愛の女神と小さなキューピッド
「クンツァイト! こっちこっち」
「早くしないと置いてっちゃうよー」
一体なぜこんなことになってしまったのだろう。マスターから我々四人が蘇ったことを皆に伝えてもらい、新たな生を歩んだはずだったのだが。
「もう、レディもエスコートできないようじゃ四天王のリーダー失格よ?」
「そうそう。今日はたくさん遊んでもらうんだから」
オレの目の前には小さなお姫様が二人いる。一人はマスターのご息女、そしてもう一人はその親友。
「ねね、ほたるちゃんは何食べたい?」
「ちびうさちゃんが好きなものでいいよー」
どうやら金を払うオレの意見は訊いてくれないようだ。元はと言えばプリンセスがマスターとデートをするから、その間だけスモールレディを預かってほしいということだった。しかしそこに以前から遊ぶ約束をしていたほたるも加わり、現在商店街で二人の子守中という訳だ。
「ちょっと待ってくれ。マスターからある程度の金を預かっているとはいえ、お前たちを甘やかす気はないぞ?」
「クンツァイトって堅物だよね」
「うん。子ども慣れというか、女性慣れもしてない感じ」
聞こえているぞ。子どものヒソヒソ話は結構傷つくから小さな声でしてもらいたい。オレは観念して溜息を吐くと、両手を上げて降参のポーズを取った。
「わかったよ。今日は好きなものを食べていいし、雑貨程度なら買ってやる」
「ホント!?」
「わーい、流石リーダー!」
全く調子のよい。ここら辺はマスターというよりプリンセスに似たのだろうか。
「じゃあ、まずはゲーセンに行こう!」
「ゲーセン?」
「とっても楽しい所だよ」
転生してからこの地球も随分変わったものだと思っていたが、子どもたちが伸び伸びと遊べる場所が街中に在るという事実を見て少し安心もしていた。この平和な世界はマスターが望んだ地球なのだから。
「ほら、ココだよ」
「何だ、司令室じゃないか」
「地下はね。でも地上はゲームセンターなの」
「ほぉ」
「あれ、アンタたち何やってんの?」
素っ頓狂な声に振り向くと、そこにはヴィーナス……いや、現世では愛野美奈子だったな。前世で互いを想い合っていた彼女が立っていた。
「オレたちは遊びに来ただけだ。お前こそ、こんな所で何をしているんだ?」
「あたしはゲーセンが主戦場だもの。暇さえあれば通ってるわよ」
「そ、そうなのか」
何だか以前のヴィーナスとはだいぶ雰囲気が違うな。気丈さと明るさは共通しているが、遊びを心底楽しんでいるカジュアルさが目立つ。
「今日はね、クンツァイトと遊んでるの」
「へぇー。アイツまだ現代に慣れてないから、しっかり面倒見てやってね」
「おい、面倒を見ているのはオレの方だぞ」
「ったく……ならお姫様たちを紳士的に導いてあげなさいよ」
美奈子はスモールレディとほたるの頭をワシャワシャと撫でながら、やれやれと言った顔でオレを見つめていた。
「だからこうして連れてきているじゃないか」
「表情が堅いのよ。子どもと一緒の時はもっと楽しそうにしないと」
「た、楽しそうと言われてもだな」
「ほら、二人とも行っちゃったわよ?」
美奈子が指差す方を見ると、二人のお姫様はドアを抜けて機械の前でスタンバイをしていた。
「お財布係はクンツァイトなんでしょ? なら行きましょ!」
「お、おい!?」
美奈子はオレの手を強引に引っ張ると、店内へ連れ込む形で二人に合流した。
「まずはクレーンゲームやりたいな」
「何だコレは?」
「キャッチャーを操作してぬいぐるみなんかを取るのよ」
「なるほど。ボタンでクレーンを動かすのか」
まじまじと見ていると、美奈子がコインを入れて操作をし始めた。
「よっしゃ! コレ狙うか」
クレーンを器用に動かしながら犬らしきぬいぐるみのチェーンにフックを引っ掛けて、下に落とす。
「ほら。アンタにあげる」
「キャーッ。美奈子ちゃんからのプレゼントだよ!」
「羨ましいね、ちびうさちゃん」
「なっ!? なぜオレがぬいぐるみなんだ」
「だっていつも忠犬みたいにまもちゃんにくっついてるじゃない」
「うぐっ」
確かにそうだが、犬とはなんだ。犬とは。だがまぁ、こんなぬいぐるみが家にあっても悪い気はしないかもしれない。
「……ありがとう」
「あら、素直に受け取ってくれるの?」
「そこまでオレは堅物ではない」
「ふふっ、よかった」
満面の笑みを浮かべる美奈子を見て、赤面してゆくのが自分でわかる。
「見て見て、クンツァイトったら赤くなってる!」
「美奈お姉ちゃんからのプレゼントに喜んでるんだよ」
「じゃ、次はレースゲームね」
その後、色々なゲームをしたオレたちは子どもたちが疲れてきたのを察してゲーセンを出た。そして現在パーラークラウンの前にいる。
「お腹すいたねー」
「パフェ食べたいな」
「あたしも奢って?」
「なぜだ……と言いたいところだが、今日は世話になったからな。好きなものを食べてくれ」
「マジ!? ありがと!」
オレたちが席に着くと、ウェイトレスが水を持って来たので一先ず口に含む。
「あれ? 美奈子ちゃんたちじゃない。このカッコいい人は誰?」
「宇奈月ちゃん。このクンツァイトは昔の恋人よ」
「ゲホッ、ゴホッ!」
思わず飲んでいた水を吹き出す。いきなり何を言うんだ。
「おい!」
「だって間違ってないじゃない」
「それはそうだが」
「わぁ、訳アリ?」
「まぁね」
「じゃあ深くは訊かないわね。ごゆっくりー」
宇奈月と呼ばれた子がニコニコしながら去って行くのを確認したオレは改めて美奈子へ問いかけることにした。
「どういうつもりなんだ?」
「何が?」
「今さら恋人関係を持ち出すなんて」
「だって……もっかい付き合いたいんだもん」
「えっ」
「折角もう一度巡り逢えたんだからさ」
「美奈子……」
その愁いを帯びた瞳を見ると、吸い込まれそうになる。
「いけ、クンツァイト」
「ここで男を見せるのよ」
子どもたち二人から応援を受けながら息を吞む。そうだったな。オレはいつだってこの女神に惚れていたんだ。
「美奈子。オレもお前が好きだ……正式に付き合ってくれ」
「ふふっ」
「何がおかしいんだ?」
「いや、告白の言葉まで堅いのね」
「オレはこういう性格なんだ……だからその、付き合っていく中でお前の柔らかさを吸収できたらと思う」
「あたしも、貴方の真面目さを分けてもらえたら嬉しいかな」
「じゃあ……」
「えぇ。これからもよろしく!」
そう言った瞬間、唇が触れ合う。こんな時まで子どもたちの前で教育によくないと思うオレはやはり堅物なのか。
けれど。
「これから沢山想い出を作っていこう。あの頃に叶わなかった夢の続きを」
「期待してるわ、リーダーさん」
「わぁ、おめでとう!」
「二人とも素敵だったよ!」
小さなお姫様たちに祝福される。少しばかり情けないが、こんな時代があってもいいのかもしれない。
「じゃあ、改めて……」
「どうかしたのか?」
「あたしはこのウルトラスペシャルサンデーね!」
「あたしはグレートストロベリーパフェ!」
「あたしも、ブドウのメガパルフェ!」
それぞれが高そうなスイーツメニューを指差しながらオレを見つめる。どうやらこの恋人を満足させるには、本格的な職に就かなければいけないようだ。
その日の夕方。帰宅したマスターを迎え入れたオレがコーヒーを淹れていると。
「クンツァイト。どうしたんだ、コレ?」
「マスター。すみません、このぬいぐるみをチェストの上に飾ってもよいでしょうか?」
「あぁ。もちろん構わないが、珍しい趣味だな」
「新しい恋人にもらった物ですから」
「知ってる? マスター」
「何がだ?」
オレとマスターが話していると、ゾイサイトが割って入る形でマスターに耳打ちをする。
「そうか、おめでとう」
事情を聞いたと思われるマスターが、柔らかく微笑む。
「ありがとうございます」
「美奈は元気な子だけど、繊細な所もあるから気遣ってやれよ?」
「はい」
オレはチェストの上に乗せた犬のぬいぐるみを見ながら、彼女を思い出して心の安らぎを感じた。
END
「早くしないと置いてっちゃうよー」
一体なぜこんなことになってしまったのだろう。マスターから我々四人が蘇ったことを皆に伝えてもらい、新たな生を歩んだはずだったのだが。
「もう、レディもエスコートできないようじゃ四天王のリーダー失格よ?」
「そうそう。今日はたくさん遊んでもらうんだから」
オレの目の前には小さなお姫様が二人いる。一人はマスターのご息女、そしてもう一人はその親友。
「ねね、ほたるちゃんは何食べたい?」
「ちびうさちゃんが好きなものでいいよー」
どうやら金を払うオレの意見は訊いてくれないようだ。元はと言えばプリンセスがマスターとデートをするから、その間だけスモールレディを預かってほしいということだった。しかしそこに以前から遊ぶ約束をしていたほたるも加わり、現在商店街で二人の子守中という訳だ。
「ちょっと待ってくれ。マスターからある程度の金を預かっているとはいえ、お前たちを甘やかす気はないぞ?」
「クンツァイトって堅物だよね」
「うん。子ども慣れというか、女性慣れもしてない感じ」
聞こえているぞ。子どものヒソヒソ話は結構傷つくから小さな声でしてもらいたい。オレは観念して溜息を吐くと、両手を上げて降参のポーズを取った。
「わかったよ。今日は好きなものを食べていいし、雑貨程度なら買ってやる」
「ホント!?」
「わーい、流石リーダー!」
全く調子のよい。ここら辺はマスターというよりプリンセスに似たのだろうか。
「じゃあ、まずはゲーセンに行こう!」
「ゲーセン?」
「とっても楽しい所だよ」
転生してからこの地球も随分変わったものだと思っていたが、子どもたちが伸び伸びと遊べる場所が街中に在るという事実を見て少し安心もしていた。この平和な世界はマスターが望んだ地球なのだから。
「ほら、ココだよ」
「何だ、司令室じゃないか」
「地下はね。でも地上はゲームセンターなの」
「ほぉ」
「あれ、アンタたち何やってんの?」
素っ頓狂な声に振り向くと、そこにはヴィーナス……いや、現世では愛野美奈子だったな。前世で互いを想い合っていた彼女が立っていた。
「オレたちは遊びに来ただけだ。お前こそ、こんな所で何をしているんだ?」
「あたしはゲーセンが主戦場だもの。暇さえあれば通ってるわよ」
「そ、そうなのか」
何だか以前のヴィーナスとはだいぶ雰囲気が違うな。気丈さと明るさは共通しているが、遊びを心底楽しんでいるカジュアルさが目立つ。
「今日はね、クンツァイトと遊んでるの」
「へぇー。アイツまだ現代に慣れてないから、しっかり面倒見てやってね」
「おい、面倒を見ているのはオレの方だぞ」
「ったく……ならお姫様たちを紳士的に導いてあげなさいよ」
美奈子はスモールレディとほたるの頭をワシャワシャと撫でながら、やれやれと言った顔でオレを見つめていた。
「だからこうして連れてきているじゃないか」
「表情が堅いのよ。子どもと一緒の時はもっと楽しそうにしないと」
「た、楽しそうと言われてもだな」
「ほら、二人とも行っちゃったわよ?」
美奈子が指差す方を見ると、二人のお姫様はドアを抜けて機械の前でスタンバイをしていた。
「お財布係はクンツァイトなんでしょ? なら行きましょ!」
「お、おい!?」
美奈子はオレの手を強引に引っ張ると、店内へ連れ込む形で二人に合流した。
「まずはクレーンゲームやりたいな」
「何だコレは?」
「キャッチャーを操作してぬいぐるみなんかを取るのよ」
「なるほど。ボタンでクレーンを動かすのか」
まじまじと見ていると、美奈子がコインを入れて操作をし始めた。
「よっしゃ! コレ狙うか」
クレーンを器用に動かしながら犬らしきぬいぐるみのチェーンにフックを引っ掛けて、下に落とす。
「ほら。アンタにあげる」
「キャーッ。美奈子ちゃんからのプレゼントだよ!」
「羨ましいね、ちびうさちゃん」
「なっ!? なぜオレがぬいぐるみなんだ」
「だっていつも忠犬みたいにまもちゃんにくっついてるじゃない」
「うぐっ」
確かにそうだが、犬とはなんだ。犬とは。だがまぁ、こんなぬいぐるみが家にあっても悪い気はしないかもしれない。
「……ありがとう」
「あら、素直に受け取ってくれるの?」
「そこまでオレは堅物ではない」
「ふふっ、よかった」
満面の笑みを浮かべる美奈子を見て、赤面してゆくのが自分でわかる。
「見て見て、クンツァイトったら赤くなってる!」
「美奈お姉ちゃんからのプレゼントに喜んでるんだよ」
「じゃ、次はレースゲームね」
その後、色々なゲームをしたオレたちは子どもたちが疲れてきたのを察してゲーセンを出た。そして現在パーラークラウンの前にいる。
「お腹すいたねー」
「パフェ食べたいな」
「あたしも奢って?」
「なぜだ……と言いたいところだが、今日は世話になったからな。好きなものを食べてくれ」
「マジ!? ありがと!」
オレたちが席に着くと、ウェイトレスが水を持って来たので一先ず口に含む。
「あれ? 美奈子ちゃんたちじゃない。このカッコいい人は誰?」
「宇奈月ちゃん。このクンツァイトは昔の恋人よ」
「ゲホッ、ゴホッ!」
思わず飲んでいた水を吹き出す。いきなり何を言うんだ。
「おい!」
「だって間違ってないじゃない」
「それはそうだが」
「わぁ、訳アリ?」
「まぁね」
「じゃあ深くは訊かないわね。ごゆっくりー」
宇奈月と呼ばれた子がニコニコしながら去って行くのを確認したオレは改めて美奈子へ問いかけることにした。
「どういうつもりなんだ?」
「何が?」
「今さら恋人関係を持ち出すなんて」
「だって……もっかい付き合いたいんだもん」
「えっ」
「折角もう一度巡り逢えたんだからさ」
「美奈子……」
その愁いを帯びた瞳を見ると、吸い込まれそうになる。
「いけ、クンツァイト」
「ここで男を見せるのよ」
子どもたち二人から応援を受けながら息を吞む。そうだったな。オレはいつだってこの女神に惚れていたんだ。
「美奈子。オレもお前が好きだ……正式に付き合ってくれ」
「ふふっ」
「何がおかしいんだ?」
「いや、告白の言葉まで堅いのね」
「オレはこういう性格なんだ……だからその、付き合っていく中でお前の柔らかさを吸収できたらと思う」
「あたしも、貴方の真面目さを分けてもらえたら嬉しいかな」
「じゃあ……」
「えぇ。これからもよろしく!」
そう言った瞬間、唇が触れ合う。こんな時まで子どもたちの前で教育によくないと思うオレはやはり堅物なのか。
けれど。
「これから沢山想い出を作っていこう。あの頃に叶わなかった夢の続きを」
「期待してるわ、リーダーさん」
「わぁ、おめでとう!」
「二人とも素敵だったよ!」
小さなお姫様たちに祝福される。少しばかり情けないが、こんな時代があってもいいのかもしれない。
「じゃあ、改めて……」
「どうかしたのか?」
「あたしはこのウルトラスペシャルサンデーね!」
「あたしはグレートストロベリーパフェ!」
「あたしも、ブドウのメガパルフェ!」
それぞれが高そうなスイーツメニューを指差しながらオレを見つめる。どうやらこの恋人を満足させるには、本格的な職に就かなければいけないようだ。
その日の夕方。帰宅したマスターを迎え入れたオレがコーヒーを淹れていると。
「クンツァイト。どうしたんだ、コレ?」
「マスター。すみません、このぬいぐるみをチェストの上に飾ってもよいでしょうか?」
「あぁ。もちろん構わないが、珍しい趣味だな」
「新しい恋人にもらった物ですから」
「知ってる? マスター」
「何がだ?」
オレとマスターが話していると、ゾイサイトが割って入る形でマスターに耳打ちをする。
「そうか、おめでとう」
事情を聞いたと思われるマスターが、柔らかく微笑む。
「ありがとうございます」
「美奈は元気な子だけど、繊細な所もあるから気遣ってやれよ?」
「はい」
オレはチェストの上に乗せた犬のぬいぐるみを見ながら、彼女を思い出して心の安らぎを感じた。
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