもなかったよ。」
誰も間違ってるって言わなかったしね。正しいって思ってた。だから、ありがとうだよ。
そう言ってナマエさんは遠慮がちに微笑んだ。
この人は…どこまでも素直な人だ。普通は、俺みたいな後輩に、しかも教え子にあんなこと言われたら腹を立てても何らおかしくない。しかもあんな言い方だ。自分で言っておいてアレだが、俺ならキレていただろう。これはもう何も言えない。
「分かりました。でも、そのせいで隠れて残業するのは今後ナシって約束してくださいね?それか、するなら俺も付き合います。」
「でも、それは…」
「パートナーじゃなかったんすか?俺たち。ナマエさんの仕事は俺の仕事でもあるんですよ。」
大きな目を瞬かせた後、ナマエさんは今度はいつものあの花のような笑顔で、そうだね、と言ってくれた。
無事、和解…か?でも。リヴァイ課長にはああ言ったものの、俺のあの言い草はさすがに頂けないと今更ながらに思う。明らかに感情任せだった。言った内容には後悔はないが、言い方自体に対しては謝るべきだろう。
「あの、ナマエさん。俺からも一つだけ。昨日はあんな言い方しちまって、本当にすみ…」
「謝らないで?」
困ったように笑いながらもしっかりと遮られた。思わず俺の片眉が上がる。
「あの…」
「キルシュタインくんは何も間違ったこと言ってないもん。自分でもそう思ってるでしょ?」
「それは…そうなんですが。でも言い方他にもあっただろっていうか…。」
俺が言い淀んでいると、それなんだけどね、とナマエさんは言った。
「実はね、嬉しかったんだー。」
「…は?」
「こう、バシッと、ね。ダメだ!って言われて、おぉ!ってなったの!」
ナマエさんはいきなり語彙力がなくなったようで。失礼ながら言わせてもらうが、よく分からない。
「あの…。ナマエさん、」
「言われた瞬間はどうしても凹んじゃったんだけど、後から嬉しくなったの。」
ダメだ。聞いてねぇ。何かこの感じ昨夜もあったな。
「だからね、これからもああやって私が間違ってたりしたらバシーッと言ってほしいんだ。」
だって、パートナーでしょ?と、小首を傾げて見つめられる。どうやら俺はこの顔に酷く弱いらしい。
「…わかりましたよ。じゃあこれからは遠慮なく。」
冗談ぽく言って俺も笑った。
お互いわだかまりなく元通りになったな、と安堵していると、ナマエさんが自分の目の下を指差しながら言った。
「昨日は遅かったの?顔色が悪いよ?今日は商談がない日で良かったね。」
これには呆れてしまう。俺は早速遠慮なく言わせて貰うことにした。
「どの口が言ってんすか。ナマエさんこそ鏡見ました?隈できてますよ?」
今日は商談がない日で良かったっすね─
言いながら俺は無意識にナマエさんが先程指差していた辺りを右手の指の背でなぞっていた。
「え?…あの…」
ナマエさんの戸惑う声にハッとしてやっと気付く。咄嗟に謝ろうとするが。
「…っ!すいま…「おい。」」
聞き覚えのある低音ボイスに遮られた。
「いつまでくっちゃべってんだ。始業時間直前だ。早く戻れ。」
談話室の入り口に居たのはやはりというかリヴァイ課長で。
「はいっ!すぐ戻ります!」
ナマエさんが慌てたようにハイカウンターの椅子から飛び降り、戻ろう?と言ってきた。
行き場のなくなった右手はごまかすように元の位置に戻った。何となく右手だけ熱を持っているような気がしなくもない。
─初めて触れたナマエさんの頬はまるで陶器のようだった。
余談だが、サシャともちゃんと話した。最初ビクビクしていたサシャだったが、俺が下手に出て言い過ぎたと謝ると。
「そうですよね!皆の前であそこまで言う必要はありませんでしたよ!だからジャンは駄目なんですよ!」
と、なぜか逆にダメ出しをされた。解せん。
あと、終業間近まで忘れていたが、ペトラさんからのお呼び出しがなかった。
ナマエさんとその話をすると。
「それならもう大丈夫だと思うよ。」
と、またしてもよく分からない返答をされて。当のペトラさんも、ジャン!お疲れさま!と謎にニコニコしながら帰っていった。
─解せん。