舞美は、アカギの動きが止まったことに気づいた。

「……悪かったね、そんな話させて」
「いえ、全然、お気になさらないでください。私も、これを話したのはアカギさんが初めてなんです」
「どうして？」

舞美は困ったように笑った。

「どうして、でしょうね。何故か、気がつけば話してしまっていたんです」
「本当は、話したかったんじゃないの。誰かに」
「そうかもしれません……」

舞美は俯いた。

「じゃあ、舞美さんはそれから一度も男を作っていないと」
「はい、その通りです」

舞美は頷いた。

ふと、舞美は自分が泣きそうになっていることに驚いた。もう、感傷的にはならないと思っていたのに。どうして、お客様がいるのにも関わらず、涙が浮かぶのだろう。

そしてとうとう、雫が一粒、頬を伝った。

「あ、す、すみません」

さっと布で涙を拭う。

「……綺麗な泣き方をするんだね」

アカギは続けた。

「どうして、泣くの」
「思い出してしまったからです」
「それだけ？」

舞美はアカギを見た。

「もしかして、ここにいるのが、アカギさんだから？」
「フフ……それは、どういう意味？」
「あ、いえ。今のは、忘れてください」
「どうかな。女の涙は中々忘れられないと言うけど」
「意地悪言わないでください」

アカギはまた、食事を続けた。

「舞美さんの涙なんて、忘れたくても、忘れられないでしょ」
「それは、どういうことでしょう？」
「なんでもない」









食事を終えて、アカギが店から出る時、アカギは舞美のかんざしを覗き込んだ。

「……確かに、似合ってる」
「またまた。上手いんですから」

舞美が照れ隠しをすると、アカギはいつもより真剣な顔つきで、

「本当ですよ」

と言い、舞美の髪に触れた。

「アカギさん……？」

舞美が目を合わせると、しばらくして、アカギは急に、舞美から手を離した。

「じゃあね、舞美さん。また来る」
「さ、左様ですか。またのご来店、お待ちしてます……」

舞美は何が起こるのだろうと内心ドキドキしていたものの、何も起こらなかったので、少し拍子抜けした。なんだか残念な気持ちだ。

いやいや、何を考えているのか。私には天国に、夫がいるのに。そんなの、駄目よ。
年下の子なんて、ますますダメ。

舞美は首を振りつつも、アカギがいなくなるまで、彼の後姿をずっと見つめていた。