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あの唄を覚えてる

 あのお店は一体何だったのか、何故消えてしまったのか。謎が残ったまま、オレたちはホテルの部屋に戻ることになった。ホテルまでの道のりはあまり覚えていない。覚えていたのは、うさは混乱しながら、「おばあちゃん、どこへ行っちゃったの?」と老婆を心配する言葉を口にしていたことぐらいだった。
 ホテルの部屋に到着すると、オレはケトルでお湯を沸かすことにした。うさほどではないものの、混乱状態にあるのはオレも同じだったので、コーヒーでも飲んで落ち着こうと考えていた。
 そして、オレが冷蔵庫の上の棚からドリップコーヒーを手にした時だった。

「オルゴールが無い! おばあちゃんからもらった袋も無いわ!」

 うさは突然大きな声を部屋に響かせた。

「鞄の中にしまったんじゃないのか?」

「ううん。ここを出るときには確かにあったの!」

 うさはソファーの近くのテーブルを指差した。言われてみれば、外に出る前にここにオルゴールがあった気がする。もしかして、店とともにこのオルゴールも、「不思議な力」とやらで消えてしまったのだろうか?

「えー! 海に住んでる妖怪や幽霊のせいだったら、どうしよー! あたし怖い!!」

 オルゴールが消失したことで、うさはますます混乱状態に陥っていた。

「落ち着け! 仮にそうだったとしても、あの店のおばあさんは悪い人には見えなかっただろ?」

 オレはうさの両肩を掴んで、うさと目を合わせた。例え、老婆がお化けだったとしても、わざわざあんな風にくしゃっとした笑顔をするだろうか。オレたちにあのオルゴールを売るような真似をするだろうか。少なくとも悪霊などの類ではない。自分自身にも言い聞かせるように、うさへ訴えた。

「そ、そうだね……とりあえず、悪い幽霊ではないよね」

「チェックアウトまで時間があるから、一度コーヒーでも飲んで落ち着こう」

 オレは二人分のコーヒーを淹れた後、ソファーに座るうさの元へ運んだ。オレがマグカップを手渡そうと声をかけるまで、うさはぼんやりと海の方を見ていた。

「結局、なんだったんだろう、あのお店。本当に、あのお店も、おばあちゃんも存在したのかな?」

 コーヒーの入ったマグカップに口をつけた後、ポツリとうさは疑問を口にした。

「さあ、どうだろうな」

 オレとうさの間に、静寂な時が流れていた。聞こえるのは、波と風の音だけだった。その音を聞きながら、オレは濃い目のブラックコーヒーを一口飲んだ。

「さざなみの中で 聞こえる 星々の鼓動」

 少し震えてかすれた声で、あの唄の歌詞が聞こえる。うさは目を閉じて、あの唄の始まりを口ずさんだ。

「うさ?」

「昨日のことを思い出したら、唄いたくなっちゃったの……」

 うさは泣き声を殺して、静かに涙を流した。あのオルゴールが甦らせた、前世の在りし日の記憶。あの唄を甦らせた不思議な力は、過去のオレたちの絆を取り戻すと共に、今という時間を特別なものにさせていく。ただし、それは何かを代償にしながら。

「きっと、あの店は過去を繋いでくれる場所なんだよ」

 地平線をぼんやり眺めながら、オレはあの店について考えた事を話した。

「過去? もしかして、あのおばあちゃんは……」

「おそらく、オレたちに過去を思い出させるためだけに、あの人は店とともに現れたのかもしれない」

 老婆はただいなくなったのではない。もしかしたら、オレたちのような客に大事な事を伝えるため、どこか別の場所であのお店を開いているのかもしれない。きっと、この別れは悲しいことなんかじゃない、そんな気がしていた。

「ねぇ、まもちゃん。唄ってさ、唄う人がいる限り絶対消えないよね」

 うさは目から溢れ出した涙を拭いながら、囁くようにオレへ同意を求めた。オレは無言で頷いた。

「あの唄はね、遠い昔に忘れてしまった想い出を甦らせてくれたんだよ」

 うさはオレの肩にもたれかかって、オレの顔を見つめた。

「そうだな」

 ──この唄を貴方に捧げる。

 オルゴールの蓋に書かれたメッセージを、オレは思い出した。うさの言うとおり、語り継ぐ者がいれば唄は繋がっていくに違いない。そして、それは思い出を蘇らせる鍵となっていく。
 うさは口を閉じてあの唄のメロディをハミングする。オレは目を閉じて、コーヒーの香りの中で、うさの柔らかな唄声に浸っていた。それは、「あの頃」と変わらない、心が穏やかになるひとときだった。
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