【i7】短編まとめ
なるべく音を立てないように玄関ドアを開け、その隙間に身体を滑らせてから再び鍵とドアチェーンを掛けた。
「――はぁ……」
その瞬間、気を張っていた身体の力が抜けて重いため息が口からこぼれる。それと同時に本日の過密日程を振り返り、我ながらよく動けたと自画自賛した。
本日の始まりは、まだ朝日が一切顔を出していない真夜中に起きるところから始まった。朝の情報番組にゲスト出演するMEZZO”を寮まで迎えに行き――環くんは何とかして起きることができたものの、寮で会った時は目がほとんど開いていなかった――、撮影が終わるとその足で別の現場に直行。ふたりの全ての仕事を終えたら再び寮まで送っていき、とある打ち合わせの為に先方と約束していた喫茶店へ。そして事務所に戻り、今日の業務の後処理をする為に事務作業を行った。
いつもはこんなハードスケジュールが組まれることは無いのだが、
それを抜きにしても、ここ数日は普段よりかなり忙しく、自分を含めたスタッフ達が奔走する日々が続いていたのだが、その甲斐あってか今日で随分と片付いたように思う。
その証拠に、明日、明後日と連休を貰うことになったのだ。本当はまだ仕事が完全に片付いたわけではなく、明日も事務所に顔を出せばやらなければいけないことはたくさんあるのだが、ついに皆に「働き過ぎだ」と怒られてしまったのである。周りのスタッフ達にあれよこれよと手が回され、気付いた時には有給申請書を片手に社長室の前に立っていたのだから、我が社の社員の団結力は凄まじい。
とはいえずっと働き詰めだった分、纏まった休暇をいただけるのはとてもありがたい。小鳥遊さん達に言われたように、ゆっくりと過ごそうと思う。
「ただいま」
自分の帰宅を知らせる為に少しだけ声を張った。しかし、何も返ってこない。それに目線の先にあるリビングからは人の気配が感じられなかった。
――まだ帰っていないのか?
そう思ったが、足元には黒いパンプスが置いてある。
これは、数年前から同棲している彼女の物だ。毎朝彼女が出勤する際にスーツと合わせて履いている靴である。今朝は俺の方が家を出る時間が早かったから見ていないが、右足が倒れているのを見れば今日も履いて家を出て行ったのは間違いないだろう。
そう考えると、リビングに灯りがついていないのは妙だ。怪訝に思いながら靴を脱いで玄関を上がった。
髪を留めていたゴムに指をかけ、ネクタイを緩めながらリビングに続くドアを開ける。が、彼女の姿はない。
足元に転がる彼女の鞄を横目に、部屋に入る。すると、部屋の奥から静かな呼吸音が聞こえてきた。
「……ここにいたのか」
ソファーを背側から覗き込んでみると、半分横に倒れた体勢で眠っている彼女の姿があった。座っていた状態で眠気に抗えず、身体がずり落ちてしまったのだろうか。この体勢は後々身体を痛めそうだ。
部屋着に着替えている上にメイクも落としているようだから、恐らく入浴も済ませている。
ここ最近彼女も帰りが遅かったから疲れているのも無理はない。彼女の頭をポンポン、と軽く叩いた。
「こんなところで寝てたら風邪引くぞ」
「んー……」
「おーい」
気持ち良さそうに眠っているところを起こすのは忍びないが、このまま寝るのならベッドに入った方がいいだろう。
いくら呼びかけても起きてもらえず、肩を何度か揺すって呼び掛けるとやっと薄ら瞼が開いた。
「――ばんり……?」
「そうだよ。ただいま」
相当眠いようだ。
まだ半分夢の中にいるようで、ぼんやりとしている彼女の顔を覗き込む。
「おかえりぃ……」
「おい、寝るな寝るな」
しかし、ゆっくりと瞼は閉じられ、再び寝息を立てて眠りに入ってしまった。
その様子に苦笑しつつ何だかもう起こす気が無くなってしまって、仕方なく寝室まで運んでやることにした。
「よっ、と」
背中と膝裏に手を差し入れて抱き抱えると、身体は軽々と持ち上がる。
こお互い仕事が忙しくてふたり揃って食事をすることがなかったが、どうもこの様子だと忙しさにかまけてちゃんと食べていたかどうかが怪しい。
とりあえず明日起きたら問い詰めようと心に決め、寝室まで運ぼうと歩き出した。――しかし。
「ねえ、ばんり」
「はいはい、何?」
いつも眠い時や疲れている時は黙りこくってしまうのに、今日はやけに喋る。
今度は何を言うのだろうか。どうせまた寝ぼけて変なことを言い出すのだろうと思い、軽く受け流すつもりで適当に返事をした。
「おかえり。待ってたよ」
寝室に向かっていた足が止まる。
えっ、と言葉が自分の口から漏れ、彼女の顔を凝視した。その瞼は相変わらず閉じており、完全に寝ぼけているのが分かる。
彼女はといえば、俺の心情などお構いなしに俺の首に抱きついてきた。
「ははっ、……――うん、ただいま」
もしかして、俺の帰りを待つ為にリビングにいたのだろうか。例え今尋ねたところで頓珍漢な返答しか返ってこないだろうから訊きはしないが。
そのことに気付いた途端、胸に温かいものが込み上げた。途端に疲労のせいで気怠げだった身体が一瞬で軽くなったように感じるのだから、我ながら現金である。思わず苦笑をこぼした。
何とか絞り出した声で言葉を返し、湧き上がる様々な気持ちを抑えるように彼女に顔を寄せると「くすぐったい」と笑われた。
今日は彼女を目一杯抱き締めて眠ろう。
そう心に決めながら寝室に入り、ベッドに下ろした彼女の顔を見つめながら心に決めた。
「――はぁ……」
その瞬間、気を張っていた身体の力が抜けて重いため息が口からこぼれる。それと同時に本日の過密日程を振り返り、我ながらよく動けたと自画自賛した。
本日の始まりは、まだ朝日が一切顔を出していない真夜中に起きるところから始まった。朝の情報番組にゲスト出演するMEZZO”を寮まで迎えに行き――環くんは何とかして起きることができたものの、寮で会った時は目がほとんど開いていなかった――、撮影が終わるとその足で別の現場に直行。ふたりの全ての仕事を終えたら再び寮まで送っていき、とある打ち合わせの為に先方と約束していた喫茶店へ。そして事務所に戻り、今日の業務の後処理をする為に事務作業を行った。
いつもはこんなハードスケジュールが組まれることは無いのだが、
それを抜きにしても、ここ数日は普段よりかなり忙しく、自分を含めたスタッフ達が奔走する日々が続いていたのだが、その甲斐あってか今日で随分と片付いたように思う。
その証拠に、明日、明後日と連休を貰うことになったのだ。本当はまだ仕事が完全に片付いたわけではなく、明日も事務所に顔を出せばやらなければいけないことはたくさんあるのだが、ついに皆に「働き過ぎだ」と怒られてしまったのである。周りのスタッフ達にあれよこれよと手が回され、気付いた時には有給申請書を片手に社長室の前に立っていたのだから、我が社の社員の団結力は凄まじい。
とはいえずっと働き詰めだった分、纏まった休暇をいただけるのはとてもありがたい。小鳥遊さん達に言われたように、ゆっくりと過ごそうと思う。
「ただいま」
自分の帰宅を知らせる為に少しだけ声を張った。しかし、何も返ってこない。それに目線の先にあるリビングからは人の気配が感じられなかった。
――まだ帰っていないのか?
そう思ったが、足元には黒いパンプスが置いてある。
これは、数年前から同棲している彼女の物だ。毎朝彼女が出勤する際にスーツと合わせて履いている靴である。今朝は俺の方が家を出る時間が早かったから見ていないが、右足が倒れているのを見れば今日も履いて家を出て行ったのは間違いないだろう。
そう考えると、リビングに灯りがついていないのは妙だ。怪訝に思いながら靴を脱いで玄関を上がった。
髪を留めていたゴムに指をかけ、ネクタイを緩めながらリビングに続くドアを開ける。が、彼女の姿はない。
足元に転がる彼女の鞄を横目に、部屋に入る。すると、部屋の奥から静かな呼吸音が聞こえてきた。
「……ここにいたのか」
ソファーを背側から覗き込んでみると、半分横に倒れた体勢で眠っている彼女の姿があった。座っていた状態で眠気に抗えず、身体がずり落ちてしまったのだろうか。この体勢は後々身体を痛めそうだ。
部屋着に着替えている上にメイクも落としているようだから、恐らく入浴も済ませている。
ここ最近彼女も帰りが遅かったから疲れているのも無理はない。彼女の頭をポンポン、と軽く叩いた。
「こんなところで寝てたら風邪引くぞ」
「んー……」
「おーい」
気持ち良さそうに眠っているところを起こすのは忍びないが、このまま寝るのならベッドに入った方がいいだろう。
いくら呼びかけても起きてもらえず、肩を何度か揺すって呼び掛けるとやっと薄ら瞼が開いた。
「――ばんり……?」
「そうだよ。ただいま」
相当眠いようだ。
まだ半分夢の中にいるようで、ぼんやりとしている彼女の顔を覗き込む。
「おかえりぃ……」
「おい、寝るな寝るな」
しかし、ゆっくりと瞼は閉じられ、再び寝息を立てて眠りに入ってしまった。
その様子に苦笑しつつ何だかもう起こす気が無くなってしまって、仕方なく寝室まで運んでやることにした。
「よっ、と」
背中と膝裏に手を差し入れて抱き抱えると、身体は軽々と持ち上がる。
こお互い仕事が忙しくてふたり揃って食事をすることがなかったが、どうもこの様子だと忙しさにかまけてちゃんと食べていたかどうかが怪しい。
とりあえず明日起きたら問い詰めようと心に決め、寝室まで運ぼうと歩き出した。――しかし。
「ねえ、ばんり」
「はいはい、何?」
いつも眠い時や疲れている時は黙りこくってしまうのに、今日はやけに喋る。
今度は何を言うのだろうか。どうせまた寝ぼけて変なことを言い出すのだろうと思い、軽く受け流すつもりで適当に返事をした。
「おかえり。待ってたよ」
寝室に向かっていた足が止まる。
えっ、と言葉が自分の口から漏れ、彼女の顔を凝視した。その瞼は相変わらず閉じており、完全に寝ぼけているのが分かる。
彼女はといえば、俺の心情などお構いなしに俺の首に抱きついてきた。
「ははっ、……――うん、ただいま」
もしかして、俺の帰りを待つ為にリビングにいたのだろうか。例え今尋ねたところで頓珍漢な返答しか返ってこないだろうから訊きはしないが。
そのことに気付いた途端、胸に温かいものが込み上げた。途端に疲労のせいで気怠げだった身体が一瞬で軽くなったように感じるのだから、我ながら現金である。思わず苦笑をこぼした。
何とか絞り出した声で言葉を返し、湧き上がる様々な気持ちを抑えるように彼女に顔を寄せると「くすぐったい」と笑われた。
今日は彼女を目一杯抱き締めて眠ろう。
そう心に決めながら寝室に入り、ベッドに下ろした彼女の顔を見つめながら心に決めた。
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