01. So many people So many colors
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ユーリが本題を切り出したのは、オーダーした紅茶がサーブされてようやくのことだった。
ポット一杯とサービスのクッキーが一枚ずつ。
もうこれで店員も近寄ってくることもないと見計らったように彼は視線を落とした。
「正直にいえば、天宮さんに連絡するつもりはありませんでした。お礼をするべきかとは思いましたが、かえって気を遣わせてしまうことになるだろうと思ったので。それに……この傷のこともあって、あまり人付き合いも得意ではありません」
「まあそうだろうなとは思っていました。ああ、責めてるわけじゃありませんよ、お礼が欲しくてしたことでもありませんから」
むしろ幸恵が気になったのは今更になって連絡してきたことの方だった。
一度顔を合わせただけの相手にすがるしかないのっぴきならない事情があるというのはくる前から想像していたが、頬にできたアザも関係するとなればただ事ではない。
「自分でも厚かましいとはわかっています。一ヶ月も経ってから連絡をして、お礼なんて言いながら相談なんて」
「私でどうにかできることなら遠慮なく、と言いたいところですけど。その、頬のあざはお母様が、って」
「……母とは、あまりうまくいっていません。この傷も、今日来るまでに消すか隠すか出来ればよかったのですが」
「失礼ながら、ペトロフさんの年齢なら一人暮らしも……ああ、そうか法学部だとバイトする時間も取れないか。実家がゴールドステージだと寮の申請も優先順位が下がるだろうし」
「恥ずかしながら、その通りです。家は裕福な方ですが、僕自身は何も持たないただの学生なので」
表情はにこやかに取り繕っているものの、声の苦々しさは隠し切れていなかった。
よほど緊張しているのか、机の上で組まれた手は表情とは裏腹に震えそうなほど力強く握りこまれている。
「先日は、本当に助かったんです。化粧などしたことがないので違和感はありましたが、道すがら人に注目されることもなかったので、うまく隠せていたのだろうと。なので自分でもやってみようかと思ったのですが、種類も多く何を買えばいいかもわからず。ハンカチを巻くなどということもしたことがなかったので。ネットで調べながら色々試していたのですが、母に、見られてしまいまして」
「あー、多様性の世の中なんて言っても、そりゃ息子がいきなり化粧とか花柄ハンカチ首に当ててたらびっくりするか」
ハンカチがダメになったというのも騒動でのことなのだろう。
その上でさらに息子をひっぱたいたというのであれば、ペトロフ親子の間に話し合いの余地はなさそうだった。
「母とのことは気にしないでください。わかっていたことでもありますし、おっしゃるように数年もすれば家は出られます。その事であなたにどうにかしてほしい訳でもないので、母のことは頭の隅に留める程度で」
もしかしたら顔の傷も、と考えそうになったところで思考の外へと追いやった。
事実親子間の問題など幸恵がどうにかできるものではないし、ユーリ自身どうにかしてほしい訳ではないというのだから首を突っ込む問題でもない。
「じゃあ私に相談というのは」
「重ねてご面倒をおかけするようで申し訳ありませんが。その……化粧のやり方というものを教えて頂きたくて。基本的なものを買うにしても種類が多くて選び方もわからないものですから。身近な女性というと母と通いの家政婦ぐらいしかおらず、そのどちらにも聞くのは難しいので。頼める相手と言うのが、天宮さんしか思い浮かばなくて」
親子関係の改善に協力してくれと言われるよりははるかに簡単な頼み事ではあった。
それに納得もした。
確かに家政婦や、かかりつけ医なら同様のことを相談できなくもないだろうが、同時にユーリの母親に尋ねられればユーリの状況についてを答えないわけにはいかないだろう。
「どうか、お願いできないでしょうか」
そう言って頭を下げるユーリを前に、幸恵が返すべき答えは一つだった。