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あの唄を覚えてる

 翌朝。オレたちは老婆へ礼を伝えるため、潮彩堂へ足を運ぶことにした。

「まもちゃん、はやくはやくー!」

「そんなに焦らなくても、お店は逃げないぞ」

 うさはオレの手を引いて、潮彩堂へ続くメイン通りを足早に進んだ。お礼を言いたいのはオレも同じだが、帰りの電車の時間まで余裕があるので、そんなに急ぐ必要はないと考えていた。
 うさは潮彩堂の前で足を止めると、急に大声を上げた。

「あれ!? お店は? もしかして逃げちゃったの?」

 潮彩堂のショーウィンドウを見ると、ベニヤ板で覆われ、店の中を見ることができない。昨日まで営業していた店とは思えないぐらい静かで、中に人がいるような様子は無かった。

「おいおい、お店が逃げたって、そんなわけないだろ」

「でも、あの紙って……」

「店は逃げない」と冗談を言った矢先の事だったので、オレは唖然とした。店の入口の扉には、色褪せた「テナント募集」の紙が貼られていた。ベニヤ板の隙間から店の様子を見たが、昨日窓から見えていた骨董品や美術品の数々は姿を消して、もぬけの殻と化していた。セピアカラーの看板に書かれた店名は、黒いペンキで塗り潰されていた。

 オレは近くを通りかかった、自転車を押している年配の男へ店の事を尋ねた。

「すみません。こちらに潮彩堂という骨董品店はありませんか?」

「うーん、知らないなー」

 男は首を傾げた。

「杖をついたおばあちゃんが一人でやってるお店なんですけど」

 うさは、男に店員の老婆の特徴を伝えた。男はしばらく黙って考えた後、口を開いた。

「そう言われれば、かなり昔、骨董品店があったような気もするかなー。でも、店員の特徴までは知らないよ。それに、随分前からここは空き家でね、テナントは入ってないよ」

「えっ! そんなはずないわ! あたしたち、昨日、このお店へ入ったんです!」

 うさもオレも男の言うことをすぐには信じられなかった。この店に入って二人でオルゴールを買った。その事実と今の光景のギャップにうさは混乱していた。

「そう言われても……」

 男は困惑していた。男の反応から、あの店は本当に、随分前からテナント募集がかかっているのは間違いないだろう。

「うさ、これ以上聞いても無駄だ」

 オレはうさの肩に手を載せて、うさに落ち着くように促した。

「すみません、ありがとうございました」

 オレたちは男に一礼すると、かつて潮彩堂だった場所を後にした。
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