無頼な恋

名前変換はコチラから

名前を設定してください
苗字
名前

無駄にソワソワしていたせいか、東雲も不安そうにこちらを覗き込んでくる。

「涯くんは誰かと帰るの?」
「いや……特に、誰とも」
「私も。あ、じゃあ、さ。……一緒に帰る?」

本を胸元でぎゅっと抱きかかえるように持ち、東雲は上目がちに尋ねてきた。
本当に、誘ってきやがった。もちろん、断るという選択肢はオレにはなく……。

「じゃあ、そうする」

と、きもち微笑みながら言った。

「ありがとう。私、男の子と一緒に帰るの初めてかもしれない」
「そうなのか?」
「うん。あんまり……男の子と話したことないし」
「ふーん。東雲、顔かわいいのにな」

……あ。
言ってから、しまった、と思った。
さっきからずっと思っていたのもあって、とうとう本人に伝えてしまった。……しくじった。

「へっ……?」

東雲は馬鹿みたいな声を発し、赤く染まった顔でこちらを見上げている。

「……いや、なんでもない」

こほん、と咳払いをしてオレは何事も無かったかのように歩みを進める。東雲は、耳まで赤く染まりながら、今のが聞き違いじゃないことを確認しているようだった。

「ん、どうかしたか?」

オレはそんな東雲の反応がもう少しだけ見たくて、真顔で彼女の顔を覗き込みながらそう尋ねた。東雲はオレと目が合うとますます真っ赤になり、ふいっと目をそらした。

「な、なんでもないよ」
「そうか」

男と話していないからか、東雲は褒められるのに慣れていないのかもしれない。
とは言え、オレだってこんな風に人を褒めたのは初めてだから、実は動揺しないようにするのでいっぱいいっぱいだったりする。

「涯くん、ずるい」

こうしてギクシャクした空気の中なんとか靴箱まで向かい、オレたちは誰にも見られずに学校から脱出することができた。

きっと誰かに見つかればからかわれてしまい、2人で帰りにくくなるし、あるいは東雲の友達と会ってしまえば、東雲と帰るからって「工藤はバイバイ」という事態が起こる恐れがあった。一度そんなことになれば、オレはもう東雲と一緒に帰れなくなる。

外に出ると、本を抱えた東雲がにこりと笑った。

「涯くんは、誰がすきなの?」
「え……?」
「ん?」

突然、オレの好きな人を聞き出そうとしてくるとは。うまく反応できない。仕方なく、

東雲は?」

と、東雲の遅い歩みにペースを合わせながら尋ねる。

「えっと、私はね……やっぱり、王道の孔明かな」
「……なんだ、三国志の話か」

焦った……。
呟くと、東雲は「えっ」と驚いた。

「ってことは、涯くん、学校にすきな人いるの?」
「別に……そういうわけじゃ、ないけど」
「……いないの?」
「どうだろうな」

誤魔化すと、東雲は「気になるなあ」と顎に手をあてていた。今度こそ自然な流れで、オレは東雲にも同じことを聞く。

「おまえはいるのか、そういう奴」
「ん……それは秘密」
「ふーん。……いるんだな」
「えっなんで!」
「違うのか?」
「ちょっと、カマかけないでよっ」

東雲が「もー」と言うのがかわいい。
オレはクスクス笑って、「悪い悪い」と詫びた。

……これが、いわゆる恋バナ、ってやつか。
中々オレもやるな……。

彼女の顔を見つめていられる至福の時間は、一瞬で過ぎていった。

「じゃあ、私、こっちだから……」
「そうか。分かった」
「うん。また明日ね」
「ああ。またな、東雲



——舞美、なんて、彼女の名前を呼べる日は来るのだろうか。

オレは東雲との会話を思い出しながら、ひとり帰路についた。
9/15ページ