月下美人の横顔
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輸送者に揺られる隊員達は皆、ピシリと背筋を伸ばして座っている。当然である。満を持した今期入隊者達の初任務だ。張り詰めたような緊張感の中で思い思いに現場に到着するのを待っている。そんなピリピリとした空気の中で一人だけ、猫背の者がいた。コクリコクリと船を漕ぐ姿は、これから戦場に向かう者とは思えない。
「こら、雨宮。大事な初陣やのに、居眠りしてたらアカンで。」
咎めるような保科の声に少しだけ瞼を上げるも、すぐにそれは閉じられてしまう。
「まったく…豪胆なやっちゃで。」
「…あの、保科副隊長。」
「なんや?」
控えめに保科に声を掛けたのは雨宮の隣に座る若い女性の隊員。彼女もまた新人である。
「彼女、日付が変わる頃までトレーニングルームにこもってたみたいで…その…。日頃からよく頑張っているんです。だから…」
「多めに見てやれと?」
「…はい。」
「ふぅん。佐渡、この子と同室なんか?」
覚えて日の浅い名簿の中から思い返した名。それに宛てた質問にはすぐに返事が来る。
「はい、そうです。あまり喋ったことは無いんですけど…凄く努力してるのは、見てて分かるから…」
「優しいなぁ、君は。でも戦いの最中で眠いから待ってくれるような怪獣はおらんよ。早いとこ起こしてやり。」
「あっ…分かりました。」
佐渡は遠慮がちに雨宮の肩を揺すってやる。雨宮は両膝を掴んでグッと肩を伸ばした。パチリと開かれた目はまだ眠たげではあるが、先程よりはマシに見える。
「よし、間もなく現着や。皆気い引き締めてこか。」
防衛隊仮設拠点にて、車を降りた一同は装備を整える。
時刻0230。八王子市討伐作戦が始まる。標的は八王子市の真ん中、地上40階建てのビルのてっぺんにてとぐろを巻き居座っている。本獣推定フォルテチュー7.4。高層のビルにはいびつに歪んだ跡があり、地上からビルに巻き付いて登っていったことが伺えた。戦闘には適していない市街地の中心部、その地中より現れた本獣は、この数時間殆ど動きを見せていない。指定の討伐区域までの誘導は失敗に終わり、ビルの上層より降りてくる余獣の数は徐々に増えていた。いつ本獣が動き出すか定かではない。幸い、まだ動きが見られない分市民の避難は順調だった。
「で。大まかな作戦としては、ビルの被害に関しては諦めて亜白隊長が本獣をふっ飛ばす。そして私達が余獣の駆除。そんなところでしょうか?」
「せや!ちゃんと聞いてて偉いやん!」
大袈裟な保科の言葉を無視して雨宮は武器を構える。ジャキリッと音を立ててライフルの動作確認を行う。討伐区域に入り、本獣を目の前にした雨宮の表情は引き締まったものに変わっていた。
「なんや君、さっきまであんな眠そうにしとったくせに。」
「流石に作戦が始まりますから。」
「…雨宮。」
真面目な呼び声に、雨宮は保科を見上げる。
「苦手だろうが何やろうが、この部隊におるのは皆君の仲間や。」
いつ死ぬか分からずとも。
「…だから何ですか。」
「連携も大事な仕事っちゅーことや。それをしっかり頭に置いとき。」
念の為に添えた言葉だった。いわばデビュー戦。それは慣れない現場での戦いにおいて、一番大事な事柄だった。どんなに盤石な作戦及び人員を用意していても、場合よって突出しすぎれば死者が出かねない。
雨宮は了承したのかそうでないのか。保科を一瞥するとフイッと顔を反らして去っていく。
「あっ、コラ!上官の話はちゃんと聞き!」
「…副隊長、あいつシメて来ましょうか?」
「いや、そこまでせんでええよ。多感な年頃やねん。」
舐めた態度を取る雨宮の姿に、部下は少なからず憤っているようだ。それをいさめ、通信回線を全体に開く。
「ほんなら、始めるで。激も作戦もさっき飛ばした通りや。皆、気張ってこか。」
周囲から聞こえる返事に、保科は満足そうに微笑んだ。
隊員達が、出撃していく。保科小隊に属する雨宮はその隊員達と共に市街地へ降下していく。
着地し銃を構え直した最中、足元に広がる路上にピシリとヒビが入る。雨宮は高くジャンプして民家の塀に飛び乗った。勢いよく地面を砕き突出する蛇のような姿をした余獣。本獣によく似た姿のそれを見とめると、雨宮は反射的に銃口を向けた。
ドパッと音を立てて撃ち抜かれた胴体。崩れるように地面に落ちたそれは程無くして沈黙する。
「よくやった、雨宮。」
雨宮は返事せずジッと余獣の死骸を見下ろす。
「どうした?」
「…全長数メートルの長い体。撃ち抜いたのは胴体の丁度真ん中あたりのみですが、其処が核だなんて都合の良いことがあるのか。と思いまして。」
塀の上にしゃがんで語る姿はまるで猫のようだ。隊員はそう思いながら安心させるように言葉を続けた。
「現にこうして対象は沈黙してるんだ。撃った箇所が丁度核だったなんて、ラッキーだな!」
隊員は通信越しに他部隊に情報を嬉々として共有する。しかし、その表情はすぐに困惑に変わる。
「なんだと…?」
「どうしました?」
「いや報告によると、核は頭部、首、中間、尻尾、と個体よって差異があるそうだ。」
「…面倒ですね。」
個体によって異なる核の部位。おまけにこの細長い体では、当たりがつけにくくなる。どうするのが効率的かと、考えていた時だった。けたたましい程の破裂音。音の方角を見ると、本獣の位置からであった。
ビルから逃れるように体を伸ばす巨体。見ればビルの屋上と本獣の体が一部、纏めて消し飛んだ箇所がある。続けて、響いた轟音の直後、本獣の頭部が首から吹っ飛んだ。
「亜白隊長だ!」
希望に満ちた声。雨宮はそれに反応することなく、本獣が撃破される様子を無感情に眺めていた。あの調子なら核がどの位置にあろうとすぐに終わるだろう。しかし、その考えが安直であったことに一同はすぐに気が付くことになる。宙を舞う本獣の頭部よりビシビシと音を立て、肉片が伸びていく。瞬く間に再生していく体。次弾、発射された亜白の一撃は本獣の頭部を消し飛ばした。しかし、一呼吸おいてその頭部は同じように、再生しかけの胴体より肉片を伸ばして復元されていく。雨宮はその様子に目を見開く。次点で亜白の攻撃はなく、弾の衝撃により宙を舞っていた本獣の巨体はメキメキと音を立てて急速に再生する。落下する直前には完全に元の形に復元し、市街地にその巨体は倒れ込んだ。
ズシンっとまず音が轟き、続けて激しい揺れが大地を襲う。付近の建造物は倒壊し、ガラス張りの窓は砕け散る。受け身をとったとはいえ、雨宮も地に伏すことになっていた。
「…先輩、生きてますか?」
「ぅ、っぐ…」
反射的に庇った頭から腕をどかし地面に転がった体を叩き起す。周囲を確認後、程無くして先程まで軽快な口調で任務に当たっていた隊員を見つけ出す。吹き飛んだ余波で頭部を強打したようで、血を流している。幸い生きているが、どの程度重症なのか細かくは判断しかねる。雨宮は回線を開く。
「…保科副隊長、生きてますか?」
『こっちのセリフやで!無事か雨宮!?』
大声に、思わず顔をしかめる。
「私は無事、五体満足です。装備も損傷なく、戦闘は問題無く続行出来ます。しかし同部隊の沖村隊員が頭部に傷を負っています。恐らく、処置を急いだ方がよろしいかと。」
『っ!…雨宮、沖村を連れて仮説拠点まで下がって来れるか?』
「はい。だいぶ大きな衝撃でしたが、仮説拠点の被害は大丈夫なんですか?」
『それは大丈夫や。作戦に支障が出ない程度の被害ですんどる。』
「なるほど。」
話しながら、雨宮はポシェットから取り出した救急キットで隊員、沖村の頭を応急処置していく。ガラガラと瓦礫の転がる音に振り向くと、余獣がゆっくりと此方に向かっているのが見えた。雨宮は沖村をその場に寝かせるとライフルを構えた。
『兎に角、僕も隊員の安否を確認しながら援護に回る。無茶はせんと兎に角下がれ、怪我人がおるんやからな。』
「はい。避けれそうな敵は避けていきます。」
『頼んだで、雨宮。』
「了。」
通信が終わると同時に雨宮は発砲する。弾ける肉片。しかしかなりのスピードで再生しながら迫ってくる蛇型の余獣。雨宮はライフルを右手と脇で固定してハンドガンを引き抜く。2つの銃口が余獣を狙い、一気に肉体を削っていく。やがて核が砕け、余獣は沈黙した。
「…核が移動するタイプの怪獣。」
危険を感じると長い体内で核を移動させる。厄介な能力だと思いながら、ライフルから手を離す。しゃがみ込んでハンドガンを片手にしたまま沖村を肩に背負う。
「リミッター解除許可申請。」
オペレーターの返事を聞き、スーツの戦力開放値を上昇させる。引き上げた開放戦力は45%。ここ数ヶ月の努力の賜物だ。こんなにすぐ発揮することになるとは思わなかったが。
「先輩、聞こえますか?」
返事がない。しかし、バイタルはまだ感知できている。急いだ方が良さそうだ。
「揺れますけど、死なないで下さいね。」
雨宮は勢いよく走り出した。
「あんま悠長にしとる時間はないな。」
保科小隊の面々は全員揃っていたが2名が負傷。その他2つの小隊も負傷者が数名。幸いにも死亡者はいなかった。
「死亡者がいなかったのは奇跡ですね。あんだけデカい余波でよう皆生きてたもんや。」
「あぁ、本当に。…良かった。」
フーっと大きく息を吐く亜白。本当に安堵したのだろう。
「どうしますか、亜白隊長。」
「…余獣であの再生力だ。」
「見た目は、馬鹿デカいアオダイショウやな。」
核の移動する怪獣。全長約150キロメートル。直径約100メートル。加えて驚異的な再生スピードを持つ。確実に核を破壊しない限りその再生力が衰えることは無さそうだ。
亜白が本獣に対して一気に畳み掛けたとして、撃破が間に合うだろうか。亜白の専用武器による攻撃は威力が大きい分、連続性を欠く。次弾を発射する前に再生されては核の位置を特定して倒し切るまでに時間がかかる。時間をかければその分街の被害が大きくなる。
「…危険を感知して、核を移動させているようでした。それなら、核を体の端に追い込めれば良いのでは?…せめて半身まで移動させることが出来れば…位置が絞れて攻撃数は少なくて済みます。」
「もうちょい体が短かければな、その作戦が理にかなっとったんやが。」
本獣が危険を感じてコアを移動させる程の火力を持つ隊員は、亜白を除いて現状この部隊にはいなかった。
「なんか無いもんか…」
「他部隊への援護要請は?」
「余獣が徐々に増えてきとる。それまで、街が持つか…」
どうにもならない。限られた時間の中で平行線な話が続いていく。すると突然、座っていた雨宮が立ち上がった。ライフル片手に市街地方面へ向かうと、徐ろに銃身を持ち上げた。
「えっ?雨宮さ、」
パンッと発砲音が一つ響く。瓦礫を崩した大きな銃創。突拍子も無い彼女の行動に皆が驚き、静まり返る。そんな沈黙を破る保科の声。
「なんやなんや、どうした。」
保科の声に、雨宮は振り返る。
「現段階で私のスーツの開放戦力は36%です。」
「それは知っとる。訓練で見とるからな。」
「ご存知の通り、それなりに高い威力といえどもこの一発ではあの本獣の脅威にはならないでしょう。でも、纏まった数なら?」
「あっ…なるほど、一人一人の開放戦力が亜白隊長に届かずとも、各々が最大まで開放戦力を上げた状態でならっ!」
届くかもしれない。オペレーターのひと押しでそれは一筋の希望となる。場の空気が徐々に湧き上がる。やれるかもしれないというチーム全体の自信に変わっていく。
「…その方向でどうやろか、隊長。」
保科は笑みを浮かべながら振り返る。亜白は深く頷いた。
「うん、やろう。ありがとう雨宮。良い案だ。」
亜白の言葉を聞き、雨宮は片眉を上げてライフルを肩に掛けた。薄く開いた口を、閉じる。何か言いたげな表情を背け、雨宮は離れた場所へ行ってしまった。
あまりにも素っ気ないその態度は、不機嫌さを醸し出している。
「…亜白隊長、あんま気にせんで下さいよ。今は作戦に差し障ります。」
「いいんだ保科。アレはきっと…私が悪い。」
アレとは雨宮の態度のことだろう。ほんの少し、申し訳無さそうな顔をした亜白に対して保科は異を唱えた。
「二人の間に何があるかなんて僕は知りませんけれども、この第三部隊の隊長は貴女だ。部下の手前、そんな弱気な姿を見せんでください。示しがつかへん。」
「そうだな。悪かったよ、保科。」
困ったように笑い、謝る亜白。ここまで気弱な亜白の姿を見るのは初めてで、保科は叱責するような形になってしまったことを悔いた。
「ともかく、雨宮には僕からも言っときます。あれは多少なりとも公私混同しとるように見えますから。部隊にとっても悪い兆候やと思いますんで。」
返事を聞かず、彼は亜白の元から去る。保科はすぐに雨宮の元へ向かった。そう遠くない場所。救護班の直ぐ側に、闇夜を見下ろす後ろ姿がある。
「雨宮。」
「なんです?」
先程と打って変わった声音。淡々としたそれではなく、その返事には確かな不平不満が詰まっていた。名を呼ばれる理由を多少なりとも分かっているように見える。
「なんやねんさっきの態度。言いたいことも言わんと不機嫌そうにどっか行ってしもて…子供じゃないんやから。」
保科の非難を聞き、雨宮は低い声を出した。
「…あの人、きっと迷ったんです。」
「亜白隊長が?」
「2撃目まで攻撃が直撃して尚再生する敵。恐らく飛ばされた頭に核がありました。そこから再生しましたからね。そして驚異的な速さで形作られる胴体に核を即時移動させた。恐るべき生存本能です。…でもあの人の力なら、全身が再生して街に落下する前に仕留め切れたはずです。」
振り返った雨宮の表情は静かで、しかしそうと分かる程には怒りに満ちていた。
「核の位置か、その後の被害か。何を想定して迷ったのかは知りませんけど。仕留めきれず、街にも部隊にも被害を出した。私にあの人のような力があれば、迷いませんでした。迷わず撃ち続けたと思います。」
若さゆえかの驕り高ぶりか、それ以外の感情か。どちらにせよ、殆ど暴論であった。
発生する怪獣への対策及び作戦行動は過去の例を顧みて決められる。大抵はそれで対処しきれるがいかに対策を練ろうとも、完璧に対応しきれない場合もある。都度現場での臨機応変さも求められるが、それも同じく一個人では判断しきれない場合だってあるのだ。
保科は雨宮の洞察力に関心を示しかけるが、予想以上に幼稚な感情を吐露する彼女に若干の失望と苛立ちを覚えた。何より自分の恩人である亜白に対する無礼が1番気に障る。
「亜白隊長だって人間や。判断しきれんこともある。」
そんな、自分の思いを丸々呑み込み努めて落ち着いた態度を取れたのは、副隊長に昇進したという責任感からだった。
「えぇ、そうでしょうね。だから言わなかったでしょう。」
「…言わんって決めたんなら、あぁいう態度取るのもやめ。せせこましく見えるで。」
保科の持つ恩義などは露知らず。亜白を庇う彼の姿勢に雨宮もまた苛立ちを募らせていた。
「あの人の為にお説教ですか?それで人命が救えるのなら、安いものですね。」
すぎた言葉に、保科は彼女のスーツの胸ぐらを掴んだ。臆さず睨み返す雨宮に、保科は問いかける。
「お前、何の為に防衛隊に入った?…僕達は一人で戦ってるわけじゃない。チームや。そんでもって僕等は人間や。完璧じゃない。全員で、足りない部分を互いにサポートし合わなあかん。確かに君は強いかもしれん。けど今はそれだけや。それだけやと仲間が死ぬ。そんでもって自分も死ぬで?」
開かれた瞳を、雨宮は黙って見返す。一呼吸おいて彼女は吐き捨てるように言った。
「分かりましたよ。チームの輪を乱すような行為は慎みます。それでいいですか。」
「…ま、今はそれで充分や。ちゃんと呑み込めて偉いで。」
保科は手を離す。
「乱暴して悪かったな。」
「気になさらなくて結構です。しっかりサポートしてくださるならね。」
ジットリと睨みつける雨宮に、保科は乾いた笑いをこぼした。
「ホンマ、口の減らないやつやな。」
「なんとでも。」
「こら、雨宮。大事な初陣やのに、居眠りしてたらアカンで。」
咎めるような保科の声に少しだけ瞼を上げるも、すぐにそれは閉じられてしまう。
「まったく…豪胆なやっちゃで。」
「…あの、保科副隊長。」
「なんや?」
控えめに保科に声を掛けたのは雨宮の隣に座る若い女性の隊員。彼女もまた新人である。
「彼女、日付が変わる頃までトレーニングルームにこもってたみたいで…その…。日頃からよく頑張っているんです。だから…」
「多めに見てやれと?」
「…はい。」
「ふぅん。佐渡、この子と同室なんか?」
覚えて日の浅い名簿の中から思い返した名。それに宛てた質問にはすぐに返事が来る。
「はい、そうです。あまり喋ったことは無いんですけど…凄く努力してるのは、見てて分かるから…」
「優しいなぁ、君は。でも戦いの最中で眠いから待ってくれるような怪獣はおらんよ。早いとこ起こしてやり。」
「あっ…分かりました。」
佐渡は遠慮がちに雨宮の肩を揺すってやる。雨宮は両膝を掴んでグッと肩を伸ばした。パチリと開かれた目はまだ眠たげではあるが、先程よりはマシに見える。
「よし、間もなく現着や。皆気い引き締めてこか。」
防衛隊仮設拠点にて、車を降りた一同は装備を整える。
時刻0230。八王子市討伐作戦が始まる。標的は八王子市の真ん中、地上40階建てのビルのてっぺんにてとぐろを巻き居座っている。本獣推定フォルテチュー7.4。高層のビルにはいびつに歪んだ跡があり、地上からビルに巻き付いて登っていったことが伺えた。戦闘には適していない市街地の中心部、その地中より現れた本獣は、この数時間殆ど動きを見せていない。指定の討伐区域までの誘導は失敗に終わり、ビルの上層より降りてくる余獣の数は徐々に増えていた。いつ本獣が動き出すか定かではない。幸い、まだ動きが見られない分市民の避難は順調だった。
「で。大まかな作戦としては、ビルの被害に関しては諦めて亜白隊長が本獣をふっ飛ばす。そして私達が余獣の駆除。そんなところでしょうか?」
「せや!ちゃんと聞いてて偉いやん!」
大袈裟な保科の言葉を無視して雨宮は武器を構える。ジャキリッと音を立ててライフルの動作確認を行う。討伐区域に入り、本獣を目の前にした雨宮の表情は引き締まったものに変わっていた。
「なんや君、さっきまであんな眠そうにしとったくせに。」
「流石に作戦が始まりますから。」
「…雨宮。」
真面目な呼び声に、雨宮は保科を見上げる。
「苦手だろうが何やろうが、この部隊におるのは皆君の仲間や。」
いつ死ぬか分からずとも。
「…だから何ですか。」
「連携も大事な仕事っちゅーことや。それをしっかり頭に置いとき。」
念の為に添えた言葉だった。いわばデビュー戦。それは慣れない現場での戦いにおいて、一番大事な事柄だった。どんなに盤石な作戦及び人員を用意していても、場合よって突出しすぎれば死者が出かねない。
雨宮は了承したのかそうでないのか。保科を一瞥するとフイッと顔を反らして去っていく。
「あっ、コラ!上官の話はちゃんと聞き!」
「…副隊長、あいつシメて来ましょうか?」
「いや、そこまでせんでええよ。多感な年頃やねん。」
舐めた態度を取る雨宮の姿に、部下は少なからず憤っているようだ。それをいさめ、通信回線を全体に開く。
「ほんなら、始めるで。激も作戦もさっき飛ばした通りや。皆、気張ってこか。」
周囲から聞こえる返事に、保科は満足そうに微笑んだ。
隊員達が、出撃していく。保科小隊に属する雨宮はその隊員達と共に市街地へ降下していく。
着地し銃を構え直した最中、足元に広がる路上にピシリとヒビが入る。雨宮は高くジャンプして民家の塀に飛び乗った。勢いよく地面を砕き突出する蛇のような姿をした余獣。本獣によく似た姿のそれを見とめると、雨宮は反射的に銃口を向けた。
ドパッと音を立てて撃ち抜かれた胴体。崩れるように地面に落ちたそれは程無くして沈黙する。
「よくやった、雨宮。」
雨宮は返事せずジッと余獣の死骸を見下ろす。
「どうした?」
「…全長数メートルの長い体。撃ち抜いたのは胴体の丁度真ん中あたりのみですが、其処が核だなんて都合の良いことがあるのか。と思いまして。」
塀の上にしゃがんで語る姿はまるで猫のようだ。隊員はそう思いながら安心させるように言葉を続けた。
「現にこうして対象は沈黙してるんだ。撃った箇所が丁度核だったなんて、ラッキーだな!」
隊員は通信越しに他部隊に情報を嬉々として共有する。しかし、その表情はすぐに困惑に変わる。
「なんだと…?」
「どうしました?」
「いや報告によると、核は頭部、首、中間、尻尾、と個体よって差異があるそうだ。」
「…面倒ですね。」
個体によって異なる核の部位。おまけにこの細長い体では、当たりがつけにくくなる。どうするのが効率的かと、考えていた時だった。けたたましい程の破裂音。音の方角を見ると、本獣の位置からであった。
ビルから逃れるように体を伸ばす巨体。見ればビルの屋上と本獣の体が一部、纏めて消し飛んだ箇所がある。続けて、響いた轟音の直後、本獣の頭部が首から吹っ飛んだ。
「亜白隊長だ!」
希望に満ちた声。雨宮はそれに反応することなく、本獣が撃破される様子を無感情に眺めていた。あの調子なら核がどの位置にあろうとすぐに終わるだろう。しかし、その考えが安直であったことに一同はすぐに気が付くことになる。宙を舞う本獣の頭部よりビシビシと音を立て、肉片が伸びていく。瞬く間に再生していく体。次弾、発射された亜白の一撃は本獣の頭部を消し飛ばした。しかし、一呼吸おいてその頭部は同じように、再生しかけの胴体より肉片を伸ばして復元されていく。雨宮はその様子に目を見開く。次点で亜白の攻撃はなく、弾の衝撃により宙を舞っていた本獣の巨体はメキメキと音を立てて急速に再生する。落下する直前には完全に元の形に復元し、市街地にその巨体は倒れ込んだ。
ズシンっとまず音が轟き、続けて激しい揺れが大地を襲う。付近の建造物は倒壊し、ガラス張りの窓は砕け散る。受け身をとったとはいえ、雨宮も地に伏すことになっていた。
「…先輩、生きてますか?」
「ぅ、っぐ…」
反射的に庇った頭から腕をどかし地面に転がった体を叩き起す。周囲を確認後、程無くして先程まで軽快な口調で任務に当たっていた隊員を見つけ出す。吹き飛んだ余波で頭部を強打したようで、血を流している。幸い生きているが、どの程度重症なのか細かくは判断しかねる。雨宮は回線を開く。
「…保科副隊長、生きてますか?」
『こっちのセリフやで!無事か雨宮!?』
大声に、思わず顔をしかめる。
「私は無事、五体満足です。装備も損傷なく、戦闘は問題無く続行出来ます。しかし同部隊の沖村隊員が頭部に傷を負っています。恐らく、処置を急いだ方がよろしいかと。」
『っ!…雨宮、沖村を連れて仮説拠点まで下がって来れるか?』
「はい。だいぶ大きな衝撃でしたが、仮説拠点の被害は大丈夫なんですか?」
『それは大丈夫や。作戦に支障が出ない程度の被害ですんどる。』
「なるほど。」
話しながら、雨宮はポシェットから取り出した救急キットで隊員、沖村の頭を応急処置していく。ガラガラと瓦礫の転がる音に振り向くと、余獣がゆっくりと此方に向かっているのが見えた。雨宮は沖村をその場に寝かせるとライフルを構えた。
『兎に角、僕も隊員の安否を確認しながら援護に回る。無茶はせんと兎に角下がれ、怪我人がおるんやからな。』
「はい。避けれそうな敵は避けていきます。」
『頼んだで、雨宮。』
「了。」
通信が終わると同時に雨宮は発砲する。弾ける肉片。しかしかなりのスピードで再生しながら迫ってくる蛇型の余獣。雨宮はライフルを右手と脇で固定してハンドガンを引き抜く。2つの銃口が余獣を狙い、一気に肉体を削っていく。やがて核が砕け、余獣は沈黙した。
「…核が移動するタイプの怪獣。」
危険を感じると長い体内で核を移動させる。厄介な能力だと思いながら、ライフルから手を離す。しゃがみ込んでハンドガンを片手にしたまま沖村を肩に背負う。
「リミッター解除許可申請。」
オペレーターの返事を聞き、スーツの戦力開放値を上昇させる。引き上げた開放戦力は45%。ここ数ヶ月の努力の賜物だ。こんなにすぐ発揮することになるとは思わなかったが。
「先輩、聞こえますか?」
返事がない。しかし、バイタルはまだ感知できている。急いだ方が良さそうだ。
「揺れますけど、死なないで下さいね。」
雨宮は勢いよく走り出した。
「あんま悠長にしとる時間はないな。」
保科小隊の面々は全員揃っていたが2名が負傷。その他2つの小隊も負傷者が数名。幸いにも死亡者はいなかった。
「死亡者がいなかったのは奇跡ですね。あんだけデカい余波でよう皆生きてたもんや。」
「あぁ、本当に。…良かった。」
フーっと大きく息を吐く亜白。本当に安堵したのだろう。
「どうしますか、亜白隊長。」
「…余獣であの再生力だ。」
「見た目は、馬鹿デカいアオダイショウやな。」
核の移動する怪獣。全長約150キロメートル。直径約100メートル。加えて驚異的な再生スピードを持つ。確実に核を破壊しない限りその再生力が衰えることは無さそうだ。
亜白が本獣に対して一気に畳み掛けたとして、撃破が間に合うだろうか。亜白の専用武器による攻撃は威力が大きい分、連続性を欠く。次弾を発射する前に再生されては核の位置を特定して倒し切るまでに時間がかかる。時間をかければその分街の被害が大きくなる。
「…危険を感知して、核を移動させているようでした。それなら、核を体の端に追い込めれば良いのでは?…せめて半身まで移動させることが出来れば…位置が絞れて攻撃数は少なくて済みます。」
「もうちょい体が短かければな、その作戦が理にかなっとったんやが。」
本獣が危険を感じてコアを移動させる程の火力を持つ隊員は、亜白を除いて現状この部隊にはいなかった。
「なんか無いもんか…」
「他部隊への援護要請は?」
「余獣が徐々に増えてきとる。それまで、街が持つか…」
どうにもならない。限られた時間の中で平行線な話が続いていく。すると突然、座っていた雨宮が立ち上がった。ライフル片手に市街地方面へ向かうと、徐ろに銃身を持ち上げた。
「えっ?雨宮さ、」
パンッと発砲音が一つ響く。瓦礫を崩した大きな銃創。突拍子も無い彼女の行動に皆が驚き、静まり返る。そんな沈黙を破る保科の声。
「なんやなんや、どうした。」
保科の声に、雨宮は振り返る。
「現段階で私のスーツの開放戦力は36%です。」
「それは知っとる。訓練で見とるからな。」
「ご存知の通り、それなりに高い威力といえどもこの一発ではあの本獣の脅威にはならないでしょう。でも、纏まった数なら?」
「あっ…なるほど、一人一人の開放戦力が亜白隊長に届かずとも、各々が最大まで開放戦力を上げた状態でならっ!」
届くかもしれない。オペレーターのひと押しでそれは一筋の希望となる。場の空気が徐々に湧き上がる。やれるかもしれないというチーム全体の自信に変わっていく。
「…その方向でどうやろか、隊長。」
保科は笑みを浮かべながら振り返る。亜白は深く頷いた。
「うん、やろう。ありがとう雨宮。良い案だ。」
亜白の言葉を聞き、雨宮は片眉を上げてライフルを肩に掛けた。薄く開いた口を、閉じる。何か言いたげな表情を背け、雨宮は離れた場所へ行ってしまった。
あまりにも素っ気ないその態度は、不機嫌さを醸し出している。
「…亜白隊長、あんま気にせんで下さいよ。今は作戦に差し障ります。」
「いいんだ保科。アレはきっと…私が悪い。」
アレとは雨宮の態度のことだろう。ほんの少し、申し訳無さそうな顔をした亜白に対して保科は異を唱えた。
「二人の間に何があるかなんて僕は知りませんけれども、この第三部隊の隊長は貴女だ。部下の手前、そんな弱気な姿を見せんでください。示しがつかへん。」
「そうだな。悪かったよ、保科。」
困ったように笑い、謝る亜白。ここまで気弱な亜白の姿を見るのは初めてで、保科は叱責するような形になってしまったことを悔いた。
「ともかく、雨宮には僕からも言っときます。あれは多少なりとも公私混同しとるように見えますから。部隊にとっても悪い兆候やと思いますんで。」
返事を聞かず、彼は亜白の元から去る。保科はすぐに雨宮の元へ向かった。そう遠くない場所。救護班の直ぐ側に、闇夜を見下ろす後ろ姿がある。
「雨宮。」
「なんです?」
先程と打って変わった声音。淡々としたそれではなく、その返事には確かな不平不満が詰まっていた。名を呼ばれる理由を多少なりとも分かっているように見える。
「なんやねんさっきの態度。言いたいことも言わんと不機嫌そうにどっか行ってしもて…子供じゃないんやから。」
保科の非難を聞き、雨宮は低い声を出した。
「…あの人、きっと迷ったんです。」
「亜白隊長が?」
「2撃目まで攻撃が直撃して尚再生する敵。恐らく飛ばされた頭に核がありました。そこから再生しましたからね。そして驚異的な速さで形作られる胴体に核を即時移動させた。恐るべき生存本能です。…でもあの人の力なら、全身が再生して街に落下する前に仕留め切れたはずです。」
振り返った雨宮の表情は静かで、しかしそうと分かる程には怒りに満ちていた。
「核の位置か、その後の被害か。何を想定して迷ったのかは知りませんけど。仕留めきれず、街にも部隊にも被害を出した。私にあの人のような力があれば、迷いませんでした。迷わず撃ち続けたと思います。」
若さゆえかの驕り高ぶりか、それ以外の感情か。どちらにせよ、殆ど暴論であった。
発生する怪獣への対策及び作戦行動は過去の例を顧みて決められる。大抵はそれで対処しきれるがいかに対策を練ろうとも、完璧に対応しきれない場合もある。都度現場での臨機応変さも求められるが、それも同じく一個人では判断しきれない場合だってあるのだ。
保科は雨宮の洞察力に関心を示しかけるが、予想以上に幼稚な感情を吐露する彼女に若干の失望と苛立ちを覚えた。何より自分の恩人である亜白に対する無礼が1番気に障る。
「亜白隊長だって人間や。判断しきれんこともある。」
そんな、自分の思いを丸々呑み込み努めて落ち着いた態度を取れたのは、副隊長に昇進したという責任感からだった。
「えぇ、そうでしょうね。だから言わなかったでしょう。」
「…言わんって決めたんなら、あぁいう態度取るのもやめ。せせこましく見えるで。」
保科の持つ恩義などは露知らず。亜白を庇う彼の姿勢に雨宮もまた苛立ちを募らせていた。
「あの人の為にお説教ですか?それで人命が救えるのなら、安いものですね。」
すぎた言葉に、保科は彼女のスーツの胸ぐらを掴んだ。臆さず睨み返す雨宮に、保科は問いかける。
「お前、何の為に防衛隊に入った?…僕達は一人で戦ってるわけじゃない。チームや。そんでもって僕等は人間や。完璧じゃない。全員で、足りない部分を互いにサポートし合わなあかん。確かに君は強いかもしれん。けど今はそれだけや。それだけやと仲間が死ぬ。そんでもって自分も死ぬで?」
開かれた瞳を、雨宮は黙って見返す。一呼吸おいて彼女は吐き捨てるように言った。
「分かりましたよ。チームの輪を乱すような行為は慎みます。それでいいですか。」
「…ま、今はそれで充分や。ちゃんと呑み込めて偉いで。」
保科は手を離す。
「乱暴して悪かったな。」
「気になさらなくて結構です。しっかりサポートしてくださるならね。」
ジットリと睨みつける雨宮に、保科は乾いた笑いをこぼした。
「ホンマ、口の減らないやつやな。」
「なんとでも。」
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