小鳥遊事務所の事務員ちゃん
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「おめでとうございます!」
カランカラン、とハンドベルを軽快に鳴らしながらニッコリ笑顔で放たれた言葉。ベルの音がよく店内に響いたようで、他の買い物客が何だ何だと足を止める中、手に渡された小さな箱に思わず驚きの声を溢したのだった。
* * *
「もう十七時か」
一日中ひたすら数字の羅列とたたかっていると時間が過ぎるのはあっという間だ。しかも今事務所は皆出払っており静かな為、いつも以上に集中出来たというのもあるだろう。
長時間同じ体勢でパソコンを見ていたせいで固まった身体を伸ばすように両腕を目一杯上げる。
今日は学生組が学校が終わり次第レッスン室を使うことを予め大神さんから聞いており、そろそろ時間かと時計を確認すれば既に十七時を回っていた。和泉さんと四葉さんが平日に事務所を訪ねてくる時は、大体夕方から夜に差し掛かるこの時間帯が多かった。
デスクチェアの背もたれに体重を預け、仕事の疲れを癒すように天井を見上げて大きなため息を吐くと、玄関辺りから微かな話し声と足音が聞こえてきた。噂をすればなんとやら、だ。
「お疲れさまでーす」
「お疲れ様です」
ドアが開く音が聞こえたと同時に制服姿で事務室に入ってきたのは、やはり和泉さんと四葉さんだった。
緩い挨拶で入ってきた四葉さんと、少々硬い声だけど落ち着いた声色で挨拶をする和泉さんの、その正反対なふたりの様子に思わず小さく笑いながら私も同じ挨拶を返した。
「お疲れ様。レッスン室の鍵はそこに置いてあるよ」
「分かりま――!?」
「どったの、いおりん」
予め入り口の近くにある机に置いておいたレッスン室の鍵を指で示すと、近くにいた和泉さんが動き鍵を手に取る。しかし、不自然な所で言葉が切られ、四葉さんと同時に和泉さんの方を向いた。和泉さんの視線の先には、私が鍵と一緒に置いておいたものがある。
「何? このかわいいの」
「それね、くじ引きの景品」
「へぇ」
四葉さんがひょいっとそれを手に取り、ストラップ部分を持ってぶら下げてしげしげと見始めた。
このネコを模した可愛らしいぬいぐるみキーホルダーは、先日行った買い物先で行われていたくじ引きで偶然引き当てたものだった。買い物レシートに記載された購入金額に応じて回せる回数が決まっているらしく、せっかくだから買い物ついでに参加しようと回してみた結果がこれである。
「これ何等?」
「五等だよ」
「ほぼハズレじゃんか」
「でも受付のおじさん、めっちゃベル鳴らしてたよ」
「それ鳴らしたかっただけじゃねーの」
中々な辛辣なことを言う。
四葉さんはキーホルダーを暫く眺めて満足したのか元あった場所に戻した。
「それいらない? 私が持ってても使わないし、誰か貰ってくれたら嬉しいんだけど」
「んー、俺も使わないかも。いおりんは?」
「えっ」
どこかボーッとしている和泉さんが、四葉さんに声を掛けられて顔を上げる。
「わ――私もいりません」
「そう?」
和泉さんの返答を聞くと、「じゃ、レッスン行くか」と後ろ手に手を振りながら事務室を出て行く。和泉さんも軽く会釈をして、足早にその後を追った。
和泉さんの手によりドアが閉まり、姿が見えなくなってからふたりに振っていた手を下ろした。
――後で飲み物でも持って行こうかな。
そう思い立ち、ある程度時間が経つまで私も仕事に戻ることにした。
「――すみません」
ふたりが事務室を出て行って一時間程経った頃だった。ドアが開く音と小さな声が聞こえて顔を上げると、和泉さんが入り口のドアから遠慮がちに顔を覗かせていた。
「どうしたの?」
「今、休憩時間で……」
首から下げているタオルで汗を拭きながら後ろ手にドアを閉める。その視線は、チラチラと近くの机を行ったり来たりしているように見えた。――もしや。
「それ、いる?」
「っ!」
そう聞くと、ぎょっとした表情でこっちを見た。
途端にオロオロし出す和泉さんを見て、このキーホルダーが欲しくて休憩中にこっそりと抜け出してきたのだろうと察する。けれど、それを私に悟られることを良しとしていないことも、同時に分かってしまった。
「いえ、私は――」
「和泉さんが使わないなら、誰か欲しい人がいたらあげちゃってもいいから」
貰って欲しい、と少々強引に押し付けるような形で矢継ぎ早に言葉を遮ると、「じゃあ……」と渋々といった様子でキーホルダーを自身の手中に収めた。
「捨ててしまうのは勿体ないので、いただきます」
「うん、どうぞ」
キーホルダーを少し眺めてからポケットに仕舞う。その表情は、心なしが嬉しそうに見えた。
「あ、そうだ」
用事が済んで事務室を出ていこうとする和泉さんを呼び止めて、小走りで給湯室に向かう。冷蔵庫を開けて予め冷やしておいたペットボトルを取り出し、一本ずつ両手に持ち和泉さんの元に戻った。
「差し入れ。こんなものしか渡せなくて申し訳ないけど」
「ありがたいです」
さっき事務所の近くにある自販機で購入した安い飲み物だったが、喜んでくれたようだ。顔を綻ばせてお礼を述べた後、今度こそレッスン室に戻って行った。
* * *
「そういえば、あのキーホルダー売れたの?」
後日、社長室での用事を済ませて部屋を出ると、偶々事務所を訪れていた二階堂さんと鉢合わせて肩を並べる。二階堂さんの今日の予定は、午後から仕事が一件入っている為、私用で外に出ていた帰りにこちらに寄ったそうだ。このまま小鳥遊さんと現場に向かうつもりらしい。
「さっき事務室に行ったら置いてなかった」
「そうなの。あのまま誰にも貰われなかったらゴミになってたから助かったよ」
「良かったな」
実は、先日四葉さんとした会話に似た話を二階堂さんともしているのだ。答えは分かりきっていたが、いるかどうかを聞いたら案の定「いないと」即答されてしまった。欲しいと返されるとは思っていなかったが。
「誰が持ってたんだ? タマ?」
「いや――いつの間にか無くなってたんだよね」
「ふーん?」
私のハッキリとしない言葉に不思議そうな顔をしていたもののそこから段々と話題が逸れていき、気付けば今日の夕飯の話に変わっていった。
和泉さん、上手く隠して持ち帰ったんだな。もしかして自室に飾っているのだろうか。想像して思わず笑みが溢れた。
二階堂さんとは途中で別れ、ひとりで事務室に戻る。席に着き、机の引き出しを引いて中に入っていたものを取り出した。
「律儀だな、和泉さん」
“ありがとうございました”
クッキーが数枚入った個包装のお菓子。そのパッケージには黒色のペンでそう一言書き加えられていた。送り主の名前は書かれていないが、この流れるように綺麗な字のおかげで誰が書いたかなど一目瞭然だ。
ビリビリと音を立てて袋を破り、中身を口に入れる。クッキーの甘さと送り主の気遣いに心が温まるのを感じた。
カランカラン、とハンドベルを軽快に鳴らしながらニッコリ笑顔で放たれた言葉。ベルの音がよく店内に響いたようで、他の買い物客が何だ何だと足を止める中、手に渡された小さな箱に思わず驚きの声を溢したのだった。
* * *
「もう十七時か」
一日中ひたすら数字の羅列とたたかっていると時間が過ぎるのはあっという間だ。しかも今事務所は皆出払っており静かな為、いつも以上に集中出来たというのもあるだろう。
長時間同じ体勢でパソコンを見ていたせいで固まった身体を伸ばすように両腕を目一杯上げる。
今日は学生組が学校が終わり次第レッスン室を使うことを予め大神さんから聞いており、そろそろ時間かと時計を確認すれば既に十七時を回っていた。和泉さんと四葉さんが平日に事務所を訪ねてくる時は、大体夕方から夜に差し掛かるこの時間帯が多かった。
デスクチェアの背もたれに体重を預け、仕事の疲れを癒すように天井を見上げて大きなため息を吐くと、玄関辺りから微かな話し声と足音が聞こえてきた。噂をすればなんとやら、だ。
「お疲れさまでーす」
「お疲れ様です」
ドアが開く音が聞こえたと同時に制服姿で事務室に入ってきたのは、やはり和泉さんと四葉さんだった。
緩い挨拶で入ってきた四葉さんと、少々硬い声だけど落ち着いた声色で挨拶をする和泉さんの、その正反対なふたりの様子に思わず小さく笑いながら私も同じ挨拶を返した。
「お疲れ様。レッスン室の鍵はそこに置いてあるよ」
「分かりま――!?」
「どったの、いおりん」
予め入り口の近くにある机に置いておいたレッスン室の鍵を指で示すと、近くにいた和泉さんが動き鍵を手に取る。しかし、不自然な所で言葉が切られ、四葉さんと同時に和泉さんの方を向いた。和泉さんの視線の先には、私が鍵と一緒に置いておいたものがある。
「何? このかわいいの」
「それね、くじ引きの景品」
「へぇ」
四葉さんがひょいっとそれを手に取り、ストラップ部分を持ってぶら下げてしげしげと見始めた。
このネコを模した可愛らしいぬいぐるみキーホルダーは、先日行った買い物先で行われていたくじ引きで偶然引き当てたものだった。買い物レシートに記載された購入金額に応じて回せる回数が決まっているらしく、せっかくだから買い物ついでに参加しようと回してみた結果がこれである。
「これ何等?」
「五等だよ」
「ほぼハズレじゃんか」
「でも受付のおじさん、めっちゃベル鳴らしてたよ」
「それ鳴らしたかっただけじゃねーの」
中々な辛辣なことを言う。
四葉さんはキーホルダーを暫く眺めて満足したのか元あった場所に戻した。
「それいらない? 私が持ってても使わないし、誰か貰ってくれたら嬉しいんだけど」
「んー、俺も使わないかも。いおりんは?」
「えっ」
どこかボーッとしている和泉さんが、四葉さんに声を掛けられて顔を上げる。
「わ――私もいりません」
「そう?」
和泉さんの返答を聞くと、「じゃ、レッスン行くか」と後ろ手に手を振りながら事務室を出て行く。和泉さんも軽く会釈をして、足早にその後を追った。
和泉さんの手によりドアが閉まり、姿が見えなくなってからふたりに振っていた手を下ろした。
――後で飲み物でも持って行こうかな。
そう思い立ち、ある程度時間が経つまで私も仕事に戻ることにした。
「――すみません」
ふたりが事務室を出て行って一時間程経った頃だった。ドアが開く音と小さな声が聞こえて顔を上げると、和泉さんが入り口のドアから遠慮がちに顔を覗かせていた。
「どうしたの?」
「今、休憩時間で……」
首から下げているタオルで汗を拭きながら後ろ手にドアを閉める。その視線は、チラチラと近くの机を行ったり来たりしているように見えた。――もしや。
「それ、いる?」
「っ!」
そう聞くと、ぎょっとした表情でこっちを見た。
途端にオロオロし出す和泉さんを見て、このキーホルダーが欲しくて休憩中にこっそりと抜け出してきたのだろうと察する。けれど、それを私に悟られることを良しとしていないことも、同時に分かってしまった。
「いえ、私は――」
「和泉さんが使わないなら、誰か欲しい人がいたらあげちゃってもいいから」
貰って欲しい、と少々強引に押し付けるような形で矢継ぎ早に言葉を遮ると、「じゃあ……」と渋々といった様子でキーホルダーを自身の手中に収めた。
「捨ててしまうのは勿体ないので、いただきます」
「うん、どうぞ」
キーホルダーを少し眺めてからポケットに仕舞う。その表情は、心なしが嬉しそうに見えた。
「あ、そうだ」
用事が済んで事務室を出ていこうとする和泉さんを呼び止めて、小走りで給湯室に向かう。冷蔵庫を開けて予め冷やしておいたペットボトルを取り出し、一本ずつ両手に持ち和泉さんの元に戻った。
「差し入れ。こんなものしか渡せなくて申し訳ないけど」
「ありがたいです」
さっき事務所の近くにある自販機で購入した安い飲み物だったが、喜んでくれたようだ。顔を綻ばせてお礼を述べた後、今度こそレッスン室に戻って行った。
* * *
「そういえば、あのキーホルダー売れたの?」
後日、社長室での用事を済ませて部屋を出ると、偶々事務所を訪れていた二階堂さんと鉢合わせて肩を並べる。二階堂さんの今日の予定は、午後から仕事が一件入っている為、私用で外に出ていた帰りにこちらに寄ったそうだ。このまま小鳥遊さんと現場に向かうつもりらしい。
「さっき事務室に行ったら置いてなかった」
「そうなの。あのまま誰にも貰われなかったらゴミになってたから助かったよ」
「良かったな」
実は、先日四葉さんとした会話に似た話を二階堂さんともしているのだ。答えは分かりきっていたが、いるかどうかを聞いたら案の定「いないと」即答されてしまった。欲しいと返されるとは思っていなかったが。
「誰が持ってたんだ? タマ?」
「いや――いつの間にか無くなってたんだよね」
「ふーん?」
私のハッキリとしない言葉に不思議そうな顔をしていたもののそこから段々と話題が逸れていき、気付けば今日の夕飯の話に変わっていった。
和泉さん、上手く隠して持ち帰ったんだな。もしかして自室に飾っているのだろうか。想像して思わず笑みが溢れた。
二階堂さんとは途中で別れ、ひとりで事務室に戻る。席に着き、机の引き出しを引いて中に入っていたものを取り出した。
「律儀だな、和泉さん」
“ありがとうございました”
クッキーが数枚入った個包装のお菓子。そのパッケージには黒色のペンでそう一言書き加えられていた。送り主の名前は書かれていないが、この流れるように綺麗な字のおかげで誰が書いたかなど一目瞭然だ。
ビリビリと音を立てて袋を破り、中身を口に入れる。クッキーの甘さと送り主の気遣いに心が温まるのを感じた。
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