月下美人の横顔
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全身を打つ痛みは耳鳴りの後に遅れてやってきた。
「がっ、」
ギラギラと光りうねる細い線状の触手の数々は、一点を中心に広がる半円。賭けているとはいえ綺麗に揃ったそれらは花のようにも見えた。
自分の身に何が起こっているか詳細には把握出来ないが、網膜が焼けるような痛みはこの光の眩しさのせいだろう。迫る怪獣に取りつかれ、全身を強打した。そして体を抑えつけられている。手にしていた筈の専用武器を持っていない。これだけで、絶体絶命だと言う事が分かる。あのとき、避ける選択をすべきだったのだろうか。半身を削ってなお稼働し続ける肉体を持つ怪獣を相手に、自分一人で勝てるだろうか。いや、やるしか無いのだ。
『亜…長!ごぶ…で…か!?』
ザリザリと音割れして聞こえる通信に、返事をする余裕はない。纏うスーツの脚部に筋力を集中して蹴り上げる。離れはしないが揺らいだ体を見逃さずに怪獣の下から転がり出る。体制を整えながら腰に装着した拳銃を引き抜き武器があることに安堵した。両手に構えて即座に発砲するが、怪獣はヒラリとそれを躱す。
「クッ…!」
速さの正体は白い甲殻に包まれた多足の脚。ガサガサと動く脚部はヤドカリを模した物だろう。身を覆うほどに長く大きな触手が動きに合わせて翻り、キラキラと輝きを残す。深海の神秘が陸に上がってきたようなその姿。向かってくるそれを受ける術は亜代にない。ガツンと地面を砕いたハサミ脚を、避けた先の宙から狙う。しかし、空気を切る音と体に走る鋭い痛み。鞭のようにしなった触手が亜白の体を叩き落とす。地面にバウンドして持ち直すも、ガクリと膝をつく。銃を握りしめたままの右手が上がらない。肩から腕にかけて、痺れるほどの激痛に襲われる。ハサミ脚を持ち上げ振り向く怪獣。背負う触手が点滅し、激しく発光する。明らかな危険信号に身を守るためシールド張り、眩さに目を細める。敷地の広い公園内。芝の敷かれた地面の先、遮蔽物となりそうな遊具は遠い。距離を取ろうとした時だった。
唸り声と共に、側面から柔らかな衝撃を受ける。
「伐虎!」
乗り上げた体の下には見知った毛皮。若干の安堵を覚えたのも束の間、反響する甲高い音。いくつかの輝く熱線が、四散し輪を描く。その一筋が、投げ出された脚を掠める。
上手く酸素が飲み込めず、詰まる喉。あまりの痛みに声すら出ない。それでも伐虎を掴む手の力は緩めない。ここで振り落とされるわけには行かない。
熱線が収まるに連れ空気が纏う夕闇を、火薬が照らした。響くいくつかの銃声の内、多くは聞き慣れない散弾銃の音だ。
「射撃、継続せよ。」
冷静な指示の声。
手の力が抜け、立ち止まった伐虎よりズルズルと地面に落ちる。軽いステップを踏んだ足音は、駆け寄ってくると亜白の側に跪いた。
「亜白隊長、意識に問題はありませんか。」
頭を下げ、亜白の顔を覗き込む雨宮。浅くなる呼吸をグッと飲み込み返事をする。
「問題、ない…。」
「了解。佐渡隊員、来てください。」
「了!…あっ、亜白隊長〜!!」
情けない声を出しながら近付いて来る佐渡。亜白の両脇に肩を差し込み、大型の遊具を目指す。木製のアスレチックは完璧な壁になるとは言い難いがこの際文句は言ってられない。後をついてきた伐虎が身をかがめたのを見て、2人はその胴体を背に亜白を降ろす。額に浮かぶ脂汗が顔を伝う様子は尋常で無い。亜白は右肩を押さえているが、脚のほうが重症なのは明らかだ。抉れた左の裏腿より、地面に血が広がっていく。佐渡は慌ただしい動作で腰に備えたポーチを漁ると、両手に持った厚手のバンテージをビッと広げる。
「痛みますよ、我慢して下さい。」
「亜白隊長〜、し、死なないでください!!」
雨宮が支え、圧迫する脚部を半泣きで処置する佐渡。スーツの上からキツめに巻かれるそれに歯を食いしばる亜白。
「シールドを貫通するときましたか。」
「あぁ、厄介な事になっ…」
放たれた青白いレーザーは、シールドさえいとも容易く貫通した。ほとんど不意打ちとはいえ、隊長格がここまで手酷くやられているのだ。果たして一個小隊で仕留めることが出来るだろうか。
「恥ずかしい話だが、私は近接戦闘があまり得意でなくてな。保科のように上手くはいかないなっ、ゔっ…」
「役割が違いますから。気にすることではないかと。」
「雨宮さん、重症者を喋らせないで下さい!!」
小隊長の敬称が外れる程に取り乱す佐渡はもはや涙声だ。ポロポロと泣きながら処置をする両手は亜白の血で染まっている。
「悪かったよ、佐渡。」
「も〜!いっつもそうなんだから…!」
素に近い返事をする雨宮に、痛みで朦朧としかける亜白は微かに驚いた。元同室ゆえの気安さか。小さなやり取りではあるが、確かに2人の信頼が見て取れる。
「…雨宮、保科を呼べ。」
雨宮は佐渡から視線を外し、亜白を見る。
「暫定だが、大怪獣に近いフォルティチュードだ。素早さと高い火力を併せ持つ危険性がある。小型に近い分、保科が適任だろう。死傷者を出さない為にも後退しながら支援を待て。」
「…了承しかねます。我々はあの怪獣の侵入を許し、既に防衛ラインを下げている。かといって前線まで引き戻しては、保科副隊長の到着までに他の隊員達に損害が出るでしょう。」
立ち上がり、ホルスターから2丁の散弾銃を引き抜く。
「アレをここに留め、支援を待ちます。」
「雨宮っ!」
バックライトをつけるように、カッと青白い光が雨宮の背を包む。直後に響く轟音と爆発。燃え立つ逆光を被っていても分かる表情には、静かな意思が宿る。
『小隊長、やばいですよ!そろそろ戻ってきて下さい!』
焦る沖村の声が通信機より聞こえてくる。
「ここにはまだ貴女がいる。どのみち留まる他ありません。」
「私は平気だっ!、つ、」
「だ、駄目ですっ…血が、血が止まらない…」
バンテージに染み出す血液。激しい痛みに亜白もすぐに動く事は出来そうにない。
「止血剤と鎮痛剤、待機部隊の誰かに持ってこさせなさい。大丈夫、保科副隊長がつくまで場をもたせてみせますよ。」
「待ってくれ…行くな…!」
踵を返す雨宮の背に掛けられる悲痛な声に、立ち止まる。
「私は死にません。それに…貴女に何かあれば、兄の立つ瀬がありませんから。」
小さな背に重なって見える背中。そう、あの日も冬の日だった。走り出す背に伸ばした手は、届かない。
足元を掬おうと伸びる閃光を、軽いステップで避ける。芝の広がる地面には、チリチリと赤く燃える熱源に縁取られた線が幾つも刻まれている。焼ける土と草の匂い。スーツを着ていなければ皮膚が熱さに耐えられなかっただろう。
「よく固まって、通さないよう防衛ラインを維持して下さい。」
了解の返事に雨宮は銃撃を続ける。遮蔽物が無い中で敵を同じ箇所に留めるのは困難を極める。単純な円陣で取り囲んでは重い一撃に耐えられず、レーザーを避けきれない。数人で固まり適切な距離を保って同時攻撃を繰り返す事で、怪獣の動きを押し留めて制限する。絶妙なバランスは、崩されれば一気に抜かれる。均衡を保ち続ける為、雨宮は穴になりかけた場を補いながら囮を努めていた。
分厚く硬い殻は攻撃を弾き怯ませるに留まり、熱源を備え光る触手は弾丸を溶かす。背負うイソギンチャク状の触手の束が半かけでなければ、拮抗することは叶わなかっただろう。
「念押しますが、仕留めようとは思わないで下さい。私達の仕事は場をもたせることです。」
欲を出せば死者を出すリスクが上がる事を、雨宮はよく理解していた。
「それでっ、保科副隊長は?」
『あと10分は掛かるかと。』
「こちらの損害は?」
『負傷者5名。下がらせてますが、亜白隊長と同じく重症です。』
雨宮が戦線に加わり約10分、小隊は持ち堪えている。負傷した隊員は皆レーザーを避けきれず重度の熱傷を負い離脱している。
「よくやってくれてます、がっ。参りましたね。」
『まだ死者が出てないの奇跡ですよ!』
「まったくもって、その通りです。」
暑さでひりつく喉で、小さく笑う。沖村からの報告は正しい。練度の高い動きは日々の厳しい訓練で揉まれた賜物だろう。しかし、どれだけ持つことか。もしあの硬い甲殻を保科が切り下げなければ。その後はどう対処すべきだろうか。考えも仕方がない。
「…、」
雨宮は足を止める。
突如、怪獣が動きを止めたのだ。ワサワサと動く触手はそのままだが、忙しなく移動し続けていた脚を止めている。
「オペレーター。リミッター解除許可申請。…並びに、総員一斉射撃。」
絶え間なく動き続けていた全員が立ち止まり、銃口を同一の方向に向ける。一心に銃弾を受け、グラつく体躯が土埃に隠れていく。横這いの影がうねり、カチカチと音を立ててその形を変えていく。
「…駄目ですね。」
撃ち方をやめの指示を出し、雨宮は鋭く目を細めた。
「総員、退避せよ。」
経験上、どちらかだった。弱り動きを止めているか、形状の変化により身体機能の向上を計っているか。
「沖村隊員、亜白隊長をお連れして下さい。ま、猫がいるから大丈夫でしょうけど。あの人はこの国の未来を担う人です。」
『…貴女は?』
「誰かが止めなければなりません。」
『俺も残ります。』
「駄目。」
『なんで!?』
「貴方はこの小隊に必要です。」
『それは、貴女だって同じことだろうが!』
くゆる土煙を切り裂き、それは雨宮に迫る。二つの銃口を向け、撃った弾が直撃した箇所に小さな傷がつく。開放値を上げたことで比較的マシになったようだ。振りかぶった攻撃を避け、素直な思いを口に出す。
「今なら、少し分かるんです。兄さんがあの人を庇った理由が。」
人間誰しも絶対に引けない時がくる。運命の日、その境地に立った時。誰しもが選択を迫られる。あの日の兄が選んだ道が、此処に続いている気がした。
「上官命令です。とっとと行きなさい。」
『…死ぬなよ、雨宮。』
「勿論。貴方に対し、上官を呼び捨てにした罰を与えに戻りますから。」
ぶわりと、大きな風が吹く。砂っぽさが晴れ、顕になった場所には変わらず怪獣が立っている。人間に近い形。節ばった殻に包まれた体と、両手の先は大きな鋏。頭から背に掛けてタテガミのようにヒラヒラと伸びる長い触手。特撮に出てくる怪人っぽい出で立ちだ。
正直、素早い小型は得意じゃない。緻密な動きに対応するのが得意なら、専用武器に散弾銃を選ばない。保科のように格闘術に長けた専門的な動きは出来ないだろう。
「…やってやりますよ。」
亜白に大見得を切ったのだ。簡単に終わってやるつもりは毛頭なかった。
「がっ、」
ギラギラと光りうねる細い線状の触手の数々は、一点を中心に広がる半円。賭けているとはいえ綺麗に揃ったそれらは花のようにも見えた。
自分の身に何が起こっているか詳細には把握出来ないが、網膜が焼けるような痛みはこの光の眩しさのせいだろう。迫る怪獣に取りつかれ、全身を強打した。そして体を抑えつけられている。手にしていた筈の専用武器を持っていない。これだけで、絶体絶命だと言う事が分かる。あのとき、避ける選択をすべきだったのだろうか。半身を削ってなお稼働し続ける肉体を持つ怪獣を相手に、自分一人で勝てるだろうか。いや、やるしか無いのだ。
『亜…長!ごぶ…で…か!?』
ザリザリと音割れして聞こえる通信に、返事をする余裕はない。纏うスーツの脚部に筋力を集中して蹴り上げる。離れはしないが揺らいだ体を見逃さずに怪獣の下から転がり出る。体制を整えながら腰に装着した拳銃を引き抜き武器があることに安堵した。両手に構えて即座に発砲するが、怪獣はヒラリとそれを躱す。
「クッ…!」
速さの正体は白い甲殻に包まれた多足の脚。ガサガサと動く脚部はヤドカリを模した物だろう。身を覆うほどに長く大きな触手が動きに合わせて翻り、キラキラと輝きを残す。深海の神秘が陸に上がってきたようなその姿。向かってくるそれを受ける術は亜代にない。ガツンと地面を砕いたハサミ脚を、避けた先の宙から狙う。しかし、空気を切る音と体に走る鋭い痛み。鞭のようにしなった触手が亜白の体を叩き落とす。地面にバウンドして持ち直すも、ガクリと膝をつく。銃を握りしめたままの右手が上がらない。肩から腕にかけて、痺れるほどの激痛に襲われる。ハサミ脚を持ち上げ振り向く怪獣。背負う触手が点滅し、激しく発光する。明らかな危険信号に身を守るためシールド張り、眩さに目を細める。敷地の広い公園内。芝の敷かれた地面の先、遮蔽物となりそうな遊具は遠い。距離を取ろうとした時だった。
唸り声と共に、側面から柔らかな衝撃を受ける。
「伐虎!」
乗り上げた体の下には見知った毛皮。若干の安堵を覚えたのも束の間、反響する甲高い音。いくつかの輝く熱線が、四散し輪を描く。その一筋が、投げ出された脚を掠める。
上手く酸素が飲み込めず、詰まる喉。あまりの痛みに声すら出ない。それでも伐虎を掴む手の力は緩めない。ここで振り落とされるわけには行かない。
熱線が収まるに連れ空気が纏う夕闇を、火薬が照らした。響くいくつかの銃声の内、多くは聞き慣れない散弾銃の音だ。
「射撃、継続せよ。」
冷静な指示の声。
手の力が抜け、立ち止まった伐虎よりズルズルと地面に落ちる。軽いステップを踏んだ足音は、駆け寄ってくると亜白の側に跪いた。
「亜白隊長、意識に問題はありませんか。」
頭を下げ、亜白の顔を覗き込む雨宮。浅くなる呼吸をグッと飲み込み返事をする。
「問題、ない…。」
「了解。佐渡隊員、来てください。」
「了!…あっ、亜白隊長〜!!」
情けない声を出しながら近付いて来る佐渡。亜白の両脇に肩を差し込み、大型の遊具を目指す。木製のアスレチックは完璧な壁になるとは言い難いがこの際文句は言ってられない。後をついてきた伐虎が身をかがめたのを見て、2人はその胴体を背に亜白を降ろす。額に浮かぶ脂汗が顔を伝う様子は尋常で無い。亜白は右肩を押さえているが、脚のほうが重症なのは明らかだ。抉れた左の裏腿より、地面に血が広がっていく。佐渡は慌ただしい動作で腰に備えたポーチを漁ると、両手に持った厚手のバンテージをビッと広げる。
「痛みますよ、我慢して下さい。」
「亜白隊長〜、し、死なないでください!!」
雨宮が支え、圧迫する脚部を半泣きで処置する佐渡。スーツの上からキツめに巻かれるそれに歯を食いしばる亜白。
「シールドを貫通するときましたか。」
「あぁ、厄介な事になっ…」
放たれた青白いレーザーは、シールドさえいとも容易く貫通した。ほとんど不意打ちとはいえ、隊長格がここまで手酷くやられているのだ。果たして一個小隊で仕留めることが出来るだろうか。
「恥ずかしい話だが、私は近接戦闘があまり得意でなくてな。保科のように上手くはいかないなっ、ゔっ…」
「役割が違いますから。気にすることではないかと。」
「雨宮さん、重症者を喋らせないで下さい!!」
小隊長の敬称が外れる程に取り乱す佐渡はもはや涙声だ。ポロポロと泣きながら処置をする両手は亜白の血で染まっている。
「悪かったよ、佐渡。」
「も〜!いっつもそうなんだから…!」
素に近い返事をする雨宮に、痛みで朦朧としかける亜白は微かに驚いた。元同室ゆえの気安さか。小さなやり取りではあるが、確かに2人の信頼が見て取れる。
「…雨宮、保科を呼べ。」
雨宮は佐渡から視線を外し、亜白を見る。
「暫定だが、大怪獣に近いフォルティチュードだ。素早さと高い火力を併せ持つ危険性がある。小型に近い分、保科が適任だろう。死傷者を出さない為にも後退しながら支援を待て。」
「…了承しかねます。我々はあの怪獣の侵入を許し、既に防衛ラインを下げている。かといって前線まで引き戻しては、保科副隊長の到着までに他の隊員達に損害が出るでしょう。」
立ち上がり、ホルスターから2丁の散弾銃を引き抜く。
「アレをここに留め、支援を待ちます。」
「雨宮っ!」
バックライトをつけるように、カッと青白い光が雨宮の背を包む。直後に響く轟音と爆発。燃え立つ逆光を被っていても分かる表情には、静かな意思が宿る。
『小隊長、やばいですよ!そろそろ戻ってきて下さい!』
焦る沖村の声が通信機より聞こえてくる。
「ここにはまだ貴女がいる。どのみち留まる他ありません。」
「私は平気だっ!、つ、」
「だ、駄目ですっ…血が、血が止まらない…」
バンテージに染み出す血液。激しい痛みに亜白もすぐに動く事は出来そうにない。
「止血剤と鎮痛剤、待機部隊の誰かに持ってこさせなさい。大丈夫、保科副隊長がつくまで場をもたせてみせますよ。」
「待ってくれ…行くな…!」
踵を返す雨宮の背に掛けられる悲痛な声に、立ち止まる。
「私は死にません。それに…貴女に何かあれば、兄の立つ瀬がありませんから。」
小さな背に重なって見える背中。そう、あの日も冬の日だった。走り出す背に伸ばした手は、届かない。
足元を掬おうと伸びる閃光を、軽いステップで避ける。芝の広がる地面には、チリチリと赤く燃える熱源に縁取られた線が幾つも刻まれている。焼ける土と草の匂い。スーツを着ていなければ皮膚が熱さに耐えられなかっただろう。
「よく固まって、通さないよう防衛ラインを維持して下さい。」
了解の返事に雨宮は銃撃を続ける。遮蔽物が無い中で敵を同じ箇所に留めるのは困難を極める。単純な円陣で取り囲んでは重い一撃に耐えられず、レーザーを避けきれない。数人で固まり適切な距離を保って同時攻撃を繰り返す事で、怪獣の動きを押し留めて制限する。絶妙なバランスは、崩されれば一気に抜かれる。均衡を保ち続ける為、雨宮は穴になりかけた場を補いながら囮を努めていた。
分厚く硬い殻は攻撃を弾き怯ませるに留まり、熱源を備え光る触手は弾丸を溶かす。背負うイソギンチャク状の触手の束が半かけでなければ、拮抗することは叶わなかっただろう。
「念押しますが、仕留めようとは思わないで下さい。私達の仕事は場をもたせることです。」
欲を出せば死者を出すリスクが上がる事を、雨宮はよく理解していた。
「それでっ、保科副隊長は?」
『あと10分は掛かるかと。』
「こちらの損害は?」
『負傷者5名。下がらせてますが、亜白隊長と同じく重症です。』
雨宮が戦線に加わり約10分、小隊は持ち堪えている。負傷した隊員は皆レーザーを避けきれず重度の熱傷を負い離脱している。
「よくやってくれてます、がっ。参りましたね。」
『まだ死者が出てないの奇跡ですよ!』
「まったくもって、その通りです。」
暑さでひりつく喉で、小さく笑う。沖村からの報告は正しい。練度の高い動きは日々の厳しい訓練で揉まれた賜物だろう。しかし、どれだけ持つことか。もしあの硬い甲殻を保科が切り下げなければ。その後はどう対処すべきだろうか。考えも仕方がない。
「…、」
雨宮は足を止める。
突如、怪獣が動きを止めたのだ。ワサワサと動く触手はそのままだが、忙しなく移動し続けていた脚を止めている。
「オペレーター。リミッター解除許可申請。…並びに、総員一斉射撃。」
絶え間なく動き続けていた全員が立ち止まり、銃口を同一の方向に向ける。一心に銃弾を受け、グラつく体躯が土埃に隠れていく。横這いの影がうねり、カチカチと音を立ててその形を変えていく。
「…駄目ですね。」
撃ち方をやめの指示を出し、雨宮は鋭く目を細めた。
「総員、退避せよ。」
経験上、どちらかだった。弱り動きを止めているか、形状の変化により身体機能の向上を計っているか。
「沖村隊員、亜白隊長をお連れして下さい。ま、猫がいるから大丈夫でしょうけど。あの人はこの国の未来を担う人です。」
『…貴女は?』
「誰かが止めなければなりません。」
『俺も残ります。』
「駄目。」
『なんで!?』
「貴方はこの小隊に必要です。」
『それは、貴女だって同じことだろうが!』
くゆる土煙を切り裂き、それは雨宮に迫る。二つの銃口を向け、撃った弾が直撃した箇所に小さな傷がつく。開放値を上げたことで比較的マシになったようだ。振りかぶった攻撃を避け、素直な思いを口に出す。
「今なら、少し分かるんです。兄さんがあの人を庇った理由が。」
人間誰しも絶対に引けない時がくる。運命の日、その境地に立った時。誰しもが選択を迫られる。あの日の兄が選んだ道が、此処に続いている気がした。
「上官命令です。とっとと行きなさい。」
『…死ぬなよ、雨宮。』
「勿論。貴方に対し、上官を呼び捨てにした罰を与えに戻りますから。」
ぶわりと、大きな風が吹く。砂っぽさが晴れ、顕になった場所には変わらず怪獣が立っている。人間に近い形。節ばった殻に包まれた体と、両手の先は大きな鋏。頭から背に掛けてタテガミのようにヒラヒラと伸びる長い触手。特撮に出てくる怪人っぽい出で立ちだ。
正直、素早い小型は得意じゃない。緻密な動きに対応するのが得意なら、専用武器に散弾銃を選ばない。保科のように格闘術に長けた専門的な動きは出来ないだろう。
「…やってやりますよ。」
亜白に大見得を切ったのだ。簡単に終わってやるつもりは毛頭なかった。
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