月下美人の横顔
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八王子市における蛇系怪獣討伐より約2年が経過した。
窓から差し込む午後の日差しの暖かさに、保科は思わず欠伸した。昼食を取り終えたばかりだと言うこともあるだろう。心地のいい天気の中で若干睡魔に負けつつある。しかし、眠くとも脚はしっかり動き目的地まで歩んでいく。
オペレータールームに入り、書類の束をヒラヒラと動かしながら目当ての人物の名を呼んだ。
「小此木ちゃーん。」
呼ばれた小此木は保科の方を向いて眼鏡を押し上げる。
「はい、いかがしましたか?」
「これ、頼まれとったデータ纏めた書類。」
「あっ!わざわざありがとうございます。」
小此木は椅子から立ち上がり、小走りで保科の元へ駆け寄ると両手で書類を受け取った。そして何かに気が付いたように首を伸ばして保科の後ろを見る。
「どないしたん?」
「いえ、本日は雨宮さんはご一緒じゃ無いんですね。」
「そない四六時中一緒におるわけじゃないで。」
保科小隊に所属する雨宮は仕事や訓練について、保科に教えを請うことが多かった。その為、側についていたほうが話が早いとよく彼について回っていた。
「可愛いもんやで。ヒヨコみたいやろ?」
「そんなこと言うのは保科副隊長くらいですよ…」
無表情で淡々とした口調。とっつきにくく可愛げがあるわけでもない。この2年で防衛隊における交友関係は広がったのだろうが、それでも彼女はとてもじゃないがヒヨコからは遠い印象である。
「まぁまぁ、ものの例えやから。今日は非番でな、横浜に遊びに行ってるみたいやで?」
「へぇ…珍しいですね。雨宮さんが他所に遊びに行くなんて。」
「朝からしっかりお洒落してなぁ…可愛らしかったわ。」
その頃、横浜駅にて。広い駅構内の改札前の柱に、雨宮はスマートフォンを操作しながらもたれかかっていた。ヒールの高い黒のブーツに、銀の金具がアクセントの黒いハイウエストのショートパンツ。青いブラウスに緩く巻かれた髪、頭にはベレー帽を被っていた。肩には緑のショルダーバックをかけている。
「帆鳥〜!」
久々に呼ばれる名前に、スマホの画面を落として顔をあげる。
「待ってた、夏美。」
「久々ー!」
小走りで駆け寄ってくる女性は高田夏美。雨宮の友人だった。
「うわー、マジで高校以来じゃーん!」
「ほんとに、久しぶりだね。」
「もー、マジで会えて嬉しい!!」
はしゃぐ友人に雨宮は普段見せない笑顔を浮かべる。二人は暫く横浜の街を堪能し、喫茶店に入って腰を落ち着けた。
「やばー、めっちゃ食ったのにまだ食える!帆鳥ケーキは?」
「うーん。…このタルトにしよっかな。」
「えー、それうまそう!私もそれにしよー!」
紅茶とケーキを注文し、二人は昔話に花を咲かせた。
「マジで今日他のメンツも揃えば良かったのにねー。」
「皆忙しそうだし、しょうがないでしょ。」
「いやー、去年落とした単位で苦しんでるだけだから!同情の余地なしっしょ!折角帆鳥と予定あったのに〜」
「急だったからね。」
店員が声をかけ、テーブルの上に紅茶と苺がドッサリ乗ったタルトが2つずつ置かれる。雨宮はソーサーを片手にティーカップの取手を指でつまむと紅茶を口に含んだ。
「だってたまたま予定が空いたからさー。暇人探してグループで声かけたら、まさか帆鳥が引っかかると思わないじゃん!?皆超驚いてたよね!」
「引っかかるって、言い方…」
「ごめんてー、でもマジで会えて嬉しい!」
高校時代の6人のグループトーク内。時折何かしらの集まりや適当な会話が流れていく中で雨宮が発言することは殆ど無かった。本当に偶々予定が空いていたから、さほど疲れも無かった為遊びに来たわけだが。グループ内のざわめきは尋常ではなかった。高校時代、彼女は自身の研鑽に明け暮れていたが、友人との交友を疎かにしているわけではなかった。友人との交流のある学校は息抜きになったし、時々友達と遊びに行くのはある意味自分へのご褒美だった。
「どう?仕事、大変じゃない?」
「まぁ、それなりに大変かな。」
「それなりってあんた…テレビとかSNSでたまに見るけどさ〜、ほんと心配だよ〜。そんな細っこいのに…」
「細っこいは余計。」
タルトにフォークを突き刺し、切り分けて口に運ぶ。
「全然太らんよなー、マジで…って、写真取るからちょい待ってよ!」
「えっ、いいよ別に。」
「良くないってー!あんた次会えんのいつになるかわからないじゃん!だからほら、笑って!」
高田は満面の笑みでスマホのカメラを雨宮に向ける。雨宮はしょうがないという顔をした後、小首を傾げてピースした。
「うわっ、あざと!」
カメラの連射音に雨宮は慌てて高田のスマホを掴む。
「バカ、そんなに撮るな!」
二人の間は笑いに包まれた。こんな細やかな日々が、雨宮に取っては宝物のように大事だった。滅多に会えないということもあるだろう。穏やかな時間が流れていった。
「ごめんねー、もっとゆっくり出来ればよかったんだけどさ。夕方からバイトで。」
「アグレッシブか…」
駅前まで歩きながら、友人のスケジュールの詰まり具合にひっそりと突っ込みを入れる雨宮。このあとは、暫く1人で横浜の街を探索するのも悪くないかもしれない。そう思いながら、高田を見送る。
「ねぇ、次は集まって遊園地とか行こうよ!会いたがってるよー、皆!」
高田が見せるグループトークの画面には、先程の雨宮の写真。そこには沢山のメッセージが返ってきていた。
「ちょっ!勝手に乗せるな!」
「なにその恥じらい〜。」
「だって私単品じゃん!」
「あっ、てか二人で撮ってないじゃん!」
高田は雨宮の隣に並ぶと、肩を抱いてスマホをインカメにする。小さな画面には楽しそうに笑う高田と不満そうな雨宮の顔が写っている。
「古いけど、イチ足すイチは~?」
「プッ、おもしろくな。」
小さく吹き出しながら、二人でニカッと笑顔を作った。シャッターを切る音がなる。その時だった。
地面が、大きく揺れた。
「キャッ、」
「夏美!」
バランスを崩し、高田が尻餅をつく。雨宮はバランスを崩しながらも高田の側にしゃがむと、顔を上げた。おおよそ、通常の動物からはかけ離れた鳴き声が、ビリビリと鼓膜を揺らす。空を飛ぶ恐竜。見た目はまさにそれが正しい表現だろう。サイズは中型、翼竜系の怪獣。複数体、空を旋回するように飛んでいる。その中の1体が彼女達の方を見下ろした。認識しているのかそうでないのか嘴を大きく開くと、そこに揺れ動く光が、溜まっていく。雨宮は高田を抱えて、その場から走り出した。放たれた火の玉が、彼女達がいたところに着弾して爆破する。衝撃で吹き飛ぶ雨宮は、高田と共に投げ出された。コンクリートの地面に肩を強く打ち付けた雨宮は高田を離してしまう。
「っ、夏美、大丈夫?」
「だっ…大丈夫だけど…帆鳥、膝!てか肩も!」
擦りむいた右膝と肩からは、血が滲んでいた。破けたブラウスとストッキングが痛々しい。
「私は大丈夫。夏美、立てる?」
「立てるけど、あんた大丈夫じゃないじゃん!」
あくまで冷静な雨宮に高田は若干取り乱しかける。雨宮はバッグに手を突っ込むと、無骨な銃を取り出した。
「え、あんたいっつもそんなの持ち歩いてんの!?」
「こういうときの為にね。夏美、私の鞄持って。」
押し付けるように自分のバッグを持たせると、雨宮は高田の肩を掴んで走り出した。
「ちょっ、どこ行くの!!」
「遮蔽物のあるところ。爆発するから不安だけど、無いよりはマシでしょ。」
「駅行ったほうがいいんじゃないの!?」
「屋根のあるところは崩れたら下敷きになるから、心配!」
「じゃっ、じゃあどうすんの!?」
「防衛隊が救助に来るまで、兎に角走る!」
「なにそれ、やばーーー!!」
翼竜が低く飛び、雨宮達に向かってくる。まるでジェット機が迫りくるようだ。叫ぶ高田をよそに、雨宮は銃を両手で構えると、怪獣の顔面に狙いをつける。乾いた発砲音が数発、弾がビシビシと音を立てて怪獣の目に当たる。呻きながら地面に急降下する怪獣の下、雨宮は高田の頭を押さえて勢い良く地面にうつ伏せになる。轟音を立てて落下する怪獣。飛んだ破片がパラパラと頭にかかる。雨宮は高田を立たせて手を引くと、再び走り出した。
「やばっ、まじやばいんですけどーーー!!!」
「夏美、うっさい!」
「なんでそんな落ち着いてんのーー!?」
建物の影に隠れながら、兎に角壊獣のいない方へ走り続ける。撃って、走って走って、時折撃って、路地に逃げ込む。よろよろと立ち止まって、肩で息をする高田。
「ま、…休憩っ…」
「30秒ね。」
「み、みじ、かいっ…」
バッグを両手で握り締めたまま、必死で息を吸う高田の横で弾倉を取り替える雨宮。突如、頭上から金切り声が響いた。勢い良く首を上げ、銃口をまっすぐ上に向ける。
「夏美、下がって!」
ビルの隙間に両翼をついて、此方に落ちてくる怪獣が1体。雨宮は発砲しても意味が無いことを悟り、高田と共に後方に下がる。ズシンっと音を立てて。落ちる翼竜。壁に体を打ち付けながら身を起こすと、二人の方を向いた。高田の手首を握り、振り返った雨宮は目を見開いた。完全な行き止まり。袋小路だった。痛恨のミス。逆に逃げるべきだったと悔いながら、改めて怪獣に対峙する。スーツもなしで、この拳銃1つで倒しきれることが不可能なことはよく分かっていた。しかし、彼女は一歩も後ろに下がらない。
「帆鳥!」
後ろには、大切な友人がいた。死んでも下がるわけにはいかなかった。自分が食われてでも、彼女を助けなければ。向かってくる怪獣に、トリガーを引き絞る。発砲しながらここまでか、と諦めかけた時だった。
ズンッと怪獣の体が押し潰されるように地面に沈む。驚きに口を開く。
「…よく立ち向かった。その勇気は称賛に値する。」
倒れ伏す怪獣の上で、突き立てた武器を手に立つ男。雨宮はその姿を視認すると、開いた口を閉じて銃をおろした。此方を向く顔に、部隊内での伝達事項及び、ニュースの見出しを思い出す。
「さて。一応聞いておくが、無事か?」
「…問題ありません、鳴海隊長。」
パチリと瞬きした男は、ニヤリと笑う。
「なんだ君、防衛隊員か。どうりで銃なんか持ってるわけだ。」
日本防衛隊第1部隊新隊長鳴海弦、その人だった。
「所属は?」
「第3部隊所属、雨宮帆鳥であります。」
ビシッと背筋を伸ばして敬礼する姿に、鳴海はゲンナリと顔を歪める。
「うげ、第3部隊〜?…まぁ、この辺ならそうなるよな。ウチか第3くらいか。」
鳴海は怪獣から武器を引き抜くと、肩に背負って言葉を続ける。
「兎に角、今は君も保護対象の扱いだ。君もその後ろの子も、こっちで保護する。ついてこい。」
雨宮が振り返ると、高田は座り込んでいた。
「、夏美どっか怪我した?大丈夫?」
片膝をついて高田の顔を覗き込む。高田はポロポロと涙を流していた。
「なっ、泣いてんの…?」
「だっ、だっで〜、マジで怖かったんだもん〜!」
「あぁーもう、泣かないでよ!」
「うぅ〜、帆鳥が生きてて、本当に良かった〜」
高田は雨宮に抱きついた。雨宮は狼狽える。鳴海は彼女の側に歩み寄ると、カラカラと笑った。
「おいおい、市民泣かせてんじゃねーよ。」
「違います!」
慌てた顔をニヤニヤと見下ろしながら鳴海は言った。
「怪我の功名だな。見せつけやがって。」
「う、うるさい!!」
「他所の部隊とはいえ、隊長に向かってうるさいとは…大きく出たな。後で罰則食らわせてやるから覚悟しろ。」
「なっ、この…!」
雨宮は高田をなんとか立ち上がらせると、鳴海の後に続いた。
窓から差し込む午後の日差しの暖かさに、保科は思わず欠伸した。昼食を取り終えたばかりだと言うこともあるだろう。心地のいい天気の中で若干睡魔に負けつつある。しかし、眠くとも脚はしっかり動き目的地まで歩んでいく。
オペレータールームに入り、書類の束をヒラヒラと動かしながら目当ての人物の名を呼んだ。
「小此木ちゃーん。」
呼ばれた小此木は保科の方を向いて眼鏡を押し上げる。
「はい、いかがしましたか?」
「これ、頼まれとったデータ纏めた書類。」
「あっ!わざわざありがとうございます。」
小此木は椅子から立ち上がり、小走りで保科の元へ駆け寄ると両手で書類を受け取った。そして何かに気が付いたように首を伸ばして保科の後ろを見る。
「どないしたん?」
「いえ、本日は雨宮さんはご一緒じゃ無いんですね。」
「そない四六時中一緒におるわけじゃないで。」
保科小隊に所属する雨宮は仕事や訓練について、保科に教えを請うことが多かった。その為、側についていたほうが話が早いとよく彼について回っていた。
「可愛いもんやで。ヒヨコみたいやろ?」
「そんなこと言うのは保科副隊長くらいですよ…」
無表情で淡々とした口調。とっつきにくく可愛げがあるわけでもない。この2年で防衛隊における交友関係は広がったのだろうが、それでも彼女はとてもじゃないがヒヨコからは遠い印象である。
「まぁまぁ、ものの例えやから。今日は非番でな、横浜に遊びに行ってるみたいやで?」
「へぇ…珍しいですね。雨宮さんが他所に遊びに行くなんて。」
「朝からしっかりお洒落してなぁ…可愛らしかったわ。」
その頃、横浜駅にて。広い駅構内の改札前の柱に、雨宮はスマートフォンを操作しながらもたれかかっていた。ヒールの高い黒のブーツに、銀の金具がアクセントの黒いハイウエストのショートパンツ。青いブラウスに緩く巻かれた髪、頭にはベレー帽を被っていた。肩には緑のショルダーバックをかけている。
「帆鳥〜!」
久々に呼ばれる名前に、スマホの画面を落として顔をあげる。
「待ってた、夏美。」
「久々ー!」
小走りで駆け寄ってくる女性は高田夏美。雨宮の友人だった。
「うわー、マジで高校以来じゃーん!」
「ほんとに、久しぶりだね。」
「もー、マジで会えて嬉しい!!」
はしゃぐ友人に雨宮は普段見せない笑顔を浮かべる。二人は暫く横浜の街を堪能し、喫茶店に入って腰を落ち着けた。
「やばー、めっちゃ食ったのにまだ食える!帆鳥ケーキは?」
「うーん。…このタルトにしよっかな。」
「えー、それうまそう!私もそれにしよー!」
紅茶とケーキを注文し、二人は昔話に花を咲かせた。
「マジで今日他のメンツも揃えば良かったのにねー。」
「皆忙しそうだし、しょうがないでしょ。」
「いやー、去年落とした単位で苦しんでるだけだから!同情の余地なしっしょ!折角帆鳥と予定あったのに〜」
「急だったからね。」
店員が声をかけ、テーブルの上に紅茶と苺がドッサリ乗ったタルトが2つずつ置かれる。雨宮はソーサーを片手にティーカップの取手を指でつまむと紅茶を口に含んだ。
「だってたまたま予定が空いたからさー。暇人探してグループで声かけたら、まさか帆鳥が引っかかると思わないじゃん!?皆超驚いてたよね!」
「引っかかるって、言い方…」
「ごめんてー、でもマジで会えて嬉しい!」
高校時代の6人のグループトーク内。時折何かしらの集まりや適当な会話が流れていく中で雨宮が発言することは殆ど無かった。本当に偶々予定が空いていたから、さほど疲れも無かった為遊びに来たわけだが。グループ内のざわめきは尋常ではなかった。高校時代、彼女は自身の研鑽に明け暮れていたが、友人との交友を疎かにしているわけではなかった。友人との交流のある学校は息抜きになったし、時々友達と遊びに行くのはある意味自分へのご褒美だった。
「どう?仕事、大変じゃない?」
「まぁ、それなりに大変かな。」
「それなりってあんた…テレビとかSNSでたまに見るけどさ〜、ほんと心配だよ〜。そんな細っこいのに…」
「細っこいは余計。」
タルトにフォークを突き刺し、切り分けて口に運ぶ。
「全然太らんよなー、マジで…って、写真取るからちょい待ってよ!」
「えっ、いいよ別に。」
「良くないってー!あんた次会えんのいつになるかわからないじゃん!だからほら、笑って!」
高田は満面の笑みでスマホのカメラを雨宮に向ける。雨宮はしょうがないという顔をした後、小首を傾げてピースした。
「うわっ、あざと!」
カメラの連射音に雨宮は慌てて高田のスマホを掴む。
「バカ、そんなに撮るな!」
二人の間は笑いに包まれた。こんな細やかな日々が、雨宮に取っては宝物のように大事だった。滅多に会えないということもあるだろう。穏やかな時間が流れていった。
「ごめんねー、もっとゆっくり出来ればよかったんだけどさ。夕方からバイトで。」
「アグレッシブか…」
駅前まで歩きながら、友人のスケジュールの詰まり具合にひっそりと突っ込みを入れる雨宮。このあとは、暫く1人で横浜の街を探索するのも悪くないかもしれない。そう思いながら、高田を見送る。
「ねぇ、次は集まって遊園地とか行こうよ!会いたがってるよー、皆!」
高田が見せるグループトークの画面には、先程の雨宮の写真。そこには沢山のメッセージが返ってきていた。
「ちょっ!勝手に乗せるな!」
「なにその恥じらい〜。」
「だって私単品じゃん!」
「あっ、てか二人で撮ってないじゃん!」
高田は雨宮の隣に並ぶと、肩を抱いてスマホをインカメにする。小さな画面には楽しそうに笑う高田と不満そうな雨宮の顔が写っている。
「古いけど、イチ足すイチは~?」
「プッ、おもしろくな。」
小さく吹き出しながら、二人でニカッと笑顔を作った。シャッターを切る音がなる。その時だった。
地面が、大きく揺れた。
「キャッ、」
「夏美!」
バランスを崩し、高田が尻餅をつく。雨宮はバランスを崩しながらも高田の側にしゃがむと、顔を上げた。おおよそ、通常の動物からはかけ離れた鳴き声が、ビリビリと鼓膜を揺らす。空を飛ぶ恐竜。見た目はまさにそれが正しい表現だろう。サイズは中型、翼竜系の怪獣。複数体、空を旋回するように飛んでいる。その中の1体が彼女達の方を見下ろした。認識しているのかそうでないのか嘴を大きく開くと、そこに揺れ動く光が、溜まっていく。雨宮は高田を抱えて、その場から走り出した。放たれた火の玉が、彼女達がいたところに着弾して爆破する。衝撃で吹き飛ぶ雨宮は、高田と共に投げ出された。コンクリートの地面に肩を強く打ち付けた雨宮は高田を離してしまう。
「っ、夏美、大丈夫?」
「だっ…大丈夫だけど…帆鳥、膝!てか肩も!」
擦りむいた右膝と肩からは、血が滲んでいた。破けたブラウスとストッキングが痛々しい。
「私は大丈夫。夏美、立てる?」
「立てるけど、あんた大丈夫じゃないじゃん!」
あくまで冷静な雨宮に高田は若干取り乱しかける。雨宮はバッグに手を突っ込むと、無骨な銃を取り出した。
「え、あんたいっつもそんなの持ち歩いてんの!?」
「こういうときの為にね。夏美、私の鞄持って。」
押し付けるように自分のバッグを持たせると、雨宮は高田の肩を掴んで走り出した。
「ちょっ、どこ行くの!!」
「遮蔽物のあるところ。爆発するから不安だけど、無いよりはマシでしょ。」
「駅行ったほうがいいんじゃないの!?」
「屋根のあるところは崩れたら下敷きになるから、心配!」
「じゃっ、じゃあどうすんの!?」
「防衛隊が救助に来るまで、兎に角走る!」
「なにそれ、やばーーー!!」
翼竜が低く飛び、雨宮達に向かってくる。まるでジェット機が迫りくるようだ。叫ぶ高田をよそに、雨宮は銃を両手で構えると、怪獣の顔面に狙いをつける。乾いた発砲音が数発、弾がビシビシと音を立てて怪獣の目に当たる。呻きながら地面に急降下する怪獣の下、雨宮は高田の頭を押さえて勢い良く地面にうつ伏せになる。轟音を立てて落下する怪獣。飛んだ破片がパラパラと頭にかかる。雨宮は高田を立たせて手を引くと、再び走り出した。
「やばっ、まじやばいんですけどーーー!!!」
「夏美、うっさい!」
「なんでそんな落ち着いてんのーー!?」
建物の影に隠れながら、兎に角壊獣のいない方へ走り続ける。撃って、走って走って、時折撃って、路地に逃げ込む。よろよろと立ち止まって、肩で息をする高田。
「ま、…休憩っ…」
「30秒ね。」
「み、みじ、かいっ…」
バッグを両手で握り締めたまま、必死で息を吸う高田の横で弾倉を取り替える雨宮。突如、頭上から金切り声が響いた。勢い良く首を上げ、銃口をまっすぐ上に向ける。
「夏美、下がって!」
ビルの隙間に両翼をついて、此方に落ちてくる怪獣が1体。雨宮は発砲しても意味が無いことを悟り、高田と共に後方に下がる。ズシンっと音を立てて。落ちる翼竜。壁に体を打ち付けながら身を起こすと、二人の方を向いた。高田の手首を握り、振り返った雨宮は目を見開いた。完全な行き止まり。袋小路だった。痛恨のミス。逆に逃げるべきだったと悔いながら、改めて怪獣に対峙する。スーツもなしで、この拳銃1つで倒しきれることが不可能なことはよく分かっていた。しかし、彼女は一歩も後ろに下がらない。
「帆鳥!」
後ろには、大切な友人がいた。死んでも下がるわけにはいかなかった。自分が食われてでも、彼女を助けなければ。向かってくる怪獣に、トリガーを引き絞る。発砲しながらここまでか、と諦めかけた時だった。
ズンッと怪獣の体が押し潰されるように地面に沈む。驚きに口を開く。
「…よく立ち向かった。その勇気は称賛に値する。」
倒れ伏す怪獣の上で、突き立てた武器を手に立つ男。雨宮はその姿を視認すると、開いた口を閉じて銃をおろした。此方を向く顔に、部隊内での伝達事項及び、ニュースの見出しを思い出す。
「さて。一応聞いておくが、無事か?」
「…問題ありません、鳴海隊長。」
パチリと瞬きした男は、ニヤリと笑う。
「なんだ君、防衛隊員か。どうりで銃なんか持ってるわけだ。」
日本防衛隊第1部隊新隊長鳴海弦、その人だった。
「所属は?」
「第3部隊所属、雨宮帆鳥であります。」
ビシッと背筋を伸ばして敬礼する姿に、鳴海はゲンナリと顔を歪める。
「うげ、第3部隊〜?…まぁ、この辺ならそうなるよな。ウチか第3くらいか。」
鳴海は怪獣から武器を引き抜くと、肩に背負って言葉を続ける。
「兎に角、今は君も保護対象の扱いだ。君もその後ろの子も、こっちで保護する。ついてこい。」
雨宮が振り返ると、高田は座り込んでいた。
「、夏美どっか怪我した?大丈夫?」
片膝をついて高田の顔を覗き込む。高田はポロポロと涙を流していた。
「なっ、泣いてんの…?」
「だっ、だっで〜、マジで怖かったんだもん〜!」
「あぁーもう、泣かないでよ!」
「うぅ〜、帆鳥が生きてて、本当に良かった〜」
高田は雨宮に抱きついた。雨宮は狼狽える。鳴海は彼女の側に歩み寄ると、カラカラと笑った。
「おいおい、市民泣かせてんじゃねーよ。」
「違います!」
慌てた顔をニヤニヤと見下ろしながら鳴海は言った。
「怪我の功名だな。見せつけやがって。」
「う、うるさい!!」
「他所の部隊とはいえ、隊長に向かってうるさいとは…大きく出たな。後で罰則食らわせてやるから覚悟しろ。」
「なっ、この…!」
雨宮は高田をなんとか立ち上がらせると、鳴海の後に続いた。
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