恋のつぼみ
side ほたる(その2)
「ただいま」
あたしは家へ着くなり、リビングに居るママたちに声を掛けた。
「おかえり、ほたる……楽しかった?」
「うん……」
「あら、どうしたの?」
「何でもない」
「何でもないって顔じゃないな……おちびちゃんと何かあったのか?」
「ちょっと、ね……」
「よかったら話してみなさい? わたしたちで力になれることもあるだろうから」
せつなママが言う。どうしよう。話していいものだろうか?
ちびうさちゃんの秘めた気持ち。あたしに勇気を出して伝えてくれた言葉。それを、いきなり人に話すなんて。
でも。
「告白、されたの……」
話してしまった。
自分だけじゃどうにもならないこの気持ち。家族になら相談してもいいと思った。
「あら、遂にね」
「頑張ったのね、ちびうさちゃん」
「やっとかって感じだけどな」
「えっ?」
ちょっと待って。何でみんな驚かないの?
何で自然体で聞いてるの?
愛する娘が同性の友だちに告白されたんだよ?
「ちょ、ちょっと待ってよ……」
「どうしたの? ほたる」
「みんな、知ってたの?」
「えぇ」
「ちびうさちゃんが、あたしのこと好きだって」
「あぁ」
「わたしたちだけじゃないわよ? うさぎたちだってみんな知ってたんだから」
「うそ、でしょ……」
嘘だ。
だってそんな素振り、一つも見せなかったじゃない。
「気付いてなかったのは、ほたるだけよ?」
「そんな……」
まさかみんな知ってたなんて。知らなかったのは自分だけ。どれだけ鈍感なんだ、あたしは。
「落ち込んでる、落ち込んでる」
はるかパパがからかうように言う。
「そうよ? それくらい反省しなきゃちびうさちゃんが報われないわ」
「随分、悩んでたみたいだしね……ほたるちゃんがあたしの気持ちにちっとも気付いてくれないって、ずっと落ち込んでたから」
あたしは自分の朴念仁さに絶望する。大切な友だちのそばに居ながら、その悩みに気づくことも出来ず、ましてや原因が自分だったなんて。
「うぅ……」
最低だ。もうちびうさちゃんに会わせる顔がない。
「それで、何て返事したんだ?」
「突然のことでビックリしたから、自分の気持ちが分かるまで待ってほしいって」
「そう……まぁしょうがないわよね?」
「ほたるは自分のことになると鈍感だからな」
「しっかり考えて、返事をするのよ?」
「はい……」
あたしは肩を落としながら自室へ向かった。悩みは一つも解決していない。むしろ増えたくらいだ。
「はぁ……」
ベッドに転がって、今日の出来事を思い出す。
「サイテーだ」
完全に自己嫌悪モードだった。
「恋かぁ」
今まで考えたこともなかった。誰かと付き合うなんて。
「ちびうさちゃん」
前世であたしの友だちになってくれた人。
あたしのことを、命がけで助けようとしてくれた。
そして転生した後も友だちになってくれた。
「大切に決まってるよ……」
だけど、それを恋と認識していいのかな?
友達。仲間。恩人。
それが、今までちびうさちゃんに抱いていた気持ち。
「ずっと一緒には、いられない……」
ちびうさちゃんは、いつか未来へ帰ってしまう。
それまで関係を続けるの? 戻って来たときだけの関係になるの?
「そんなの寂しいよ……」
今日何度目かのため息を吐く。
もうこれ以上考えてもしょうがない。今日はこのぐらいにして眠ろう。
明日どんな顔をしてちびうさちゃんに会えばいいんだろう。
「うさぎお姉ちゃんたちにも相談してみようかなぁ」
そんなことを考えつつ、あたしは部屋の明かりを消した。
「はぁ……」
公園のベンチに座って、またため息を吐く。結局今日もちびうさちゃんとまともに会話が出来なかった。ちびうさちゃんは想いが伝えられて、割とスッキリした感じだったけど。あたしは違った。絶賛お悩み中。
あたしにとってちびうさちゃんは恩人だ。いや、ちびうさちゃんだけじゃない。うさぎお姉ちゃんたちだって、ママたちだってみんなあたしを助けて、幸せにしてくれた。だから感謝の念はあっても、それ以外の感情を持ったことはなかった。ましてや恋愛なんて。
「どう向き合えばいいんだろう」
「ほーたるちゃん!」
「ひゃっ!?」
突然、頬に冷たい感触が走る。
「何してんの、一人で?」
「うさぎお姉ちゃん」
振り向くと、冷えた缶ジュースを頬に当ててくるうさぎお姉ちゃんがいた。
「はい、どうぞ」
「あ、ありがとう」
あたしはもらった缶ジュースのフタを開けて、一口飲んだ。
「ふぅ」
「おいしい? ごめんね、ウチの娘が」
「あ、いや……」
あたしは慌てて否定する。ちびうさちゃんが悪いわけない。原因は全部あたしなんだ。ちびうさちゃんを苦しませたのも、気付かなかったのも。
「自分のせいだとか思ってない?」
「えっ」
「ちびうさのこと」
まるで全てを見透かしたように、うさぎお姉ちゃんは続ける。
「ほたるちゃんは悪くないんだよ? もちろん、ちびうさもだけど」
「うん」
「難しい問題だよね……あたしとまもちゃんみたいな恋だったらよかったんだけどね」
「それも難しそうだけど……うさぎお姉ちゃんたちの恋も素敵だと思う」
「ふふっ、ありがとう」
「やっぱり、うさぎお姉ちゃんも知ってたの?」
「ちびうさの気持ち? うん、知ってたよ……みんなもね」
「はぁ……」
やっぱり気付いてなかったのはあたしだけだったんだ。本当になんて鈍感なのだろう。
「気にしなくていいんだよ? ほたるちゃんの気持ちは普通のことなんだから」
「えっ?」
「大切なお友だちだっていう感情も、大事な気持ちなんだから」
「うん」
「ちびうさの場合は、たまたま恋愛感情が同性の子だっただけだから」
「女の子同士……」
「ちょっと嫌かな?」
「い、嫌なんかじゃないよ!? あたし、ちびうさちゃんに好きって言ってもらえて凄く嬉しかったの!」
「そっか」
「でも、自分の気持ちが分からないの……ちびうさちゃんの好きとあたしの好きは、少し違うって……」
「うん」
「どうしたらいいんだろう」
「それはほたるちゃんがゆっくり時間をかけて、答えを出していくことだと思うよ?」
「そう、だね……」
「さてと、じゃあ世話焼きオバサンは行くとしますかね」
「あ、ありがとう! うさぎお姉ちゃん!」
「うん、バイバーイ!」
そう言って、うさぎお姉ちゃんは去って行った。
「時間か……」
あたしにはたっぷりあるけれど、ちびうさちゃんにはない。いつ未来へ帰ってしまうかも分からないのだから。
それまでに、あたしは答えを出せるだろうか。
「焦りは禁物だよ?」
そう言い残して行った、うさぎお姉ちゃんの言葉をかみしめる。
あたしなりに色々考えてみよう。それで出した結論なら後悔はしないはずだから。
「ただいま」
あたしは家へ着くなり、リビングに居るママたちに声を掛けた。
「おかえり、ほたる……楽しかった?」
「うん……」
「あら、どうしたの?」
「何でもない」
「何でもないって顔じゃないな……おちびちゃんと何かあったのか?」
「ちょっと、ね……」
「よかったら話してみなさい? わたしたちで力になれることもあるだろうから」
せつなママが言う。どうしよう。話していいものだろうか?
ちびうさちゃんの秘めた気持ち。あたしに勇気を出して伝えてくれた言葉。それを、いきなり人に話すなんて。
でも。
「告白、されたの……」
話してしまった。
自分だけじゃどうにもならないこの気持ち。家族になら相談してもいいと思った。
「あら、遂にね」
「頑張ったのね、ちびうさちゃん」
「やっとかって感じだけどな」
「えっ?」
ちょっと待って。何でみんな驚かないの?
何で自然体で聞いてるの?
愛する娘が同性の友だちに告白されたんだよ?
「ちょ、ちょっと待ってよ……」
「どうしたの? ほたる」
「みんな、知ってたの?」
「えぇ」
「ちびうさちゃんが、あたしのこと好きだって」
「あぁ」
「わたしたちだけじゃないわよ? うさぎたちだってみんな知ってたんだから」
「うそ、でしょ……」
嘘だ。
だってそんな素振り、一つも見せなかったじゃない。
「気付いてなかったのは、ほたるだけよ?」
「そんな……」
まさかみんな知ってたなんて。知らなかったのは自分だけ。どれだけ鈍感なんだ、あたしは。
「落ち込んでる、落ち込んでる」
はるかパパがからかうように言う。
「そうよ? それくらい反省しなきゃちびうさちゃんが報われないわ」
「随分、悩んでたみたいだしね……ほたるちゃんがあたしの気持ちにちっとも気付いてくれないって、ずっと落ち込んでたから」
あたしは自分の朴念仁さに絶望する。大切な友だちのそばに居ながら、その悩みに気づくことも出来ず、ましてや原因が自分だったなんて。
「うぅ……」
最低だ。もうちびうさちゃんに会わせる顔がない。
「それで、何て返事したんだ?」
「突然のことでビックリしたから、自分の気持ちが分かるまで待ってほしいって」
「そう……まぁしょうがないわよね?」
「ほたるは自分のことになると鈍感だからな」
「しっかり考えて、返事をするのよ?」
「はい……」
あたしは肩を落としながら自室へ向かった。悩みは一つも解決していない。むしろ増えたくらいだ。
「はぁ……」
ベッドに転がって、今日の出来事を思い出す。
「サイテーだ」
完全に自己嫌悪モードだった。
「恋かぁ」
今まで考えたこともなかった。誰かと付き合うなんて。
「ちびうさちゃん」
前世であたしの友だちになってくれた人。
あたしのことを、命がけで助けようとしてくれた。
そして転生した後も友だちになってくれた。
「大切に決まってるよ……」
だけど、それを恋と認識していいのかな?
友達。仲間。恩人。
それが、今までちびうさちゃんに抱いていた気持ち。
「ずっと一緒には、いられない……」
ちびうさちゃんは、いつか未来へ帰ってしまう。
それまで関係を続けるの? 戻って来たときだけの関係になるの?
「そんなの寂しいよ……」
今日何度目かのため息を吐く。
もうこれ以上考えてもしょうがない。今日はこのぐらいにして眠ろう。
明日どんな顔をしてちびうさちゃんに会えばいいんだろう。
「うさぎお姉ちゃんたちにも相談してみようかなぁ」
そんなことを考えつつ、あたしは部屋の明かりを消した。
「はぁ……」
公園のベンチに座って、またため息を吐く。結局今日もちびうさちゃんとまともに会話が出来なかった。ちびうさちゃんは想いが伝えられて、割とスッキリした感じだったけど。あたしは違った。絶賛お悩み中。
あたしにとってちびうさちゃんは恩人だ。いや、ちびうさちゃんだけじゃない。うさぎお姉ちゃんたちだって、ママたちだってみんなあたしを助けて、幸せにしてくれた。だから感謝の念はあっても、それ以外の感情を持ったことはなかった。ましてや恋愛なんて。
「どう向き合えばいいんだろう」
「ほーたるちゃん!」
「ひゃっ!?」
突然、頬に冷たい感触が走る。
「何してんの、一人で?」
「うさぎお姉ちゃん」
振り向くと、冷えた缶ジュースを頬に当ててくるうさぎお姉ちゃんがいた。
「はい、どうぞ」
「あ、ありがとう」
あたしはもらった缶ジュースのフタを開けて、一口飲んだ。
「ふぅ」
「おいしい? ごめんね、ウチの娘が」
「あ、いや……」
あたしは慌てて否定する。ちびうさちゃんが悪いわけない。原因は全部あたしなんだ。ちびうさちゃんを苦しませたのも、気付かなかったのも。
「自分のせいだとか思ってない?」
「えっ」
「ちびうさのこと」
まるで全てを見透かしたように、うさぎお姉ちゃんは続ける。
「ほたるちゃんは悪くないんだよ? もちろん、ちびうさもだけど」
「うん」
「難しい問題だよね……あたしとまもちゃんみたいな恋だったらよかったんだけどね」
「それも難しそうだけど……うさぎお姉ちゃんたちの恋も素敵だと思う」
「ふふっ、ありがとう」
「やっぱり、うさぎお姉ちゃんも知ってたの?」
「ちびうさの気持ち? うん、知ってたよ……みんなもね」
「はぁ……」
やっぱり気付いてなかったのはあたしだけだったんだ。本当になんて鈍感なのだろう。
「気にしなくていいんだよ? ほたるちゃんの気持ちは普通のことなんだから」
「えっ?」
「大切なお友だちだっていう感情も、大事な気持ちなんだから」
「うん」
「ちびうさの場合は、たまたま恋愛感情が同性の子だっただけだから」
「女の子同士……」
「ちょっと嫌かな?」
「い、嫌なんかじゃないよ!? あたし、ちびうさちゃんに好きって言ってもらえて凄く嬉しかったの!」
「そっか」
「でも、自分の気持ちが分からないの……ちびうさちゃんの好きとあたしの好きは、少し違うって……」
「うん」
「どうしたらいいんだろう」
「それはほたるちゃんがゆっくり時間をかけて、答えを出していくことだと思うよ?」
「そう、だね……」
「さてと、じゃあ世話焼きオバサンは行くとしますかね」
「あ、ありがとう! うさぎお姉ちゃん!」
「うん、バイバーイ!」
そう言って、うさぎお姉ちゃんは去って行った。
「時間か……」
あたしにはたっぷりあるけれど、ちびうさちゃんにはない。いつ未来へ帰ってしまうかも分からないのだから。
それまでに、あたしは答えを出せるだろうか。
「焦りは禁物だよ?」
そう言い残して行った、うさぎお姉ちゃんの言葉をかみしめる。
あたしなりに色々考えてみよう。それで出した結論なら後悔はしないはずだから。