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月曜から土曜のお茶会

 いつもと変わらない平日の午後。
 あたしたちがパーラークラウンでお勉強会という名のお喋りをしていると、窓の向こうから鳴るコンコンという音に気付いて視線を向ける。
 そこには頬をプクーっと膨らませたほたるちゃんが立っていた。こっちへおいでとジェスチャーすると、駆け足で店内へ入りあたしたちの元へやって来る。

「もう、うさぎお姉ちゃん!」
「どうしたの、怒ったりして?」
「あ、みんなもこんにちは」

 ほたるちゃんは挨拶もそこそこに、息を切らしながらあたしの方を見る。

「探したんだよ!」
「あ、あたし?」
「コレ! ちびうさちゃんから頼まれて渡しに来たの」

 そう言いながら掲げた物は、一冊のノートだった。

「あたしの英語ノートだ!」
「家に忘れて行ったって、ちびうさちゃんが呆れてたのよ?」
「また忘れたの? うさぎちゃん……」

 美奈Pが呆れた様子で溜息を吐く。この子にだけは言われたくないという気持ちが堪えきれなくて思わず愚痴をこぼす。

「美奈Pだって、しょっちゅう忘れるくせに……」
「アレは計画的に持ってこないのよ」
「余計タチが悪いわよ、美奈……」

 あっけらかんと言う美奈Pに対して、落ち着いた口調でツッコミを入れるレイちゃん。そんな二人を見て笑みがこぼれそうになるのを抑える。今笑ったら、本気で怒られそうな気がしたから。

「それにしても、どうしてほたるちゃんが届けてくれたの?」
「ちびうさちゃんは今宿題をやってるから、あたしが代わりに……」
「全く、ちびうさもあたしのこと言えないわね……ほたるちゃんは宿題いいの?」
「あたしはとっくに終わらせたから」

 涼しい顔で言う小学生に恨めしさが募る。大体ほたるちゃんならあたしの宿題なんてパパっと解けると思うんだけどな。

「今、ほたるちゃんに宿題やらせようと思ったろ?」
「ギクッ!」

 まこちゃんのツッコミに体がこわばる。あたしは話題を戻すためにほたるちゃんからノートを受け取ることにした。

「はい、ノート」
「ありがと! お使いさせちゃってゴメンね?」
「いいよ、それよりちゃんとお勉強してたの?」
「ちょうど一段落してお茶飲んでたとこだよ」
「はぁ……届け損だったかな……」

 もうお勉強する気がないことを察したのか、ほたるちゃんはガックリと肩を落としていた。

「そんなことないわよ……おかげでほたるちゃんともお喋りできるし」
「あたしと?」

 亜美ちゃんの提案を一瞬で理解したあたしたちは、そのプランに乗っかることにした。そういえば、転生してからちゃんとお話したことなかったなぁ。

「そうね、せっかく来てくれたんだから一緒にお茶でもどう?」
「いいの?」

 レイちゃんの誘いを受けて、ほたるちゃんは嬉しそうに聞き返す。

「えぇ……ほたるちゃんとこうしてお話しするの、初めてだし」
「じゃあ、お邪魔します」

 そう言って、ほたるちゃんはあたしと美奈Pの間にチョコンと座ってくれた。

「じゃあ改めて、何が飲みたい?」
「アイスコーヒー」
「えっ、ジュースじゃないの?」
「うん」

 大人びた注文をするほたるちゃんと自分の注文したリンゴジュースを見比べて、少し顔が赤くなる。
 あたしは平静を装いながら追加のアイスコーヒーを注文してあげた。

「今、ふと思ったんだけどさ……」
「どうしたの?」
「ほたるちゃんって、結局のところ外部戦士なの?」
「えっ?」

 唐突な美奈Pの疑問を聞いて、みんなで首をかしげる。

「当たり前のようにはるかさんたちと居るからそう思えるけど、土星って本来は内部戦士じゃないの?」
「いえ……土星、天王星、海王星、木星の四惑星は外太陽系に分類されるハズよ?」
「えっ? 木星もってことは……」

 亜美ちゃんの情報を聞いて、みんなが一斉にまこちゃんを見る。

「あ、あたし外部だったの?」
「あくまで、地球の定義ではね?」

 自分を指差しながら目が点になっているまこちゃんに、亜美ちゃんが補足情報を伝える。

「そーゆー小難しい話じゃなくて、セーラー戦士としてよ」
「えっと……」
「ほら、ほたるちゃん困ってるじゃない」

 話を続ける美奈Pからの返答に困るほたるちゃんを見て、レイちゃんが助け船を出す。

「だって、一週間だって月火水木金土日じゃない……」
「日曜日は居ないけどね……」
「結局、何が言いたいの?」
「ほたるちゃんは、もっとあたしたちと一緒に居るべきだってこと!」

 美奈Pは隣に居たほたるちゃんをギュッと抱きしめながら言った。

「美奈、あなたまさか……」
「そっちの気が……」
「しかも子供……」
「いくら彼氏が出来ないからって……」

 あたしたちが哀しみの視線を送りながら、美奈Pを憐れんでいると。

「ちっが~う!」

 テーブルをバンと叩いて全否定した。
 そして、一呼吸置いて続ける。

「ほら……あたしたち、今のほたるちゃんのことあんまり知らないじゃない」
「あたしのこと?」

 不思議そうな顔をするほたるちゃん。

「そっか……ネヘレニアの時に覚醒して仲間になってくれて、その後ギャラクシアとの戦いになったものね……」
「それに、大体ちびうさちゃんかはるかさんたちと一緒に居るしね」

 亜美ちゃんとまこちゃんが納得したようにウンウンと頷きながらジュースを口に含む。

「そう……つまり、今がほたるちゃんをあたしたちのグループに引き込むチャンスってことよ!」
「そんな勢力争いみたいに言わなくても……」

 まるで悪い人たちのお話を例えに挙げる美奈Pに、遂にツッコミを入れるほたるちゃん。でも、もっとほたるちゃんと仲良くなるのは大賛成かな。

「ほたるちゃんはどうかな? あたしたちと一緒に居るのは……」

 運ばれてきたアイスコーヒーを飲んでいるほたるちゃんに聞く。こういうことは本人の気持ちが大事だからね。

「うん! うさぎお姉ちゃんたち面白いから一緒にいると楽しいよ」

 笑顔で応えてくれたほたるちゃんに、みんな優しい笑みを零す。ひょっとしたら今までつらい人生を送ってきたほたるちゃんへの、美奈Pなりの気遣いなのかもしれない。そう思っていたら。

「よしっ! じゃあ、まずはほたるちゃんの好みのタイプを教えて?」

 前言撤回。やっぱりミーハー根性だったのか。

「ちびうさちゃん」

 即答で答えるほたるちゃん。みたいな人、ではなくちびうさと即答するところがほたるちゃんらしくて笑ってしまう。

「えっと……女の子が好きなの?」
「ううん、ちびうさちゃんが好きなの」

 全くブレずに言うほたるちゃんに、流石の美奈Pも追撃できずにいた。

「じゃあ、質問を変えましょうよ……何か好きな食べ物はある?」
「日本そばが好き!」

 変な空気になりそうだったのを悟ったレイちゃんが質問を変えて調整を図る。それにしても日本そばか。ちょっと意外な返答に渋い好みだなと思った。

「みちるママがね、手打ちで作ってくれるの」
「えっ? あの優雅なみちるさんが……」

 みちるさんが蕎麦を打ってるシーンを想像して、少し笑ってしまう。きっとほたるちゃんの為に一生懸命覚えたんだろうなぁと思うと、何だか微笑ましかった。

「次は、嫌いな物とかある?」
「牛乳……」

 好きと聞いたら、次は当然嫌いな物。まこちゃんにストレートな質問をされたほたるちゃんは、少し黙ったあと俯きながら口を開いた。

「じゃあ学校の給食はどうしてるんだい?」
「ムリヤリ飲む時もあれば、ちびうさちゃんがコッソリ飲んでくれる時もあるの」
「ふふっ、そうだったんだ」

 少し照れた様子で言うほたるちゃんが可愛くて、みんなで笑みを浮かべる。

「じゃあ、次は……」
「ねぇ……今度はお姉ちゃんたちのことも教えて?」
「えっ?」

 瞳をキラキラさせながらテーブルへ身を乗り出すほたるちゃんに、あたしたちは首をかしげた。

「あたしだって、お姉ちゃんたちのこと知りたいもん」

 そっか。そういえばこうして向かい合って話したのは初めてかもしれない。

「いいよー、じゃあ何から話そうか」
「まずは……うさぎお姉ちゃん」
「あ、あたし?」

 いきなり自分からご指名いただいたので狼狽しながらほたるちゃんを見る。一体どんなことを聞かれるんだろう。

「まもちゃんのどこが好き?」

 少しだけイジワルな質問をしたつもりなのか、得意げな表情をしていたので即答で返すことにした。

「もちろん、全部よ」
「全部……そんなに好きなのに、どうして遠距離恋愛できるの?」
「確かに今は遠くに居るけど……心は繋がってるから……」
「こころ?」
「うん……ほたるちゃんとちびうさみたいなものかな……」
「あたしと、ちびうさちゃん?」
「ちびうさが未来へ帰っても、絆は消えないでしょ?」
「……うん!」

 あたしの説明に、ほたるちゃんは納得したような表情で大きく頷いてくれた。

「そっか……素敵な関係だね」
「ありがと」

 互いに目を合わせて頷きあう。

「じゃあ、次は亜美お姉ちゃんね」
「えぇ、いいわよ」
「ん~と……お勉強以外に好きなことは?」
「お勉強以外だと……水泳かしら?」
「あ、みちるママも好きだって言ってたよ?」
「ふふっ、いつかみんなで海へ行きましょうか」

 二人ともIQが高いからどんな展開になるのかと頭が痛かったけれど、意外にも日常的な会話で終わってくれて助かった。

「うん! じゃあ次は……」

 続いて亜美ちゃんの隣に居るレイちゃんに視線を合わせる。一人一人に聞いていく感じなのかな。

「レイお姉ちゃん」
「はい、どうぞ」
「美人さんなのに、読者モデルとかやらないの?」
「あ、ソレあたしも思ってた!」

 結構ミーハーな質問をするほたるちゃんに、美奈Pが乗っかる。

「そういうことには、興味ないかな……」
「え~、もったいない」
「もったいな~い」

 美奈Pがいちいちほたるちゃん真似をするのが、何だか面白くて笑ってしまう。

「きっとはるかパパやみちるママみたいに、雑誌に特集されると思うんだけどな」
「雑誌に載るなら、火川神社がパワースポットとして載る方が嬉しいわ」
「う~ん……ク-ルビューティーだね」

 腕組みしながら唸るほたるちゃん。何だかインタビューしてるみたいで可愛いな。

「次は、まこお姉ちゃんね」
「いいよ、何でも答えてあげるよ」
「今度、お料理教えてくれる?」
「えっ? それが質問かい?」
「えへへ……実はママたちに手料理を作ってあげたいの」
「そういうことか……いいよ、料理のいろはを楽しく教えてあげる!」
「わ~い!」

 きっとほたるちゃんの手料理を食べたら、あの三人なら泣いて喜んじゃうだろうな。なんて思っていたら。

「これで全員に聞いたね」
「そうね、これで全員……ってちょっと!」

 美奈Pがノリツッコミをしながら、ほたるちゃんの肩をパシッと叩く。

「美の女神である、あたしを忘れてない?」
「だって美奈お姉ちゃんの言いそうなこと、想像つくんだもん……」
「確かに……」
「ふふっ」

 ほたるちゃんの冷静な分析に、みんなで笑みをこぼす。

「なに言ってるのよ、どんな質問も華麗に返してあげるわ」
「じゃあ、今注目してるアイドルは?」
「よくぞ聞いてくれました! 老舗のJ事務所から若手が鮮烈デビューしたのよ……それがCDランキングを独占して、あっという間にグッズも売り切れて……」
「そ、そうなんだ……」

 怒涛のように喋り続ける美奈Pに、聞いた本人のほたるちゃんもタジタジしていた。

「……それで、何とか会員番号1ケタをゲットしたのよ!」
「へー、すごーい」
「ほたるちゃん……棒読みで反応しないでくれる?」

 心ここにあらずの状態で遠い目をしながら相槌を打つほたるちゃんに、流石の美奈Pも落ち着いたようだった。

「じゃあ、今度は……」
「あれ? 全員に質問したけど、まだ聞きたいことあるの?」
「もちろん、今までのは前哨戦よ?」

 ウインクをしながら言うほたるちゃん。ひょっとして長丁場になるのかな。

「もっとお姉ちゃんたちのこと、知りたいの……だから色々教えてほしいな?」
「そっか……よし、今日はいっぱい話しちゃおう!」





 こうして、あたし達は今までのことを色々話し合った。
 好きなもの。
 苦手なこと。
 タイプの人。
 そして、これまでの戦いのこと。

 ほたるちゃんが興味津々で聞いてくれたので、あたしたちの口もつい饒舌になった。時には鋭い視点でツッコミを入れてくるほたるちゃんに、戦々恐々としながらもお喋りを続けて、あっという間に楽しい時間が流れた。

「すぅ……くぅ……」

 座席にもたれかかりながらスヤスヤと寝息をたてるほたるちゃん。両サイドにいるあたしと美奈Pでふわりと頭を撫でてあげる。

「ふふっ、よっぽど疲れちゃったのね」
「何だかんだ、三時間くらい話したからね」
「でも、今日はほたるちゃんと色々お話が出来てよかったわ」

亜美ちゃんとまこちゃん、レイちゃんもほたるちゃんの寝顔を見ながら優しく微笑む。

「美奈Pも、ありがとね?」
「へっ?」

 不意にあたしからお礼を言われて素っ頓狂な顔をする。

「ほたるちゃんのこと、気遣ってくれたんでしょ?」
「まぁね……妹分にしようと思ってるから……」
「やっぱり狙ってるんじゃない」
「だって可愛いし、頭も良いし」
「将来を担う戦士になるのは、間違いないよね」
「でも、今はなるべく戦いからは離してあげたいの……」
「えっ?」

 それまで楽しく話していた美奈Pの表情が、少しだけ真剣になる。

「あんな小さな体に最強クラスのパワーを秘めてるんだもの……負担が大きすぎるじゃない」
「美奈P……」
「だからせめて、今は幸せな日常を過ごしてもらいたくって……」

 正直に言うと驚いてしまった。美奈Pがここまでほたるちゃんのことを考えていたなんて。
 あたしたちは前世のほたるちゃんを目の前で見てきた。どんなにつらい運命でも、自身の中に巣食うミストレス9と必死に戦って、ちびうさやあたしたちを助けてくれたほたるちゃんを。だから、あたしたちの気持ちも一緒だった。

「そうだね……もっと強くなって、ほたるちゃんに頼らないよう頑張らなきゃ!」
「う~ん……ムリしちゃダメよ、お姉ちゃん……」
「えっ?」

 絶妙なタイミングで寝言を言うほたるちゃんに、あたしたちは静かに笑いあった。



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