月下美人の横顔

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入隊からニヶ月。副隊長になり、日の浅い保科は試行錯誤しながら訓練を取り纏めていた。

「ま、それでも順調に進んどる方やな。」

本日も無事訓練を終え、部下達と共に明日の準備に取り掛かる。

「今年の新人達も優秀ですね。やはり雨宮隊員がずば抜けてますけど。」

入隊式を終えてから、よく聞く言葉だった。今年のルーキーで突出した才覚を見せる雨宮帆鳥。スーツの解放戦力、機動力、精密さ。どれをとっても彼女は優秀だった。

演習場の跡地に散乱する的の残骸。その殆どは原型を残しているが彼女の使用した訓練場所のみ、散らばる残骸すら見当たらなかった。的を消し飛ばすほどの威力を持つそれは、他の隊員達が使用しているライフルと違わない筈である。解放戦力の大きな差が関係していた。

「そうやなぁ。お父上の教育の賜物ってやつやろな。」

大きな弾痕後は才能の証のようにも思える。驚くべきことに、彼女が防衛隊のスーツに身を通し武器を使用したのは試験日が初であったという。天才、その一言につきた。銃器の開放戦力が低い自分から言わせれば尚それは顕著に思える。

しかし希代のホープとも言える彼女には大きな弱点もあった。

「あとはまぁ…もうちょい社交性があればなぁ…」

「あ…それは本当に。」

途端に苦笑を零す部下に、保科も苦笑を返した。彼女の人付き合いの悪さは酷いものだった。特に口が悪かったり性格が悪いわけではないのだが、兎に角感情の起伏が薄く見える。訓練時の熱意の籠もった眼差しはまずそれ以外では見られない。何かしらの集まりにおいてもいつもひとりで、食事時に誰かと過ごしている様子もない。加えて他者をも圧倒するその才覚が近寄りがたさを助長していた。

「こ、これから良くなりますよ…まだニヶ月ですし!」

「そうだといいんやけど。」

思い返されるのは入隊式後の亜白との会話。何やら訳ありの過去を抱えているように思える彼女に対し、保科自身もどう接するべきか、距離を測りかねていた。事務的な会話は勿論あるが、それ以上に話の広がりは無い。褒めてみても、いつもの淡々とした返事のみ。協調性が無いわけではないのだが、部隊としての連携には多少なりとも感情の乗ったコミュニケーショが必要だ。

「とはいっても、この仕事や。いつ誰に何があってもおかしない。もしかしたら、それを分かってんのかもな…。」

話しながらふと、顔を上げて辺りを見回した。粗方片付いたか、そろそろ撤収するかと近辺の確認のつもりだった。見渡す中で、保科はある一点に目が留まる。

「…僕、少し野暮用が出来たわ。あとは任せてもええか?」

「え?はい、大丈夫ですよ。」

「ほな、よろしく。」

彼の眼が捉えた小さな人影。それが向かっていった方向に向かう。

崩壊した旧市街地を、そのまま隔離して作られた演習場の一角。好きこのんでこんな所に侵入する者はいないが、稀に居残りして訓練に励む隊員がいる。様子を見に行くと、後者に当たりがついたらしい。

走り込みをする者の数メートル前に姿を表し、止めるように立ちはだかって見せる。その者は保科の姿をみとめると、速度を落として立ち止まる。

雨宮、こんな時間まで走り込みか?」

息を切らしながら汗を拭う彼女は、頷いた。それは普段、涼し気な顔で訓練をこなす彼女にしては珍しい姿だった。

「外周10周って伝えたつもりやったけど、まだ終わっとらんのか?」

「…はい。」

「嘘つくなや、ホンマは何周目や?」

建前で聞いた質問に目を逸らしながら答えた姿に保科は笑った。じゃあ聞くなよ、と言いたげに表情を歪めながら彼女は答える。

「これで20周です。」 

「20?」

耳を疑いそうになるが、尋常じゃない汗の量と息を切らす姿を見るに、どうやら本当らしい。

「スーツ着とるからって程々にせな。休むのも仕事のうちやで。」

「存じてます。」

「ほんまかいな…兎に角、もう演習場も閉める時間や。一緒に戻るで。」

息を整えながら頷くと、雨宮は大人しく保科の後ろに付いてきた。

「ようそんな体力持つな。訓練、もうちょい厳しくした方がええか?」

「いえ、訓練自体に不足はありません。これ以上は他の隊員がついて来れなくなるのでは?」

「せやろなぁ。…君、無理してへん?」

「何故?」

「とっくの昔に上がっとるやろ、他の子らは。」

その問の中には、体力的に無理をしてないかという意味以外にも、他者との関係等に意味合いも含まれていた。

「私は他の方々と違い完全な一般枠ですから。努力せねば、すぐ抜かれてしまいます。」

「…本気で言うとる?」

「はい。」

ブッチギリのトップの台詞とは思えない謙虚がすぎる発言に、保科は足を止めた。

「一般枠言うてもお父さんからなんや教わってたんやろ?」

参謀長官である雨宮氏にも、正隊員として現場を駆けていた時代があっただろう。現場でもエリート出会ったからこそ、昇進した筈だ。しかし彼女は首を振る。

「いえ、父は私が防衛隊を目指すことに酷く反対していました。だから何も教えて下さいませんでしたよ。」

「うん?…じゃあなにか、」

ほんとのほんきで、独学だということか?

「言ってるじゃないですか。完全な一般枠です。基礎知識等は兄の残した教本から学びました。」

「…君やっぱ天才やな。」

「なんですか、それ。」

「だってそうやろ。教本言うても、学校通って来てる子らより結果を出しとる。君、凄いな。」

素直な褒め言葉だった。

「やめてください。私は天才なんかじゃありません。才能なんてものがあったような、楽な道ではありませんでした。」

その否定には、いつもの淡いそれではなく言葉に感情が乗っていた。

「…それは悪かったな。でも、そこまで努力出来るのも才能やで。」

「っ、だから」

ガシリと、雨宮の頭が掴まれる。合わせてピタリと彼女の表情も固まった。グシャグシャと髪をかき混ぜるように撫でながら保科は言う。

「頑張っててえらいて、褒めとんねん。少しは素直に受け取りや。」

思い切った行動に出たのは、彼女がまだ18歳という年若さであったから。そうだ。他の隊員達と同じ、なんなら1番下くらいの年齢だろう。天才だなんだともてはやされようが人付き合いが不慣れだろうが、まだ高校を卒業したばかりの若造だ。言うなれば、自分も若造であるだろうが、年下にそれ相応の扱いをしてもバチは当たらないだろう。

雨宮は顔を赤く染め、保科の手を片手で弾いた。

「やめてくださいよ!セクハラです!」

「うぐ、それを言われると痛いな…」

ボサボサになった髪を直しながら、雨宮はズンズンと大亦で歩いていく。

「もうっ、汗やばいのに触ってくるとか、マジでありえない。」

ブツブツと文句を言う姿は年相応で、いつもの様子とは随分違って見えた。

「君、そっちの方が似合ってるで。」

「はぁ?なんです?まさかこんなボサボサにされた髪を褒めた程度で、セクハラを正当化しようとしてますか?」

「ちゃうて、中身や中身。」

保科は慌てながら顔の前で片手を振って見せる。

「今さ、普段と比べて随分気さくに見えるで?他の隊員らにも、そんくらい砕けた感じでいいと思うよ。」

「…まだ皆さん、出会ったばかりですし。」 

「もう2ヶ月経ってるよ。なんなら、亜白隊長にもそんくらいグイグイ行ってあげたら、喜ぶんちゃう?」

髪を払うと、雨宮は保科を振り返る。

「私、あの人のこと嫌いです。」

吊り上がった眉の下、細められた眼差しで彼女はハッキリと口にした。ピシリと、空気が凍る音を聞いたような錯覚。

「私がこの部隊に志願したのは、昔ここに兄がいたから。あの人の下で働こうと思って来たわけじゃありません。」

落ちる夕陽が彼女の顔に影を差す。見えなくなる表情は徐々に、重苦しさを纏っていくようだ。

「…それを僕に言うん?」

「保科副隊長だから言うんです。今あの人に1番近いのは貴方じゃないですか。」

彼女の社交性の無さの理由が、保科はなんだか分かったような気がした。白と黒、分けなければ気が済まない質なのだろう。それを圧し殺した結果があれだと、今しがた彼は理解した。

「なるほどな…嫌いな理由もお兄さん絡みか?」

「分かってるなら聞かないでくださいよ。私はあの人が嫌いで、あの人に憧れて志願した隊員の多いこの第三部隊も苦手です。もう、いいですか?いい加減不愉快です。」

機嫌の悪さを隠しもせず、前を向いた彼女の髪が舞う。大股で歩いていく小柄な背中。垣間見た彼女の心が思ったよりも随分尖っていたことに保科は溜息をつきながらも、小さな満足感を得た。普段隠したその質を見せるくらいには、自分には気を許しているということだろう。

彼女の後を追いかけた。氷のようだなんてとんでもない。どうやら戦いでの彼女こそが本来の姿であるらしい。





雨宮を見送り、演習場のゲートが閉まりきるのを確認する。さて、今日の職務も間もなく終わりであると踵を返したところで保科は思わず、目を見開いた。

「参謀長官殿…?」

息を切らすスーツ姿の男。両膝から手を離してヨレヨレと姿勢を直す男は、紛うことなき日本防衛隊参謀長官、雨宮吾郎その人であった。保科は佇まいを直し、敬礼する。参謀長はそれを片手で制す。

「あぁっ、すまない。楽にしてくれ。別に特別な用じゃないんだ。…今日の訓練はもう終わりか?」

「は、本日の訓練は先程終了いたしました。」

「そうか…」

少々落胆したような態度を見せる参謀長。気を取り直し、保科に声をかける。

「…それはさておき久しぶりだね、保科くん。」

「はい。ご無沙汰しております。」

「いいって。今日の参謀はもう店じまいだよ。」

首を振りながらネクタイを緩める姿に、保科は肩の力が抜けるようだった。

「最近どう?亜白くんとは上手くやれてる?」

「はい、お陰様で。」

「そう、良かった。いやぁ〜…若い君らが頑張ってるのをみると、希望を持てるね。」

かく言う参謀長は齢43を迎えるが、それでも若い風貌をしている。亜白の部隊に保科を推薦したのは参謀長であり、彼にとっては恩ある人の一人でもあった。

「今日は娘さんに会いに?」

「…そのつもりだったんだけどね。」

「惜しかったですね。彼女、先程まで居残りして走り込みしてましたよ。」

「えぇ?なんかやらかしたの?」

「いえ、自主的にです。」

楽な道では無かった。気の強そうな顔でそういった彼女の表情に、参謀長の顔が重なる。こうして見ると、顔立ちのよく似た親子に見えた。

「そっか…頑張ってるなら、良かったよ。」

「…反対だったのでは?」

雨宮(娘)の話では彼女の入隊に対し酷く反対していたという参謀長。彼は頷いた。

「そうだよ?実力を疑っているわけじゃないけどね。でも、力があったとしても死ぬときは死ぬ仕事だ。…あの子には、出来ることなら平穏に生きてほしかったなぁ。」

「…。」

「防衛隊に関することには徹底して反対して、何も与えて来なかったのに。我が家の子供達は皆、母親に似た聞かん坊でね。おまけに実力主義で行動力の塊だ。気がついたら勝手に試験に申し込んでまんまと入隊した挙げ句、家を出ていたよ。」

哀愁漂う参謀長。保科はなんだか気の毒に思えた。娘がある日突然出ていったとして自分が参謀長の立場だったなら、打ちひしがれることだろう。

「それは…災難でしたね。」

「ははっ。全くだ。まぁ、もう諦めたらからいいんたけどさ。話をしようにもどうしてか、徹底して避けられているみたいでさ。今日は単純に運が悪かったみたいだけど。」

「その…ご愁傷様です。」

どうしてもクソもないだろうと、口には出さず労りの言葉をかける。

「さっき亜白くんのところにも顔を出したんだけどさ…保科くん、どうか娘を頼んだよ。」

彼の頼みとあらば、無下にはできない。保科は気楽な表情で、改めて敬礼した。

「了。」
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