ドルあんlog
※あんずちゃんが一人暮らし。二人は交際しています。
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ここずっと一週間くらいだろうか。外は雨模様で昼でも薄暗く、光がほとんど入って来ない。
そのせいもあってか、気分も何だか重く、憂鬱だ。
「雨……は、きらい」
雨の雫が滴る窓を見つめ、あんずは言う。だってこの雨は、あの人との大切な約束の邪魔をしたから。
今日は久しぶりのデートの日だった。手を繋いで、二人で笑い合って楽しむ予定だったんだ。
でも、この雨じゃ、何処にも行けない。
小降りならまだ大丈夫だったかも知れないけれど、こんなザーザー降りの雨ではさすがに。
「先輩、何してるかな」
灰色の空を見つめ、彼を想う。窓の外側の雫をなぞるように人差し指を滑らせる。
今日も、日和先輩の明るい笑顔を見られると思ったのに。何もかも、全部、この雨のせいだ。
単純な八つ当たりだと分かっているけれど。……会いたかったな。
はぁ、と一息吐くと、ちらりと見たスマホに一件の通知が。
「誰だろう」
またSNSの公式アカウントの通知でも来たのだろうと、画面を開く。
「……巴先輩?」
まさかの、あの日和先輩からの着信履歴だった。しかも三件も来ている。
急ぎの用事だったのだろうか。かなり短い間隔で掛かって来ていたらしい。
私は履歴から発信ボタンをタップする。束の間、電話を繋げる音が部屋に響き渡る。
「もしもし、とも……日和先輩?」
先輩は私に『巴先輩』と呼ばれるのが好きじゃないらしく、本人の前では下の名前である『日和先輩』で通している。
そうしないと、先輩はひどく機嫌を損ねてしまうから。そうなると、色々と大変なのだ。
「あ、あんずちゃん? やっと出てくれたね!?」
「すみません。少しの間、ぼーっとしていて」
「ちょうど良かったね! これからきみの家に行くって連絡したかったんだけど」
「え」
ちょっと、待った。
日和先輩が我が家に来る?それは、ちょっとまずい。部屋、少し散らかしたまんまだし。
「で、もうきみの家の前に居るから。鍵を開けて欲しいね?」
ちょっ、もう家の前に居るって!?
あまりにも急展開すぎる。というか、先輩の行動が早すぎる!
早すぎて、片付ける暇さえ与えてくれなかった!これはかなりまずい展開!
「せ、せせ、先輩。少し、お時間くれませんか……?」
「なぁに? このぼくを待たせるなんて、きみも随分偉くなったんだね?」
「ち、違います! その、部屋を片付ける時間をください」
「片付ける時間? そんなのぼくが入ってからでも良いでしょ?」
「よくありません!」
日和先輩は「うーん」と首を傾げるような言動をすると、渋々ながらも了承してくれた。
「じゃあ、三分だけね」
そう言われて私が急いで片付けていると、雨音の中で日和先輩が鼻歌を歌っているのが聞こえてきた。
我が家はアパートだから、扉の前には屋根がある。だから日和先輩が雨で濡れる事はないのだけど。
──鼻歌でも、綺麗に歌うんだなぁ。
なんて、思わず魅了されてしまう程に日和先輩の声は甘く、華やかで。
容姿も中性的だけど、舞台に立つと異性を寄せ付けてしまう色気があって。
隣に寄り添ってくれる女性なんて、きっと山ほど居るはずなのに。
どうして日和先輩は、私と一緒に居てくれるんだろう。
「………お待たせしました」
ぜぇぜぇと私は肩を上下に揺らす。日和先輩は腰に手を遣り、むくれながら言う。
「うん、本当にお待たせだね?」
この人は財閥のご子息なので、生まれながらにしての王侯貴族体質。だから、基本的に上から目線だ。
でも不思議と厭味ったらしくないし、何事にも純粋で、思いやりがある。
何よりも明るく前向きで社交的で、まるで太陽のような人。
そんな日和先輩だから、私は惹かれてしまった。眩しい光に吸い寄せられてしまった。
でも今は、その陽光もとても暖かくて、心地が良い。
この暖かな光を誰にも渡したくない、なんて思うのは、少し我儘だろうか。
--*--*--*--
「このぼくを待たせるだけあって、綺麗な部屋だね」
「すみません。雨の中、待たせてしまって」
「うん。きみじゃなかったらすぐ機嫌を損ねたんだけどね?」
あぁ、それはどうも、ありがとうございます。
日和先輩は部屋のソファに座ると、その隣に私が座るように誘う。私は、黙ってそれに従った。
束の間の沈黙。二人でこうして並ぶと、何だか変な気分。
「今日は残念でしたね」
「そう?ぼくはこうして会えたから問題ないけど?」
ほら、自然にそういう言葉が出るところ。そうしてまた私の心を締め付けて、離さなくする。
「まぁ、会うためにわざわざ来てあげたんだけどね」
「ありがとうございます」
少し苦笑いをする。でも、この前向きさもまたたまらなく愛おしいんだ。
「だーかーらっ」
言うと、日和先輩はふわりと私を抱きしめる。突然の事で何が起きたか分からずに頭が真っ白になる。
「今日は目一杯に愛させてね」
「……っ」
そう甘く囁かれ、耳元から全身が熱くなっていく。じわじわと溶けていく氷のような、そんな感覚だ。
「こういうのって、庶民の間では『おうちデート』って言うんだっけ」
「そう、ですね」
「ふぅん。なかなか面白いね。周りを気にする必要がないからかな?」
言いながらも、日和先輩は私の頭を撫でてくれる。それがとても心地が良くて、少しずつ眠気に誘われていく。
こくり、こくりと船を漕ぎ出した私に、日和先輩は優しく微笑む。
「眠ってもいいよ」
「ダメ、です。せっかく日和先輩が来てくれたのに」
「僕は寝ているきみを眺めるのも楽しいと思えるからね、問題ないよ」
「いや、でも」
「でもじゃない。ほら、おやすみ?」
ぽんぽん、と背中を痛くない程度に叩かれる。まるで赤子をあやす母親みたいに。
優しくて、暖かくて、どこか懐かしくて。
そう考えると、日和先輩って意外に意外と母性に近いものを持っているのかも知れない。
でも、それを知っているのは本当に親しい人間だけなのだろうな、なんて。
そんな風に考えながらも私は微睡み、次第に夢の世界に落ちていった。
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彼女はソファの上に横になって眠っている。
最初はぼくがせっかく来ているからと眠る事を拒否していたけれど、優しく頭を撫でると眠ってくれた。
頑張り屋で、いつも一生懸命な可愛いぼくの彼女。
起きている時は何だか無理をしているように見えて、なかなか隙を見せてくれない。
だからこそ、今日はゆっくりと眠って欲しかった。ぼくの前だけではありのまま、気を緩めていて欲しいから。
きっと今の彼女の姿を見たら、普通の男は襲ったりするのかも知れない。だけど、ぼくは紳士だからね。
ただ、彼女の傍らに寄り添っているだけでいい。彼女に触れられる場所に居られれば、それでいい。
「心地よさそう」
彼女の頬に、そっと触れる。柔らかくて、仄かに熱い。
この二人だけの時間がずっと続けばいい、なんて叶わぬ願いを考えてしまう。
ぼくはアイドルだから、みんなに愛と笑顔を振りまくのが仕事で、生きがいだ。
ずっとそう思って生きてきたし、これからもずっとそう在り続けていたいと願う。
でも今は。誰よりも彼女に、僕の傍でずっと笑っていて欲しい。
彼女の笑顔には、不思議と僕さえも魅了する力があるから。
「本当に、不思議な子」
この寝顔も、愛おしくてたまらない。
出来る事ならぼく以外の誰にも見せないで欲しい……なんて、さすがに傲慢かな。
だけど、それくらい彼女を想っているのは事実だ。きっとこの先も、ずっと。
僕は小さく溜息を吐く。
「やれやれ。ぼくも随分と丸くなったもんだよね」
きっと、彼女のせいだね。でも、それでも良いって思ってしまってるのもおかしな話で。
昔のぼくならたかが庶民の分際で、とか何とか感情的に言ってしまいそうだけれど。
そうならないのは、きっと彼女の笑顔の魔法に掛かってしまっているからかもね。
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「ん……」
「おや、意外と早く目が覚めたね?」
ふと目を覚ますと天井と、日和先輩の顔がそこにあった。あれから何時間くらい経ったのだろうか。くりっとした目で覗き込んで、私と目が合うとふわりと優しく笑ってくれた。
「おはよう」
「……おはよう、ございます」
眠たげな私を見てふふ、と笑った日和先輩はそっと額にキスを落とす。
ああ、日和先輩の唇が、私の額に触れた。それだけで、心と身体が震える。
大事にしてくれてるんだなって、何故か安心してしまう。
ぼーっとしていた私に、日和先輩は首を傾げる。
「あれから1時間くらい経ったね?」
「すみません」
「どうして謝るの? きみの可愛い寝顔が見れたし、ぼくは楽しかったよ?」
言われて、私は驚き顔を覆う。すると日和先輩はゆっくりとその手を取る。
「だーめ。隠さないで」
今度は少し艶っぽく笑う。滅多に見せないタイプの笑顔に魅せられて、私はドキッとしてしまう。
たった一つしか年齢は変わらないのに、先輩の笑顔には彩りがあって。一向に飽きる事がない。
明るかったり、優しかったり、艶っぽかったり。
まるで、雨上がりの虹のように、色とりどりだ。
「ねぇ、キスしてもいい?」
「えっ、と……」
「お願い」
日和先輩の甘い声が耳から脳へと響く。それがあまりにも心地良くて、思わず力が抜けそうになる。
腰に手を回されて、ぎゅっと一度だけ抱きしめられる。少し離れたかと思うと、そっと優しく口付けられた。
唇に触れるか、触れないか。そのくらいのフレンチなキス。
それでも、蕩けてしまいそうなほどに、甘くて、優しくて。
「これだけじゃ、足りない?」
悪戯っぽく笑う日和先輩。すっかり先輩とのキスに魅了された私はゆっくりと頷く。
「はい。じゃあ、続きね」
言うと、今度はさっきよりも深く、何度も口を塞がれる。
日和先輩の身体の熱が伝わって来て、また蕩けそうになる。
自然と出そうになる甘い嬌声を必死に抑えて。私は、熱に浮かされた。
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「雨、上がったね」
日和先輩は窓からちらりと覗く青空を見て呟いた。
私はキッチンから紅茶とお菓子を持ってきて、テーブルへと置いた。
「本当ですね。今からの時間でしたら、外で買い物とか行けますけど」
先輩のために紅茶を淹れ、そっとソーサーに乗せて差し出す。
「うーん。それもとっても魅力的なんだけどね?」
日和先輩はそれから紅茶を一口飲むと、一言。
「やっぱり今日はきみと二人で過ごすのが良い日和、なんてね☆」
いつものように、明るい笑顔で笑ってみせた。
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