月下美人の横顔
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「次。」
雷管を打ち火薬の爆ぜる音が響く。人形の的に当たり、上半身が吹っ飛んでいく。
「次。」
レバーを弾き折れた銃身より空の薬莢が飛ぶように落ちていく。次弾装填後、速やかに照準を合わせる表情に感情は一切無い。対象的に雷管が爆ぜる派手な音は小此木を悩ます種になりつつある。
淡々としつ無機質な女の声に続く試作、調整、試し打ちの連続作業。あらゆるパーツを組み合わせながら試し打ちをすること数時間。小此木はいよいよ音を上げた。
「雨宮さん〜、いい加減休憩にしましょう〜〜」
「一気に試しちゃいましょう!…とは貴女が言い出した事では?」
「だからって、もうかれこれ4時間立ちますよぉ〜」
「基準が決まらねば後に続く担当者の仕事が進みません。重さと威力の微調整がもう少し必要かと。銃床も短くしてもっと軽量化しましょう。弾丸の威力はこれより高く調節できますか?」
小隊長に昇格するにあたり、専用武器を用意することとなった雨宮。希望としては銃器を。更に機動力を落とさぬよう身軽に扱えて高火力の武器を要望した。あらゆる銃器を試した末、ソードオフショットガンを基礎とすることになる。
「…デメリットの方が多いと思いますが。」
「しつこいですよ、小此木オペレーター。」
じっとりとした目つきに負けじと、異論を再度伝える小此木。
「怪獣の掃討は基本的に野外戦以外、有り得ません。有効射程が短く命中精度の悪い武器は不向きであると思いますが…」
「つまり、銃器であれば近距離から中距離まで広く対応が可能であるライフルを持つ方が合理的であると?」
現段階まで聞く耳を持たずに試射を続けてきた雨宮からの、唐突な疑問。小此木は気疲れから淀んだ表情を輝かせる。
「あっ…はい!散弾銃を否定するわけではありませんが、その…クセの強い銃器をあえて使用するよりは理に適っているかと。」
やっと彼女に対する思慮が伝わったかと感嘆しかける小此木。しばし黙っていた雨宮はいくばくか重みのある声音で小此木の名を呼ぶ。緩みかけた背筋を伸ばし、慌ただしく返事する小此木を気に留めた様子もなく、雨宮は口を開いた。
「亜白隊長が私に求めるものとは、なんだと思いますか?」
「えっ…亜白隊長ですか?」
「はい。我等が亜白隊長です。」
思い掛けず挙げられた名に若干呆けて問い返すと、雨宮は嫌味っぽく肯定した。第3部隊でもっぱらの噂である2人の不仲。彼女の声音からその実態を垣間見た気まずさに、なんとなく胃に不快感を感じる。周囲の技士や隊員達はサッと目を逸らした。あぁ、此処から逃げ出したい。心中の涙が相手に見える筈もなく、しかし本当に逃げ出すわけにも行かない小此木は意を決して答えた。
「…すっ、推進力ですかね?」
忖度の末に導き出された回答。雨宮は溜息をついて肯定する。
「そう。この隊の誰しもが、私は突撃することしか出来ない問題児と思っているでしょうねぇ。」
ら
「そっ、そ、そんなことはっ!」
「取り繕わなくても構いません、事実ですから。」
自虐に対する擁護の言葉が上手く続かない事が、もはや答えである。しかし雨宮には雨宮なりの考えがあった。区画を封鎖する程の大規模な怪獣討伐の作戦に際して、第3部隊がとる作戦の主な形は隊長である亜白による本獣の撃破から、以下隊員達による余獣の掃討。
「広域に溢れる余波を抑える為には、オーソドックスな連携を基盤とした部隊が全般に必要です。しかし私はそれに準ずるのでは無く、少しでも早く前線を上げる事に注力しようと思います。それこそ保科副隊長のようにね。」
防衛ラインをより速く引き上げれば、事態の収束は自ずと早まり被害の拡大も抑えられる。
「銃身が短く弾の拡散が広ければ、大雑把な狙いでも当たるので前進しやすいです。怪獣と距離を詰め私が突貫しようとも、部隊を率いていますから。より上がりやすくなるでしょう。」
「それでは部隊が孤立してしまうのでは…」
「亜白隊長も懸念されていましたので、貴女の心配は最もです。しかし、そうならないよう指揮するのが隊長職の役割であると認識しています。道を開き部隊を推し進める力を欲されているのなら、応えるまでです。」
そう言うと雨宮は銃口を的に向け、残りの弾を発砲する。
「フム、やはり単弾も視野に入れましょう。乱戦を想定すると撃ちにくい場合もありますからね。」
落ちる薬莢が床に転がる。結局、指摘は通らずじまいに終わる。されども小此木から見た雨宮の人物像には、少しばかり変化があった。冷鉄で頑固な印象である若き隊員の、内に秘める確かな熱意。垣間見たそれはハリボテではないだろう。ならば自分はオペレーターとして、彼女の背を支えてやらねばならない。
試射に充てられた時間は間もなく終わりを迎える予定だが、軽く想定を上回る事が予見される。一旦、足元を埋め尽く程に転がる空薬莢の片付け提案する事としようと、小此木は小さく頷く。流石にこの意見までは通らぬ事はないと信じて再度進言した。
デスクにへばり付くように伏した小此木に、保科はねぎらいの声をかける。
「おつかれさん。随分時間掛かっとったようやな。」
「はい…それはもう。基礎となる銃でこの調子じゃ試作後は何を言われることやら…」
「ええ事やないか。士気が高けりゃ今後の任務にも力が入るってもんやろ。」
保科は他人事のように笑いながらデスクに缶コーヒーを置いてやる。小此木はノロノロと顔を上げながら礼を言った。
「そいで、僕の後ろをついて回っとるヒヨっ子の様子はどうやった?」
「ですから、ヒヨコに見えているのは保科副隊長だけですってば。どうと言われましても、噂通りの聞かん坊であったとしか…あっ、でも。」
飲み口の蓋を開けながら思い返して、寄せた眉根をパッと広げる。
「亜白隊長との不仲説。あれは実のところ、でまかせかもしれませんね。」
「………と言うと?」
意外すぎる感想に、脳裏を高速で流れていく裏付けエピソードの数々。保科は意図してポーカーフェイスで問い掛けると、小此木は笑顔で答えた。
「彼女、亜白隊長から小隊長に任命された事を重く受け止めているようでして。責任を果たすと言いますか、信頼に応えようとしているみたいでした。だからかな、私も雨宮さんの意見を真剣に考えようって思えました。」
だいぶ時間は掛かったけれど、と苦笑いを浮かべて締め括る。パチリと開いた保科の目に、小此木は肩を震わし座る椅子ごと後退る。
「な、なんですか?そんなに驚く事でしょうか?」
「…せやなぁ。小此木ちゃんはまだ此処に来て日が浅いからなぁ。」
知らぬ者からすれば、昇格に意気込む様子が微笑ましく感じるのは普通だろう。仕事は仕事、と意識して分ける雨宮が実際の任務で亜白の命令に背く事は殆どなくなった。しかし任務外は別である。それこそ昇格前の第1部隊の隊長のような問題児だ。亜白が手を焼く姿は誰もが知っている。
「いつの間にそんな大人になってしもたんか。なんや、悲しいわ…」
「えぇ…良い事のように思えますけど?」
「ほんまにその通りなんやけど…」
哀愁漂う保科は態度に反して、言葉の通り内心では喜ばしく思っていた。雨宮が入隊して約2年。長くも短きように感じるが、見えぬ箇所にも成長はあったらしい。
良く晴れた空の下、ゲートの閉じた演習場前にて。両手を腰に当て仁王立ちで立つ雨宮の姿がある。些か偉そうに立つ彼女の前方には、背筋を伸ばし真っ直ぐに立つ数十名の防衛隊員達の姿が。切れ長に細められた凛々しい眼差しで並んだ顔ぶれを見回すと、雨宮は口を開いた。
「えー…取り敢えず、敬礼。」
キリッと引き締まった表情とは掛け離れた気怠げな口調で告げられる命令に、皆困惑しながらもビシッと右手を上げる。雨宮はその様子を見て鼻を鳴らした。
「いや、もっとちゃんとせんかいっ。」
「いたっ!」
背後に控えていた保科は勢いよく雨宮の後頭部を叩いた。
「なんですか。もう私の部隊なんだから、どうしようと私の勝手ですよね?」
「はぁ〜〜、君ってやつは…ほんま、なんか知らんけどそういうとこあるよな…」
呆れ返りながら前髪をかきあげ頭をかくと、保科は一歩前に出て雨宮の横に並び立つ。
「こんなやが、今日からこの子が君等を率いる小隊長や。第3部隊で知らんもんはおらんやろが…見ての通りボケナスや。」
「ちょっと、やめてくださいよ!」
輝かしい昇格日にあけすけな言葉を使う保科に、雨宮は勢いよく右手を振るうが小さな拳は片手で受け止められた。今となってはこれも第3部隊では日常の光景である。
「しかしこの麒麟児がかなりの逸材であることも、皆等しく周知の事実や。君等を率いていく実力は充分にあると、僕も亜白隊長も思っとる。せやからよろしく頼むで。」
「「「「了!」」」」
保科が言い終えると、示し合わせたように皆快活な返事をする。先頭に並ぶ2人、沖村と佐渡は周知している言うように困った顔で微笑んでいた。
挨拶とひとまずの伝達事項を述べ、小隊を解散させた後。雨宮は不機嫌そうに保科を見上げた。
「保科副隊長殿、今後は指示指令以外での介入は不必要でありますから。」
すぐに丸め込むように論破する言葉が返ってくる。雨宮は身構えていたが、いつまでたっても返事は無い。不思議に思っていると、保科はポツリと呟いた。
「寂しくなるなぁ。」
「はぁ?」
「君が僕の小隊からいなくなるんは、なんや張り合いがなくなりそうだと思ってな。」
保科は眉を下げて笑い雨宮の頭をワシワシと撫でる。雨宮はそれを淡々と右手で弾き飛ばす。
「だから、セクハラです。」
「ちょ、もう少しこう…情動とかないん?」
「ありますよ。今後は起こした問題の責任の一旦は、自分で負わねばなりませんから。」
「えぇ…そういうこと?」
「はい。いつまでも副隊長の庇護下にあれないのは悲しいことですが、いたしかたないですね。」
言ってから息をつく雨宮の無礼過ぎる態度に、憂う気持ちも吹き飛びかける。しかし悪い気はしなかった。彼女なりの冗談だと分かる程度には、2人の間には信頼関係があるから。
「安心して下さい。貴方の指導の元に育った私が、無能でない事を証明せねばなりませんから。何事にも研鑽は怠りません。」
笑いもせずに語る雨宮を、得てしてそういうものと扱うのは簡単だった。部隊の大半の人間は彼女の人間性を分かっているから。けれど保科だけは違った。
「たいそうな思想はいらんよ。気楽にやり。君はそんくらいがちょうどいい。」
違うからこそ、雨宮は憎まれ口を叩こうとも彼の後ろをついて回ったのかもしれない。
雨宮は心得ていることを示すように、ゆるやかに笑ってみせた。
雷管を打ち火薬の爆ぜる音が響く。人形の的に当たり、上半身が吹っ飛んでいく。
「次。」
レバーを弾き折れた銃身より空の薬莢が飛ぶように落ちていく。次弾装填後、速やかに照準を合わせる表情に感情は一切無い。対象的に雷管が爆ぜる派手な音は小此木を悩ます種になりつつある。
淡々としつ無機質な女の声に続く試作、調整、試し打ちの連続作業。あらゆるパーツを組み合わせながら試し打ちをすること数時間。小此木はいよいよ音を上げた。
「雨宮さん〜、いい加減休憩にしましょう〜〜」
「一気に試しちゃいましょう!…とは貴女が言い出した事では?」
「だからって、もうかれこれ4時間立ちますよぉ〜」
「基準が決まらねば後に続く担当者の仕事が進みません。重さと威力の微調整がもう少し必要かと。銃床も短くしてもっと軽量化しましょう。弾丸の威力はこれより高く調節できますか?」
小隊長に昇格するにあたり、専用武器を用意することとなった雨宮。希望としては銃器を。更に機動力を落とさぬよう身軽に扱えて高火力の武器を要望した。あらゆる銃器を試した末、ソードオフショットガンを基礎とすることになる。
「…デメリットの方が多いと思いますが。」
「しつこいですよ、小此木オペレーター。」
じっとりとした目つきに負けじと、異論を再度伝える小此木。
「怪獣の掃討は基本的に野外戦以外、有り得ません。有効射程が短く命中精度の悪い武器は不向きであると思いますが…」
「つまり、銃器であれば近距離から中距離まで広く対応が可能であるライフルを持つ方が合理的であると?」
現段階まで聞く耳を持たずに試射を続けてきた雨宮からの、唐突な疑問。小此木は気疲れから淀んだ表情を輝かせる。
「あっ…はい!散弾銃を否定するわけではありませんが、その…クセの強い銃器をあえて使用するよりは理に適っているかと。」
やっと彼女に対する思慮が伝わったかと感嘆しかける小此木。しばし黙っていた雨宮はいくばくか重みのある声音で小此木の名を呼ぶ。緩みかけた背筋を伸ばし、慌ただしく返事する小此木を気に留めた様子もなく、雨宮は口を開いた。
「亜白隊長が私に求めるものとは、なんだと思いますか?」
「えっ…亜白隊長ですか?」
「はい。我等が亜白隊長です。」
思い掛けず挙げられた名に若干呆けて問い返すと、雨宮は嫌味っぽく肯定した。第3部隊でもっぱらの噂である2人の不仲。彼女の声音からその実態を垣間見た気まずさに、なんとなく胃に不快感を感じる。周囲の技士や隊員達はサッと目を逸らした。あぁ、此処から逃げ出したい。心中の涙が相手に見える筈もなく、しかし本当に逃げ出すわけにも行かない小此木は意を決して答えた。
「…すっ、推進力ですかね?」
忖度の末に導き出された回答。雨宮は溜息をついて肯定する。
「そう。この隊の誰しもが、私は突撃することしか出来ない問題児と思っているでしょうねぇ。」
ら
「そっ、そ、そんなことはっ!」
「取り繕わなくても構いません、事実ですから。」
自虐に対する擁護の言葉が上手く続かない事が、もはや答えである。しかし雨宮には雨宮なりの考えがあった。区画を封鎖する程の大規模な怪獣討伐の作戦に際して、第3部隊がとる作戦の主な形は隊長である亜白による本獣の撃破から、以下隊員達による余獣の掃討。
「広域に溢れる余波を抑える為には、オーソドックスな連携を基盤とした部隊が全般に必要です。しかし私はそれに準ずるのでは無く、少しでも早く前線を上げる事に注力しようと思います。それこそ保科副隊長のようにね。」
防衛ラインをより速く引き上げれば、事態の収束は自ずと早まり被害の拡大も抑えられる。
「銃身が短く弾の拡散が広ければ、大雑把な狙いでも当たるので前進しやすいです。怪獣と距離を詰め私が突貫しようとも、部隊を率いていますから。より上がりやすくなるでしょう。」
「それでは部隊が孤立してしまうのでは…」
「亜白隊長も懸念されていましたので、貴女の心配は最もです。しかし、そうならないよう指揮するのが隊長職の役割であると認識しています。道を開き部隊を推し進める力を欲されているのなら、応えるまでです。」
そう言うと雨宮は銃口を的に向け、残りの弾を発砲する。
「フム、やはり単弾も視野に入れましょう。乱戦を想定すると撃ちにくい場合もありますからね。」
落ちる薬莢が床に転がる。結局、指摘は通らずじまいに終わる。されども小此木から見た雨宮の人物像には、少しばかり変化があった。冷鉄で頑固な印象である若き隊員の、内に秘める確かな熱意。垣間見たそれはハリボテではないだろう。ならば自分はオペレーターとして、彼女の背を支えてやらねばならない。
試射に充てられた時間は間もなく終わりを迎える予定だが、軽く想定を上回る事が予見される。一旦、足元を埋め尽く程に転がる空薬莢の片付け提案する事としようと、小此木は小さく頷く。流石にこの意見までは通らぬ事はないと信じて再度進言した。
デスクにへばり付くように伏した小此木に、保科はねぎらいの声をかける。
「おつかれさん。随分時間掛かっとったようやな。」
「はい…それはもう。基礎となる銃でこの調子じゃ試作後は何を言われることやら…」
「ええ事やないか。士気が高けりゃ今後の任務にも力が入るってもんやろ。」
保科は他人事のように笑いながらデスクに缶コーヒーを置いてやる。小此木はノロノロと顔を上げながら礼を言った。
「そいで、僕の後ろをついて回っとるヒヨっ子の様子はどうやった?」
「ですから、ヒヨコに見えているのは保科副隊長だけですってば。どうと言われましても、噂通りの聞かん坊であったとしか…あっ、でも。」
飲み口の蓋を開けながら思い返して、寄せた眉根をパッと広げる。
「亜白隊長との不仲説。あれは実のところ、でまかせかもしれませんね。」
「………と言うと?」
意外すぎる感想に、脳裏を高速で流れていく裏付けエピソードの数々。保科は意図してポーカーフェイスで問い掛けると、小此木は笑顔で答えた。
「彼女、亜白隊長から小隊長に任命された事を重く受け止めているようでして。責任を果たすと言いますか、信頼に応えようとしているみたいでした。だからかな、私も雨宮さんの意見を真剣に考えようって思えました。」
だいぶ時間は掛かったけれど、と苦笑いを浮かべて締め括る。パチリと開いた保科の目に、小此木は肩を震わし座る椅子ごと後退る。
「な、なんですか?そんなに驚く事でしょうか?」
「…せやなぁ。小此木ちゃんはまだ此処に来て日が浅いからなぁ。」
知らぬ者からすれば、昇格に意気込む様子が微笑ましく感じるのは普通だろう。仕事は仕事、と意識して分ける雨宮が実際の任務で亜白の命令に背く事は殆どなくなった。しかし任務外は別である。それこそ昇格前の第1部隊の隊長のような問題児だ。亜白が手を焼く姿は誰もが知っている。
「いつの間にそんな大人になってしもたんか。なんや、悲しいわ…」
「えぇ…良い事のように思えますけど?」
「ほんまにその通りなんやけど…」
哀愁漂う保科は態度に反して、言葉の通り内心では喜ばしく思っていた。雨宮が入隊して約2年。長くも短きように感じるが、見えぬ箇所にも成長はあったらしい。
良く晴れた空の下、ゲートの閉じた演習場前にて。両手を腰に当て仁王立ちで立つ雨宮の姿がある。些か偉そうに立つ彼女の前方には、背筋を伸ばし真っ直ぐに立つ数十名の防衛隊員達の姿が。切れ長に細められた凛々しい眼差しで並んだ顔ぶれを見回すと、雨宮は口を開いた。
「えー…取り敢えず、敬礼。」
キリッと引き締まった表情とは掛け離れた気怠げな口調で告げられる命令に、皆困惑しながらもビシッと右手を上げる。雨宮はその様子を見て鼻を鳴らした。
「いや、もっとちゃんとせんかいっ。」
「いたっ!」
背後に控えていた保科は勢いよく雨宮の後頭部を叩いた。
「なんですか。もう私の部隊なんだから、どうしようと私の勝手ですよね?」
「はぁ〜〜、君ってやつは…ほんま、なんか知らんけどそういうとこあるよな…」
呆れ返りながら前髪をかきあげ頭をかくと、保科は一歩前に出て雨宮の横に並び立つ。
「こんなやが、今日からこの子が君等を率いる小隊長や。第3部隊で知らんもんはおらんやろが…見ての通りボケナスや。」
「ちょっと、やめてくださいよ!」
輝かしい昇格日にあけすけな言葉を使う保科に、雨宮は勢いよく右手を振るうが小さな拳は片手で受け止められた。今となってはこれも第3部隊では日常の光景である。
「しかしこの麒麟児がかなりの逸材であることも、皆等しく周知の事実や。君等を率いていく実力は充分にあると、僕も亜白隊長も思っとる。せやからよろしく頼むで。」
「「「「了!」」」」
保科が言い終えると、示し合わせたように皆快活な返事をする。先頭に並ぶ2人、沖村と佐渡は周知している言うように困った顔で微笑んでいた。
挨拶とひとまずの伝達事項を述べ、小隊を解散させた後。雨宮は不機嫌そうに保科を見上げた。
「保科副隊長殿、今後は指示指令以外での介入は不必要でありますから。」
すぐに丸め込むように論破する言葉が返ってくる。雨宮は身構えていたが、いつまでたっても返事は無い。不思議に思っていると、保科はポツリと呟いた。
「寂しくなるなぁ。」
「はぁ?」
「君が僕の小隊からいなくなるんは、なんや張り合いがなくなりそうだと思ってな。」
保科は眉を下げて笑い雨宮の頭をワシワシと撫でる。雨宮はそれを淡々と右手で弾き飛ばす。
「だから、セクハラです。」
「ちょ、もう少しこう…情動とかないん?」
「ありますよ。今後は起こした問題の責任の一旦は、自分で負わねばなりませんから。」
「えぇ…そういうこと?」
「はい。いつまでも副隊長の庇護下にあれないのは悲しいことですが、いたしかたないですね。」
言ってから息をつく雨宮の無礼過ぎる態度に、憂う気持ちも吹き飛びかける。しかし悪い気はしなかった。彼女なりの冗談だと分かる程度には、2人の間には信頼関係があるから。
「安心して下さい。貴方の指導の元に育った私が、無能でない事を証明せねばなりませんから。何事にも研鑽は怠りません。」
笑いもせずに語る雨宮を、得てしてそういうものと扱うのは簡単だった。部隊の大半の人間は彼女の人間性を分かっているから。けれど保科だけは違った。
「たいそうな思想はいらんよ。気楽にやり。君はそんくらいがちょうどいい。」
違うからこそ、雨宮は憎まれ口を叩こうとも彼の後ろをついて回ったのかもしれない。
雨宮は心得ていることを示すように、ゆるやかに笑ってみせた。
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