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恋のつぼみ

side ほたる(その3)



「ふぅ」

 あたしはお風呂から上がると、ドライヤーをかけながらため息を吐いた。それもこれも、ちびうさちゃんのせいである。学校であんなことを言うのだから。

「あのね……キス、したいの」
「へっ?」

 恋人なんだからキスの一つや二つ、普通のことかもしれない。でもあたしにとっては一大事だった。
 だってまだ付き合い始めたばかりなのに。これからゆっくり自分の気持ちを整理するつもりだったのに。そんなことできるハズもなかった。

「ち、ちびうさちゃん……そういうのは、また今度にしない?」
「そう、だね……」

 その後のちびうさちゃんの落ち込み様は凄かった。大好きな給食も喉を通らず、口数も減っていった。あたしは罪悪感に駆られ、同様に落ち込んでいった。

「はぁ」

 そして、現在に至る。

「キスかぁ」

 やっぱりまだあたしたちには早い気がする。
 だけど、ちびうさちゃんは未だに落ち込んだままだ。
 どうしよう。また誰かに相談しようかな?
 そんなことを思いながら、あたしはベッドに転がった。





 学校のお昼休み。あたしは今の状況を思い返していた。
 あたしたちの距離感は微妙だった。正直いきなりラブラブになれと言われても難しいし。恋人にはなったけど、お互いにどうしたらいいのか分からなかった。

「ほたるちゃん、手を繋いでもいい?」
「えっ? うん」

 ギュッと、ちびうさちゃんがあたしの手を握る。

「あったかいね」
「て、照れるよ」
「ねぇねぇ、二人とも恋人になったって本当?」

 桃ちゃんがどこから聞きつけたのか、尋ねてきた。

「うん、そうだよ」
「わぁ、おめでとう~」
「ほたるっち、ついに告られたのか~」
「何て言って告ったの?」

 なるるとるるなまでやってくる。これは後から知ったことだけど、クラスのみんなもちびうさちゃんの片想いを知っていたらしい。
 やっぱり気付いていなかったのはあたしだけだった。本当にどこまで鈍いのだろう。

「えへへ、でもどうやって付き合えばいいかよく分からないんだ」
「そりゃあ、恋人ならホテルに行って……」
「ちょっと!?」

 あたしは盛大にツッコミを入れた。

「いきなりホテルってどういう神経してるのよ!?」
「だって恋人でしょ?」
「あたしたち、まだ小学生なんだってば!」
「子どもだなー、ほたるっちは」
「全く……ん? ちびうさちゃん?」

 ちびうさちゃんは顔を真っ赤にして固まっていた。ホテルの一言が効いたんだろう。一体どんな想像をしているのやら。

「はぁ、憂鬱だ……」





 今日はみんなに冷やかされて騒がしい一日だった。

「ごめんね」

 不意に言われた言葉に動揺する。

「どうしたの?」
「今日、みんなにからかわれたから嫌だったでしょ?」

 そのことを気にしてたんだ。ちびうさちゃんのせいじゃないのに。

「いいんだよ、そんなこと」
「でも、恥ずかしかったんじゃ……」
「もう一周回って清々しかったよ」
「そっか、ならよかった」

 ちびうさちゃんの笑顔を見て、あたしの方が赤くなってしまった。

「どうかした?」
「い、いや……何でもないよ?」

 慌てて否定する。ちびうさちゃんの無邪気な表情は破壊力がある。本人は気付いてないかも知れないけれど。

「手、繋ご?」
「う、うん」

 いけない、完全にペースを握られている。あたしがしっかりエスコートしないといけないのに。ちびうさちゃんはお姫様なんだから。

「ちびうさちゃん、大好きだよ」
「ふぇっ!? い、いきなりどうしたの?」
「本音を言っただけだよ?」
「ずるいよ……じゃあ、あたしも」

 頬を紅く染めながら口を開くちびうさちゃん。

「ほたるちゃん、大好き」
「あぅ……」

 あっさり撃沈してしまった。やっぱりちびうさちゃんには敵わない。

「あたしの勝ち、ね?」
「はい……」

 あたしは早々に負けを宣言した。





 次の日の教室。

「おはよう、ほたるっち」
「おはよ、なるる」
「ねぇ、もうキスはしたの?」

 教室に入って挨拶もそこそこに済ますと、なるるが無神経な質問を投げかけてくる。

「いや、まだだけど」
「もう、ほたるっち度胸ないなー」
「度胸って話じゃないでしょ」
「ちびうさちゃんがどっか行っちゃってからじゃ、遅いんだよ?」

 ちびうさちゃんがいなくなる。
 なるるは事情を知らないから、何となく言ったんだろうけど。
 あたしはこの事実を思い出さないようにしていたんだ。
 ずっとこのまま、二人で居られると勝手に思い込んで。

「どしたん?」
「あたし……逃げてたんだ」
「何から?」
「未来から……」

 そう。ちびうさちゃんはいずれ自分の時代へ帰る。
 だから今という時間を大切にしなきゃいけないんだ。

「よし」
「おっ、表情が変わったね」
「ありがと、なるる!」

 あたしはなるるにお礼を言って、ちびうさちゃんを探しに駆けた。
 今度こそ、正直な想いを伝えるために。





 ちびうさちゃんは人気のない中庭のベンチに座っていた。

「ちびうさちゃん」
「えっ?」
「お待たせ」
「待ち合わせ、してたっけ?」
「ううん」
「ふふっ、ヘンなほたるちゃん」

 あたしはちびうさちゃんの隣に座った。

「どうしたの?」
「大好きだよ」
「ふぇっ!?」

 顔を真っ赤にして、下を向くちびうさちゃん。
 そんなちびうさちゃんの顎を指で優しく上げる。

「ほ、ほたるちゃん!?」
「キス……してもいいかな?」
「どうしたの? いきなり」
「覚悟を決めたというか」
「もう……会っていきなりなんて、乙女心を全然わかってないよ?」
「ご、ごめん……」

 暫く、沈黙が続いた後。

「いいよ……しても……」

 目を瞑るちびうさちゃん。
 あたしはその愛らしい口元に、そっと唇を重ねた。

「えへへっ」
「これでやっと、恋人になれたのかな」
「そう、かもね」

 まだ拙い恋人ごっこかもしれない。

 これから色々なことがあって、別れも経験することになる。

 だけど。

 あたしを救ってくれて、恋人になってくれたこの子と。

 ちびうさちゃんとの絆を、大切にしていきたい。

 隣で優しく笑ってくれるちびうさちゃんを見て、あたしもふわりと笑顔を返した。



 END
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