単発SS

 その美しく細められた目は冷徹な狩猟者……ではなく、餌とおもちゃを前にした猫のように見えた。溜め息をつく。ケーキのショーケースを見つめて動かなかったこの男を前に、財布を出した自分は甘やかしすぎなのか。いや、そんなつもりは一切ない。男の扱いにも慣れてきたから、こういう時の彼は梃子でも動かないだろうと察しただけだ。だから、彼の欲しい物を買い与えているのも面倒事を避けるための手段に過ぎない。
「どうしたんだ、食べないのか?」
「食べるよ、食べるから私の分をとらないでね」
 そして、私の悩みの原因でもあるその男―—司教は、そんなことまるで気にしていないように笑顔でアルコールをグラスに注いだ。いつの間に私の秘蔵のワインを取り出したのか、聞くのももう億劫だ。流されるままに席につく。用意された二つのコップに、彼の不器用な優しさを感じてしまい、抱えていた不満をすべて喉の奥にしまった。
 手に取ったコップを、軽く相手のコップと突き合わせて口につけた。ワインの甘酸っぱい味が言葉も感情もすべて胃の中に流し込んでいく。帝国からのお客人と乾杯することがあるなんて、夢のようだ。
「……ああ、甘いな」
 低く心地いい声が日常を営む場所であるリビングに響いて、残りの時間は二人分の沈黙で満たされた。目の前に置かれたショートケーキに手をつける。司教と言えば片割れのチョコレートケーキを優雅に口に運んで、うっとりとした視線を注いでいた。そんな顔もするのか。甘いものが好きなのはこの男も例にもれないと知っていたが、それでも心に静かな波をもたらす。
「ねえ、ケーキ、一口づつ交換しない?」
 ……それは、立派に育った好奇心と、いつもこちらを翻弄している彼へのちょっかいだった。手が止まる。奇特なものを見るような視線がこちらと交わって、一度の瞬きを挟んだ後、穏やかに伏せられた。
「悪くない提案だな」
 手元のケーキを掬って手を伸ばす。私の行動が予想外だったのか、さすがの司教も驚いた顔をして硬直した。……フリーズしていたのは数秒で、おそるおそるといった様子で口を開いたのでそっと食べさせる。こんな司教の反応を見るのは初めてで、思わず笑ってしまった。
「……そんなに俺をからかいたいのなら、お前の分はないが」
「そんなつもりじゃなくて、ごめんね」
 笑いを収めて素直に謝ると、司教は私の真似をするかのように切り取ったケーキを差し出した。迷わず口にふくむ。その時、私の様子を見た彼の口元がわずかにほころんだのを見てしまった。ああ、どうしてだろう。私たちは敵同士でもおかしくない関係なのに。こんなやり取りができるのが、本当に嬉しくて――結局私は口角が持ち上がるのをやめられなかった。
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