ノータピオカ ノーライフ

「旅人のお嬢さん、今日も朝から──」
 バタン。浮ついた台詞を遮って、ドアが容赦なく閉められた音がリビングに響いた。最悪の一日の始まりに、猫を吸っていた私もしぶしぶと顔を上げる。何しに来たんだあの人は。此方を向いたヨウケンの顔も物語っている。あの男はいつから君に朝の挨拶をするほど親しくなったんだい? と。
「白銀の提督、俺とお嬢さんの邪魔をしないでくれないか?」
 それでも執政官はめげなかった。ヨウケンによって抑え込まれたドアを強引にこじ開け、腕に抱えていたオレンジ色の薔薇を健気にアピールしている。どこから手に入れてきたんだそれは。法に触れるような方法じゃない事を祈りたい。
「……なんなんだ、これは」
 不毛な争いを遠目で見ていると、何故か玄関前に人が増えた。お前もか。白い薔薇を手に持った星の提督が、睨み合う二人を横目にいつもと変わらぬ不機嫌な顔を晒し出していた。今日は厄日かもしれない。一人いるだけで煩い帝国の客人が着々と増えていく。
 なんだか頭が痛くなってきたので、猫を抱え、玄関にたむろする男共を押しのけて庭に出た。新鮮な空気を肺に吸い込む。清々しい。現実逃避には丁度いいくらいだ。
「君に必要なのは花ではなく花瓶か? よければ探してくるが……」
 そんな爽やかさも長くは続かなかった。どこから現れたんだ。そんなこちらの気も知らず青と金の瞳がぱちくりと瞬く。私に抱えられていた猫がうにゃーと訴えるのでそっと降ろせば、あっという間に神選者の脚に擦り寄った。人間マタタビ恐るべし。
 そして彼も集まってきたという事は、だ。最後の一人が絶対にいる。否応なく周囲を見渡せば、ほんの少し離れた場所に佇む黒い軍服。
「………………」
 鋭い眼差しの先に、手の中の赤い薔薇一輪。花言葉の意味なんて知らないんだろうな、この男は。むしろ知っていたら困る。
 そんな司教に近づくと、威嚇するような視線が飛んできた。猫みたいだな、猫のように可愛くはないな。仕方ないので此方から手を差し出した。このまま待っていたら、貴重な今日という日が終わってしまう。
「受け取ってくれるのか」
「貴方の為じゃなくて、花をそのままにしておけないからだよ」
 伸ばした手が触れる。その時の司教の顔といったら、緊張に強張っていた表情がふわりと蕩けて柔らかな笑みを湛え、その美しさに危うく懐柔されそうになるところだった。耐えろ私、この男の笑顔にだけは負けてはいけない。
 さて、放っておいた玄関前で繰り広げられている舌戦に視線を戻せば、三人の睨み合いは果てしなく続き、終わりそうもなかった。もういいや、花瓶を用意して彼らからの贈り物である薔薇を生けよう。ため息しかでない。自分勝手で騒がしい男達に、私は今日も振り回されている。いつの日か、こんな日常も悪くないと思うようになるのだろうか。いや、そんなことは絶対にない!
1/1ページ
    スキ