読み切り作品



◆◆◆


「今年の七夕は、雨かなぁ」

彼女は小さく、そして寂しそうに呟いた。

「そんなに楽しみだったの」

俺は興味のない素振りでそう訊ねた。
そんな事を聞かなくたって、彼女が七夕を、夏の大三角形が好きな事は知っているのに。
ちなみに夏の大三角形とは、「ベガ」「デネブ」「アルタイル」の三つの一等星。その星々を線で結ぶと三角形になる事から、そう名付けられた。天体学ではかなり有名なやつだ。
だけど、彼女が何故それが好きなのか。そこまでは残念ながら聞いた事はないのだが、付き合って三年。毎年のようにこの時期にはしゃぐ彼女を、俺は見ていた。

「七夕の天の川の話。知ってるでしょう?」
「あぁ、あれってベガとアルタイルの事だったか?」
「そうそう。その間に天の川があるの。二人の愛を隔てるかのように」

何か、ロマンチックじゃない?
そう言って、彼女はうっとりとする。

「そうか?」
「希翔は冷めすぎ」
「お前がおめでたいだけだと思うけど?」
「何それ、ひどい」

彼女はぷくっと頬を膨らませる。
口には絶対出さないけど、可愛いとか思ってしまう。

「はいはい。で、今年は雨だと」
「そうなの。通り雨とかってレベルじゃないみたい」
「はぁん。そりゃ、残念なこった」

俺は星の話とか昔の逸話とか、正直全く分からない。ただ彼女が楽しそうに話していたから、話を合わせるために少し調べた程度だ。彼女が興味を抱いていなければ、調べる事さえなかっただろう。

「希翔、話聞く気ある?」
「聞いてる」

彼女はまぁ、いつもの反応か。と、大きく溜息を吐く。

「今年も七夕の天の川、見たい?」
「当然。一年にたった一度しかないんだから。織姫と彦星にも会って欲しいじゃない」

所詮は昔の逸話。星を人に喩えただけなのに、こんなにも真剣なのが妙に面白くて。

だからこそ、彼女を好きになった。
おとぎ話をも真剣に受け取る、感受性の高さ。
相手を想う、思いやりと優しさ。
そこに自然と俺は惹かれてしまったのだ。

「じゃあ、お願いでもすればいいじゃない」
「誰に?」
「──天の神様、にさ」

 
 ◆◆◆

  
俺が魔法士になって、四年の時が経った。
俺は未だに一度も魔法を使っていない、いわゆるペーパー魔法士だ。

この世界にとって、魔法士は数少ない存在だ。
魔法士は元々適正者が極めて少なく、年に一人現れるか否か。
そんな希有な存在に、何もなかった俺がなってしまった。ひょんな事がきっかけで。
まぁ、その話はまた今度する事にして。

そんな俺が今、彼女のために「天の神様」の代わりをしてやろうとしている。
何だかなぁ、四年も使わなかったのにたった一人のために使ってしまう。
それが何だか、可笑しくて。
 
七夕の夜。天の川。夏の大三角形。
そんな晴れた夜空をイメージし、俺は誰もいない場所でそっと呪文を唱えた。

──彼女の顔を曇らせる雨なんて、消えてしまえ。


◆◆◆


「ちょ、ちょっと聞いて! 天気予報、外れたんだけど!」

七夕の夜。彼女は慌てふためいて、ベランダから部屋に戻ってくる。

「へぇ、良かったじゃん」

俺は何食わぬ顔で雑誌を読んでいる。

「雨は降ってるの。でも」

狐の嫁入りだから、天の川はちゃんと見えるの。

彼女はロマンチックなものが好き。
彼女は綺麗なものが好き。

そう思いついたのが、この光景だった。

彼女は予想通り、嬉しそうに微笑んだ。

「一緒に見に行こうよ」
「いや、俺は」
「一緒に見たいの。いいでしょう?」
「……はいはい、仰せのままに」

俺は仕方なしに、という風に返答する。
でも、こういう少し強引な彼女も悪くない。なんて。

彼女と見る夏の夜空。
このために、俺はペーパーを卒業したのである。
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