ペールラベンダーは私の香り
クリスタル・パレスの中庭。その隅にある小さなベンチへ腰掛ける。ここは仕事に追われた時の隠れ場所。最もあたしがココで休んでいることはみんな黙認していて。外の空気を吸って気分転換した後はすぐ戻るようにしている。
「だけど……」
隣に貴方がいたら。
叶わない願いが喉元まで出かかる。だってまもちゃん……いえ、キングは執務で忙しいもの。最近は持ち前の賢さでどんどん難しい仕事を抱えているらしい。それに比べてあたしは。
「こんな所でサボってるんだものね」
何だかどんどん自信が無くなっていく。クイーンとしてこの地球を治めているとはいえ、まだまだみんなの力を借りなきゃ半人前。絶大な力を手にしても、勉強はできないし、夫とイチャイチャしたいと思ってしまう。
「はぁ」
「なに溜息なんて吐いてるの?」
「スモールレディ。いつから居たの?」
いつの間にベンチの傍まで来たのだろう。あたしが娘の顔を覗くように質問をすると、スモールレディは苦笑いを浮かべながら指で頬をかいていた。
「それはママが思いつめた顔して座ってるから、気付かなかっただけよ」
「あたし、そんなに真剣な表情だった?」
「うん。折角の休憩タイムなのにね」
「そっか……」
いけないいけない。娘にまで気を遣わせてしまうなんて。あたしはクイーンなんだから、もっとしっかりしなきゃ。
「そんなに肩ひじ張ることないと思うよ? ママは一生懸命やってるもん」
「そうかな?」
「じゃなきゃココで休憩なんて誰も認めてくれないよ」
「あたし、少しはキングの役に立ってるかなぁ」
「全く……」
スモールレディが腕組みをしながら大きく息を吐く。あたし何かヘンなこと言ったかな?
「パパが居ないところでも惚気るなんて……」
「の、惚気てなんかないわよ」
「キングの役に……じゃないでしょ?」
「あっ」
そうだ。あたしは統治者としてこの地球を、国民を護るんだった。なのにまだ、まもちゃんの役に立ちたいだなんて私情に駆られて。
「まーだ分かってないよね?」
「えっ?」
「一人で背負わなくていいの。パパもいるし、あたしもいる」
「スモールレディ……」
「あともう一個、大事なこと」
「大事なこと?」
スモールレディはあたしの目の前まで来ると、少し屈むように目線を合わせてニッコリと微笑んだ。
「パパはパパ。ママはママだよ」
「あたしは、あたし……」
「うん。ママはママのやり方で頑張ればいいのよ」
「スモールレディ。ありがとう」
「どういたしまして」
ドレスの裾を持って丁寧なお辞儀をすると、踵を返すスモールレディ。
「もう行っちゃうの?」
「あたしも勉強しなくちゃ」
「倒れないように、しっかり休むのよ?」
「はーい」
今も休憩しているあたしが言えた義理じゃないけれど、あの子は頑張りすぎるところがあるから少し心配になる。
「でも……頼もしくなったわね」
見事に母のアフターケアを済ませた愛娘に感謝の気持ちが溢れる。甘えん坊だった頃からは想像もつかないくらい成長して。きっと過去の世界で大事なことをたくさん学んできたのね。
「さて、あたしもそろそろ……」
ベンチから立ち上がり、両手を上げて伸びをする。いつからか空はオレンジ色に染まっていた。
「もうこんな時間」
執務に戻らなきゃ。そう思った時、後ろから温かい風が全身を包み込んだ。
このぬくもりは。
「こんな時間までお休みかい?」
優しい声色。淡いラベンダーの香り。分かっているのに振り向いてしまう。
「どうして?」
「貴女が困っているなら、どこへでも参りますよ」
そう言って手を差し伸べるまもちゃん。どうしていつも絶妙なタイミングで傍に来てくれるのだろう。ひょっとして陰から覗いてた? なんてイジワルな質問が頭をよぎる。
「なんてな……実はスモールレディから、うさが落ち込んでると聞いたんだ」
「そうだったんだ」
まさかまもちゃんにまでケアを頼んでおくなんて、本当によく気が付く娘だなぁと感心していると。
「うさ」
ラベンダー色のマントを翻して、あたしの視界から夕陽を隠す。
「スポットライトなんていらない。今から君はオレ色に染まるのだから」
「まもちゃ……」
呼び終える前にふわりと抱き寄せられる。そして耳元で囁く言葉。
「必死だよ、オレも……」
「えっ?」
「君に追いつこうと、役に立とうと背伸びしてるんだ」
「そんなこと……」
「でもさっき娘に言われて気付いたよ。オレはオレに出来ることをやればいいんだって」
まもちゃんも言われたんだ。そしてあたしと同じ悩みを持っていた。
「似た者同士だね。あたしたち」
「背負いすぎるところもな」
「これからは、自分のペースでお仕事するよ」
「あぁ。オレも疲れたらココへ来ることにする」
「偶然、会えるといいね」
「会えるさ。だってオレたちは……」
運命で結ばれているから。
唇を塞がれて、その言葉は出なかったけれど。
口元から伝わるラベンダーの香りが、あたしたちを包んでくれていた。
END
「だけど……」
隣に貴方がいたら。
叶わない願いが喉元まで出かかる。だってまもちゃん……いえ、キングは執務で忙しいもの。最近は持ち前の賢さでどんどん難しい仕事を抱えているらしい。それに比べてあたしは。
「こんな所でサボってるんだものね」
何だかどんどん自信が無くなっていく。クイーンとしてこの地球を治めているとはいえ、まだまだみんなの力を借りなきゃ半人前。絶大な力を手にしても、勉強はできないし、夫とイチャイチャしたいと思ってしまう。
「はぁ」
「なに溜息なんて吐いてるの?」
「スモールレディ。いつから居たの?」
いつの間にベンチの傍まで来たのだろう。あたしが娘の顔を覗くように質問をすると、スモールレディは苦笑いを浮かべながら指で頬をかいていた。
「それはママが思いつめた顔して座ってるから、気付かなかっただけよ」
「あたし、そんなに真剣な表情だった?」
「うん。折角の休憩タイムなのにね」
「そっか……」
いけないいけない。娘にまで気を遣わせてしまうなんて。あたしはクイーンなんだから、もっとしっかりしなきゃ。
「そんなに肩ひじ張ることないと思うよ? ママは一生懸命やってるもん」
「そうかな?」
「じゃなきゃココで休憩なんて誰も認めてくれないよ」
「あたし、少しはキングの役に立ってるかなぁ」
「全く……」
スモールレディが腕組みをしながら大きく息を吐く。あたし何かヘンなこと言ったかな?
「パパが居ないところでも惚気るなんて……」
「の、惚気てなんかないわよ」
「キングの役に……じゃないでしょ?」
「あっ」
そうだ。あたしは統治者としてこの地球を、国民を護るんだった。なのにまだ、まもちゃんの役に立ちたいだなんて私情に駆られて。
「まーだ分かってないよね?」
「えっ?」
「一人で背負わなくていいの。パパもいるし、あたしもいる」
「スモールレディ……」
「あともう一個、大事なこと」
「大事なこと?」
スモールレディはあたしの目の前まで来ると、少し屈むように目線を合わせてニッコリと微笑んだ。
「パパはパパ。ママはママだよ」
「あたしは、あたし……」
「うん。ママはママのやり方で頑張ればいいのよ」
「スモールレディ。ありがとう」
「どういたしまして」
ドレスの裾を持って丁寧なお辞儀をすると、踵を返すスモールレディ。
「もう行っちゃうの?」
「あたしも勉強しなくちゃ」
「倒れないように、しっかり休むのよ?」
「はーい」
今も休憩しているあたしが言えた義理じゃないけれど、あの子は頑張りすぎるところがあるから少し心配になる。
「でも……頼もしくなったわね」
見事に母のアフターケアを済ませた愛娘に感謝の気持ちが溢れる。甘えん坊だった頃からは想像もつかないくらい成長して。きっと過去の世界で大事なことをたくさん学んできたのね。
「さて、あたしもそろそろ……」
ベンチから立ち上がり、両手を上げて伸びをする。いつからか空はオレンジ色に染まっていた。
「もうこんな時間」
執務に戻らなきゃ。そう思った時、後ろから温かい風が全身を包み込んだ。
このぬくもりは。
「こんな時間までお休みかい?」
優しい声色。淡いラベンダーの香り。分かっているのに振り向いてしまう。
「どうして?」
「貴女が困っているなら、どこへでも参りますよ」
そう言って手を差し伸べるまもちゃん。どうしていつも絶妙なタイミングで傍に来てくれるのだろう。ひょっとして陰から覗いてた? なんてイジワルな質問が頭をよぎる。
「なんてな……実はスモールレディから、うさが落ち込んでると聞いたんだ」
「そうだったんだ」
まさかまもちゃんにまでケアを頼んでおくなんて、本当によく気が付く娘だなぁと感心していると。
「うさ」
ラベンダー色のマントを翻して、あたしの視界から夕陽を隠す。
「スポットライトなんていらない。今から君はオレ色に染まるのだから」
「まもちゃ……」
呼び終える前にふわりと抱き寄せられる。そして耳元で囁く言葉。
「必死だよ、オレも……」
「えっ?」
「君に追いつこうと、役に立とうと背伸びしてるんだ」
「そんなこと……」
「でもさっき娘に言われて気付いたよ。オレはオレに出来ることをやればいいんだって」
まもちゃんも言われたんだ。そしてあたしと同じ悩みを持っていた。
「似た者同士だね。あたしたち」
「背負いすぎるところもな」
「これからは、自分のペースでお仕事するよ」
「あぁ。オレも疲れたらココへ来ることにする」
「偶然、会えるといいね」
「会えるさ。だってオレたちは……」
運命で結ばれているから。
唇を塞がれて、その言葉は出なかったけれど。
口元から伝わるラベンダーの香りが、あたしたちを包んでくれていた。
END
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