月下美人の横顔
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赤と白が爆ぜる。2つの銃口を向け腕を伸ばした雨宮の脇をすり抜け保科が前に出る。硝煙ごと切り裂く刃は直線的に肉を切り裂き細切れにする。飛沫の上がる道に雨宮は躊躇なく踏み出して突っ込んで行く。傍から見ずとも分かるほど、2人はよく連携がとれていた。しかしそれがなんだか癪で、鳴海は割り込むように銃口を向け弾丸を撃つ。すかさず駆け抜けていく雨宮の背に思わず笑う。
「なんだよ、聞いた話より優秀じゃないか!連携は不得意だと思っていたぞ!」
「それはどうも。」
当たり前の事であるように返事するものだから、いつも面倒を見ていた保科からすればたまったものではない。
「適当な返事すなよ。このじゃじゃ馬に僕が合わせとるんですよ。他の隊員じゃこう上手くは出来んと思いますけど。」
「それに関しては同意だな。だが僕がいればこのすっとこどっこいに合わせる必要など無い!なんせ僕が最強だからな!」
攻撃に加わる鳴海は言葉の通り自己主張の強い攻め方で前進する。気遣いの欠片もない評価に対し、雨宮は不愉快そうに眉を寄せ鳴海を追い抜いていく。
「冗談はさておき。邪魔なんで下がってください、鳴海隊長。」
「あ?言葉に気をつけろよ。僕は実力に伴わない言動をする奴は嫌いだ。」
「弁えているからこそです。露払い、道を開く作業は雑兵におまかせを。最高戦力なのでしたら、猛威は相応しい場で奮って下さい。」
「おっ、おう……」
「あの…もしかして僕も雑兵に入っとるん?」
プライドによる険悪な態度から秒で手のひらを返す鳴海。白昼堂々、上司を下げる発言に控えめな抗議をする保科は無視された。
『侵攻部隊、目標接触まで残り300メートルを切りました。』
「早かったな。…おい亜白、足場は任せていいんだな?」
『…接触まで150メートル地点に到着次第、侵攻部隊の戦闘エリアを開く。着弾後の足場は半径50メートル範囲を想定。オペレーター、攻撃後に足場が無くなるまでの推定時間は?』
『はい、約180秒です。』
核本体を守るシールドより持続的に発生し続ける本獣の肉体。亜白の攻撃により開かれた地点が再生する肉壁により埋る時間は180秒。180秒以内に決着がつかねば足場が無くなり作戦自体破綻する。
「180秒も持つか?本獣の増殖、侵攻速度は人間の歩行速度を上回ってるんだろ?」
『観測班によると被撃後、核本体を守るシールドからの再生速度は一定じゃない。周囲より肉体が本体へと収束する動きも含め、やや遅緩が見られる。切り離された本体と繋がれば防衛ラインへの侵攻速度は一定に上がるがな。…保科と雨宮の両名は鳴海のサポートを注力するように。』
「「了」」
2人が返事をした直後、通信越しに亜白が専用武器を操縦する重厚な音が鳴る。
『180秒と言わず、撃破まで持たせるために少しばかり重い一撃を入れる。3人とも衝撃に備えろ。』
『亜白隊長、発射準備に入りました!カウント開始します!』
「フンッ、せっかちなことだ。ま、今回ばかりは同調するがな!」
『君達の現着を最優先に考慮した結果だ。さぁ、走ってもらうぞ!』
『5…4…3…』
「オペレーター、リミッター解除許可申請!下がれ第3部隊!」
「同じく、雨宮と僕2人分やっ。」
急ブレーキを掛ける如く、踏ん張った踵が地面を抉る。立ち止まる2人の間を鳴海が抜けていく。撃鉄を起こし、真正面に向けた黒鉄の銃口が数回発火する。海原が割れるように、高威力の弾丸が数十メートル先まで縦一直線に広い長道を作る刹那。
『2…1…ファイア!』
約10キロ先、被害の浅い高層ビルの屋上の一点。亜白の立つ位置が光を放つ。光弾が地上に投下された。真昼の空でも目に眩しく映るそれは軌跡を残し、地上を震わす。衝撃に揺らぎそうになる体を許さず、地を踏みしめると保科と雨宮は全速力では駆け出した。
「先行くで。」
言葉の通り、保科は雨宮を置いて先に進む。スーツの解放戦力は段違いであり、如実に実力の差を感じながらも雨宮は性能の値を限界まで引き上げる。涼しく見える顔にはビシビシと筋が浮かぶ。焦りよりは負けず嫌いの性根だとしても冷静さは失わず、肉癖の開けたポイントへ彼女は飛び出していく。
鳴海の作った道の先、ゴール地点には壮絶な光景が広がっていた。亜白の一撃により肉癖を抉り円形に陥没した地表。隕石の衝突後のような下り坂を滑るように、雨宮は躊躇無く砂埃を上げ降りていく。深いクレーターの中心には、淡い黄色に輝く球体がある。眼球に痛みを与えるほどの輝きを放つ薄いシールド膜。その中に浮かぶ、透き通るような艶を放つ球体は橙色をしている。
直径1メートル程の球体を前に、先陣を切った保科は両手に刀を握る。斥候の腹積もりではあるが、手を抜くつもりも一切無く。全霊を込め鞘から抜き放った刃は甲高い風切音を残し、十字の斬撃と成りて輝く膜に接触する。ガツンと分厚い鉄壁を打ったような衝撃にビリビリと腕が震える。想像を絶する硬さに内心苦笑するが、驚きはしない。なにしろ亜白の攻撃が通らなかったほどだ。
「かっった!」
「侵攻部隊、第2撃入ります。」
背後より聞こえる通告に保科が避けるとダンッダンッと連続で銃声音が響く。散弾は直撃するもシールド膜の表面で弾けて火花を散らすだけに留まる。
「斬撃、散弾による銃撃共に効果なし。…第3撃入ります。」
気配を察して雨宮が下がると、真上から人影が降ってくる。両手に構えた銃剣の鋒を真下に向け降下する鳴海。勢い良く腕を振り、垂直に刃を叩き付けると耳に嫌な音が鳴り響く。鼓膜が破れる錯覚に耳を抑えながら、雨宮は淡々と述べる。
「突貫も効果なし。外傷は欠片も目視出来ません。」
「お前っ、うるさいぞ!」
プライドをへし折るような発言に鳴海は怒りながら体をひねって着地する。
「逐次報告せねば、オペレーションルームが遂行中の作戦を修正出来ません。」
「そういうのは現場の仕事だ!ちゃんと教育しとけ保科!」
「はいはい2人共、手を動かして下さいね。」
賛否ある両者の意見に真面目に返答をする暇など無い。保科は陽気にあしらいながら自身も有言実行する。
「しかし、このままじゃジリ貧なのでは?」
「だったら尻尾巻いて逃げるってか!?」
「あはは、ありえんやろ。」
攻撃を加え数秒、シールド膜が明滅し表面に薄っすらと規則的に並んだ六角形が浮かぶ。球体を覆うようなハニカム構造の隙間より、ジワジワと赤い筋が伸び細胞が増殖していく。
「再生、始まりました。」
「周囲の肉体も此処に集まってきとる。鳴海隊長、手応えはどうやろか?」
「見りゃ分かんだろが!」
より一層、激しい打撃音をたてながら銃剣を振り回す鳴海の額には青筋が浮かんでいる。シールド膜へと攻撃を振るうたび、再生し始めた肉片により血飛沫がまじり始める。
「亜白隊長が上空からヘリで向かっとる。それまで場をもたせんと、」
「あ゙ぁ゙?舐めんなよっ、亜白の手なんざ借りなくとも僕1人で事足りるわ!!」
「意地はらんと、合同作戦なんやからっ。あー…雨宮、僕らは周りに集中しよか。」
「そのようですね。」
クレーターの底には流れ込むように周りの肉壁が伸びており、半径50メートル以上あった足場はかなり狭まっていた。
「どや、まだ行けそうか?」
「余裕です。」
保科の問に頷く雨宮の息遣いには若干の荒さが見られる。作戦開始地点よりほぼ動きっぱなしで解放戦力も上限値を維持し続けている。スーツの駆動限界が近く無理をしている事は火を見るより明らかだ。無茶をさせすぎたかと反省するが、まだ働いてもらわねばならない。
「電池切れになる前に報告せえ。」
「そうなる前に、こちらの最高戦力なる方が終わらせてくれる筈です。それか亜白隊長が、」
「たりめぇだボケェ!」
雨宮の言葉を遮る鳴海の怒声に保科は溜息をつく。
「そいじゃ、後ろは任せたで。」
「了」
前後、逆方向へ走り削壁作業を開始する2人。亜白の足場作成攻撃時点より作戦時間が120秒を過ぎた頃、雨宮の鼻より、タラリと粘性のある血が流れる。
「…っ、ケホ、ケホ。」
『雨宮小隊長!駆動限界ですっ、これ以上は危険です!』
「いけます。私がここで下がるわけにはいきません。」
「雨宮っ、こっちのバックについて開放値下げろ!」
「鳴海隊長の言う通りや、下がれ雨宮。命令やで。」
ままならぬ実力に未熟さを痛感し、雨宮は歯軋りして踵を返す。鳴海の元に走りながらスーツの開放値を下げると幾分か息がしやすくなっていく。身体に溜まっていた熱が排出される感覚。雨宮は鳴海の元へ辿り着くが、自分が手を挟む隙もないほどの猛攻に、思わず足が止まる。火薬と斬撃による高威力と併せた手数の多さに集中砲火されるシールド膜には、依然として傷一つ無い。
「…これだけ硬ければどこかに欠陥の1つや2つ、ありそうですが、ね。」
地球上に完全無欠な生物は存在し得ない。永遠に続く命がないように、何かしらの欠陥がある。異次元的な肉体構造と能力を持つ怪獣とて、兵器を持って殺す事の出来る生物である。完璧でないなら、どこかに欠点がある筈。核を守るこの異常な硬さのシールドにだって。明滅を繰り返すシールドの表面模様に、雨宮はふとした疑問を感じた。
「…オペレーター、質問があります。」
『はい!何でしょう?』
「六角形だけで球体って作れましたっけ?」
『えっ、と、えぇ?』
「雨宮っ!!無駄話はいいから手を動かせボケ!」
「オペレーター、どうなんですか?」
突拍子も無い質問に困惑するオペレーターとブチギレる鳴海、返答を催促する雨宮。暫しの沈黙後、オペレーターは返事をした。
『いえ、正六角形の球体は存在しません。ハニカム構造と言いまして…多面体定理上、どこかに歪みか六角形以外の面がいくつかある筈…』
「結構な返答です。鳴海隊長、ありませんか?歪み。」
「ッ、」
鳴海の眼、虹彩が紅味を増す。怪獣が発する電気信号を捉え、視線は規則的でない流れを探す。核を中心とした球体の表面に無数の糸のように広がる信号。攻撃を入れるたびに激しく揺れ動くそれは流れを変え、球体の真下を引き結ぶように収束する。
「クソが、こんな単純な構造に気が付かんとはなっ。」
「焦りが出ていたのでは?なんせ短期決戦作戦ですから。」
図星だった。鳴海の脳裏を巡るのは、第3部隊の2人と合流するまでの道順。肉壁を裂きながら辿り着いた家々には、屋内に残された民間人。屋根に引っ張り上げて救助を持つように伝えた家族。老朽化により耐えきれず崩れた家で圧迫死を免れなかった老人。一般隊員による攻撃で簡単に体を削れる程に耐久性は低いといえども、民間人に成す術はない。人的被害は計り知れない。一刻も早く核を叩き、侵攻を止める必要があった。
「チッ」
球体の底付近、地面に銃口の先を添え数度発砲する。爆撃のような煙を上げ地面がヒビ割れる。崩れる足元に踏ん張りながら、球体と地面の隙間に銃剣を突っ込む。
「手伝いましょう。」
「いらん。すぐに済むからな。」
鳴海の発言を無視して雨宮は解放戦力を底上げする。肉体が限界を訴えるように、片目の端が痙攣した。鳴海の傍に片膝をつくと、球体の下の亀裂に銃口を突っ込んでトリガーを何度も引く。
「急いでいるのは、貴方だけじゃないんですよ!」
凄まじい土煙を上げ崩れる地面。陥没して出来た隙間に転げ落ちる雨宮。
「馬鹿っ、そこで大人しくしとけ!」
球体の下に穿たれた穴の隙間に鳴海も身を滑らすと、無理矢理銃剣を引っ張り入れて上を見る。高さ数メートルの穴の底。球体の真下、歪んだ六角形の間には寄せ集めるようにまばらな五角形の面が見られる。付近に衝撃を受けた為か、シールド膜は激しく発光してジワジワと2人に肉片を伸ばす。雨宮は転がったまま発砲して肉片を弾いた。
「早く!」
「分かってるっての!!」
鳴海は爆発により生き埋めになることを考慮し、剣先で勝負を決めにいく。腰を落とし、真下から鋒をシールド膜に叩きつける。ギャリギャリと金切り音が鳴り響き、いかなる攻撃をも弾いたシールドに一筋のヒビが入る。刹那、シールドの隙間より恐ろしい勢いで血が吹き出したかと思うと、肉片が伸びて鳴海に巻き付く。
「こんの、往生際が悪い!!」
腕を引こうとしてもびくともしないそれに、やむを得ずトリガーを引こうとした時だった。
「動かないでっ!」
鳴海の肩に軽い衝撃が走ったかと思うと、次の瞬間視界の端より雨宮が飛び出して来た。バリンッ。硝子が割れるような音に合わせ推進する銃剣。勢いを止めず中心の核に突き刺さる鋒に鳴海は目を見開く。サッカーボール程度の大きさだろうか。肉体に対して極小の核は艶を失い、硝子玉が割れるように砕けた。飛び出した雨宮が前のめりに崩れ落ちる。地面に落ち、右膝を抱えて悶え転げる雨宮。
「いっっ、…たぁっ…」
『駆動限界、全開放解除!雨宮小隊長、大丈夫ですか!?』
鳴海の持つ専用武器、通常の銃より遥かに大きなトリガーガードを膝で蹴り上げたのだ。
「お前、無茶苦茶するな…」
型破りな強さを有する鳴海を畏怖の眼差しで見る者は多い。若さ故の驕りは捨てろと何度いちゃもんをつけられたことか。そう言ってやまなかった先人達は、こんな気分で自分を見ていたのかもしれない。
『あーーっ、もしもし?聞こえとりますか?』
「何だ。」
通信より聞こえる保科の声はいくばくかの焦りが見られる。
『本獣の侵攻、止まりましたが。ケリがついたって事でええんやろか?』
「ああ、どうにかな。」
『作戦は完了と言うことで。お疲れ様です、迎えに行きますわ。…姿が見えんけども、どこにおります?』
「本獣の真下だ。」
『真下ぁ?』
「…一旦作戦は終了だ。掃討作戦はっ、でぇ!?」
鳴海は叫び声を上げた。砕けた核が膨張し大量の血を吹き出したのだ。割れたシールドの隙間に引っ掛かり頭上から降り注ぐ流血は二人の頭上から降り注ぐ。
「ちょっ、無理…なんとかして下さい鳴海隊長!最強なんでしょ!?」
「僕をなんだと思ってんだ!くっ、質量に対しておかしいだろ!」
攻撃性は無く無害ではあるが圧倒的な流出量に騒ぎ出す2人。
『ちょい、大丈夫ですか!?すぐ向かいますから!』
保科は作戦終了の余韻も吹き飛び、通信を切ると慌てて2人の元に向かった。
「雨宮が世話になったな、鳴海。」
「まったくだ。ペーペーのくせして言う事を聞きやしない。お前の教育が足りてない落ち度だからな。しっかり言って聞かせろよ。」
頭から爪先まで全身血濡れの鳴海は、亜白にビシッと人差し指をさす。亜白はといえば意に介さぬ表情で、鳴海と同じく全身血に汚れた雨宮を背負っている。並び立つ保科は口角を上げながらも額に青筋を浮かべていた。それを見てか、背後に控えていた長谷川が鳴海の後頭部をゴンッと殴る。
「お前が側にいてあのざまにさせたんだから、少しは反省しろ。」
「いってぇな長谷川この野郎!隊長の頭を軽々しく殴りやがって!」
「長谷川副隊長…今回ばかりは私の落ち度です。あまり厳しくしないであげて下さい。」
長谷川は目を丸くして雨宮を見下ろす。
「驚いた。お前に謙虚さがあったとはな。」
純粋な驚きの言葉は雨宮本人ではなく、保科と亜白の胸にグサリと刺さる。保護者のような心持ちの2人には耳が痛い発言だった。
「貴方達の主義によれば、私の実力が見合わなかっただけの事でしょう。成果に伴った実力を身に着ける努力をします。」
「…それじゃ、逆のような気もするがな。」
「犠牲を伴う成果とは、私の1番嫌いなものですから。」
ピクリと亜白の表情が微かに動く。頭をさする鳴海はその機微を見逃さなかったが、2人が抱える事情に首を突っ込むつもりもなかった。鳴海は決まり悪そうに視線を外すと、張り付いた前髪を鬱陶しそうにかき上げながら言った。
「…まぁ、…雑兵にしてはよくやった方だろ。道を開く以上の仕事はしたんだから、充分だ。」
今度は全員の表情が驚きに染まる。まさかこの男に、他人を褒める程の器量があったとは。雨宮だけは気怠げな表情のまま、ニッと歯を見せ笑う。
「お褒めに預かり光栄です、新隊長殿。」
鳴海は挑発的な返事にも鼻を鳴らすだけだった。しかし長谷川は再び鳴海の後頭部を殴る。
「人様の部下を雑兵呼ばわりするな。」
「〜っ、あいつが!自分で言い出したんだよ!!」
「黙れ!」
「…ともかく、協力に感謝する。今後ともよろしく頼むぞ。」
「だーれがよろしくするか!もうこりごりだね!」
中指を立てる鳴海の頭を掴んで下げさせると、長谷川は亜白に感謝の意を伝えて同じように頭を下げた。
第1部隊の面々と分かれ、小隊以下の部隊が民間の清掃業者と協力しながらの救出及び残骸の除去作業が始まる。亜白は次の職務に向かうべく、保科と雨宮は作戦の功労者として先に基地へと帰路を進めていた。
「…歩けますが。」
「保科に手を借りなければ立つことも出来なかっただろう。」
「…雑兵の運搬作業は隊長様の仕事じゃないのでは?」
「私は君達を雑兵などとは思わない。それに、私の力及ばぬ場所で死力を尽くしたんだ。これくらいはさせてくれ。」
亜白が現着した際、雨宮は鳴海と共に保科から助け出されている最中だった。
「正直肝が冷えたよ。溺死するところだったんだろ?」
「いいえ。穴を満たした血液量が鳴海隊長の肩あたりだっただけです。」
「溺死しかけとるやん…鳴海隊長にも感謝せんとな。」
脚を負傷して立てない雨宮が溺れないよう支えたのはほかでもない鳴海だ。穴から這い出た時の足場は10メートルに満たなかった。周囲を削り足場を持たせた保科も含め、極限状態の戦いだったのだ。
「すまないな。私の近接戦闘能力がもう少しばかり、高ければ良かったんだが。」
「そこは僕らがフォローするのが仕事なんで。今更気に病む事じゃないと思いますが?」
「…そうだな。」
普段快活で鳴海程ではないが自信に満ちた態度の亜白が、雨宮を前にするとナイーブになる。雨宮も何も言わないものだから保科がバックアップするのは自然な流れになっていた。
「……刃物はともかくとして…簡単な料理ぐらい、出来るようになった方が良いのでは?」
「ゔぐっ、」
「アカン、なんて事言うんや雨宮!」
ボソリと呟いた言葉は亜白に対して鋭利すぎたらしい。大ダメージを負っても雨宮を落とす事は無かったが相当堪えたようだ。
「…別に、気にしてません。どんな形であれ、不得手を改善しようとする気概を責めるような人間は、第3部隊にはいないでしょうから。そんな事言う必要はありません。」
尖った口調だが、業務的さを装う並びは2年前では出なかった言葉だろう。血で汚れる事を厭わず自身を背負う亜白の人間性を、雨宮も少しばかりは理解し始めたのかもしれない。
「…今度何か作ってやろう。」
「それがもたらす結果により、労災がおりるなら検討します。」
以前、専用武器の試作時による小此木からの評価は間違いでは無かったらしい。保科は新たな裏付けが取れたことを純粋に喜んだ。
「なんだよ、聞いた話より優秀じゃないか!連携は不得意だと思っていたぞ!」
「それはどうも。」
当たり前の事であるように返事するものだから、いつも面倒を見ていた保科からすればたまったものではない。
「適当な返事すなよ。このじゃじゃ馬に僕が合わせとるんですよ。他の隊員じゃこう上手くは出来んと思いますけど。」
「それに関しては同意だな。だが僕がいればこのすっとこどっこいに合わせる必要など無い!なんせ僕が最強だからな!」
攻撃に加わる鳴海は言葉の通り自己主張の強い攻め方で前進する。気遣いの欠片もない評価に対し、雨宮は不愉快そうに眉を寄せ鳴海を追い抜いていく。
「冗談はさておき。邪魔なんで下がってください、鳴海隊長。」
「あ?言葉に気をつけろよ。僕は実力に伴わない言動をする奴は嫌いだ。」
「弁えているからこそです。露払い、道を開く作業は雑兵におまかせを。最高戦力なのでしたら、猛威は相応しい場で奮って下さい。」
「おっ、おう……」
「あの…もしかして僕も雑兵に入っとるん?」
プライドによる険悪な態度から秒で手のひらを返す鳴海。白昼堂々、上司を下げる発言に控えめな抗議をする保科は無視された。
『侵攻部隊、目標接触まで残り300メートルを切りました。』
「早かったな。…おい亜白、足場は任せていいんだな?」
『…接触まで150メートル地点に到着次第、侵攻部隊の戦闘エリアを開く。着弾後の足場は半径50メートル範囲を想定。オペレーター、攻撃後に足場が無くなるまでの推定時間は?』
『はい、約180秒です。』
核本体を守るシールドより持続的に発生し続ける本獣の肉体。亜白の攻撃により開かれた地点が再生する肉壁により埋る時間は180秒。180秒以内に決着がつかねば足場が無くなり作戦自体破綻する。
「180秒も持つか?本獣の増殖、侵攻速度は人間の歩行速度を上回ってるんだろ?」
『観測班によると被撃後、核本体を守るシールドからの再生速度は一定じゃない。周囲より肉体が本体へと収束する動きも含め、やや遅緩が見られる。切り離された本体と繋がれば防衛ラインへの侵攻速度は一定に上がるがな。…保科と雨宮の両名は鳴海のサポートを注力するように。』
「「了」」
2人が返事をした直後、通信越しに亜白が専用武器を操縦する重厚な音が鳴る。
『180秒と言わず、撃破まで持たせるために少しばかり重い一撃を入れる。3人とも衝撃に備えろ。』
『亜白隊長、発射準備に入りました!カウント開始します!』
「フンッ、せっかちなことだ。ま、今回ばかりは同調するがな!」
『君達の現着を最優先に考慮した結果だ。さぁ、走ってもらうぞ!』
『5…4…3…』
「オペレーター、リミッター解除許可申請!下がれ第3部隊!」
「同じく、雨宮と僕2人分やっ。」
急ブレーキを掛ける如く、踏ん張った踵が地面を抉る。立ち止まる2人の間を鳴海が抜けていく。撃鉄を起こし、真正面に向けた黒鉄の銃口が数回発火する。海原が割れるように、高威力の弾丸が数十メートル先まで縦一直線に広い長道を作る刹那。
『2…1…ファイア!』
約10キロ先、被害の浅い高層ビルの屋上の一点。亜白の立つ位置が光を放つ。光弾が地上に投下された。真昼の空でも目に眩しく映るそれは軌跡を残し、地上を震わす。衝撃に揺らぎそうになる体を許さず、地を踏みしめると保科と雨宮は全速力では駆け出した。
「先行くで。」
言葉の通り、保科は雨宮を置いて先に進む。スーツの解放戦力は段違いであり、如実に実力の差を感じながらも雨宮は性能の値を限界まで引き上げる。涼しく見える顔にはビシビシと筋が浮かぶ。焦りよりは負けず嫌いの性根だとしても冷静さは失わず、肉癖の開けたポイントへ彼女は飛び出していく。
鳴海の作った道の先、ゴール地点には壮絶な光景が広がっていた。亜白の一撃により肉癖を抉り円形に陥没した地表。隕石の衝突後のような下り坂を滑るように、雨宮は躊躇無く砂埃を上げ降りていく。深いクレーターの中心には、淡い黄色に輝く球体がある。眼球に痛みを与えるほどの輝きを放つ薄いシールド膜。その中に浮かぶ、透き通るような艶を放つ球体は橙色をしている。
直径1メートル程の球体を前に、先陣を切った保科は両手に刀を握る。斥候の腹積もりではあるが、手を抜くつもりも一切無く。全霊を込め鞘から抜き放った刃は甲高い風切音を残し、十字の斬撃と成りて輝く膜に接触する。ガツンと分厚い鉄壁を打ったような衝撃にビリビリと腕が震える。想像を絶する硬さに内心苦笑するが、驚きはしない。なにしろ亜白の攻撃が通らなかったほどだ。
「かっった!」
「侵攻部隊、第2撃入ります。」
背後より聞こえる通告に保科が避けるとダンッダンッと連続で銃声音が響く。散弾は直撃するもシールド膜の表面で弾けて火花を散らすだけに留まる。
「斬撃、散弾による銃撃共に効果なし。…第3撃入ります。」
気配を察して雨宮が下がると、真上から人影が降ってくる。両手に構えた銃剣の鋒を真下に向け降下する鳴海。勢い良く腕を振り、垂直に刃を叩き付けると耳に嫌な音が鳴り響く。鼓膜が破れる錯覚に耳を抑えながら、雨宮は淡々と述べる。
「突貫も効果なし。外傷は欠片も目視出来ません。」
「お前っ、うるさいぞ!」
プライドをへし折るような発言に鳴海は怒りながら体をひねって着地する。
「逐次報告せねば、オペレーションルームが遂行中の作戦を修正出来ません。」
「そういうのは現場の仕事だ!ちゃんと教育しとけ保科!」
「はいはい2人共、手を動かして下さいね。」
賛否ある両者の意見に真面目に返答をする暇など無い。保科は陽気にあしらいながら自身も有言実行する。
「しかし、このままじゃジリ貧なのでは?」
「だったら尻尾巻いて逃げるってか!?」
「あはは、ありえんやろ。」
攻撃を加え数秒、シールド膜が明滅し表面に薄っすらと規則的に並んだ六角形が浮かぶ。球体を覆うようなハニカム構造の隙間より、ジワジワと赤い筋が伸び細胞が増殖していく。
「再生、始まりました。」
「周囲の肉体も此処に集まってきとる。鳴海隊長、手応えはどうやろか?」
「見りゃ分かんだろが!」
より一層、激しい打撃音をたてながら銃剣を振り回す鳴海の額には青筋が浮かんでいる。シールド膜へと攻撃を振るうたび、再生し始めた肉片により血飛沫がまじり始める。
「亜白隊長が上空からヘリで向かっとる。それまで場をもたせんと、」
「あ゙ぁ゙?舐めんなよっ、亜白の手なんざ借りなくとも僕1人で事足りるわ!!」
「意地はらんと、合同作戦なんやからっ。あー…雨宮、僕らは周りに集中しよか。」
「そのようですね。」
クレーターの底には流れ込むように周りの肉壁が伸びており、半径50メートル以上あった足場はかなり狭まっていた。
「どや、まだ行けそうか?」
「余裕です。」
保科の問に頷く雨宮の息遣いには若干の荒さが見られる。作戦開始地点よりほぼ動きっぱなしで解放戦力も上限値を維持し続けている。スーツの駆動限界が近く無理をしている事は火を見るより明らかだ。無茶をさせすぎたかと反省するが、まだ働いてもらわねばならない。
「電池切れになる前に報告せえ。」
「そうなる前に、こちらの最高戦力なる方が終わらせてくれる筈です。それか亜白隊長が、」
「たりめぇだボケェ!」
雨宮の言葉を遮る鳴海の怒声に保科は溜息をつく。
「そいじゃ、後ろは任せたで。」
「了」
前後、逆方向へ走り削壁作業を開始する2人。亜白の足場作成攻撃時点より作戦時間が120秒を過ぎた頃、雨宮の鼻より、タラリと粘性のある血が流れる。
「…っ、ケホ、ケホ。」
『雨宮小隊長!駆動限界ですっ、これ以上は危険です!』
「いけます。私がここで下がるわけにはいきません。」
「雨宮っ、こっちのバックについて開放値下げろ!」
「鳴海隊長の言う通りや、下がれ雨宮。命令やで。」
ままならぬ実力に未熟さを痛感し、雨宮は歯軋りして踵を返す。鳴海の元に走りながらスーツの開放値を下げると幾分か息がしやすくなっていく。身体に溜まっていた熱が排出される感覚。雨宮は鳴海の元へ辿り着くが、自分が手を挟む隙もないほどの猛攻に、思わず足が止まる。火薬と斬撃による高威力と併せた手数の多さに集中砲火されるシールド膜には、依然として傷一つ無い。
「…これだけ硬ければどこかに欠陥の1つや2つ、ありそうですが、ね。」
地球上に完全無欠な生物は存在し得ない。永遠に続く命がないように、何かしらの欠陥がある。異次元的な肉体構造と能力を持つ怪獣とて、兵器を持って殺す事の出来る生物である。完璧でないなら、どこかに欠点がある筈。核を守るこの異常な硬さのシールドにだって。明滅を繰り返すシールドの表面模様に、雨宮はふとした疑問を感じた。
「…オペレーター、質問があります。」
『はい!何でしょう?』
「六角形だけで球体って作れましたっけ?」
『えっ、と、えぇ?』
「雨宮っ!!無駄話はいいから手を動かせボケ!」
「オペレーター、どうなんですか?」
突拍子も無い質問に困惑するオペレーターとブチギレる鳴海、返答を催促する雨宮。暫しの沈黙後、オペレーターは返事をした。
『いえ、正六角形の球体は存在しません。ハニカム構造と言いまして…多面体定理上、どこかに歪みか六角形以外の面がいくつかある筈…』
「結構な返答です。鳴海隊長、ありませんか?歪み。」
「ッ、」
鳴海の眼、虹彩が紅味を増す。怪獣が発する電気信号を捉え、視線は規則的でない流れを探す。核を中心とした球体の表面に無数の糸のように広がる信号。攻撃を入れるたびに激しく揺れ動くそれは流れを変え、球体の真下を引き結ぶように収束する。
「クソが、こんな単純な構造に気が付かんとはなっ。」
「焦りが出ていたのでは?なんせ短期決戦作戦ですから。」
図星だった。鳴海の脳裏を巡るのは、第3部隊の2人と合流するまでの道順。肉壁を裂きながら辿り着いた家々には、屋内に残された民間人。屋根に引っ張り上げて救助を持つように伝えた家族。老朽化により耐えきれず崩れた家で圧迫死を免れなかった老人。一般隊員による攻撃で簡単に体を削れる程に耐久性は低いといえども、民間人に成す術はない。人的被害は計り知れない。一刻も早く核を叩き、侵攻を止める必要があった。
「チッ」
球体の底付近、地面に銃口の先を添え数度発砲する。爆撃のような煙を上げ地面がヒビ割れる。崩れる足元に踏ん張りながら、球体と地面の隙間に銃剣を突っ込む。
「手伝いましょう。」
「いらん。すぐに済むからな。」
鳴海の発言を無視して雨宮は解放戦力を底上げする。肉体が限界を訴えるように、片目の端が痙攣した。鳴海の傍に片膝をつくと、球体の下の亀裂に銃口を突っ込んでトリガーを何度も引く。
「急いでいるのは、貴方だけじゃないんですよ!」
凄まじい土煙を上げ崩れる地面。陥没して出来た隙間に転げ落ちる雨宮。
「馬鹿っ、そこで大人しくしとけ!」
球体の下に穿たれた穴の隙間に鳴海も身を滑らすと、無理矢理銃剣を引っ張り入れて上を見る。高さ数メートルの穴の底。球体の真下、歪んだ六角形の間には寄せ集めるようにまばらな五角形の面が見られる。付近に衝撃を受けた為か、シールド膜は激しく発光してジワジワと2人に肉片を伸ばす。雨宮は転がったまま発砲して肉片を弾いた。
「早く!」
「分かってるっての!!」
鳴海は爆発により生き埋めになることを考慮し、剣先で勝負を決めにいく。腰を落とし、真下から鋒をシールド膜に叩きつける。ギャリギャリと金切り音が鳴り響き、いかなる攻撃をも弾いたシールドに一筋のヒビが入る。刹那、シールドの隙間より恐ろしい勢いで血が吹き出したかと思うと、肉片が伸びて鳴海に巻き付く。
「こんの、往生際が悪い!!」
腕を引こうとしてもびくともしないそれに、やむを得ずトリガーを引こうとした時だった。
「動かないでっ!」
鳴海の肩に軽い衝撃が走ったかと思うと、次の瞬間視界の端より雨宮が飛び出して来た。バリンッ。硝子が割れるような音に合わせ推進する銃剣。勢いを止めず中心の核に突き刺さる鋒に鳴海は目を見開く。サッカーボール程度の大きさだろうか。肉体に対して極小の核は艶を失い、硝子玉が割れるように砕けた。飛び出した雨宮が前のめりに崩れ落ちる。地面に落ち、右膝を抱えて悶え転げる雨宮。
「いっっ、…たぁっ…」
『駆動限界、全開放解除!雨宮小隊長、大丈夫ですか!?』
鳴海の持つ専用武器、通常の銃より遥かに大きなトリガーガードを膝で蹴り上げたのだ。
「お前、無茶苦茶するな…」
型破りな強さを有する鳴海を畏怖の眼差しで見る者は多い。若さ故の驕りは捨てろと何度いちゃもんをつけられたことか。そう言ってやまなかった先人達は、こんな気分で自分を見ていたのかもしれない。
『あーーっ、もしもし?聞こえとりますか?』
「何だ。」
通信より聞こえる保科の声はいくばくかの焦りが見られる。
『本獣の侵攻、止まりましたが。ケリがついたって事でええんやろか?』
「ああ、どうにかな。」
『作戦は完了と言うことで。お疲れ様です、迎えに行きますわ。…姿が見えんけども、どこにおります?』
「本獣の真下だ。」
『真下ぁ?』
「…一旦作戦は終了だ。掃討作戦はっ、でぇ!?」
鳴海は叫び声を上げた。砕けた核が膨張し大量の血を吹き出したのだ。割れたシールドの隙間に引っ掛かり頭上から降り注ぐ流血は二人の頭上から降り注ぐ。
「ちょっ、無理…なんとかして下さい鳴海隊長!最強なんでしょ!?」
「僕をなんだと思ってんだ!くっ、質量に対しておかしいだろ!」
攻撃性は無く無害ではあるが圧倒的な流出量に騒ぎ出す2人。
『ちょい、大丈夫ですか!?すぐ向かいますから!』
保科は作戦終了の余韻も吹き飛び、通信を切ると慌てて2人の元に向かった。
「雨宮が世話になったな、鳴海。」
「まったくだ。ペーペーのくせして言う事を聞きやしない。お前の教育が足りてない落ち度だからな。しっかり言って聞かせろよ。」
頭から爪先まで全身血濡れの鳴海は、亜白にビシッと人差し指をさす。亜白はといえば意に介さぬ表情で、鳴海と同じく全身血に汚れた雨宮を背負っている。並び立つ保科は口角を上げながらも額に青筋を浮かべていた。それを見てか、背後に控えていた長谷川が鳴海の後頭部をゴンッと殴る。
「お前が側にいてあのざまにさせたんだから、少しは反省しろ。」
「いってぇな長谷川この野郎!隊長の頭を軽々しく殴りやがって!」
「長谷川副隊長…今回ばかりは私の落ち度です。あまり厳しくしないであげて下さい。」
長谷川は目を丸くして雨宮を見下ろす。
「驚いた。お前に謙虚さがあったとはな。」
純粋な驚きの言葉は雨宮本人ではなく、保科と亜白の胸にグサリと刺さる。保護者のような心持ちの2人には耳が痛い発言だった。
「貴方達の主義によれば、私の実力が見合わなかっただけの事でしょう。成果に伴った実力を身に着ける努力をします。」
「…それじゃ、逆のような気もするがな。」
「犠牲を伴う成果とは、私の1番嫌いなものですから。」
ピクリと亜白の表情が微かに動く。頭をさする鳴海はその機微を見逃さなかったが、2人が抱える事情に首を突っ込むつもりもなかった。鳴海は決まり悪そうに視線を外すと、張り付いた前髪を鬱陶しそうにかき上げながら言った。
「…まぁ、…雑兵にしてはよくやった方だろ。道を開く以上の仕事はしたんだから、充分だ。」
今度は全員の表情が驚きに染まる。まさかこの男に、他人を褒める程の器量があったとは。雨宮だけは気怠げな表情のまま、ニッと歯を見せ笑う。
「お褒めに預かり光栄です、新隊長殿。」
鳴海は挑発的な返事にも鼻を鳴らすだけだった。しかし長谷川は再び鳴海の後頭部を殴る。
「人様の部下を雑兵呼ばわりするな。」
「〜っ、あいつが!自分で言い出したんだよ!!」
「黙れ!」
「…ともかく、協力に感謝する。今後ともよろしく頼むぞ。」
「だーれがよろしくするか!もうこりごりだね!」
中指を立てる鳴海の頭を掴んで下げさせると、長谷川は亜白に感謝の意を伝えて同じように頭を下げた。
第1部隊の面々と分かれ、小隊以下の部隊が民間の清掃業者と協力しながらの救出及び残骸の除去作業が始まる。亜白は次の職務に向かうべく、保科と雨宮は作戦の功労者として先に基地へと帰路を進めていた。
「…歩けますが。」
「保科に手を借りなければ立つことも出来なかっただろう。」
「…雑兵の運搬作業は隊長様の仕事じゃないのでは?」
「私は君達を雑兵などとは思わない。それに、私の力及ばぬ場所で死力を尽くしたんだ。これくらいはさせてくれ。」
亜白が現着した際、雨宮は鳴海と共に保科から助け出されている最中だった。
「正直肝が冷えたよ。溺死するところだったんだろ?」
「いいえ。穴を満たした血液量が鳴海隊長の肩あたりだっただけです。」
「溺死しかけとるやん…鳴海隊長にも感謝せんとな。」
脚を負傷して立てない雨宮が溺れないよう支えたのはほかでもない鳴海だ。穴から這い出た時の足場は10メートルに満たなかった。周囲を削り足場を持たせた保科も含め、極限状態の戦いだったのだ。
「すまないな。私の近接戦闘能力がもう少しばかり、高ければ良かったんだが。」
「そこは僕らがフォローするのが仕事なんで。今更気に病む事じゃないと思いますが?」
「…そうだな。」
普段快活で鳴海程ではないが自信に満ちた態度の亜白が、雨宮を前にするとナイーブになる。雨宮も何も言わないものだから保科がバックアップするのは自然な流れになっていた。
「……刃物はともかくとして…簡単な料理ぐらい、出来るようになった方が良いのでは?」
「ゔぐっ、」
「アカン、なんて事言うんや雨宮!」
ボソリと呟いた言葉は亜白に対して鋭利すぎたらしい。大ダメージを負っても雨宮を落とす事は無かったが相当堪えたようだ。
「…別に、気にしてません。どんな形であれ、不得手を改善しようとする気概を責めるような人間は、第3部隊にはいないでしょうから。そんな事言う必要はありません。」
尖った口調だが、業務的さを装う並びは2年前では出なかった言葉だろう。血で汚れる事を厭わず自身を背負う亜白の人間性を、雨宮も少しばかりは理解し始めたのかもしれない。
「…今度何か作ってやろう。」
「それがもたらす結果により、労災がおりるなら検討します。」
以前、専用武器の試作時による小此木からの評価は間違いでは無かったらしい。保科は新たな裏付けが取れたことを純粋に喜んだ。
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