10.涯



ある、穏やかなお昼休みのこと。

「ねぇ、涯くん？」
「……なんですか、東雲先輩」
「あっもう！ 舞美先輩って呼んでって前言ったじゃん」
「呼び名なんてなんでもいいって最初に言ったの、先輩ですけど」
「……痛いところ突くよね」

私が肩をすぼめると、彼は首をこきりと回した。

「それで、なんですか？」
「あ、そうそう。」

私は思い出したように言う。

「涯くんってさ、どうしてそんなに大人びてるの」
「オレですか」

生意気で、でもかっこいい。私の後輩、工藤涯くんは、首を傾げてから、私を見た。

「先輩が子供っぽいだけでは？」
「えぇ？ そんなこと言う？」

私はむっとした顔をした。

「私は年相応だと思うけどね」
「そうですか」
「……涯くんはクールよね」

苦々しく言う。私がこうして、沢山会いに来て、アプローチしてるっていうのに、なんの脈も見せないものだから、流石の私も落ち込む。

そもそも、ここまで仲良くなるのにまあまあ時間を費やしたし。最初は1人が好きだから近寄るな、といった雰囲気を醸し出していたけれど、とりあえず一対一で話し相手になってくれるまでにはなった。これは結構大きな進歩。

「その様子じゃ、クラスで “も” モテるんじゃない？」
「そんなことはないですけど」
「嘘だあ」
「先輩こそ、どうなんですか」
「え？」
「先輩は、どうしてわざわざオレに会いにくる……？」

純真な眼差しでこちらを見るので、私は思わず目を逸らしてしまう。こういうのを鈍感というのか。それとも単に恋愛に興味がないのか。

「じゃあ、逆に、なんでだと思う？」
「さあ……オレみたいな風体の人間に気兼ねなく話しかける人ってそうそういないから……」
「そう？ じゃあ、“幸運なことに”、涯くんを狙う女子はいないんだ」
「まあ……そうですかね」

結構、勇気を出して思わせぶりな発言、頑張ってるんだけど。これだけ言っても分からないなら、もう、直接言わなきゃ一生分からないだろう。
私は、ふう と息をついた。

「仕方ない……」
「え？」
「涯くんに会いにくる理由。教えよう、と思って」
「どうしたんですか急に」
「あーもう、とりあえず黙って聞いてよね」
「良いですけど……」

私は、こほんと咳払いをした。


「涯くんに会いにくるのは……。私が、涯くんのことをすきだから、なの！」


言い切った。……でも、なんの反応もないので、そっと顔を上げて涯くんの表情を伺う。

「涯くん？」

涯くんは、「え、」と口元を手の甲で抑えていた。
その顔は、真っ赤で、私と目を合わせようとしない。

「か、顔あかっ⁈」
「っ……！ いや、これは、」

え、なに、かわいすぎる。

「う、嘘でしょ、あの涯くんが照れてる？」
「うっ……」

涯くんは俯いていたが、やけくそになったのか、私の顔を正面から見た。

「そりゃ、きゅ、急に言われたらびっくりするだろ！」
「う、うん」
「それに……オレだって、男だから……！」

私は少し、涯くんと距離を詰めた。

「な、なんで近寄る？」
「ダメ？」
「いや……そんなことは、言ってない……です」

涯くんは横を向いた。
私は、そんな彼に近づき、正面からぎゅうっと抱きしめた。

「ん、なっ……⁉︎」

あ、焦ってる焦ってる。
でも、私の心臓も、ずっとバクバクいってる。
顔、赤いかも……。

涯くんの方が背が高いから、私は彼の胸元に顔を押し付ける形になっている。涯くんはしばし迷った挙句、そろり、とおそるおそる私の背中に片手を伸ばした。

まるで、私を壊さないように慎重になっているようだった。そんな遠慮がちで優しい触れ方に、私は心をときめかせた。

「が、涯くん」

顔を上げ、私を見下ろしている、耳の赤い涯くんと目をぱっちりと合わせる。

「すき！」

私は勇気を出して、背伸びをし、涯くんのほっぺに軽く唇で触れた。
唇は一瞬で離れたが、小さなリップ音がした。

涯くんは、その頰を赤く染めた。
それを見て私がいたずらっ子みたいに笑うと、なんと涯くんは私に向かって顔を近づけてきた。

う、嘘っ！ 涯くんから⁈
私は慌てて目を閉じた。

が、柔らかいものが触れたのは、私のおでこだった。

「仕返しですよ」
「……一本とられた」
「なんかペースに乗せられたのが嫌だったんで」

悔しいけど、涯くんからキスしてきてくれたなんて、嬉しすぎる。
私は顔がにやけるのを抑えられなかった。

それを誤魔化そうとして、時間を確認すると、お昼休みがそろそろ終わる時間だった。

「あ、じゃ、じゃあ私、そろそろ戻るね」

そう言ってその場を去ろうとすると、涯くんが私の腕を掴んで引き止めた。
どきっ、と乙女心が反応する。

「えっと、どうしたの？」

涯くんはしまった、という顔をして、私の腕を離した。
それから、恥ずかしそうに言った。

「オレ、も、すき……って。そ、そんだけです」
「！」

私は、両手で顔を覆った。
実際にすきって言われるのって、破壊力がまた違う……！

私がなんの言葉も出せずにいると、涯くんは困った顔をしながら、それでも力強く、私に尋ねた。

それは、いつも孤立したがっている涯くんからは決して聞けないはずの言葉だった。





「“舞美”先輩。よかったら今日は、オレと一緒に帰りませんか……？」