祝福の花

 パーティーもお開きになり、オレはうさと手を繋ぎながら夜更けの道を歩いていた。

「まーもちゃん、今日は楽しかった?」
「あぁ。とっても楽しかったよ」
「よかった!」
「それより、すまなかったな……オレはこんなに祝ってもらえたのに、うさの誕生日には間に合わなくて」
「いいのよ、こうして帰って来てくれたもの」
「でも……」

 開こうとした口がうさの指で塞がれる。

「……本当に永かったね」
「えっ?」

 視線を向けると、うさは夜空に浮かぶ月を見上げながら遠い目をしていた。

「こっそり逢っていたあの頃とはもう違う……」
「うさ……」
「生まれた星(くに)も、種族も同じ」
「前世の、ことか?」
「気にしてたんだよ? 結構……」
「すまない。オレは……」
「いいの。だって今はみんなから祝福してもらえるもん」
「そうだな」
「だから幸せだよ。本当に幸せ」
「オレもだよ」
「まもちゃん……」

 流れる雲が月明かりを隠し漆黒が辺りを包んでいる間。オレたちは情熱的に唇を重ね続けた。



「さ、着いたぞ。今日はゆっくり休みな」

 うさを自宅の前まで送り届け、別れの言葉を口にする。

「ちょっとだけ待ってて?」
「ん? あぁ」

 うさは玄関のドアを開け、パタパタと階段を上がって行った。

「何だろう?」

 三分ほど待っていると、うさが再び玄関のドアを開けてこちらへ駆けてくる。

「はい!」

 差し出された両手に握られていたのは、真っ赤な薔薇の花束だった。

「くれるのか?」
「うん……いつだって薔薇が似合う貴方へ」
「ありがとう。大切にするよ」
「あとね……」
「えっ?」

 うさは上着のポケットに手を入れ、ごそごそと二枚の写真を取り出した。

「一人になったら見てね」
「あぁ。ありがとな」

 オレは裏向きにされた二つの写真を受け取って、再びお礼の言葉を伝えた。

「じゃ、風邪ひかないでね」
「また明日な」

 玄関のドアが閉じられるまで手を振り、うさと別れる。

「さて……」

 一人になったところで、オレは一枚目の写真を見ることにした。

「これは……ブッドレア?」

 なるほど。オレの誕生花を贈ってくれたのか。遠い日の約束を思い出すように。二人でセレニティの誕生日を決めたあの頃を再現するように。

「でも、二枚目は……」

 不思議に思ったオレはもう一枚の写真を見ることにした。

「これも、ブッドレア……」

 だけど色が違う。一枚目はよく見かける紫色だったが、二枚目は青だ。

「確か色によって意味が違う花もあったな」

 花には詳しいつもりだったけど流石に色までは分からなかったので、オレは帰路に着き自宅のパソコンで意味を調べることにした。



「ふっ……粋なことするんだな」

 コーヒーを片手にパソコンの画面を見ながら感心する。と同時にうさへの愛おしさが溢れてくる。

 ブッドレアの花言葉
 紫=恋の予感
 青=新たな始まり

 まるで前世からの恋路も生まれ変われた。そんな表現に思えた。

「うさ……」

 恋の予感から幸せを感じて。

 悲劇を乗り越え物語は新たに始まり、愛の絆を育む。

「オレたちにピッタリの花言葉だな」

 約束通りに生まれてきてくれて、ありがとう。

 オレも幸せだよ。

「ハッピーバースデー、エンディミオン。そして地場衛」

 前世と誕生日が同じだったことに意味があるかは分からない。

 だけどあの日交わした小さな約束がもし叶ったのなら。

 それは。

「祝福、なんだ……」

 頬に一筋の涙が流れる。

 背徳感が怖かった。

 彼女を護れない日が来るんじゃないかと不安で仕方なかった。

 それが浄化されたように。

 赦してもらえたように思えた。

「今度こそ、ずっと一緒だよ」

 オレは窓辺に向かい漆黒の夜空に輝く月を見上げながら、すっかり冷たくなったコーヒーを口に含んだ。



 END
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