【i7】短編まとめ
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『今から行く』と彼から連絡をもらったのは夜遅い時間のことだった。今日は早朝から一日中仕事だと聞いていた為まさかこんな時間に訪ねてくるとは思っておらず、驚きつつも簡単な身支度や部屋の片付けをしたりと迎え入れる準備を始めた。
現在、ドラマ撮影の真っ最中なのだそうだ。今回は想定より早く区切りがつきそうだと、疲労が混じった声色で言っていたのはつい最近のことだ。
そんな忙しい身なのに珍しい連絡を寄越すとは――何かあったのだろうか。今日も仕事で疲れているだろうに、少ない休息の時間を割いてまで来る最もな理由が思い当たらず首を傾げた。一応私達はこれでも恋人関係なのだから理由などいらないだろうと言われてしまえばそうなのだが。
そんなことをひとりで悶々と考えていると部屋にインターホンの音が鳴り響いた。
音を聞いた瞬間小走りで玄関に向かい、ドアスコープを覗く。着けていたマスクをズラしてこちらにヒラヒラと手を振っている、いかにも怪しい格好をしている人物がそこにはいたが、私はそれを見て怯えるどころか嬉々として扉を開けた。一応深夜ということもあり音に気を遣いながら。
「よっ」
「いらっしゃい」
するとそこには全身真っ黒で身を包み、出来る限りの変装で顔を隠した大和が何やら紙袋を片手に立っていた。
「こんな時間に来るなんて珍しいね」
彼が室内に入ったのを確認してから静かに扉を閉めた。
それと同時に「はぁ…やっと解放〜」なんて気の抜けた声を出しながら変装具を次々と取っていく姿を思わず眺める。
さっきは外が暗くて分からなかったが、明るい室内に入ったことで大和の服装が露わになった。グレーのTシャツの上に黒のカーディガンを羽織り、下はジーパン。おまけに黒の帽子にマスクをつけている。見事に真っ黒だ。よく不審者として通報されなかったな、と思うのと同時に服装を気にする間もなく急いで駆け付けたのかとも思った。
「夜遅くに悪いな。これ渡したくてさ」
いつの間にか身軽になっていた大和がそう言って手に下げていた紙袋を前に差し出してきて反射的に受け取る。しかし、
「重っ!?」
「ははっ」
見た目に反してかなりの重量で、紙袋を受け取った片手が思わず、ぐんっと下がってしまう。そんな私の様子が面白かったのか声を上げて笑いながら、紙袋が地面に激突する前に救出してくれた。どうやらちょっとしたイタズラだったらしい。
「とりあえずキッチン行くぞ」
呆けている私をよそに廊下の向こうへと遠ざかっていく背中を、大和がインターホンを鳴らした時にもしたように小走りで追いかける。間もなく追いついた後ろ姿は、すっかりこの家に馴染んでいるように見えて嬉しさで思わず笑いを溢せば、どうしたと振り返られてしまって頭を横に振った。でもやっぱり笑みを抑えることはできなかった。
見てみ、とキッチンのカウンターに紙袋が置かれ、言われるがままに袋から中身を取り出す。すると、なんとか両手で抱えられる程の外箱が顔を出し、その箱に載せられている写真を見て声を上げた。
「これ欲しかったやつ!」
「さっき撮影現場で貰ったんだよ」
それは家庭用のエスプレッソマシンだった。
ひとつの機械で作れるメニューが豊富で、好きな時にボタンひとつで簡単に本格的なコーヒーを淹れられる。そして、何より丸っこいフォルムが可愛いとのことで女性に人気らしい。
かくいう私も見た目と機能に惹かれた女性のうちのひとりである。家に一台あってもいいかもしれないと近々探しに行くつもりだったのだが、まだ実行に移せないでいたのだ。
大和曰く、「買ったはいいけど使いそうにないから」と渡されたとのことだった。喜んだのはいいが、こんないいものを私が貰ってしまってもいいのかと隣をチラリと見ると「俺も家にあってもしょうがないから」と言われてしまえば受け取る他ない。素直にお礼を言った。
「おぉ……」
「いいじゃん、一気にお洒落になった」
早速箱から出して、空いたスペースに置いてみる。平日は仕事がある為、あまり使用頻度が高くないキッチンは物が少なかったが、エスプレッソマシンが設置されたことによって少しだけ華やかさが増した気がした。
「では早速」
「今から飲むのか?」
眠れなくなるぞ、と壁に掛かっている時計に視線を移す大和に釣られて私も同じ方向を見る。現在の時刻は二十二時。良い子は寝る時間である。
言われたことに納得して手にしていたマグカップを引っ込めたが、それは一瞬のことだった。えいっとマグカップをマシンにセットしてボタンを押した。そうすれば豆を挽く音から始まり、少しずつコーヒーが抽出されるところを見て、横から苦笑が聞こえてきた。別に明日まで我慢してもよかったのだが、せっかくなら今飲んでみたいじゃないか。それに、丁度今日持ち帰ってきた仕事を今から片付けようと思っていたのだ。仕事の疲れからか思わず溢れた欠伸を片手で抑え、出来上がったコーヒーを口に含む。うん、美味しい。
「大丈夫。明日は仕事も予定も無いから、最悪眠れなくても問題ない」
「大丈夫じゃないだろ」
飲む?とマグカップを少し持ち上げて問うと頭を横に振られてしまった。なので、こちらをジッと見てくる大和をキッチンに残してノートパソコンが置いてあるリビングに移動し、ソファの下に腰を下ろす。マグカップをテーブルに置き、パソコンを開いて電源ボタンを押したところで隣にドサッという音が聞こえ、いきなりのことに思わず肩を揺らした。
「大和…?」
その正体は言わずもがな、大和だった。
大和は、私が今し方開いたパソコンとその隣に置いてあるコーヒーを見て合点がいったのか小さく頷いて、何故か私の方に肩を寄せてきた。
「どうしたの」
「いや、……そのコーヒーって眠気覚ましだった?」
「えっ、うん」
「ふーん」
自分から聞いたくせに然程興味が無いのか生返事をしながら、今度は私の肩に頭を乗せてくる。こうして猫みたいに擦り寄ってくる仕草は普段中々見ることができないからとても可愛い。
意図知れずに感じた幸せを糧に少しでも仕事を進めてしまおうと、景気付けにコーヒーを口に入れようとした時――
「んっ、!?」
次の瞬間、手からマグカップが消えたと思ったら一気に距離が縮まり、気付けば唇が重なっていた。
触れるだけの軽めのキスから徐々に深くなり、次第には息継ぎも儘ならない程に激しくなっていく。さすがに息苦しくなってきて、ひっきりなしに降ってくるキスから逃げようと顔を横にずらそうとするが、読まれたように後頭部に手を添えられて顔の向きを固定されてしまう。
「えっ、ちょっ…」
「まぁまぁ」
「えっ、何その適当な宥め方……うわ……っ」
やっとのことで離された唇から大きく息を吸うと、今度は身体が背後に倒された。嘘でしょ、と抗議も兼ねて私の上に乗っている身体を両手で押すもびくともしない。それどころか私の抵抗をものともせず押し返され、再び唇が重なった。
「どう?目ぇ覚めた?」
長い間押し付けられたキスですっかり息が上がり、はぁーはぁー、と肩で息をしながら私を組み敷く大和を見上げる。そんな私の様子を口元をあげながら見下ろす彼からの問いに答える余裕なんて無くて、キッと睨んでやる。それすらも愉しそうにこちらを見ているものだから、もう何を言っても無駄だと諦めて目を逸らした。
「まっ、今日はここまででやめておくよ。今から仕事すんだろ?」
「お気遣いどうも……」
顔色ひとつ変えていない彼が、床でへばっている私の頭をポンポンと撫でてから退く。そして何故かそのままリビングから出て行ったが当然追いかけられるはずもなく、暫くして息が整ってからゆっくりと身体を起こした。
散々な目に遭った。
確かに目はバッチリ醒めた。だけど、あんなことをされた後すぐに仕事へと気持ちを切り替えられるわけがない。
とりあえず落ち着けと自分に言い聞かせながらマグカップに手を伸ばした。が、
「……?」
さっきまでそこにあったマグカップが消えている。
目をぱちくりさせながら未だに動かない頭を必死に動かして、やっと気付いた。
「盗られた……!?」
さっきいらないって言ってたのに!
近所迷惑のことを考え、大声が口から飛び出る寸前でなんとか思いとどまったものの、この不完全燃焼な感情をどうにか発散したくて真後ろに鎮座しているソファの背を思いっきりベシッと叩いてやった。結局自分の手が痛いだけだった。
ガガーッと豆を挽く音を壁越しに聞きながら、早鐘を打つ心臓をなんとか落ち着かせようと大きく息を吐く。
「……っぶね」
あそこで思い止まれた俺の理性、かなりいい仕事をしたのではないか。半分くらい抑えられていなかっただろ、と言われてしまえば返す言葉も無いが。
あのまま事が進んでいれば、翌日困るのは結局俺だ。明日も朝早くから仕事があるから、このままこの家に泊まらせてもらったとしても彼女が起きる前に起床して寮に戻らなければならない。そんな過密スケジュールの中、こうして時間を無理矢理作って会いに来たのは、最近の忙しさ具合に癒しを求めた結果である。
逃げ込んだ寝室にはひとりで寝るには大きいベッドがあるが、自分がまだ入浴を済ませていないことを気にして側にある小さめなライティングディスクの椅子に腰掛けた。彼女は今から仕事に手をつけると言っていたし、寝室まで追いかけてくることはないだろう。
リビングから出てくる際に掴んだ鞄の中から台本を取り出して目を通しながら、その時に一緒に拝借してきたコーヒーに口つけた。
「……甘っ」
ミルクと砂糖は入っている。だけど異様に甘く感じるのは、先程の余韻に引っ張られているからだろうか。
――やっぱり無理をしてでも来て良かった。
静かに笑い、台本の文字を追いかけ始めた。
現在、ドラマ撮影の真っ最中なのだそうだ。今回は想定より早く区切りがつきそうだと、疲労が混じった声色で言っていたのはつい最近のことだ。
そんな忙しい身なのに珍しい連絡を寄越すとは――何かあったのだろうか。今日も仕事で疲れているだろうに、少ない休息の時間を割いてまで来る最もな理由が思い当たらず首を傾げた。一応私達はこれでも恋人関係なのだから理由などいらないだろうと言われてしまえばそうなのだが。
そんなことをひとりで悶々と考えていると部屋にインターホンの音が鳴り響いた。
音を聞いた瞬間小走りで玄関に向かい、ドアスコープを覗く。着けていたマスクをズラしてこちらにヒラヒラと手を振っている、いかにも怪しい格好をしている人物がそこにはいたが、私はそれを見て怯えるどころか嬉々として扉を開けた。一応深夜ということもあり音に気を遣いながら。
「よっ」
「いらっしゃい」
するとそこには全身真っ黒で身を包み、出来る限りの変装で顔を隠した大和が何やら紙袋を片手に立っていた。
「こんな時間に来るなんて珍しいね」
彼が室内に入ったのを確認してから静かに扉を閉めた。
それと同時に「はぁ…やっと解放〜」なんて気の抜けた声を出しながら変装具を次々と取っていく姿を思わず眺める。
さっきは外が暗くて分からなかったが、明るい室内に入ったことで大和の服装が露わになった。グレーのTシャツの上に黒のカーディガンを羽織り、下はジーパン。おまけに黒の帽子にマスクをつけている。見事に真っ黒だ。よく不審者として通報されなかったな、と思うのと同時に服装を気にする間もなく急いで駆け付けたのかとも思った。
「夜遅くに悪いな。これ渡したくてさ」
いつの間にか身軽になっていた大和がそう言って手に下げていた紙袋を前に差し出してきて反射的に受け取る。しかし、
「重っ!?」
「ははっ」
見た目に反してかなりの重量で、紙袋を受け取った片手が思わず、ぐんっと下がってしまう。そんな私の様子が面白かったのか声を上げて笑いながら、紙袋が地面に激突する前に救出してくれた。どうやらちょっとしたイタズラだったらしい。
「とりあえずキッチン行くぞ」
呆けている私をよそに廊下の向こうへと遠ざかっていく背中を、大和がインターホンを鳴らした時にもしたように小走りで追いかける。間もなく追いついた後ろ姿は、すっかりこの家に馴染んでいるように見えて嬉しさで思わず笑いを溢せば、どうしたと振り返られてしまって頭を横に振った。でもやっぱり笑みを抑えることはできなかった。
見てみ、とキッチンのカウンターに紙袋が置かれ、言われるがままに袋から中身を取り出す。すると、なんとか両手で抱えられる程の外箱が顔を出し、その箱に載せられている写真を見て声を上げた。
「これ欲しかったやつ!」
「さっき撮影現場で貰ったんだよ」
それは家庭用のエスプレッソマシンだった。
ひとつの機械で作れるメニューが豊富で、好きな時にボタンひとつで簡単に本格的なコーヒーを淹れられる。そして、何より丸っこいフォルムが可愛いとのことで女性に人気らしい。
かくいう私も見た目と機能に惹かれた女性のうちのひとりである。家に一台あってもいいかもしれないと近々探しに行くつもりだったのだが、まだ実行に移せないでいたのだ。
大和曰く、「買ったはいいけど使いそうにないから」と渡されたとのことだった。喜んだのはいいが、こんないいものを私が貰ってしまってもいいのかと隣をチラリと見ると「俺も家にあってもしょうがないから」と言われてしまえば受け取る他ない。素直にお礼を言った。
「おぉ……」
「いいじゃん、一気にお洒落になった」
早速箱から出して、空いたスペースに置いてみる。平日は仕事がある為、あまり使用頻度が高くないキッチンは物が少なかったが、エスプレッソマシンが設置されたことによって少しだけ華やかさが増した気がした。
「では早速」
「今から飲むのか?」
眠れなくなるぞ、と壁に掛かっている時計に視線を移す大和に釣られて私も同じ方向を見る。現在の時刻は二十二時。良い子は寝る時間である。
言われたことに納得して手にしていたマグカップを引っ込めたが、それは一瞬のことだった。えいっとマグカップをマシンにセットしてボタンを押した。そうすれば豆を挽く音から始まり、少しずつコーヒーが抽出されるところを見て、横から苦笑が聞こえてきた。別に明日まで我慢してもよかったのだが、せっかくなら今飲んでみたいじゃないか。それに、丁度今日持ち帰ってきた仕事を今から片付けようと思っていたのだ。仕事の疲れからか思わず溢れた欠伸を片手で抑え、出来上がったコーヒーを口に含む。うん、美味しい。
「大丈夫。明日は仕事も予定も無いから、最悪眠れなくても問題ない」
「大丈夫じゃないだろ」
飲む?とマグカップを少し持ち上げて問うと頭を横に振られてしまった。なので、こちらをジッと見てくる大和をキッチンに残してノートパソコンが置いてあるリビングに移動し、ソファの下に腰を下ろす。マグカップをテーブルに置き、パソコンを開いて電源ボタンを押したところで隣にドサッという音が聞こえ、いきなりのことに思わず肩を揺らした。
「大和…?」
その正体は言わずもがな、大和だった。
大和は、私が今し方開いたパソコンとその隣に置いてあるコーヒーを見て合点がいったのか小さく頷いて、何故か私の方に肩を寄せてきた。
「どうしたの」
「いや、……そのコーヒーって眠気覚ましだった?」
「えっ、うん」
「ふーん」
自分から聞いたくせに然程興味が無いのか生返事をしながら、今度は私の肩に頭を乗せてくる。こうして猫みたいに擦り寄ってくる仕草は普段中々見ることができないからとても可愛い。
意図知れずに感じた幸せを糧に少しでも仕事を進めてしまおうと、景気付けにコーヒーを口に入れようとした時――
「んっ、!?」
次の瞬間、手からマグカップが消えたと思ったら一気に距離が縮まり、気付けば唇が重なっていた。
触れるだけの軽めのキスから徐々に深くなり、次第には息継ぎも儘ならない程に激しくなっていく。さすがに息苦しくなってきて、ひっきりなしに降ってくるキスから逃げようと顔を横にずらそうとするが、読まれたように後頭部に手を添えられて顔の向きを固定されてしまう。
「えっ、ちょっ…」
「まぁまぁ」
「えっ、何その適当な宥め方……うわ……っ」
やっとのことで離された唇から大きく息を吸うと、今度は身体が背後に倒された。嘘でしょ、と抗議も兼ねて私の上に乗っている身体を両手で押すもびくともしない。それどころか私の抵抗をものともせず押し返され、再び唇が重なった。
「どう?目ぇ覚めた?」
長い間押し付けられたキスですっかり息が上がり、はぁーはぁー、と肩で息をしながら私を組み敷く大和を見上げる。そんな私の様子を口元をあげながら見下ろす彼からの問いに答える余裕なんて無くて、キッと睨んでやる。それすらも愉しそうにこちらを見ているものだから、もう何を言っても無駄だと諦めて目を逸らした。
「まっ、今日はここまででやめておくよ。今から仕事すんだろ?」
「お気遣いどうも……」
顔色ひとつ変えていない彼が、床でへばっている私の頭をポンポンと撫でてから退く。そして何故かそのままリビングから出て行ったが当然追いかけられるはずもなく、暫くして息が整ってからゆっくりと身体を起こした。
散々な目に遭った。
確かに目はバッチリ醒めた。だけど、あんなことをされた後すぐに仕事へと気持ちを切り替えられるわけがない。
とりあえず落ち着けと自分に言い聞かせながらマグカップに手を伸ばした。が、
「……?」
さっきまでそこにあったマグカップが消えている。
目をぱちくりさせながら未だに動かない頭を必死に動かして、やっと気付いた。
「盗られた……!?」
さっきいらないって言ってたのに!
近所迷惑のことを考え、大声が口から飛び出る寸前でなんとか思いとどまったものの、この不完全燃焼な感情をどうにか発散したくて真後ろに鎮座しているソファの背を思いっきりベシッと叩いてやった。結局自分の手が痛いだけだった。
ガガーッと豆を挽く音を壁越しに聞きながら、早鐘を打つ心臓をなんとか落ち着かせようと大きく息を吐く。
「……っぶね」
あそこで思い止まれた俺の理性、かなりいい仕事をしたのではないか。半分くらい抑えられていなかっただろ、と言われてしまえば返す言葉も無いが。
あのまま事が進んでいれば、翌日困るのは結局俺だ。明日も朝早くから仕事があるから、このままこの家に泊まらせてもらったとしても彼女が起きる前に起床して寮に戻らなければならない。そんな過密スケジュールの中、こうして時間を無理矢理作って会いに来たのは、最近の忙しさ具合に癒しを求めた結果である。
逃げ込んだ寝室にはひとりで寝るには大きいベッドがあるが、自分がまだ入浴を済ませていないことを気にして側にある小さめなライティングディスクの椅子に腰掛けた。彼女は今から仕事に手をつけると言っていたし、寝室まで追いかけてくることはないだろう。
リビングから出てくる際に掴んだ鞄の中から台本を取り出して目を通しながら、その時に一緒に拝借してきたコーヒーに口つけた。
「……甘っ」
ミルクと砂糖は入っている。だけど異様に甘く感じるのは、先程の余韻に引っ張られているからだろうか。
――やっぱり無理をしてでも来て良かった。
静かに笑い、台本の文字を追いかけ始めた。