隣席の亥清くんと友達になりました

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 人は予想外のことが起こると、声も出ない上に身体も動かなくなるらしい。
 そのまま目を逸らして立ち去ればいいのだが、私の視線はバッチリと亥清くんの方に向いており、少し離れた距離にいる亥清くんもまた、動かずにジッとこちらを見ている。その表情は遠くからではハッキリと見えないが、目を見開いて驚いている――ような気がした。

 このまま固まっていても気まずいだけだと思い、とりあえず片手を振ってみる。すると、亥清くんは肩を大きく揺らし、慌てたように周りをキョロキョロとし出した後恐る恐るといった様子でこちらに近寄ってきた。――近寄ってきた?

「あんた、隣の席の奴だろ。……どうも」
「ど、どうも……」

 まさか亥清くんから声を掛けられるとは思っておらず、再び身体が硬直する。恐らく今、私は変な顔をしているだろう。

「……よく私がクラスメイトだって分かったね」

 そう言って、私は自分の服装を見下ろす。
 下校して家に着いてからも着替えが面倒だと暫く制服で過ごしていたものの、スーパーに来ている今は流石に着替えており、今は黒のスキニーズボンに白いパーカーとかなりラフな格好だ。
 制服姿と私服とではかなり印象が違って見えるものだから、気付きにくいだろうと内心では思っていた為に驚いてしまった。

「クラスメイトの顔くらい覚えてる」
「そ、そっか」

 当然のように返された言葉に、ごめんと軽く謝る。

「あのさ、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」

 ずっと通り道に突っ立っているのは他のお客さんに迷惑だからと、邪魔にならなさそうな場所まで移動しながらそう問われる。話しかけてきたのはこれか、と納得しつつ続きを促した。

「英語の授業で出された課題、教えてほしい」

 あぁ、その話。
 スマホを取り出しながら聞いてくる亥清くんに思わず気が遠くなる。昨日、英語の授業で試験が近づいているからと大量の課題を出され、生徒達からブーイングが上がっていたのを思い出した。それは提出までの期間が短いのもその理由のひとつだった。
 
 途端に萎んだ私に怪訝な表情を向けてくるも、淡々と頭に入っていた課題の内容と提出期限を伝えると、「多くない?」と顔を引き攣らせた。気持ちはとてもよく分かる。

「和泉達から軽く聞いてたんだけど、最近あいつ忙しそうだから詳しく聞けてなかったんだよ。助かった」
「どういたしまして」

 丁度、会話が一区切りついて再び沈黙が訪れようとした時、店内に大きなアナウンスが響いた。

 ――只今より、タイムセールを開始します。

「もうそんな時間か」

 それもそのはずだ。時計を確認すると、スーパーに来てからそれなりに時間が経っていた。
 店内が途端に騒がしくなったことに気付き、辺りを見渡す。するとアナウンスを聞いたお客さんが続々と惣菜コーナーに集まり始めている。

「……行く?」
「行く」

 周りの勢いに釣られて亥清くんにそう聞けば肯定を返され、ふたりで人集りに突っ込んでいく。
 
 早く行かないと無くなる。
 この時だけ、私達の気持ちはひとつになった。
 
* * *
 
「あっ」

 お互い買い物を終えて一緒にレジに並んでいると、亥清くんが何かを思い出したように声を上げた。
 
「何か買い忘れた?」
「そうじゃなくて」

 財布を取り出し暫くゴソゴソと何かを探すも、結局見当たらなかったのか財布を閉めながらため息をつく。

「ばーちゃんに渡された割引券、家に忘れてきた……」
「あぁー」

 もしやと思い、自宅の机に置かれていた物を思い出しながら問うと肯定が返ってきた。
 
 どうやら亥清くんのおばあさんもこのスーパーによく来るらしい。「悪いことしたな」と、心なしか気落ちしている様子の亥清くんに少し同情する。そこまで金銭に影響は無くても、それを使用できないことへの罪悪感を感じる気持ちは分かる。私はさっきお金と一緒に置かれていた割引券を頭に浮かべた。

 そこまで考え、はたとして自分の財布を取り出した。あるではないか、使い道のないはずだったものが。

「二枚あるけど、いる?」
「……いいの?」

 恐る恐るといった感じでゆっくりと私の手から抜き取る亥清くんに思わず笑うと、フイッと顔を背けられてしまった。
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