閃光とさざ波
「海に行かないか?」
はるかから告げられた突然の誘いに戸惑っている私をニコニコと見つめるせつなとほたる。ひどい暑さを抜けて帰ってきた矢先の玄関。ハンカチで汗を拭いながらドアを開けてすぐの出来事だったので、きっとキョトンとした表情を浮かべていただろう。そんな私の返事をはるかは待っているようだった。
「もちろんいいけれど、二人で?」
「あぁ。いいだろ?」
「最近は四人で出かけることが多かったし、デートでもしてきたらってほたると一緒に提案したの」
それまで黙っていたせつなが事情を説明してくれる。隣で笑顔を崩さないほたるもうんうんと頷きながら私を見ていた。
「そうだったのね。ありがとう、嬉しいわ」
「よし。じゃあ車で待っててくれ」
「今から行くの?」
「そうだよ。善は急げって言うだろ?」
私が玄関のドアノブに手をかけて外へ出ようとすると、はるかはせつなたちと何かを話しているようだった。
もしかして、サプライズでもしてくれるのかしら。そんな淡い期待を胸に秘めつつ、はるかの愛車へ歩を進めた。
助手席で暫く待っていると、はるかが紙袋を持って駆けてくる様子が見えた。
「それは?」
「今はまだナイショさ」
「変わらないわね。そういうところ」
イタズラっぽい笑みを浮かべながらエンジンをかけるはるか。車体が小刻みに揺れた後、スポーツカーは私たちを乗せて海へ走り出した。
「綺麗ね……」
海岸沿いの道をドライブしながら零れた言葉。窓を開けると潮の香りが車内へ入ってくる。
「君よりも?」
常套句だけど嬉しい言葉。素直に受け入れるのもいいけれど、ここは普段から思っているセリフで返そう。
「人が醸し出す美しさと、自然が彩る美しさは違うのよ?」
「"ただの人"ならそうだろうけど、君はこの広大な海をも魅了する海王星のお姫様だろ?」
「ふふっ、そんなに上品な存在じゃないわ」
「まぁいいさ。日が暮れればイヤでも君の輝く姿が見れるからね」
バックミラー越しに紙袋を見るはるか。もうとっくに私が察していることにも気付いているだろう。けれど隠す様子もなく上機嫌で運転を続けている。
「楽しみにしているわ」
「それはこっちのセリフさ」
冗談を言い合いながら駐車場へ向かう。車を停めた私たちは外へ出て海辺へ向かった。
「気持ちいい」
寄せる波を指で掬い、零れていく海水。その美しい蒼は私が理想とする色。
「ほらっ」
「きゃっ?」
はるかが私に向けて海水を飛ばす。何だか子どもの頃に戻ったみたいで、とても楽しい気分になる。
「なら私も……えいっ」
「ははっ!」
しばらく海水を掛け合っていると、空がオレンジ色に染まっていくのがわかった。もうこんな時間。八月の下旬ということもあるけれど、楽しい時間は過ぎるのが早いわね。
「さて……ここからが本番だよ。お姫様?」
「どんなことをしてくれるのかしら」
はるかは砂浜に置いてあった紙袋に手を入れ、得意げにソレを取り出した。
「花火?」
「あぁ。みちるはどれがいい?」
意外だったのは花火が出てきたということではなく、その大きさだった。はるかが持っているのは線香花火。打ち上げ花火みたいなものを好む普段のはるかからは想像できないくらい可愛らしいものだった。
「じゃあ、これを」
「よし、火を付けるぞ」
手に取った線香花火の先端を地面へ向けると、はるかが火を付けてくれた。パチパチと鳴りながら儚げに零れる火花。たまにはこういう感じも悪くないけれど。
「どうして線香花火なの?」
「えっ? ほたるとせつなが勧めてくれたからだけど」
さも当然のように答えるはるかに感じ続けていた印象。それは。
「可愛くなったのね」
「僕が?」
「えぇ。以前ならロケット花火を選んでいたもの」
私の指摘に苦笑するはるか。本人は否定するけれど、これは四人一緒に暮らす中で確実に起こった変化。
「柔らかくて、素敵な笑顔よ」
「参ったな。花火で輝く君を褒めようと思ってたのに」
「花火が無くたって、いつもはるかは私を見てくれているわ」
「よくお見通しで」
二人で談笑しながら線香花火が落ちるのを待つ。その時間は一瞬で、儚くて脆いものだけれど。
「ずっと続きますように」
「いつまでも続くさ。僕ら四人の物語は」
「そうね……あっ」
最後の光が消滅する。それは永遠にも思える至福の時間が終わってしまったということ。
「はるか。もう一本……」
視線を向けたと同時に重なる唇。夜の逢瀬をさざ波が演出する。そんなキスに身を預けていると。
「やっぱり君は演出なんかしなくても、輝いてるよ」
「あなたもね」
いつもの笑顔で言うはるかに、私も満面の笑みで返した。
「もう朝になっちまったな」
「太陽が眩しいわね」
車をガレージに停めた頃にはすっかり陽も上り、透き通った青空が広がっていた。
「おかえりなさい」
「せつな。今日はありがとう」
「いえいえ、楽しめた?」
「えぇ。とっても」
「それはよかった」
自分とほたるの提案が吉報に繋がったことを知ったせつなは、玄関のドアを開けて私たちを迎え入れてくれた。
「うちの小さなプリンセスはまだお眠かな?」
「もうとっくに起きて、器にサラダを盛り付けてるわ」
「じゃあ朝ごはんにしましょうか」
「あぁ」
三人でダイニングへ向かうと、愛娘の「おかえりなさい!」という声と笑顔が家中に響き渡った。その様子を見たはるかが「うちの娘は打ち上げ花火だな」なんて零しているのを見てクスリと口元が綻んだ。
END
はるかから告げられた突然の誘いに戸惑っている私をニコニコと見つめるせつなとほたる。ひどい暑さを抜けて帰ってきた矢先の玄関。ハンカチで汗を拭いながらドアを開けてすぐの出来事だったので、きっとキョトンとした表情を浮かべていただろう。そんな私の返事をはるかは待っているようだった。
「もちろんいいけれど、二人で?」
「あぁ。いいだろ?」
「最近は四人で出かけることが多かったし、デートでもしてきたらってほたると一緒に提案したの」
それまで黙っていたせつなが事情を説明してくれる。隣で笑顔を崩さないほたるもうんうんと頷きながら私を見ていた。
「そうだったのね。ありがとう、嬉しいわ」
「よし。じゃあ車で待っててくれ」
「今から行くの?」
「そうだよ。善は急げって言うだろ?」
私が玄関のドアノブに手をかけて外へ出ようとすると、はるかはせつなたちと何かを話しているようだった。
もしかして、サプライズでもしてくれるのかしら。そんな淡い期待を胸に秘めつつ、はるかの愛車へ歩を進めた。
助手席で暫く待っていると、はるかが紙袋を持って駆けてくる様子が見えた。
「それは?」
「今はまだナイショさ」
「変わらないわね。そういうところ」
イタズラっぽい笑みを浮かべながらエンジンをかけるはるか。車体が小刻みに揺れた後、スポーツカーは私たちを乗せて海へ走り出した。
「綺麗ね……」
海岸沿いの道をドライブしながら零れた言葉。窓を開けると潮の香りが車内へ入ってくる。
「君よりも?」
常套句だけど嬉しい言葉。素直に受け入れるのもいいけれど、ここは普段から思っているセリフで返そう。
「人が醸し出す美しさと、自然が彩る美しさは違うのよ?」
「"ただの人"ならそうだろうけど、君はこの広大な海をも魅了する海王星のお姫様だろ?」
「ふふっ、そんなに上品な存在じゃないわ」
「まぁいいさ。日が暮れればイヤでも君の輝く姿が見れるからね」
バックミラー越しに紙袋を見るはるか。もうとっくに私が察していることにも気付いているだろう。けれど隠す様子もなく上機嫌で運転を続けている。
「楽しみにしているわ」
「それはこっちのセリフさ」
冗談を言い合いながら駐車場へ向かう。車を停めた私たちは外へ出て海辺へ向かった。
「気持ちいい」
寄せる波を指で掬い、零れていく海水。その美しい蒼は私が理想とする色。
「ほらっ」
「きゃっ?」
はるかが私に向けて海水を飛ばす。何だか子どもの頃に戻ったみたいで、とても楽しい気分になる。
「なら私も……えいっ」
「ははっ!」
しばらく海水を掛け合っていると、空がオレンジ色に染まっていくのがわかった。もうこんな時間。八月の下旬ということもあるけれど、楽しい時間は過ぎるのが早いわね。
「さて……ここからが本番だよ。お姫様?」
「どんなことをしてくれるのかしら」
はるかは砂浜に置いてあった紙袋に手を入れ、得意げにソレを取り出した。
「花火?」
「あぁ。みちるはどれがいい?」
意外だったのは花火が出てきたということではなく、その大きさだった。はるかが持っているのは線香花火。打ち上げ花火みたいなものを好む普段のはるかからは想像できないくらい可愛らしいものだった。
「じゃあ、これを」
「よし、火を付けるぞ」
手に取った線香花火の先端を地面へ向けると、はるかが火を付けてくれた。パチパチと鳴りながら儚げに零れる火花。たまにはこういう感じも悪くないけれど。
「どうして線香花火なの?」
「えっ? ほたるとせつなが勧めてくれたからだけど」
さも当然のように答えるはるかに感じ続けていた印象。それは。
「可愛くなったのね」
「僕が?」
「えぇ。以前ならロケット花火を選んでいたもの」
私の指摘に苦笑するはるか。本人は否定するけれど、これは四人一緒に暮らす中で確実に起こった変化。
「柔らかくて、素敵な笑顔よ」
「参ったな。花火で輝く君を褒めようと思ってたのに」
「花火が無くたって、いつもはるかは私を見てくれているわ」
「よくお見通しで」
二人で談笑しながら線香花火が落ちるのを待つ。その時間は一瞬で、儚くて脆いものだけれど。
「ずっと続きますように」
「いつまでも続くさ。僕ら四人の物語は」
「そうね……あっ」
最後の光が消滅する。それは永遠にも思える至福の時間が終わってしまったということ。
「はるか。もう一本……」
視線を向けたと同時に重なる唇。夜の逢瀬をさざ波が演出する。そんなキスに身を預けていると。
「やっぱり君は演出なんかしなくても、輝いてるよ」
「あなたもね」
いつもの笑顔で言うはるかに、私も満面の笑みで返した。
「もう朝になっちまったな」
「太陽が眩しいわね」
車をガレージに停めた頃にはすっかり陽も上り、透き通った青空が広がっていた。
「おかえりなさい」
「せつな。今日はありがとう」
「いえいえ、楽しめた?」
「えぇ。とっても」
「それはよかった」
自分とほたるの提案が吉報に繋がったことを知ったせつなは、玄関のドアを開けて私たちを迎え入れてくれた。
「うちの小さなプリンセスはまだお眠かな?」
「もうとっくに起きて、器にサラダを盛り付けてるわ」
「じゃあ朝ごはんにしましょうか」
「あぁ」
三人でダイニングへ向かうと、愛娘の「おかえりなさい!」という声と笑顔が家中に響き渡った。その様子を見たはるかが「うちの娘は打ち上げ花火だな」なんて零しているのを見てクスリと口元が綻んだ。
END
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