umi ni aisareta ko

 ふと、目が覚める。昼間の喧騒とは遠く離れた、静かで、暖かな夜だ。隣で眠るロタツ先輩の顔が、すぐ傍にある。眠っていてもその整った顔は美しく、絵本の王子様のようだ。もちろん、先輩が勇敢な王子様よりも優しい魔法使いの方が似合うことも、知っている。
 ぼんやりと、異世界での旅路を思い出す。今頃、あの世界はどうなっているだろうか、彼らはどうしているのだろうか——その日々に私が関わることはもうないのだろうけども。時々、ふと思い出すのだ。
 少しだけ起き上がって、隣の彼を覗き込む。私にだけ許された距離で見つめていると、先輩がゆっくりと瞼を上げた。
「起こしちゃった……?」
「……あぁ……気にしないで……」
 うっとりと艶めくような声で、名を呼ばれる。身を寄せると、長い指が私の頬に触れた。
「……君は、眩しいね」
 先輩との距離が、急速に縮まる。
「月のように仄かで、星のようにまばゆい。それは、どんな場所でも、輝きを失わない。だから……」
 
「さながら今の僕は、深い夜の、海の底で照らされた深海魚だ」
 
 ゆっくりと語る彼の瞳の緑に、視線が吸い込まれる。
「君という光に照らされて、溺れて、——抜け出せない」
 なんてね、そう言ってロタツ先輩は笑った。私といえば心臓が緊張のあまりばくばくして止まらない。愛の告白にも似た台詞を、日常の平行線のように伝えてくる。私は、そんな心境を悟られないように、そっと彼の瞼にキスを落とした。
「でもどうして深海魚なの?」
「昨日の昼間、君と水族館に行ったから……魚の気持ちになっていたのかもしれないね」
 先輩がふわりと笑う。私もつられて笑った。こうして日常の些細な出来事は、私たちの間に溶けていくのだ。
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