ドルあんlog
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「あ~……、やられた」
私は初夏の通り雨に降られてしまった。
運が悪い事に傘を持っておらず、私は公園へと一時的に避難する。
雨はしっかりと降っていて、これは全力で走って帰ってもびしょ濡れになるだけだ。
「まぁ、いいか。急ぎでもないし」
私は公園の大きな木の下で雨宿りをする事にした。
ほんの少し雨露が滴り落ちてくるけれど、びしょ濡れに比べれば大した事はない。
灰色の雲が、空から地上へと雨粒を次々と落としてゆく。
こうして空をゆっくりと見上げるなんて、いつぶりだろう。
最近はアイドルのプロデュースがかなり忙しく、自然を堪能する暇などなかった。
もしかして、これは。
「『かみさま』からの、『おくりもの』ですね?」
「……え?」
心を読み取られたかのように、ゆったりとした綺麗な声が私の代わりに言った。
「し、深海、先輩?」
「『ぐうぜん』ですね~」
私の立っている反対側に、びしょ濡れになった深海奏汰先輩が座っていた。
「深海先輩も雨宿り、ですか?」
「いいえ、ぼくにとっては『めぐみのあめ』なので~」
先輩は少し変わっていて、水に濡れていないと身体が乾いてしまって呼吸が出来なくなるらしい。
まるで水に棲む生き物のような発言だが、彼が言うとまるで本当のような気がして。
「でも、あんずさんが『ひとり』で『さみしそう』だったので」
先輩の言葉に、自然と顔が綻ぶ。
「……優しいんですね、先輩は」
先輩はいつもの柔らかな笑みで返してくれる。
「あんずさん。『かさ』をもっていないんですか?」
「はい、まさかこんなに降るとは思ってもいなかったので」
「では、ちあきがかしてくれたこの『かさ』をどうぞ」
「え? でも、それじゃあ先輩が濡れてしまいますよ?」
「『だいじょうぶ』です、ぼくは『へいき』です」
「でも」
「あんずさん」
立ち上がりながら私の名前を呼んだ深海先輩は、そっと私の唇に人差し指をあてる。
「それいじょうの『いいわけ』は、『めっ』ですよ?」
優しくもどこか甘く、惹かれてしまうような表情。
いつもの朗らかな深海先輩とは少し違って、胸が強く打たれてしまった。
「……じゃあ、お言葉に甘えて」
私は深海先輩から守沢先輩から借りたという傘を受け取る。
「あ、いいことをおもいつきました。あんずさん、『あいあいがさ』しましょう?」
「え!?」
突然の先輩の思いつきに私は目を見開く。
先輩はいつもにこやかな表情を崩さない。
「『いや』ですか?」
「いえ、そんな。じゃあ、おとなり、どうぞ」
「ふふ、『しつれい』します」
ごつん。
隣に立って並ぼうとした深海先輩は思っていたよりも大きくて、傘にぶつかってしまう。
「だ、大丈夫ですか……!?」
「『へいき』ですよ。でもぼくのほうがあんずさんより『おおきい』ので、『かさ』もぼくがもちますね」
すっと柄を取り上げられて、傘は私よりも少し高い位置に持ち上げられる。
「では、かえりましょう」
「はい」
和やかな雰囲気で二人で星奏館付近まで戻ると、「また明日」と深海先輩と別れた。
傘は借りたまま、私は家路に就く。
通勤ラッシュを過ぎた遅めの電車に乗りながら、私は息を整える。
──少し、ほんの少し、だけど。
先輩と二人で歩いていた時、ずっとこのままでいたい。と思ってしまった。
もしかしてこれは、恋なのだろうか。なんて、頭を過ぎって。
でも、今以上の関係なんて私は望んではいない。
ましてや、付き合うとかそういった事など。
こういった感情はあまり抱いた事がないから、どうにも苦手で。
心は揺れる。でも、彼はそんな事さえ知らないのだ。
わたしは大きく溜息を吐く。
このまま、この雨音に紛れて、この想いもいっそ隠れてしまえばいいのに。