01. So many people So many colors
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路地裏に落ちていた青年はユーリ・ペトロフと名乗った。
大学へ向かう途中トラブルに遭遇し、昔の古傷が浮き上がってパニックを起こしたのだという。
加えて古傷が浮かび上がるときは頭痛もひどく、うずくまっていたのは痛みをやり過ごすためでもあったのだとか。
何かの言い訳のようにユーリはボソボソとそんなことを話してくれたが、そんな事より幸恵の化粧品ではユーリの肌の色に合わないことのほうがよほど問題だった。
隠してあげるなどと偉そうなことを言っておきながら、これではむしろ悪目立ちさせてしまう。
とはいえ悩んだところで手持ちのメイク用品が増えるはずもなく、あるものでどうにかするしかないと試行錯誤の末、ユーリの肌色のほとんどを塗り替えてしまうぐらいのことしかできなかった。
リップは嫌だと顔をしかめられたが、顔全体をすっかりファンデーションで塗りつぶしてしまったのでこのままでは不自然すぎるとごり押しして、どうにか色合いを整えた。
さらに顔と首の色の違いが目立たないようハンカチをアスコットタイのように巻いてごまかす。
特にこだわりもない貰い物のハンカチはいかにも女性物めいた派手な花柄で、これにも顔をしかめられたもののユーリ自身の元々の顔立ちの良さのおかげで最初からそういうものでしたよとばかりにすっかり馴染んだ。
「油絵かってくらい厚塗りしちゃったので、家に帰ったらすぐに落としてください。これシートタイプのメイク落とし、パックごとあげるのでじゃんじゃん使って。化粧水がなかったらお風呂上がりにも使えますから」
「……どうも」
どう見ても使いかけのパックにユーリはひどく嫌そうな顔をしたが、しかし化粧落としなんて持っているようにはとても見えないので渡さない訳にはいかなかった。
「頭痛がひどいならタクシー乗り場まで一緒に行きましょうか」
「いえ、もうこれ以上は」
顔の傷も理由の一つではあるだろうが、ユーリができるだけ自分の事情に踏み入って欲しくない、パーソナルスペースの広いタイプであることは幸恵も薄々察していた。
最初に見つけたときに比べれば受け応えもしっかりして、他人に対して虚勢を張れる程度に気力も戻っている。
はっきりとは口にしないが、これ以上は確かに迷惑だろうと素直に言葉も手も引っ込める。
だが最後にこれをわすれてはまずいだろうと最近作ったばかりの名刺に電話番号を書きつけて、半ば強引にユーリのジャケットの胸ポケットへと差し込んだ。
「は? あの」
「私の連絡先です。後から顔がかぶれたり腫れたりしたら連絡ください。何を使ったか病院に伝えなきゃいけないし。もちろん、なんともなかったら捨ててもらって構わないから」
それだけ言い残すと「じゃあね」とあっさりユーリに背を向けて幸恵はその場を後にした。
それから数日がすぎても幸恵のスマホにユーリが連絡してくることはなかった。
幸恵自身も次の日にはすっかりそんなことを忘れていたし、ついでにメイク落としシートをあげてしまったことも忘れていたので、ないと気づいた時にはがっくりと肩を落とした。
だがまあ連絡がないということはなんやかんやでうまく収まったのだろう。
幸恵がしたことが正しかったのかどうかはわからないが、便りがないのは無事な証拠ともいう。
つまりあの時ユーリに声をかけたのは善い事だったのだろうと、自己満足ですっかり心を満たした幸恵は上機嫌に日々を過ごしていた。
大学へ向かう途中トラブルに遭遇し、昔の古傷が浮き上がってパニックを起こしたのだという。
加えて古傷が浮かび上がるときは頭痛もひどく、うずくまっていたのは痛みをやり過ごすためでもあったのだとか。
何かの言い訳のようにユーリはボソボソとそんなことを話してくれたが、そんな事より幸恵の化粧品ではユーリの肌の色に合わないことのほうがよほど問題だった。
隠してあげるなどと偉そうなことを言っておきながら、これではむしろ悪目立ちさせてしまう。
とはいえ悩んだところで手持ちのメイク用品が増えるはずもなく、あるものでどうにかするしかないと試行錯誤の末、ユーリの肌色のほとんどを塗り替えてしまうぐらいのことしかできなかった。
リップは嫌だと顔をしかめられたが、顔全体をすっかりファンデーションで塗りつぶしてしまったのでこのままでは不自然すぎるとごり押しして、どうにか色合いを整えた。
さらに顔と首の色の違いが目立たないようハンカチをアスコットタイのように巻いてごまかす。
特にこだわりもない貰い物のハンカチはいかにも女性物めいた派手な花柄で、これにも顔をしかめられたもののユーリ自身の元々の顔立ちの良さのおかげで最初からそういうものでしたよとばかりにすっかり馴染んだ。
「油絵かってくらい厚塗りしちゃったので、家に帰ったらすぐに落としてください。これシートタイプのメイク落とし、パックごとあげるのでじゃんじゃん使って。化粧水がなかったらお風呂上がりにも使えますから」
「……どうも」
どう見ても使いかけのパックにユーリはひどく嫌そうな顔をしたが、しかし化粧落としなんて持っているようにはとても見えないので渡さない訳にはいかなかった。
「頭痛がひどいならタクシー乗り場まで一緒に行きましょうか」
「いえ、もうこれ以上は」
顔の傷も理由の一つではあるだろうが、ユーリができるだけ自分の事情に踏み入って欲しくない、パーソナルスペースの広いタイプであることは幸恵も薄々察していた。
最初に見つけたときに比べれば受け応えもしっかりして、他人に対して虚勢を張れる程度に気力も戻っている。
はっきりとは口にしないが、これ以上は確かに迷惑だろうと素直に言葉も手も引っ込める。
だが最後にこれをわすれてはまずいだろうと最近作ったばかりの名刺に電話番号を書きつけて、半ば強引にユーリのジャケットの胸ポケットへと差し込んだ。
「は? あの」
「私の連絡先です。後から顔がかぶれたり腫れたりしたら連絡ください。何を使ったか病院に伝えなきゃいけないし。もちろん、なんともなかったら捨ててもらって構わないから」
それだけ言い残すと「じゃあね」とあっさりユーリに背を向けて幸恵はその場を後にした。
それから数日がすぎても幸恵のスマホにユーリが連絡してくることはなかった。
幸恵自身も次の日にはすっかりそんなことを忘れていたし、ついでにメイク落としシートをあげてしまったことも忘れていたので、ないと気づいた時にはがっくりと肩を落とした。
だがまあ連絡がないということはなんやかんやでうまく収まったのだろう。
幸恵がしたことが正しかったのかどうかはわからないが、便りがないのは無事な証拠ともいう。
つまりあの時ユーリに声をかけたのは善い事だったのだろうと、自己満足ですっかり心を満たした幸恵は上機嫌に日々を過ごしていた。