小鳥遊事務所の事務員ちゃん
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「ふふっ」
弊社に所属しているアイドルのポスターをダンボールから取り出し、いそいそと飾る。全て飾り終えると数歩後ろに下がり、その見栄えの良さに思わず笑みが溢れた。
先日新作アルバムの発売が決定したIDOLiSH7の宣伝ポスターがやっと事務所に届き、検品をした勢いで空いているスペースに貼ってみたのだが、相変わらずかっこいい。
このポスターが順次沢山の人の目に留まるのだと思うと今から心が躍る。
「これ自分の家にも飾りたいな」
壁のあちこちにある他のポスターも流し見していくと、IDOLiSH7が過去に発売したアルバムや他のタレントが出演したドラマ等のポスターも横に並べられている。
「こうしてポスターが並んでいるのを見ると圧巻だね」
うんうん、と誰かと感想を共有するわけでもなくひとりで頷きながらポスターを眺めていると後ろから声が聞こえた。それも頭のすぐ後ろから。
鑑賞に夢中になっていたせいで誰かが事務所に入って来たことすら気付いておらず、驚きで思わず飛び退いた。
「お、大神さん…!」
「うん。戻りました」
「おかえりなさい。いつの間に帰っていたんですか?」
「キミが壁に貼ったポスターを眺めながら笑ってた辺りかな」
「最初からじゃないですか!」
私を観察していないで早く声掛けてくれればいいのに。
大神さんに噛み付く私を覗き込みニッコリとその綺麗な顔に笑みを浮かべるこの先輩は、私より年上で穏やかで、仕事に関してもかなり敏腕というスペックを備えていながら、気が向いた時に私をからかって面白がっている節がある。決して不快ではないのだが、私の反応で面白さを見出していると考えると何だか複雑だ。
「面白かったよ、百面相」
「面白がっていないで声かけてくださいよ!」
「ごめんごめん」
と口では言っているが全く悪びれる様子はない。元々こちらも強く咎めるつもりは無かった為、未だに人当たりのいい笑顔を浮かべている大神さんの様子にため息をついて自分の席へと戻り、机に散乱している書類を片付ける。
ふと時計を見ると十九時を回っていることに気付いた。大神さんも戻って来たことだし、そろそろ帰る支度を始めることにする。
「今日はMEZZO”の撮影でしたよね。送迎は済みましたか?」
「とりあえずね」
終日MEZZO”のマネージメントで動き回っていたらしく、事務所内には私と社長のみといった少人数の在席状況だった。その為、大神さんの机には、日中社長が遠慮なくぽんぽんと積んで行かれた書類が山を作っている。私だったら悲鳴を上げそうな惨状を、大神さんは一瞥した後に机の端に移動させて帰る支度を始めた。急ぎの仕事は無いと判断したらしい。
日に日にIDOLiSH7やMEZZO”のメディアへの露出が多くなっているのはとてもありがたいことなのだが、比例して事務の仕事は増えていく一方だ。
私は今日一日処理できる時間があったことが功を制し書類の山を崩すことに成功したが、あれを更地にするには骨が折れそうだ。明日山を分けてもらおうと心の中で意気込んだ。
「これから皆でご飯に行こうっていう話になったんだ。もうすぐあの子達もここに来るんじゃないかな」
「そうなんですね。戸締りしておくので先に帰ってもらっても大丈夫ですよ」
「そう?じゃあ一緒に行けるね」
「え?」
書類を整理していた手が思わず止まる。
一緒に行ける、と聞こえたが。
「わ、私も行くことになってます?」
「うん。この後予定が無かったら、是非」
仕事終わりに外食するのはいつぶりだろうか。すぐに思い出せないくらいには行っていない。最近は仕事の疲労を理由にして、コンビニや冷凍に頼りっぱなしだ。
アイドルである彼らは勿論の事、マネージャーである小鳥遊さんと大神さんも仕事の付き合いで同伴したという話は何度か耳にしたことがあるが、私はしがない事務員だから大体は自分の仕事が終わり次第直帰だ。今回みたいに呼んでくれることもあるのだが、最初に「飲まない」と宣言しても最終的には完全に酔っ払った成人組にあれよこれよと飲まされるのだ。お酒に強いとなんだかんだで大変な思いをする羽目になる。
「じゃあ、お言葉に甘えて……今日こそ飲みませんからね!」
「ははっ、それ前回も言ってなかったっけ?」
「私もこの場の空気に呑まれやすい性格はどうにかならないかと……」
ドアに鍵を掛け終えると駐車場に向かって歩き出す。そこには既に七人が揃っており、私達の姿を捉えるとこちらに手を振ってきた。手を振り返すと、四葉さんがぴょんぴょん飛び跳ねながら一層大きく手を振るり出すのを見て、思わず笑ってしまった。
* * *
「おはようございまーす――って、あれ。事務員さん?」
「なんかお疲れな感じか?」
「……おはよう、朝から元気だね」
事務所の経費精算や電話対応、更には来客対応。このこじんまりとした事務所で事務員もふたりしかいないので人員不足が顕著に現れ出した昨今。昨日の飲み会が原因で時折痛み出す頭を抑えつつ、今日も書類と格闘していた。
勢いよく事務所のドアが開いた瞬間、元気な挨拶に思わず体を揺らす。できるだけ動かないように視線だけ入口の方に向けると、七瀬さんと和泉さんが立っていた。
「もしかして頭痛?昨日百さん達に沢山飲まされてたもんね」
「寮に戻れば頭痛薬あるけど持って来ようか?」
「いえいえ、そんな。私のことはお気になさらず」
あの後、予約しているという店に皆で向かったのだが、そこには何故かRe:valeもいた。聞いてないぞ、と大神さんの方を見るも、私の無言の訴えには気付いているはずなのに無視を決め込まれた。
次の日も仕事だったから絶対に飲まないと宣言したのに、結局ハイペースで飲んでいた成人組――主にRe:valeさん――達の押しに負け、最終的には終盤になっても顔色を変えずに飲んでいた百さんと世間話をしながら結構な量を飲んでしまった。和泉さんに体調の有無を聞くも「バリバリ元気!」と笑顔をいただき、そっと胸を撫で下ろす。
「アンタ結構強い方だからずっと百さんの隣に置かれてたし……まぁ、そうなるよな。あんま無理すんなよ」
「ありがとうございます……」
結局こうなったのは押しに弱い私が悪いのだが、心配を掛けてしまった二人に「仕事中はちゃんとします」と謝った。
「そういえば、もう他の皆さんはレッスン室にいますよ」
「えっ、皆早い!オレ達早い方だと思ってたのに!」
「ゆっくりしてる場合じゃなかったな!陸、早く――」
「みっきーとりっくん、遅い」
私の言葉にふたりが一斉に時計の方を振り向き時間を確認した途端、慌てて事務室を飛び出そうとしたがタイミングよく扉が開いて立ち止まった。入ってきたのは数十分前にレッスン室に行ったはずの四葉さんだった。
「環!」
「どうしたんだ?もうレッスン始まるぞ!」
「ちょっと待って!事務さん、なんか食いたい」
「はいはい」
事務室に入って早々、私の前に手を差し出す彼に苦笑しつつ、眠気覚まし用に常備しているキャンディをひとつ渡す。
「やった。うめぇ」
「お菓子強請りに来たのかよ…」
小さなキャンディを美味しそうに食べている四葉さんを見て、「お前、マイペースだな」と和泉さんも苦笑を浮かべた。
「良かったらふたりもどうぞ」
「わっ、ありがとうございます!」
はい、と七瀬さんの手にもひとつ乗せてやる。和泉さんにも渡すと笑って受け取ってくれた。
「ほら、もうすぐ集合時間過ぎるから早く行ったほうがいいよ」
「うわ、本当だ!」
「ほら環、行くぞ!」
「はーい」
「頑張ってね」
慌ただしく事務室を出て行った三人を見送ると途端に部屋が静かになる。少し寂しさを覚えるものの、先程からの頭痛が心なしか治ってきたような気がした。
――私も頑張ろう。
朝一で大神さんの机から拝借してきた書類を一瞥し、ため息をのみこんだ。
弊社に所属しているアイドルのポスターをダンボールから取り出し、いそいそと飾る。全て飾り終えると数歩後ろに下がり、その見栄えの良さに思わず笑みが溢れた。
先日新作アルバムの発売が決定したIDOLiSH7の宣伝ポスターがやっと事務所に届き、検品をした勢いで空いているスペースに貼ってみたのだが、相変わらずかっこいい。
このポスターが順次沢山の人の目に留まるのだと思うと今から心が躍る。
「これ自分の家にも飾りたいな」
壁のあちこちにある他のポスターも流し見していくと、IDOLiSH7が過去に発売したアルバムや他のタレントが出演したドラマ等のポスターも横に並べられている。
「こうしてポスターが並んでいるのを見ると圧巻だね」
うんうん、と誰かと感想を共有するわけでもなくひとりで頷きながらポスターを眺めていると後ろから声が聞こえた。それも頭のすぐ後ろから。
鑑賞に夢中になっていたせいで誰かが事務所に入って来たことすら気付いておらず、驚きで思わず飛び退いた。
「お、大神さん…!」
「うん。戻りました」
「おかえりなさい。いつの間に帰っていたんですか?」
「キミが壁に貼ったポスターを眺めながら笑ってた辺りかな」
「最初からじゃないですか!」
私を観察していないで早く声掛けてくれればいいのに。
大神さんに噛み付く私を覗き込みニッコリとその綺麗な顔に笑みを浮かべるこの先輩は、私より年上で穏やかで、仕事に関してもかなり敏腕というスペックを備えていながら、気が向いた時に私をからかって面白がっている節がある。決して不快ではないのだが、私の反応で面白さを見出していると考えると何だか複雑だ。
「面白かったよ、百面相」
「面白がっていないで声かけてくださいよ!」
「ごめんごめん」
と口では言っているが全く悪びれる様子はない。元々こちらも強く咎めるつもりは無かった為、未だに人当たりのいい笑顔を浮かべている大神さんの様子にため息をついて自分の席へと戻り、机に散乱している書類を片付ける。
ふと時計を見ると十九時を回っていることに気付いた。大神さんも戻って来たことだし、そろそろ帰る支度を始めることにする。
「今日はMEZZO”の撮影でしたよね。送迎は済みましたか?」
「とりあえずね」
終日MEZZO”のマネージメントで動き回っていたらしく、事務所内には私と社長のみといった少人数の在席状況だった。その為、大神さんの机には、日中社長が遠慮なくぽんぽんと積んで行かれた書類が山を作っている。私だったら悲鳴を上げそうな惨状を、大神さんは一瞥した後に机の端に移動させて帰る支度を始めた。急ぎの仕事は無いと判断したらしい。
日に日にIDOLiSH7やMEZZO”のメディアへの露出が多くなっているのはとてもありがたいことなのだが、比例して事務の仕事は増えていく一方だ。
私は今日一日処理できる時間があったことが功を制し書類の山を崩すことに成功したが、あれを更地にするには骨が折れそうだ。明日山を分けてもらおうと心の中で意気込んだ。
「これから皆でご飯に行こうっていう話になったんだ。もうすぐあの子達もここに来るんじゃないかな」
「そうなんですね。戸締りしておくので先に帰ってもらっても大丈夫ですよ」
「そう?じゃあ一緒に行けるね」
「え?」
書類を整理していた手が思わず止まる。
一緒に行ける、と聞こえたが。
「わ、私も行くことになってます?」
「うん。この後予定が無かったら、是非」
仕事終わりに外食するのはいつぶりだろうか。すぐに思い出せないくらいには行っていない。最近は仕事の疲労を理由にして、コンビニや冷凍に頼りっぱなしだ。
アイドルである彼らは勿論の事、マネージャーである小鳥遊さんと大神さんも仕事の付き合いで同伴したという話は何度か耳にしたことがあるが、私はしがない事務員だから大体は自分の仕事が終わり次第直帰だ。今回みたいに呼んでくれることもあるのだが、最初に「飲まない」と宣言しても最終的には完全に酔っ払った成人組にあれよこれよと飲まされるのだ。お酒に強いとなんだかんだで大変な思いをする羽目になる。
「じゃあ、お言葉に甘えて……今日こそ飲みませんからね!」
「ははっ、それ前回も言ってなかったっけ?」
「私もこの場の空気に呑まれやすい性格はどうにかならないかと……」
ドアに鍵を掛け終えると駐車場に向かって歩き出す。そこには既に七人が揃っており、私達の姿を捉えるとこちらに手を振ってきた。手を振り返すと、四葉さんがぴょんぴょん飛び跳ねながら一層大きく手を振るり出すのを見て、思わず笑ってしまった。
* * *
「おはようございまーす――って、あれ。事務員さん?」
「なんかお疲れな感じか?」
「……おはよう、朝から元気だね」
事務所の経費精算や電話対応、更には来客対応。このこじんまりとした事務所で事務員もふたりしかいないので人員不足が顕著に現れ出した昨今。昨日の飲み会が原因で時折痛み出す頭を抑えつつ、今日も書類と格闘していた。
勢いよく事務所のドアが開いた瞬間、元気な挨拶に思わず体を揺らす。できるだけ動かないように視線だけ入口の方に向けると、七瀬さんと和泉さんが立っていた。
「もしかして頭痛?昨日百さん達に沢山飲まされてたもんね」
「寮に戻れば頭痛薬あるけど持って来ようか?」
「いえいえ、そんな。私のことはお気になさらず」
あの後、予約しているという店に皆で向かったのだが、そこには何故かRe:valeもいた。聞いてないぞ、と大神さんの方を見るも、私の無言の訴えには気付いているはずなのに無視を決め込まれた。
次の日も仕事だったから絶対に飲まないと宣言したのに、結局ハイペースで飲んでいた成人組――主にRe:valeさん――達の押しに負け、最終的には終盤になっても顔色を変えずに飲んでいた百さんと世間話をしながら結構な量を飲んでしまった。和泉さんに体調の有無を聞くも「バリバリ元気!」と笑顔をいただき、そっと胸を撫で下ろす。
「アンタ結構強い方だからずっと百さんの隣に置かれてたし……まぁ、そうなるよな。あんま無理すんなよ」
「ありがとうございます……」
結局こうなったのは押しに弱い私が悪いのだが、心配を掛けてしまった二人に「仕事中はちゃんとします」と謝った。
「そういえば、もう他の皆さんはレッスン室にいますよ」
「えっ、皆早い!オレ達早い方だと思ってたのに!」
「ゆっくりしてる場合じゃなかったな!陸、早く――」
「みっきーとりっくん、遅い」
私の言葉にふたりが一斉に時計の方を振り向き時間を確認した途端、慌てて事務室を飛び出そうとしたがタイミングよく扉が開いて立ち止まった。入ってきたのは数十分前にレッスン室に行ったはずの四葉さんだった。
「環!」
「どうしたんだ?もうレッスン始まるぞ!」
「ちょっと待って!事務さん、なんか食いたい」
「はいはい」
事務室に入って早々、私の前に手を差し出す彼に苦笑しつつ、眠気覚まし用に常備しているキャンディをひとつ渡す。
「やった。うめぇ」
「お菓子強請りに来たのかよ…」
小さなキャンディを美味しそうに食べている四葉さんを見て、「お前、マイペースだな」と和泉さんも苦笑を浮かべた。
「良かったらふたりもどうぞ」
「わっ、ありがとうございます!」
はい、と七瀬さんの手にもひとつ乗せてやる。和泉さんにも渡すと笑って受け取ってくれた。
「ほら、もうすぐ集合時間過ぎるから早く行ったほうがいいよ」
「うわ、本当だ!」
「ほら環、行くぞ!」
「はーい」
「頑張ってね」
慌ただしく事務室を出て行った三人を見送ると途端に部屋が静かになる。少し寂しさを覚えるものの、先程からの頭痛が心なしか治ってきたような気がした。
――私も頑張ろう。
朝一で大神さんの机から拝借してきた書類を一瞥し、ため息をのみこんだ。
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