【eitr】短編まとめ

「あ、そうだ。今度友達と海に行くことになったんだけど」
「……は?」

 キッチンに二人で横並びになり、布巾を持って待っていてくれている生行に洗った食器を手渡す。最後の一枚を洗い終えて蛇口を止めた時、ふと最近決まった予定を話題に出すと、何故か生行は驚いた様子で顔を上げた。

「海水浴?」
「うん」
「水着は」
「持ってるやつ着て行くけど」

 矢継ぎ早に訊いてくる様子を怪訝に思い、首を傾げる。しかもその声色はどこか不機嫌だ。
 何か気に触るようなことを言った自覚がない私が頭を捻っても残念ながら思い当たらず、早々に考えることを放棄した。

「何か問題でもあった……?」
「あるだろ」
「どこが?」

 まさか即答されるとは思わず、つい大声が出てしまった。生行は顰めた眉をそのままにため息をつくと、何やら言い淀んだのち渋々といった様子で口を開いた。

「……ラッシュガードは着てくれ」
「えー」

 どうやら水着が問題らしい。
 去年買った水着を思い浮かべるが、特別際どい物でもないため然程問題があるとは思わない。

 海水浴を渋られる理由に納得がいかず不満気な台詞を漏らすと、咎めるような視線を投げられてすぐさま口を閉じる。そして、更に飛び出そうになっていた文句を吐き出す一歩手前で呑み込んだ。

「いつ行くんだ」
「土曜日」
「しかも明後日……」

 何やら顎に手を置いて黙り込んでしまった生行の顔を覗き込むが一向に目が合わない。
 怪訝に思いながらも、渇いた喉をを潤そうとコップを片手に冷蔵庫を開けた。

「生行も飲まな、い……っ!?」

 生行が近寄ってきた気配がして振り返ろうとした瞬間、後ろから覆い被さるように左右から腕が伸びてきて片手で冷蔵庫の扉が閉められる。
 目を白黒させている間に首の下辺りにチクッとした痛みを感じた。
 痛みを感じた箇所を反射的に手で押さえながら今度こそ振り返ると、そこにはどこか意地悪そうな笑みを浮かべている生行がいて目を見開く。

「やっぱり着た方がいいんじゃないか?」

 ラッシュガード、と付け加えられた言葉に我に返り、コップを手近に置いて洗面所に駆け込む。しかし当然背面を鏡で見ることはできず、跡がついていることを自分で確認することは出来なかった。

「やられた……」

 二日で綺麗に消えてくれるのだろうか。こうなってしまえば生行の言う通り羽織る物を持って行かないといけないだろう。
 元より使う予定など無かったラッシュガードの在処を思い出していると、鏡越しに赤くなった自分と目が合って思わず顔を背ける。次第に居た堪れなくなって手で顔を覆った。


 後日、ラッシュガードのファスナーを開けた格好で映った写真が見つかってしまい、
「チッ、前につければよかった」とぼやく生行がいたとか。
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