月下美人の横顔
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『それ、絶対好きなやつじゃ〜ん!!』
雨宮は無言で枕元に置いてあるスマホを手に取ると、スピーカーの音量を下げた。
「…言ってる意味がよく分からない。」
『え〜!?恋だよ!恋!!流石に鈍感すぎ〜!!』
「夏美うるさい。」
指摘するつもりは無かったが、夜中だというのに爆音で発せられる興奮した乙女のリアクションは音量設定では制御しきれなかった。
『ごめんて。てかマジで言ってる?あんた今いくつよ?』
「あんたと一緒。」
『……あぁ〜…まぁ…そうだよね。高校の時は我等が誘わにゃ自主トレ漬けだったもんね。男子に欠片も興味ないっていうか、クラスメイトに対する興味すら皆無だったもんね。そんでもって無自覚タラシというか…変に小悪魔っぽいふざけ方をするというか…』
「そんなことは…無かった筈。」
『あったあった!ありましたーー!HR終わったら速攻帰って公園で懸垂してるJKなんてあんたくらいだわ!』
「有意義な時間だったと思うけど。」
『ほんと…なんていうか…顔はいいのにね。覚えてる?あんたが唯一仲良かった男子の中川くん。気を許した人間にやらかす絡みに釣られて告ったら、まんまと撃沈しちゃってさ。本当に可哀想。なんていうかさ、…もっと相手の事考えて喋ったら?』
男子高校生中川の件に関しては、本当にそんなつもりは無かったので、告白を断った際に見せられた涙にはかなり心が痛んだものだ。高田はあからさまに残念な物を見る顔をしているのだろう。全てが手に取るように分かる反応に小さな青筋を立てる雨宮。
「だからこうして相談してるんでしょうが。」
『うんうん。恋バナをしてくるくらいには真人間に近付いたってことだよね。嬉しいわ。』
「…うっぜ〜なぁ〜…」
『そいで?保科さんだっけ?ググったら出てくる?』
「やめろ。調べんでいい。」
『え、やば。中々の塩顔イケメンじゃん。マジモンのモテ期じゃん。』
防衛隊のホームページでも開いたのだろう。早々に顔バレした事になんだか保科に対して罪悪感が湧いてくる。高田の言う通りだ。学生時代、防衛隊に入隊すべくほとんどの時間を自主トレーニングに費やしていた自分。友達は少なかったし恋人なんてもってのほか。自分がどう思われているかなど関係ないし、気にしてこなかった。だからか他人の感情の機微には疎い。比較的、年相応に俗っぽい彼女ならばと夜分に連絡した次第だったが。さながら暴走する怪獣を相手取る心地になる。諌めるために否定の言葉を並べ立てるが中々通用しない。
「いや、恋愛的要素の好意とは限らんでしょ。いつもビジネスライクな付き合いだったし。」
『それは帆鳥の主観だから。うわ、私も言われてぇ〜。塩顔イケメンから行ってほしくないって言われてぇなぁ〜。』
「だから…あ゙ぁ゙、もう!」
『あはは。ごめんごめん、いじりすぎた。でもさ、私は本当に保科さんが帆鳥にもつ好意はそういう要素だと思うよ?』
「まだ言うか。」
『いやいや、まじでよ。』
ケラケラ笑うのをやめた高田は微笑ましそうに語る。
『辞めたいとかだったら分かるよ?帆鳥はめっちゃ努力して、頑張ってる人だから。そんな人が辞めたいって言い出したら止めるのは、ザ・理解ある上司って感じじゃない?でも違うじゃん。部署異動なんてさぁ、ところによるけど会社だったらよくあるんじゃない?こんな言い方したらあれだけど、帆鳥の立場って比較的替えがきくほうでしょ。それを、行かないで欲しいって素直に言うのは完っ全に好意だよ。』
「恋愛感情だとは…」
『高確率でそうだと思いまーす。引き抜こうとしてる人が同世代の男子ってとこにもライバル意識を感じまーす。私が一体どれだけの恋愛コンテツを漁ってきたと思ってんの。』
舐めないでよね!と締め括る高田。この世に起こる事象になんでもかんでも恋愛要素が絡まってたまるか。しかしそう思えどこじつけ理論に対し反論の余地は無さそうである。
「じゃあ仮に、夏美が言うような意味合いで保科副隊長が私を引き留めたがるなら。私はこれからどうすればいいわけ?」
『別にどうもしなくていいんじゃない。』
「んなっ、なにそれ!?」
今度は雨宮が声を大きくする番だった。寝転がっていたベッドからガバリと起き上がる。
『だって、帆鳥は保科隊長の事好きなの?恋愛的な意味で。』
「そ、れは…」
『分かんないでしょ?てか考えたこともないでしょ。なら今無理に悩んでパフォーマンス下げるより、ちゃんと好きって言われてから考えたら?』
正論of正論。高田夏美曰く、雨宮帆鳥の本質は朴念仁である。だからか意見は酷くアッサリしたというか、バッサリした内容だった。
『この件に関してあんたの見解は?』
「…言い得て妙。」
『でしょでしょ〜!むしろ引き抜きの件、そっちを先に決めないともっとこんがらがるんじゃない。』
「はぁ…そうだよね…」
脱力してボスリとベッドに倒れ込む。
『凄いことじゃん。鳴海って人、最近SNSでもよく見るよ。自称最強なんでしょ?』
「事実だと思う。あんな強い人、いままで見たことない。」
先の作戦においてその実力を間近で見ることになった雨宮には、単なる自意識過剰とは思えなかった。
『先生達にはなんだかんだ言われてたけどさ、ずっと頑張ってたじゃん。私、帆鳥のそーいうとこはマジで尊敬してる。』
友人からの唐突な言葉に若干眠たげだった頭が火照り、明瞭化する。
「やめてよ。」
『照れんなって〜。自分のなりたいものになるって、実際偉業だよ。』
進路希望の紙に、素直に防衛隊の戦闘員として入隊を希望している事を書いたあの日。放課後に担任から呼び出された職員室にて。兄を引き合いに出されて怒り狂った日の事を忘れられない。人目をはばからず怒鳴り散らして、呼び出された父を待たずに学校を飛び出したのはどうせ否定されると分かってたから。高田らを含む友人は雨宮を応援してくれた数少ない人達だったから。純粋な言葉を掛けてもらうと、いまだにむず痒い気持ちになってしまう。
『結構悩んでるみたいだけど。何事もどうしたいかが大事じゃない?ずっと自分で決めてきたんだから、何選んでもあんたなら大丈夫だって!』
「…ありがとう。」
『どういたしまして!さてと、そろそろ寝るかな〜。』
「明日早いの?」
『そ。ちょっと早いけど面接あるんだ〜…マジで鬱。』
「え、ごめんこんな時間まで。付き合わせちゃったよね。」
『いーや?むしろ気が紛れて助かったよ。いい情報仕入れたし、明日皆に共有しとくわ。』
「おい!やめろって!」
『あはは〜、じゃあおやすみ〜。』
慌てて画面を確認すると、既に通話は切れていた。自由な奴だがそれ以上に良い奴だ。騒がしい声が消え、静まり返った部屋にほんの少し寂しさを感じる。
「どうしたいか…か。」
ぼーっと天井を眺めて見ても、呟いた言葉に返事があるはずもなく。明日に差し障ると、雨宮は瞼を閉じた。眠りに落ちるまでどれだけの時間を有したか、意識が落ちる直前まで考えに耽っていた。
時刻1635。17時も過ぎぬというのに濃紺の帳を降ろす空。日の入りの早さは真冬の証でもある。景色に四季の風情を求めずとも、寒冷の空気は言わずとも及ばないが。海原の奥にある地平線にて沸き立つ日没の薄明光線を遮るように、巨大な姿が海上を占めていた。海底より出で立つそれは逆光を帯び、山岳を彷彿とさせるが目を凝らせば巻貝である事が見て取れる。双眼鏡をおろした亜白はほうと息を吐く。
「あの体躯だ。外殻を剥けば余獣がわんさか出てくるだろう。」
亜白は肩に背負っていた大型の専用銃器を下ろすと、双眼鏡を後方に立つ雨宮に手渡した。
「よって、普段通り対象が沈下するまで攻撃する。それが余獣を減らすことに繋がるからな。」
「なるほど。大雑把ですが理に適ったマインドをお持ちのようですね。」
受け取った双眼鏡を通して本獣の観測をする雨宮。その隣には、大型の白虎が鼻を鳴らして座している。タシタシと地面に打ち付ける尻尾の先端が、先程より雨宮の足にあたっている。
「生意気な猫ですね。貴方はあくまで亜白隊長の専用装備の扱い。どちらが格下か曖昧な線引の相手にそんな態度を見せるのは、あまり賢い選択とは言えませんよ。」
「猫ではない、虎だ。」
「蔑称なのでお気になさらず。」
なんとも言えない空気で会話を聞く隊員達。皮肉っぽい口を利く雨宮の事を分かってか分からずか、伐虎はフンフンと彼女の真横で鼻を鳴らしていた。
浦安市沿岸沿いに緊急で防衛戦を敷くこととなった第3部隊。海沿いは何かと第1部隊と作戦地域が被りがちで、後日のやっかみ合いに発展する流れが見て取れる。しかし今回に関していえば、第1部隊は現在横須賀方面の地域で現れた怪獣の対応中である。
「流石は怪獣大国日本、と言ったところでしょうか。日に超大型の怪獣が複数体発生するなど、正気の沙汰とは思えませんね。」
「だから我々がいるだろう?」
「もっともです、が。防衛を主軸とするなら守備範囲は広く取るべきでは?亜白隊長の部隊が此処を受け持つのに、私の小隊まで配備する必要がありますか?」
「おい、隊長の判断に意見する気か?」
憤りかける部隊の隊員に、片手を挙げて制する亜白。いつものことなのだろう、当事者達は慣れた様子だが雨宮小隊の面々はハラハラしているように見える。
「討ち漏らしが発生した際、内陸に行く前に食い止める遊撃隊が必要だ。君の小隊は足が速いだろう?」
「浅く広く頒布させるよりは、というこですか。」
「分かってもらえたなら結構。」
「いえ、差し出がましい意見を申し上げました。」
澄ました顔で敬礼すると雨宮は踵を返した。わざわざ意見する程でもない事をあえて口にだした理由についてなど、考えるまでもない。客観的に見て快く思わないのは直属の隊員ならば尚更であり、2人の会話に口を挟んだ部下は亜白のそばに行く。
「…失礼ながら、亜白隊長。本作戦においては何故雨宮小隊を付近に配備したのですか?」
「ん?」
「足が早いという事でしたら、保科副隊長の部隊が適任かと。そうでなくても、よりにもよって彼女を…」
直属の隊員からの言葉には、雨宮への不満が垣間見える。
「ふむ…確かにな。だがいつ何時も、保科が同じ役割を果たせるわけじゃないだろう?今後、危険性の高い小型怪獣が何体も現れるかもしれない。今回超大型の怪獣が複数体現れたようにな。」
「な、なるほど…その点で雨宮小隊長殿を評価しておられると。」
「…と、いうのもあるが。単に私が見てみたくなったのさ。」
「というと?」
「あの生意気な口をきく部下がどれだけ成長したのかを、間近で見たくなったんだ。」
陽が沈む。亜白は専用の大型銃器を構える。
『時間だ。作戦を開始する。皆気を引き締めて掛かるように。』
周囲の返事を聞きながら、雨宮は遠くを見つめる。
この作戦が終わったら、亜白の意見を聞いてみるつもりでいた。鳴海隊長からの引き抜きの誘いに関して、貴女はどのような意見をお持ちか。自己の判断に委ねるとでも言うだろうか。しかし彼女はこの力が必要だと言った。応える意志があったから、己は此処に立っているのではないのか。
自分はどうしたいのだろうか。
なんとなく、考えなくても答えは決まっている気がした。
放たれる光芒の通ずる先、膨張し砕ける山岳のような巻貝。ギシギシと軋んだかと思うと、硬質的な粉砕音を鳴らしガラガラと体が崩れていく。見慣れた景色になりつつある、本獣の撃破風景。第3部隊ではこれが日常。しかし連なる結果がいつも同じとは限らない。
キラキラと、やけに眩しく輝く夜空に目を細める。
『観測班より報告!破砕した本獣の外殻裏に別個体の反応を確認した!亜白隊長、既に目視されているかと思いますが、あれは…』
崩れた貝殻の内側に崩れるのは、見てわかる通り巨大なヤドカリに似た本獣の姿。しかし崩れかけた貝殻の内側にビッシリと張り付き、夜空に紛れ輝きを放つそれ。ザワザワと揺らめく触手が青白い光彩を放つそれは、イソギンチャクに見える。それも複数個体。
『問題無い、攻撃を続ける。』
次弾装填の合図の後、直ぐ様発砲を開始する亜白。被弾し周囲が沈下する最中、端に位置する個体が異様に膨張し、光が消えると同時に爆ぜるようにその場から姿を消す。消えたように見えただけで、宙を弾丸の如きスピードで移動していた。黒い影は真っ直ぐに自身に対する攻撃の出所へ。亜白の目前に迫っている。影を肉眼に捉えたのはほんの数名。その内には雨宮も含まれる。
避けるのは間に合わない。何より周囲には隊員が控えている。ここで仕留める他ないと亜白は迷わず引き金を引いた。火薬の光と共に爆ぜる半身に構わず、それは正面から亜白に取り付き地面を跳ねた。
「亜白隊長!!」
勢いを殺さぬまま市外の方向へ飛んで行った怪獣。跳ねる際に着弾した跡地に亜白の姿は無い。
雨宮は間髪入れずに走り出した。
「雨宮小隊以下、ついてきなさい。亜白隊長の救援に向かいます。」
「「了!!」」
「亜白部隊隊員、恐れ入りますが遊撃隊の任を引き継ぎ願います。以降、保科副隊長の指示を仰いで下さい。」
『っ、了!』
雨宮の指示に対する亜白部隊の隊員達の応答は早かった。安否はともかくとして、最悪の場合亜白の指示を仰げなければ順当な判断だった。
向かう先は予想よりもかなり距離がある。どれだけの勢いで飛ばされたのだろうか。建物同士を足場に飛んで走っていくと、横を白い影が猛スピードで駆けていく。伐虎だった。
「…にゃんこ風情が、上等ですよ。」
張り合うように、雨宮は走る速度を上げた。
雨宮は無言で枕元に置いてあるスマホを手に取ると、スピーカーの音量を下げた。
「…言ってる意味がよく分からない。」
『え〜!?恋だよ!恋!!流石に鈍感すぎ〜!!』
「夏美うるさい。」
指摘するつもりは無かったが、夜中だというのに爆音で発せられる興奮した乙女のリアクションは音量設定では制御しきれなかった。
『ごめんて。てかマジで言ってる?あんた今いくつよ?』
「あんたと一緒。」
『……あぁ〜…まぁ…そうだよね。高校の時は我等が誘わにゃ自主トレ漬けだったもんね。男子に欠片も興味ないっていうか、クラスメイトに対する興味すら皆無だったもんね。そんでもって無自覚タラシというか…変に小悪魔っぽいふざけ方をするというか…』
「そんなことは…無かった筈。」
『あったあった!ありましたーー!HR終わったら速攻帰って公園で懸垂してるJKなんてあんたくらいだわ!』
「有意義な時間だったと思うけど。」
『ほんと…なんていうか…顔はいいのにね。覚えてる?あんたが唯一仲良かった男子の中川くん。気を許した人間にやらかす絡みに釣られて告ったら、まんまと撃沈しちゃってさ。本当に可哀想。なんていうかさ、…もっと相手の事考えて喋ったら?』
男子高校生中川の件に関しては、本当にそんなつもりは無かったので、告白を断った際に見せられた涙にはかなり心が痛んだものだ。高田はあからさまに残念な物を見る顔をしているのだろう。全てが手に取るように分かる反応に小さな青筋を立てる雨宮。
「だからこうして相談してるんでしょうが。」
『うんうん。恋バナをしてくるくらいには真人間に近付いたってことだよね。嬉しいわ。』
「…うっぜ〜なぁ〜…」
『そいで?保科さんだっけ?ググったら出てくる?』
「やめろ。調べんでいい。」
『え、やば。中々の塩顔イケメンじゃん。マジモンのモテ期じゃん。』
防衛隊のホームページでも開いたのだろう。早々に顔バレした事になんだか保科に対して罪悪感が湧いてくる。高田の言う通りだ。学生時代、防衛隊に入隊すべくほとんどの時間を自主トレーニングに費やしていた自分。友達は少なかったし恋人なんてもってのほか。自分がどう思われているかなど関係ないし、気にしてこなかった。だからか他人の感情の機微には疎い。比較的、年相応に俗っぽい彼女ならばと夜分に連絡した次第だったが。さながら暴走する怪獣を相手取る心地になる。諌めるために否定の言葉を並べ立てるが中々通用しない。
「いや、恋愛的要素の好意とは限らんでしょ。いつもビジネスライクな付き合いだったし。」
『それは帆鳥の主観だから。うわ、私も言われてぇ〜。塩顔イケメンから行ってほしくないって言われてぇなぁ〜。』
「だから…あ゙ぁ゙、もう!」
『あはは。ごめんごめん、いじりすぎた。でもさ、私は本当に保科さんが帆鳥にもつ好意はそういう要素だと思うよ?』
「まだ言うか。」
『いやいや、まじでよ。』
ケラケラ笑うのをやめた高田は微笑ましそうに語る。
『辞めたいとかだったら分かるよ?帆鳥はめっちゃ努力して、頑張ってる人だから。そんな人が辞めたいって言い出したら止めるのは、ザ・理解ある上司って感じじゃない?でも違うじゃん。部署異動なんてさぁ、ところによるけど会社だったらよくあるんじゃない?こんな言い方したらあれだけど、帆鳥の立場って比較的替えがきくほうでしょ。それを、行かないで欲しいって素直に言うのは完っ全に好意だよ。』
「恋愛感情だとは…」
『高確率でそうだと思いまーす。引き抜こうとしてる人が同世代の男子ってとこにもライバル意識を感じまーす。私が一体どれだけの恋愛コンテツを漁ってきたと思ってんの。』
舐めないでよね!と締め括る高田。この世に起こる事象になんでもかんでも恋愛要素が絡まってたまるか。しかしそう思えどこじつけ理論に対し反論の余地は無さそうである。
「じゃあ仮に、夏美が言うような意味合いで保科副隊長が私を引き留めたがるなら。私はこれからどうすればいいわけ?」
『別にどうもしなくていいんじゃない。』
「んなっ、なにそれ!?」
今度は雨宮が声を大きくする番だった。寝転がっていたベッドからガバリと起き上がる。
『だって、帆鳥は保科隊長の事好きなの?恋愛的な意味で。』
「そ、れは…」
『分かんないでしょ?てか考えたこともないでしょ。なら今無理に悩んでパフォーマンス下げるより、ちゃんと好きって言われてから考えたら?』
正論of正論。高田夏美曰く、雨宮帆鳥の本質は朴念仁である。だからか意見は酷くアッサリしたというか、バッサリした内容だった。
『この件に関してあんたの見解は?』
「…言い得て妙。」
『でしょでしょ〜!むしろ引き抜きの件、そっちを先に決めないともっとこんがらがるんじゃない。』
「はぁ…そうだよね…」
脱力してボスリとベッドに倒れ込む。
『凄いことじゃん。鳴海って人、最近SNSでもよく見るよ。自称最強なんでしょ?』
「事実だと思う。あんな強い人、いままで見たことない。」
先の作戦においてその実力を間近で見ることになった雨宮には、単なる自意識過剰とは思えなかった。
『先生達にはなんだかんだ言われてたけどさ、ずっと頑張ってたじゃん。私、帆鳥のそーいうとこはマジで尊敬してる。』
友人からの唐突な言葉に若干眠たげだった頭が火照り、明瞭化する。
「やめてよ。」
『照れんなって〜。自分のなりたいものになるって、実際偉業だよ。』
進路希望の紙に、素直に防衛隊の戦闘員として入隊を希望している事を書いたあの日。放課後に担任から呼び出された職員室にて。兄を引き合いに出されて怒り狂った日の事を忘れられない。人目をはばからず怒鳴り散らして、呼び出された父を待たずに学校を飛び出したのはどうせ否定されると分かってたから。高田らを含む友人は雨宮を応援してくれた数少ない人達だったから。純粋な言葉を掛けてもらうと、いまだにむず痒い気持ちになってしまう。
『結構悩んでるみたいだけど。何事もどうしたいかが大事じゃない?ずっと自分で決めてきたんだから、何選んでもあんたなら大丈夫だって!』
「…ありがとう。」
『どういたしまして!さてと、そろそろ寝るかな〜。』
「明日早いの?」
『そ。ちょっと早いけど面接あるんだ〜…マジで鬱。』
「え、ごめんこんな時間まで。付き合わせちゃったよね。」
『いーや?むしろ気が紛れて助かったよ。いい情報仕入れたし、明日皆に共有しとくわ。』
「おい!やめろって!」
『あはは〜、じゃあおやすみ〜。』
慌てて画面を確認すると、既に通話は切れていた。自由な奴だがそれ以上に良い奴だ。騒がしい声が消え、静まり返った部屋にほんの少し寂しさを感じる。
「どうしたいか…か。」
ぼーっと天井を眺めて見ても、呟いた言葉に返事があるはずもなく。明日に差し障ると、雨宮は瞼を閉じた。眠りに落ちるまでどれだけの時間を有したか、意識が落ちる直前まで考えに耽っていた。
時刻1635。17時も過ぎぬというのに濃紺の帳を降ろす空。日の入りの早さは真冬の証でもある。景色に四季の風情を求めずとも、寒冷の空気は言わずとも及ばないが。海原の奥にある地平線にて沸き立つ日没の薄明光線を遮るように、巨大な姿が海上を占めていた。海底より出で立つそれは逆光を帯び、山岳を彷彿とさせるが目を凝らせば巻貝である事が見て取れる。双眼鏡をおろした亜白はほうと息を吐く。
「あの体躯だ。外殻を剥けば余獣がわんさか出てくるだろう。」
亜白は肩に背負っていた大型の専用銃器を下ろすと、双眼鏡を後方に立つ雨宮に手渡した。
「よって、普段通り対象が沈下するまで攻撃する。それが余獣を減らすことに繋がるからな。」
「なるほど。大雑把ですが理に適ったマインドをお持ちのようですね。」
受け取った双眼鏡を通して本獣の観測をする雨宮。その隣には、大型の白虎が鼻を鳴らして座している。タシタシと地面に打ち付ける尻尾の先端が、先程より雨宮の足にあたっている。
「生意気な猫ですね。貴方はあくまで亜白隊長の専用装備の扱い。どちらが格下か曖昧な線引の相手にそんな態度を見せるのは、あまり賢い選択とは言えませんよ。」
「猫ではない、虎だ。」
「蔑称なのでお気になさらず。」
なんとも言えない空気で会話を聞く隊員達。皮肉っぽい口を利く雨宮の事を分かってか分からずか、伐虎はフンフンと彼女の真横で鼻を鳴らしていた。
浦安市沿岸沿いに緊急で防衛戦を敷くこととなった第3部隊。海沿いは何かと第1部隊と作戦地域が被りがちで、後日のやっかみ合いに発展する流れが見て取れる。しかし今回に関していえば、第1部隊は現在横須賀方面の地域で現れた怪獣の対応中である。
「流石は怪獣大国日本、と言ったところでしょうか。日に超大型の怪獣が複数体発生するなど、正気の沙汰とは思えませんね。」
「だから我々がいるだろう?」
「もっともです、が。防衛を主軸とするなら守備範囲は広く取るべきでは?亜白隊長の部隊が此処を受け持つのに、私の小隊まで配備する必要がありますか?」
「おい、隊長の判断に意見する気か?」
憤りかける部隊の隊員に、片手を挙げて制する亜白。いつものことなのだろう、当事者達は慣れた様子だが雨宮小隊の面々はハラハラしているように見える。
「討ち漏らしが発生した際、内陸に行く前に食い止める遊撃隊が必要だ。君の小隊は足が速いだろう?」
「浅く広く頒布させるよりは、というこですか。」
「分かってもらえたなら結構。」
「いえ、差し出がましい意見を申し上げました。」
澄ました顔で敬礼すると雨宮は踵を返した。わざわざ意見する程でもない事をあえて口にだした理由についてなど、考えるまでもない。客観的に見て快く思わないのは直属の隊員ならば尚更であり、2人の会話に口を挟んだ部下は亜白のそばに行く。
「…失礼ながら、亜白隊長。本作戦においては何故雨宮小隊を付近に配備したのですか?」
「ん?」
「足が早いという事でしたら、保科副隊長の部隊が適任かと。そうでなくても、よりにもよって彼女を…」
直属の隊員からの言葉には、雨宮への不満が垣間見える。
「ふむ…確かにな。だがいつ何時も、保科が同じ役割を果たせるわけじゃないだろう?今後、危険性の高い小型怪獣が何体も現れるかもしれない。今回超大型の怪獣が複数体現れたようにな。」
「な、なるほど…その点で雨宮小隊長殿を評価しておられると。」
「…と、いうのもあるが。単に私が見てみたくなったのさ。」
「というと?」
「あの生意気な口をきく部下がどれだけ成長したのかを、間近で見たくなったんだ。」
陽が沈む。亜白は専用の大型銃器を構える。
『時間だ。作戦を開始する。皆気を引き締めて掛かるように。』
周囲の返事を聞きながら、雨宮は遠くを見つめる。
この作戦が終わったら、亜白の意見を聞いてみるつもりでいた。鳴海隊長からの引き抜きの誘いに関して、貴女はどのような意見をお持ちか。自己の判断に委ねるとでも言うだろうか。しかし彼女はこの力が必要だと言った。応える意志があったから、己は此処に立っているのではないのか。
自分はどうしたいのだろうか。
なんとなく、考えなくても答えは決まっている気がした。
放たれる光芒の通ずる先、膨張し砕ける山岳のような巻貝。ギシギシと軋んだかと思うと、硬質的な粉砕音を鳴らしガラガラと体が崩れていく。見慣れた景色になりつつある、本獣の撃破風景。第3部隊ではこれが日常。しかし連なる結果がいつも同じとは限らない。
キラキラと、やけに眩しく輝く夜空に目を細める。
『観測班より報告!破砕した本獣の外殻裏に別個体の反応を確認した!亜白隊長、既に目視されているかと思いますが、あれは…』
崩れた貝殻の内側に崩れるのは、見てわかる通り巨大なヤドカリに似た本獣の姿。しかし崩れかけた貝殻の内側にビッシリと張り付き、夜空に紛れ輝きを放つそれ。ザワザワと揺らめく触手が青白い光彩を放つそれは、イソギンチャクに見える。それも複数個体。
『問題無い、攻撃を続ける。』
次弾装填の合図の後、直ぐ様発砲を開始する亜白。被弾し周囲が沈下する最中、端に位置する個体が異様に膨張し、光が消えると同時に爆ぜるようにその場から姿を消す。消えたように見えただけで、宙を弾丸の如きスピードで移動していた。黒い影は真っ直ぐに自身に対する攻撃の出所へ。亜白の目前に迫っている。影を肉眼に捉えたのはほんの数名。その内には雨宮も含まれる。
避けるのは間に合わない。何より周囲には隊員が控えている。ここで仕留める他ないと亜白は迷わず引き金を引いた。火薬の光と共に爆ぜる半身に構わず、それは正面から亜白に取り付き地面を跳ねた。
「亜白隊長!!」
勢いを殺さぬまま市外の方向へ飛んで行った怪獣。跳ねる際に着弾した跡地に亜白の姿は無い。
雨宮は間髪入れずに走り出した。
「雨宮小隊以下、ついてきなさい。亜白隊長の救援に向かいます。」
「「了!!」」
「亜白部隊隊員、恐れ入りますが遊撃隊の任を引き継ぎ願います。以降、保科副隊長の指示を仰いで下さい。」
『っ、了!』
雨宮の指示に対する亜白部隊の隊員達の応答は早かった。安否はともかくとして、最悪の場合亜白の指示を仰げなければ順当な判断だった。
向かう先は予想よりもかなり距離がある。どれだけの勢いで飛ばされたのだろうか。建物同士を足場に飛んで走っていくと、横を白い影が猛スピードで駆けていく。伐虎だった。
「…にゃんこ風情が、上等ですよ。」
張り合うように、雨宮は走る速度を上げた。
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