ひとりワンライ


 ◆◆◆

 私には、三歳年上の彼氏がいる。
 引っ込み思案な私とは真逆の、太陽みたいに明るい人。
 何で私みたいな人間と付き合ってくれるのだろう、って卑屈な考えを持ってしまう。
 一度だけ、それを口にしてしまったことがあるけれど。彼は、

「だって君みたいに純粋な子、滅多にいないから」
 
 そう、柔らかな笑顔で答えてくれた。
 純粋。そんな風に全く考えたこともなかった。
 だけど、彼に言われるとそうなのかもと信じてしまいそうになる。
 それくらいに、彼から出る言葉は本心なのだと信じてしまっている。
 本当は、嘘なのかもしれない。
 でも本当に、本当かもしれない。
 それもわからないけど……。
 少なくとも、私はそう信じていたい。
 もしも最悪の結末になる瞬間があっても、それまでは信じていたい。
 それくらい、私は彼に陶酔していた。

「今日の亜季の服装、めっちゃいい感じ」
 
 とある日曜。私たちは公園デートに出かけていた。
 とても大きな公園なので人もかなり疎らで、周りも静かだった。
 そんな中で、晴顕さんは私のコーディネートを褒めてくれた。

「そ、そうかな?」
 
 たしかに私なりにがんばってはみた。
 だけど直接褒められると、少し恥ずかしい。

「亜季はもっと自信持っていいよ。そんなに背中、丸めてないでさ」
「で、でも……」
「でもは禁止って、前にも言ったよ?」
 
 彼、晴顕さんは見た目こそ軽めに見られがちだけど、中身はしっかりと自分の考えを持った、仕事もそれなりにできるらしい人。私とは比べものにならないくらい、すごい前向きな人。
 以前から否定的な言葉ばかり使う私に、晴顕さんは「でも禁止令」を下した。
 それをすっかり忘れていて、私はいつも通りに使ってしまった。

 「す、すみません」
 
 私はすぐにぺこりと頭を下げた。
 だけど、晴顕さんは納得のいかないような表情をしていて

「うーん。すみません、も何だかなぁ」
 
 眉間に皺を寄せ、私のために考えてくれる晴顕さん。
 すごく優しいと思うし、私のために時間を使ってくれるのが素直に嬉しい。

「言葉ってさ、意識して変えると気持ちまで変えられるんだって」
「そうなんですか?」
 
 うん、と晴顕さんは頷く。

「乱暴な言葉を使わないようにするとか、あとは否定的な言葉を使わないとか。それだけで、自分の気持ちも明るくなったり、慎ましやかになるんだって」
 
 晴顕さんは言葉の力について、この後も長く語ってくれた。
 きっと私に良い方向に変わろうねって、言ってくれてるのだろうけど。

「でも、そんなにすぐに変われますか?」
「ほーら、そういう言葉から。変われますかじゃなくて、変わるんだよ」
「……」
 
 でも、とまた言葉が出てしまいそうになってしまった。いけないいけない。
 晴顕さんがこんなにも言ってくれてるのに、変わらないなんて言えない。
 きっと変われるから、彼だって言ってくれてるんだ。

「わかりました。晴顕さんの言葉を、信じます」
 
 晴顕さんは大きく頷くと、私の頬にを添えてそっと口づける。

「は、はるあき、さん……⁉」
 
 こういう行動に慣れていない私は顔を真っ赤にして、すぐに後退る。
 晴顕さんはにこやかに笑って、

「ごめんごめん。だけど、そういう反応が純粋だってことだよ」
「じゅ、純粋では……決してありません……」
 
 口許をおさえ、火照った顔を隠す。
 晴顕さんはじっとその様子を眺めている。

「…………な、何か言ってください」
 
 長い間見つめられると、このまま石化してしまいそうになる。
 何とか視線を逸らそうと、私は言葉を放った。

「そういう恥ずかしがってるトコ、すごく好き」
「そういうことではなくですね……っ」
「じゃあ、もう一回キスしていい?」
「それもダメです……!」
 
 じわじわと頬の赤みが増す私を、楽しんでいるらしい晴顕さん。
 それがいったい誰のせいなのか、わかっている顔をしている。

「ねぇ、亜季」
「な、何ですか……?」
 
 少し低くなった声に何だろう、と怯えながら訊ねる。

「──ずっと、俺を愛していてね」

 そのときの表情が、とても儚く綺麗で。
 私なんかよりずっと、晴顕さんの方が純粋だと感じた。

「……何を言っているんですか」
「亜季がいなくなったら、俺、どうかしちゃうかも」
「どうかって?」
「この世の果てまで追いかけたり、とか」
「この世の果てって」
「いや、本当に。それくらい、亜季が好きなんだよ」

 晴顕さんは冗談っぽく、そう言ってのけた。

「じゃあ、追いかけてきてくださいね」

 決して離れるつもりはないけれど。
 もしも、そんなときが来てしまったら。
 この世の果てでも、好きだって言ってくださいね。
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