【i7】短編まとめ
Name change
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
今日一日の授業が終わり、クラスメイトが帰宅したことでしーんと静まった教室。辛い冬が過ぎ去り段々と春が近づいているからか最近は少しだけ日が延びたものの、やはりこの時間にもなれば薄暗い。電気を付けていないこの教室では机に広がる教科書の文字は見え難かった。
そうでもして学校に残っているのは、現在補習を受けている一織を待っているからだった。
仕事の関係で度々授業を欠席している彼は成績優秀だ。それも今の所皆勤賞候補に入っている私よりずっと。それでも補習を受けている理由は、単に出席日数が足りないからだと本人から聞いた。
ノートから目を逸らして教室の前方の壁に掛けられている時計を見上げると、一織が教室を出て行ってからまもなく一時間が経とうとしていた。
――そろそろ戻ってくるだろうか。
待っている間に進めていた課題もそろそろ終わりそうである。
そう考えていた瞬間、ガラガラと大きな音を立てて教室の後方の扉が開いたのが分かり、勢いよく振り向く。
「あれ、まだ残ってんの?」
そこに立っていたのは待っていた人物――ではなく、
「四葉くんだったか……」
「そんなガッカリする?」
一織と一緒に補習を受けに行ったクラスメイトの四葉くんだった。
「早かったね」
「まぁ――うん」
随分と歯切れの悪い返事だ。
私はそんな四葉くんを見て、授業が終わった瞬間どうにかして補習を逃れようと逃走を試みていた姿を思い出した。結局一織と亥清くんに両腕を捕えられて連行されていたが。もしかしたら隙を見て戻ってきたのかもしれない。
扉を閉めてズカズカと私の元に歩いてきたと思えば、私が座っている前方の席の椅子を引く。椅子の背を前にして跨ぐように座り、私の手元を覗き込みながら「うわ、それさっきもらった課題じゃん……」と顔を顰めた。補習の際に今日クラス全員に配られた課題と同じ物を受け取ったらしい。
「そういえば、一織は?」
「先生役やってる」
通りで遅いわけだ。訊けば一織は補習内で与えられた課題をものの十数分で終わらせたのだが、あまりにも早かった為に暫くの間教える側に回ってほしいと先生からのお達しがあったのだとか。とんだとばっちりである。
つまり一織が戻ってくるのにまだまだ時間がかかりそうだ。この際だからまだ残っている課題をここで終わらせてしまおう、と再びシャープペンを持ち直した。なのだが、
「――なぁ」
「んー?」
「もし自分がIDOLiSH7のファンになったら誰好きになると思う?」
私が黙々と勉強している姿を見ているのに飽きたのか唐突にそんな質問を投げかけられてまたもや手が止まる。
「私が?」
「そう」
「何でまた……」
いきなり突拍子もないことを聞かれて思わず訊き返した。聞いた本人は何でもない世間話のつもりなのか、話しながら片手に持つスマホを弄っている。かと思えば「げっ」という言葉と共に苦虫を噛み潰したような表情に変わり、すぐさまスマホはパーカーのポケットに仕舞っていた。
「ただの――疑問? あ、いおりん以外で!」
答えようと口を開いたのだが、それを遮るように一織は除外だと言われてしまい不発に終わってしまった。私がそう答えると分かっていたようだ。大正解である。
「何で分かったの」
「誰でも分かるって。で、誰?」
「えっと――ナギくん?」
「ナギっちかー」
いつの間にか前のめりになっている四葉くんの様子を横目に少し考えてみたら、パッと頭に浮かんだのがナギくんだったのだ。あの浮世離れした美形で微笑み、流れるようにファンに向けて放たれる甘い言葉には毎回ドキッとしてしまう。
私の答えが意外だったのか四葉くんが目を丸くして「全然いおりんと違うタイプでびっくりした」と笑った瞬間――パチッと電気が走る音が聞こえたと同時に教室内が明るくなった。
「電気くらい付けたらどうですか」
声がした方に視線を向けると照明のスイッチに手を置いて呆れ返っている一織がいた。どうやら先生役から解放されたらしい。
「おかえり、一織」
「お待たせしてすみません。――四葉さん、貴方私からのラビチャ無視したでしょう」
「げ――」
「先生が職員室まで課題を提出に来いと言っていましたよ」
「あ゙ー、さっさと帰れば良かったかもしんない……」
「全く。油断も隙もない」
「逢坂さんに言いつけますよ」と言われた四葉くんは「そーちゃんに報告されるよりはまだ……」等とブツブツ言いながらも席を立ち、プリントを片手に扉まで歩いていく姿に思わず苦笑いした。やはり思った通り補習を黙って抜けてきたらしい。しかも先程スマホを見ながら表情を歪めていたのは戻って来いという一織からの催促だったのだろう。それにしても今日の四葉くんはいつも以上に無気力に見えるがどうしたのだろうか。やはり仕事が忙しくて疲れているのか。今日の午前中も撮影があったと言って遅刻してきていたのだから無理もないのかもしれない。
教室を出ていく四葉くんの背中を見送り、一織が戻ってきたならと広げていた教科書や筆記用具を早々に片付けていく。結局課題は終わらなかったのは残念だ。本当は学校で終わらせてしまいたかったのだが仕方がない。
「一織?」
机の上を片付け終わり一織の方を見ると、先程教室に入ってきた時の位置から一歩も動いていなかった。何か考え事をしているのだろうか、顎に手を当てて一点を見つめている。
「どう――」
したの。そう続けようとしたけれど言葉にならなかった。
スタスタと軽い足音を立てて私の方に来たと思えば、彼より背の低い私を数秒見下ろす。そして――
「Don't look away」
私の足元に片膝を付いて、
「Just look at me」
掬うように左手を取り、手の甲に口を寄せた。
「やっと戻ってこれた……ちょー怒られた」
「自業自得」
「あんだけ生徒いんだから俺がいなくなっても分かんないと思うじゃんか!」
「もう毎回逃走しようとするから目つけられてるんじゃない?」
「マジで――ん?」
廊下から話し声が聞こえたと思えば、職員室に呼び出されていた四葉くんと補習帰りの亥清くんが教室に入ってきた。やはり四葉くんはお叱りを受けたらしく、げんなりした表情で話すのを亥清くんが呆れ顔で咎めている。
私達の席の近くまで歩いてきて、ようやくこの惨状に気が付いたのか二人が首を傾げている様子が見てとれた。
「なんかあった?」
「何もありませんよ」
「じゃあ何で崩れ落ちてんの」
これ、と亥清くんが指さした先には、中途半端に上げられた左手をそのままに真っ赤な顔をして机に突っ伏している私の姿がある。実際には私の顔は伏せられているから二人には見えていないだろうけれど、恐らく耳まで真っ赤に染まっているだろう。
「っ……、一織にいじめられた……」
「人聞きの悪いこと言わないでくれますか 」
「馬鹿なこと言ってないで帰りますよ」とため息を付くと、いつの間に帰宅準備を整えていたのか鞄を肩に掛けて早々に扉から出て行ってしまう。
「えっ! 待って待って!」
待たせていた方が置いていくとはどういうことだ。
まだ治っていない頬の赤みを気にする余裕もなく、机に置いていた鞄を雑に掴み慌ただしく出て行った。
「ねえ、さっきのもう一回やってよ!」
「やりません」
「えー」
端から置いていくつもりは無かったのか、少し離れた場所で一織が立ち止まっていた。小走りで追いついてさっきの”あれ”をせがむと即拒否されて思わず項垂れる。分かってはいたが。
だって、あんなの――ズルいじゃないか。キスなんて何度もしているし、ましてや手の甲だ。だけど、俯いて顔に掛かった前髪の隙間から見える目がこちらを向いた瞬間、心臓が壊れるのではないかと思う程に大きな音を立てたのは最早必然だった。不意打ちにも程がある。
「ほら、早く歩いてください。新しいノート買いに行くんでしょう?」
一織は、ギャーギャー言いながら自分の後ろをついてまわる私の手を掴み再び歩き出す。絡まった指は一歩校舎を出れば離すことになるだろうが、それでもよかった。
私と四葉くんの会話でナギくんの名前を出したのがそもそもの発端で、あまりいい気分ではなかっただろうと申し訳なく思っているが――今日は彼の普段見られない姿が見られた気がする。
何だか嬉しくて小さく息を吐くと「笑うな」とでも言うように指をぎゅっと強く握られた――
そうでもして学校に残っているのは、現在補習を受けている一織を待っているからだった。
仕事の関係で度々授業を欠席している彼は成績優秀だ。それも今の所皆勤賞候補に入っている私よりずっと。それでも補習を受けている理由は、単に出席日数が足りないからだと本人から聞いた。
ノートから目を逸らして教室の前方の壁に掛けられている時計を見上げると、一織が教室を出て行ってからまもなく一時間が経とうとしていた。
――そろそろ戻ってくるだろうか。
待っている間に進めていた課題もそろそろ終わりそうである。
そう考えていた瞬間、ガラガラと大きな音を立てて教室の後方の扉が開いたのが分かり、勢いよく振り向く。
「あれ、まだ残ってんの?」
そこに立っていたのは待っていた人物――ではなく、
「四葉くんだったか……」
「そんなガッカリする?」
一織と一緒に補習を受けに行ったクラスメイトの四葉くんだった。
「早かったね」
「まぁ――うん」
随分と歯切れの悪い返事だ。
私はそんな四葉くんを見て、授業が終わった瞬間どうにかして補習を逃れようと逃走を試みていた姿を思い出した。結局一織と亥清くんに両腕を捕えられて連行されていたが。もしかしたら隙を見て戻ってきたのかもしれない。
扉を閉めてズカズカと私の元に歩いてきたと思えば、私が座っている前方の席の椅子を引く。椅子の背を前にして跨ぐように座り、私の手元を覗き込みながら「うわ、それさっきもらった課題じゃん……」と顔を顰めた。補習の際に今日クラス全員に配られた課題と同じ物を受け取ったらしい。
「そういえば、一織は?」
「先生役やってる」
通りで遅いわけだ。訊けば一織は補習内で与えられた課題をものの十数分で終わらせたのだが、あまりにも早かった為に暫くの間教える側に回ってほしいと先生からのお達しがあったのだとか。とんだとばっちりである。
つまり一織が戻ってくるのにまだまだ時間がかかりそうだ。この際だからまだ残っている課題をここで終わらせてしまおう、と再びシャープペンを持ち直した。なのだが、
「――なぁ」
「んー?」
「もし自分がIDOLiSH7のファンになったら誰好きになると思う?」
私が黙々と勉強している姿を見ているのに飽きたのか唐突にそんな質問を投げかけられてまたもや手が止まる。
「私が?」
「そう」
「何でまた……」
いきなり突拍子もないことを聞かれて思わず訊き返した。聞いた本人は何でもない世間話のつもりなのか、話しながら片手に持つスマホを弄っている。かと思えば「げっ」という言葉と共に苦虫を噛み潰したような表情に変わり、すぐさまスマホはパーカーのポケットに仕舞っていた。
「ただの――疑問? あ、いおりん以外で!」
答えようと口を開いたのだが、それを遮るように一織は除外だと言われてしまい不発に終わってしまった。私がそう答えると分かっていたようだ。大正解である。
「何で分かったの」
「誰でも分かるって。で、誰?」
「えっと――ナギくん?」
「ナギっちかー」
いつの間にか前のめりになっている四葉くんの様子を横目に少し考えてみたら、パッと頭に浮かんだのがナギくんだったのだ。あの浮世離れした美形で微笑み、流れるようにファンに向けて放たれる甘い言葉には毎回ドキッとしてしまう。
私の答えが意外だったのか四葉くんが目を丸くして「全然いおりんと違うタイプでびっくりした」と笑った瞬間――パチッと電気が走る音が聞こえたと同時に教室内が明るくなった。
「電気くらい付けたらどうですか」
声がした方に視線を向けると照明のスイッチに手を置いて呆れ返っている一織がいた。どうやら先生役から解放されたらしい。
「おかえり、一織」
「お待たせしてすみません。――四葉さん、貴方私からのラビチャ無視したでしょう」
「げ――」
「先生が職員室まで課題を提出に来いと言っていましたよ」
「あ゙ー、さっさと帰れば良かったかもしんない……」
「全く。油断も隙もない」
「逢坂さんに言いつけますよ」と言われた四葉くんは「そーちゃんに報告されるよりはまだ……」等とブツブツ言いながらも席を立ち、プリントを片手に扉まで歩いていく姿に思わず苦笑いした。やはり思った通り補習を黙って抜けてきたらしい。しかも先程スマホを見ながら表情を歪めていたのは戻って来いという一織からの催促だったのだろう。それにしても今日の四葉くんはいつも以上に無気力に見えるがどうしたのだろうか。やはり仕事が忙しくて疲れているのか。今日の午前中も撮影があったと言って遅刻してきていたのだから無理もないのかもしれない。
教室を出ていく四葉くんの背中を見送り、一織が戻ってきたならと広げていた教科書や筆記用具を早々に片付けていく。結局課題は終わらなかったのは残念だ。本当は学校で終わらせてしまいたかったのだが仕方がない。
「一織?」
机の上を片付け終わり一織の方を見ると、先程教室に入ってきた時の位置から一歩も動いていなかった。何か考え事をしているのだろうか、顎に手を当てて一点を見つめている。
「どう――」
したの。そう続けようとしたけれど言葉にならなかった。
スタスタと軽い足音を立てて私の方に来たと思えば、彼より背の低い私を数秒見下ろす。そして――
「Don't look away」
私の足元に片膝を付いて、
「Just look at me」
掬うように左手を取り、手の甲に口を寄せた。
「やっと戻ってこれた……ちょー怒られた」
「自業自得」
「あんだけ生徒いんだから俺がいなくなっても分かんないと思うじゃんか!」
「もう毎回逃走しようとするから目つけられてるんじゃない?」
「マジで――ん?」
廊下から話し声が聞こえたと思えば、職員室に呼び出されていた四葉くんと補習帰りの亥清くんが教室に入ってきた。やはり四葉くんはお叱りを受けたらしく、げんなりした表情で話すのを亥清くんが呆れ顔で咎めている。
私達の席の近くまで歩いてきて、ようやくこの惨状に気が付いたのか二人が首を傾げている様子が見てとれた。
「なんかあった?」
「何もありませんよ」
「じゃあ何で崩れ落ちてんの」
これ、と亥清くんが指さした先には、中途半端に上げられた左手をそのままに真っ赤な顔をして机に突っ伏している私の姿がある。実際には私の顔は伏せられているから二人には見えていないだろうけれど、恐らく耳まで真っ赤に染まっているだろう。
「っ……、一織にいじめられた……」
「人聞きの悪いこと言わないでくれますか 」
「馬鹿なこと言ってないで帰りますよ」とため息を付くと、いつの間に帰宅準備を整えていたのか鞄を肩に掛けて早々に扉から出て行ってしまう。
「えっ! 待って待って!」
待たせていた方が置いていくとはどういうことだ。
まだ治っていない頬の赤みを気にする余裕もなく、机に置いていた鞄を雑に掴み慌ただしく出て行った。
「ねえ、さっきのもう一回やってよ!」
「やりません」
「えー」
端から置いていくつもりは無かったのか、少し離れた場所で一織が立ち止まっていた。小走りで追いついてさっきの”あれ”をせがむと即拒否されて思わず項垂れる。分かってはいたが。
だって、あんなの――ズルいじゃないか。キスなんて何度もしているし、ましてや手の甲だ。だけど、俯いて顔に掛かった前髪の隙間から見える目がこちらを向いた瞬間、心臓が壊れるのではないかと思う程に大きな音を立てたのは最早必然だった。不意打ちにも程がある。
「ほら、早く歩いてください。新しいノート買いに行くんでしょう?」
一織は、ギャーギャー言いながら自分の後ろをついてまわる私の手を掴み再び歩き出す。絡まった指は一歩校舎を出れば離すことになるだろうが、それでもよかった。
私と四葉くんの会話でナギくんの名前を出したのがそもそもの発端で、あまりいい気分ではなかっただろうと申し訳なく思っているが――今日は彼の普段見られない姿が見られた気がする。
何だか嬉しくて小さく息を吐くと「笑うな」とでも言うように指をぎゅっと強く握られた――
3/3ページ