gnsn夢



◇◇◇


「どうして、付けてくれないのだろうか………」

ディルックは顎に手を遣りながら、唸っていた。
というのも、彼の婚約者──星琳(シンリン)が、婚約指輪を付けていないのが気になっている。
彼女とは幼少期からの婚約関係だ。親同士が商人ということもあり、それに由来した関係ではあるが。
関係を明らかにされて約十五年経過した今でも互いに仲睦まじい、はず。
一ヶ月前にディルックの方から正式にプロポーズをし、彼女も婚約指輪を嬉しそうに受け取ってくれた。
あの時ばかりは、彼女の綺麗な笑顔がより一層輝いて見えた。
それなのに、彼女があの婚約指輪を身に付けている時を見たことがない。
 
もしかしたら、あの時の笑顔も全てが演技。なんてことは……。
 
……いや、彼女はそもそも嘘をつくのが苦手だ。
以前、ディルックの誕生日にサプライズをしようとした彼女を、彼はいとも簡単に見抜いてしまった。
せっかく用意してくれていた贈り物を無意味にしてしまって、彼女をしょんぼりさせたのだったか。
今や懐かしい笑い話だが、あの後、彼女の機嫌を直すのにはかなり骨が折れた。
 
その感情も表情も、実に豊かで愛らしい彼女。
だからこそ、パートナーの証として付けてほしい婚約指輪なのに。

「ディルックさま?」
「……あぁ、すまない。苺苺(メイメイ)か」

ディルックの傍らに現れた幼い少女。彼女は星琳の侍女である苺苺という。
どうやら唸るディルックを放っておけなかったらしい。

「おかげんが、すぐれませんか?」
「いや、身体は元気だ。ただ──」
「ただ?」
「星琳が、彼女が婚約指輪を付けていないのが、気になっていてね」

そう、思うがままに口にしていた。
苺苺はきょとんとした表情をした後、にっこりと笑ってみせた。

「だいじょうぶです。星琳さまは、ディルックさまがだいすきですから」
「……本当か?」
「はい。もしかしたら、なにかワケがあるのかもしれません」

苺苺は星琳に最も近く、最も相談に乗ってきているはずだ。
彼女もまた、ディルックに嘘をつくはずがなかった。
なぜなら、いずれはディルックも自分が仕える主人となる。
そんな未来の主人を欺いては今後信用されなくなってしまう。
何より苺苺はまだ幼く、とても素直だ。
そのような狡猾な考えを持てる年齢ではないのも判っていた。


 
──こうなれば、本人に直接聞くしかないか。
嫌だと言われてしまえばそこで終わりだが、他に理由があるのであれば聞けばいい。
ディルックは星琳の居る部屋のドアを小さく叩いた。
明るい鈴のような返事が扉越しに鳴った。

「失礼するよ」
「ディルックさん? どうかされたのですか?」
 
何も疑うことすらないその瞳は、まるで澄んだ宝石のよう。

「……その、婚約指輪について聞きたい」
「婚約、指輪……?」

その言葉に対し、ディルックは静かに星琳の左手を取った。
直接触れられたことに驚いたのか、彼女の頬が紅色に染まる。

「あ、の」
「どうして、付けてくれないんだ?」
「えっと……せっかく頂いたものなのに壊れてはいけないと、思いまして」

星琳の手は震えていた。
それでもこの手を離すまいと、ディルックは彼女の薬指に口づける。

「ひゃ……⁉」
「付けてくれない方が、もっと困るんだが?」
「え、いや……その、あのような高価なもの、日常的に付けられな──ひゃうっ」

言い訳がましい彼女に、ディルックはさらに意地悪をする。
薬指から中指、それから人差し指と口づけを重ねていく。

「ディ、ディルックさん……っ」
「ん?」
「し、します……指輪、ちゃんとしますから。だから……っ」
「約束、してくれるかい?」

彼女は無言で何度も首を縦に振った。
 
──必死で可愛い姿も見られたし。まぁ、いいか。
 
ディルックは唇を星琳の手から離す。
それを見た彼女は小さく安堵を漏らす。

「僕にこんなことをされるのは嫌い?」
「……っ、まだ慣れない、です……」
「そうか」

言って、ディルックは星琳をぐっと抱き寄せる。

「じゃあ、今からでも慣れてもらわないといけないな」
「ディルックさ──」

その意味に気がついた時、ディルックは星琳に深く口づけていた。

苦しそうにする彼女がのちに懐柔されるのも、もう時間の問題だ。
それまでは彼女を甘く切なく、時に激しく愛し続けるとしよう。
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