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あの唄を覚えてる

 浜辺を歩いた後、オレはうさにこの街の色々な店へ行こうと提案して、散策することにした。ホテルのフロントでもらった観光ガイドを手にして、うさとオレは気になる店を回っていた。観光ガイドに添付された地図は良く出来ていて、街の名所やグルメの情報といった観光スポットだけではなく、コンビニやスーパー、個人経営の商店等の名称と位置まで事細かに書かれていた。

「ねえ、まもちゃん。あのお店、気にならない?」

 メイン通りをしばらく歩いていると、うさは古びた小さな商店を指差した。店の入口の上に取り付けられたセピアカラーの看板には、「骨董品・美術品 潮彩堂」と書かれていた。ショーウィンドウから年季の入った壁掛け時計や絵画が見える。店の奥の棚には、いかにも高級そうな陶器の香炉や皿が並んでいた。
 その店は趣深く、雰囲気も落ち着いていたので、レトロ好きな観光客のウケが良さそうだった。しかし、不思議なことに、観光ガイドや地図にはその店の情報や店名は何も書かれていなかった。

「ねえ、入ってみようよ!」

「あ、ああ」

 オレはうさに手を引かれて、恐る恐るその店のドアの取っ手を握った。ドアを開けると、ドアベルの高い音が店内に響き渡り、ふわりとお香のような匂いがオレたちを包んだ。そして、オレたちの視界に入ったのは、所狭しに置かれた骨董品と美術品の数々と腰を曲げた老婆だった。

「いらっしゃいませ」

 店員の老婆が温かくオレたちを迎えた。老婆は濃紺のワンピースに白いカーディガンを羽織って、ダークブラウンの木製の杖で自分の身体を支えていた。店の雰囲気のせいか、その姿はさながら西洋の魔女のように見えた。

「こんにちはー、素敵なお店だと思って入っちゃいました、えへへ」

 うさは屈んで老婆へ目線を合わせると、笑顔で挨拶した。老婆はうさに続いて、くしゃっとした笑みを見せた。

「ありがとうございます。主人もきっと喜ぶわ」

 老婆はうさへ感謝の言葉を発した。老婆は主人と言っていたが、老婆の夫の姿はなく、この店の中にはいないようだった。

「それにしても、ずいぶん若いお客さんね。新婚旅行でいらしたの?」

「いえいえ、新婚旅行じゃなくて、彼氏と旅行なんですー」

「まぁ、勘違いして、ごめんなさい。昔はこの街へ新婚旅行に来る方が多かったのよ。でも、可愛いお嬢さんにぴったりな、背が高くてハンサムな彼氏さんとデートなんて羨ましいわね」

「それほどでもありますけど! えへへ!!」

 老婆のお世辞を素直に受け取って、うさは機嫌を良くした。

「すみません。オレたちのような若造が入るなんて、場違いではありませんか?」

 入店前から分かっていたことだったが、店内には学生の立場では手が届かないような、高級感漂う商品ばかり並んでいた。老婆はニコニコ笑っていたが、もしかしたら、若造が冷やかしに来た、と思っているかもしれない。

「いいえ、そんなことはありませんよ。どんなお客様も大歓迎ですよ」

 老婆は目を細めて、再びくしゃっと笑顔を見せた。

「そうですか。でも、これだけ雰囲気が良いお店なのに、観光マップに何も情報が載ってないのは不思議ですね」

 オレは入店前に思った疑問を老婆へぶつけた。老婆はニコニコ微笑んだまま、オレの疑問に答える。

「ええ、小さいお店ですからね。あまり人が来られては、お客様がゆっくり買い物できないからって、主人の遺言に従って観光ガイドや地図の掲載はお断りしているのです」

 老婆はカウンターの上に置かれた木製の写真立てに視線を移した。その写真にはさっき店の外で見た「潮彩堂」の看板の下で、二人の男女が寄り添う姿があった。女性はおそらく今より若い頃の老婆、そして男性は白髪で丸眼鏡をかけていた。

「素敵な旦那さんだね。でも、おばあちゃん、一人でずっとここにいるの? 寂しくない?」

 うさが写真を見て、老婆に尋ねた。

「このお店には、主人が世界中を飛び回って仕入れた商品があるから寂しくないわ。どの商品も主人のこだわりがあっておすすめなのよ。是非ゆっくりご覧になってね」

「ねえ、おばあちゃん、どんなこだわりがあるの?」

「当店の商品は少し不思議な力を宿していますの」

 老婆の言葉が冗談なのかどうか、オレはすぐに分からなかった。胡散臭いような気もしたが、老婆が魔女のように見えたせいか、妙な真実味があった。
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