「治さんが？」

薄々勘付くところはあったけれど、アカギと住み始めてからも私を想ってくれていたとは。
軽く驚きだ。

「それで……どうしてそれを私に言うの？」
「勝負、辞めたいなら辞めなよ」
「え、惚れたら負けってやつのこと？」

アカギは頷いた。

「辞めるって、なんで？」
「東雲が治の元へ行きたいなら、ね」
「え！」
「あんたがどうかは知らないが、治はあんたと一緒になりたいみたいだぜ。もし、あんたもそうだって言うんなら、そうなれば良い」

別に、私は治さんに恋愛感情は抱いてない。
好きは、好きなんだけど……アカギとは違う。

「なんで急にそんなこと言うの？」
「さっき会った」
「治さんが言ってたのね……」

アカギ、私のことを、オレの女だの、渡さないだの言ってたのに、こうもあっさり態度を変えるなんて。

「明日の正午、“例の喫茶店”に来て欲しいって治から伝言」
「あ、明日？」
「行きたくなかったら、行かなきゃ良いだけのこと」
「まあ、そうだけど」

今まで、私はそうやって生きてきたけれど、治さんにはどうも辛く当たれない。それに、しっかり断ってこなきゃという使命感があった。

「でも、行くよ」

私が言うと、アカギは小さく、「そう」と呟いた。

「ねえ、でも、勝負を辞めるなんて発言、あなたらしくないんじゃない？」
「ん……。結局は、あんたがここに戻ってくるって信じてるからね。東雲は勝負を途中で辞めたりなんかしない、ってさ」
「え？」
「あんたが惚れるなら、治じゃなくてオレだから」
「な！ どこからそんな自信が」
「なんだろうね」

アカギからしたら、それは大した問題ではないようだ。

「ただ、あんたがオレのものじゃなくなるかもしれないっていうのは……気分良かねえな」
「えっ？」

アカギは私の目を覗き込んだ。

「今の伝言だって、あんたに伝えなきゃ良い話。でも、オレはそうしない。なぜなら、あんたがオレを“選ぶ”ことに意味があるから」
「は……」

まるで、心を見透かされているようだ。
私は既に、治さんよりもアカギを選んでいるようなもの。それこそ、ずっと前から。
でも今回、アカギはそれを、ちゃんと表面化しようとしてきた。

「もし私が治さんを振ったとしても、アカギを選んだことにはならないからね」
「……それでいいよ」

アカギは笑った。

私が明日口説かれるかもしれないっていうのに、なんなの、この余裕。
打ち砕いてやりたい。

……あ、そうだ！
私が明日治さんを振らなければ、アカギは必死になってくれるかもしれない。
……どうしよう？