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あの唄を覚えてる

「不思議な力かあ……じゃあ、おばあちゃん、この絵はどんな力があるの?」

 うさは金色の額縁に収められた絵画を指差した。場所は何処か分からないが、絵画には森の中にある池と古い洋館のようなものが描かれていた。

「これは見ている人の気持ちを映す鏡の風景画。お嬢さんにはどう見えますか?」

 老婆はうさにニコニコしながら、質問した。

「青々とした森とそれを映す鏡みたいな池が見えるわ。綺麗な絵……」

「そう見えるのか、うさ? オレには、紅葉が見える。それに、池には何も映っていない」

 うさと見ている絵は同じはずなのに、オレの目には全く違う景色が見えていた。まさか老婆の言うとおり、本当にこの店の商品は全て不思議な力を宿しているのだろうか。

「お嬢さんは未来を大事にしている。彼氏さんは過去を大事にしているのね」

 オレは老婆が発した言葉にドキッとさせられた。確かに、この街に来てからセレニティの事を何度も考えていたのは事実だ。この絵画、いや、この老婆はオレの意識を見透かしているということなのだろうか。うさの言うとおり綺麗な風景画に違いないが、どことなく不気味さを感じざるを得なかった。

「へぇ! 面白い! じゃあ、このドールハウスは?」

 うさは喜々として2階建てのドールハウスを指差した。古びた洋風のミニチュアの家で、見たところ変わったものは無かった。

「覗いた人の未来の家族が見えますよ。ほら、この窓から家の中を覗いてみて」

 老婆は2階の部屋にある小窓を指差した。
 未来の家族の姿は、普通の人なら未確定なものだ。しかし、ちびうさを通じて、オレたちは「約束された未来」を知っている。だから、オレたちとちびうさが窓の中から見えれば、老婆の言うことは嘘ではないと分かるはずだ。
 うさは老婆に言われるがまま屈んで、窓から家の中を覗いた。

「あ、まもちゃんとちびうさとあたしが見えるよ、ほら!」

 うさは興奮気味にオレのシャツの袖を掴んで、オレにも小窓を覗くよう促した。オレはドールハウスの中を覗いて、目を疑った。オレの目に見えたのは、キング・エンディミオン、ネオ・クイーン・セレニティ、ちびうさの3人が食卓を囲って団欒する様子──「約束された未来」の姿だった。

「確かに、オレも見えた。これは何かの手品か?」

「ふふふ、タネや仕掛けはありません。『不思議な力』が宿っているのですよ」

 目を丸くしたオレたちに、老婆はニヤッと笑った。ここまでくると、疑う余地はなかった。この店の商品には本当に不思議な力が宿っているらしい。

「ねぇねぇ、おばあちゃん、この箱は? お店に入った時から気になっていたの」

 うさは、薔薇の花の彫刻が施された木製の箱を掌に載せた。

「あらあら、お嬢さん、お目が高いわね。これは、開ける人によってメロディが変わるオルゴールですよ」

「メロディが変わるオルゴール?」

「これは忘れかけていた唄が流れるオルゴールなの。小さい頃に聞いていた子守唄とか、友人と学校で唄っていた曲とかね、思い出の中に消えかかった唄を思い出させてくれるのよ」

「へぇ、おばあちゃんも開けたことはあるの?」

 うさが問うと、老婆は首を縦に振って、寂しそうな笑顔を見せた。

「ええ、前にね。私の場合、昔主人がプレゼントしてくれた唄が流れたの。主人はギターが趣味でね、私のために唄ってくれたのよ」

「うわあ、素敵ね! ……ねぇねぇ、まもちゃん?」

 うさがオレの腕をつんつんと突いた。オレがうさの方へ首を向けると、うさは物欲しそうに目を輝かせていた。

「えっ、もしかして?」

「このオルゴールが欲しいのっ!!」

「やっぱり……」

 予想通りのうさの反応に頭を抱えたくなった。老婆やうさには悪いが、旅行が始まったばかりで、ここで散財するのは避けたいと思うのが本音だった。

「フフフ、未来のダンナ様からのプレゼントだなんて素敵な話じゃない。彼氏さん、おまけするから、お嬢さんに購入されてはいかがですか?」

 うさの横で、老婆は目を細めてオレを見ていた。オレに「買わない」と言う選択肢は無いと言わんばかりに。

「はぁ……、いくらですか?」

「通常はこの値段だけど、これだけ負けてあげる」

 ろうはうさに見えないようにオルゴールの底に貼られた値札をオレに見せた後、しわの刻まれた左手の指を5本広げて見せた。値札の価格から5割引。興味本位で手を出せる値段だった。オレはうさに見えないように、長財布からお金を出して老婆へ差し出した。

「お買い上げありがとうございます。今、手提げの袋を用意するからね」

「わーい! まもちゃん、ありがとう! ねぇねぇ、早速開けていい?」

 うさはオルゴールの蓋を開けたくてうずうずしている様子だった。

「うさ、後で開けないか?」

 確かに、オレもどんな曲が流れるのか、気になってはいた。でも、旅行は始まったばかりだ。すぐに開けるのは、面白くない。海でも見ながら、オルゴールの音色に耳を傾ける方がいいムードになるに違いないと思っていた。 

「彼氏さんの言うとおりにした方がいいんじゃないかしら。私みたいな婆が二人の思い出の邪魔になってはいけないからね。二人きりになったときにお開けになって」

「うーん、気になるけど、分かったわ」

 老婆に説得されて、渋々うさはオルゴールを開けるのを断念した。老婆は手慣れた手つきでオルゴールを包装紙で包み、店の名前が書かれた茶色の紙袋に入れると、うさへ手渡した。

「はい、どうぞ」

「おばあちゃん、ありがとう」

 うさは屈んで老婆と目線を合わせて、紙袋を受け取ってニコリと笑った。

「お二人とも、ありがとうございました。旅行楽しんでね」

 オレたちが潮彩堂を後にすると、ニコッと目を細めながら老婆はオレたちへ手を振った。オレは老婆へ一礼し、うさは老婆が見えなくなるまで手を振った。
 うさが手を振るのを止めるとすぐに、うさのお腹の音が響いた。オレがポケットから懐中時計を取り出して、時刻を確認すると既に昼を過ぎていた。赤面した腹ペコなお姫様の機嫌を損ねぬよう、オレたちは観光ガイドでおススメと書かれたレストランへ向かうことにした。
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