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巡る心

 次の日。うさが学校の階段で足を踏み外し、階下へ転げ落ちたという知らせを電話口で受けた。

 最初、泣きながら電話を掛けてくる美奈が何を言っているのか分からなかった。いくらドジで抜けている所があっても、セーラームーンとして幾多の戦いをくぐり抜けてきた戦士だ。そう簡単に落っこちるなんて考えられない。

「きっと……昨日のオレがいけないんだ……」

 命に代えても護ると決めた運命の人。そんな恋人を自らの言動で傷付けて、追い詰めた。

「オレは……最低だ……」

 急いで搬送された病院へ向かうと、美奈たち四人がオレを病室へ案内してくれた。幸い脳波に異常もなく、前後の記憶も正常ということで夜には退院となるらしい。コンコンとドアをノックすると、どうぞと低い声が返ってきたので中へ入る。

「やぁ、衛くん」
「こうして会うのは久しぶりね」

 病室へ入ると、うさの両親が優しい笑みで迎えてくれた。きっと娘がこんなことになって気が気でないハズなのに、こんなオレに気を遣ってくれる。二人に感謝の念を抱きながら、ベッドで眠っているうさの顔を覗く。

「お久しぶりです……うさの容態は?」
「大丈夫……今は眠ってるけど、さっきまで元気に話してたよ」
「そうですか……」
「全く、ホントにウチの子はドジなんだから……きっとあなたにも心配ばかりかけてるでしょう?」
「いえ、いつも迷惑かけてるのはオレの方で……」

 そう。本当に迷惑と心配ばかり掛けているのはオレなんだ。いつも大事な場面で頼ってばかり。

「そんなことはないよ」
「えっ?」
「うさぎはいつも君のことを嬉しそうに話すんだ……ご飯を食べてる時も、テレビを見ている時もね……」
「うさが……?」
「前に言っていたよ……君がいるから、前を向いて生きていけるんだって」

 気が付けば、涙で視界がぼやけていた。

「オレ……オレは……」
「きっと、君もなんだな」
「えっ……」

 涙声で返すと、謙之さんは優しい笑みを浮かべながらオレを見つめていた。

「衛くんも、うさぎがいないと生きていけないんだろ?」
「どうして……それを……」
「ボクもママ……育子がいないと生きていけないからね」
「あらあら」

 ニカッと笑いながら頬をかく謙之さんと、嬉しそうにする育子さん。二人の間には、些細なケンカなんて吹き飛ばすくらいの絆で結ばれているのが分かる。

「命を繋げるには、命を懸けて支えあわなきゃいけないんだよ」
「いのちを……つなげる……」
「そう……過去から今、そして未来へね」





 前世の悲劇を繰り返さない為に再び出逢い、結ばれたオレたち。
 だがオレは今の境遇に胡坐をかいていたんじゃないのか。

 知ってる人が幸せならそれでいい。
 それ以外の人は「幸せ」でも「不幸」でもいい。

 「無関心」だったんだ。
 あの猫を見た時も。

 だから、うさは悲しそうな顔をしていた。

『やっと気付いたのか』

 お前、昨日の。

『オレはお前の中に沈んでた心の一部だよ』

 沈んでいた?

『本当は両親が作ってくれるハズだった心のカケラ』

 オレの両親。

『でも事故で亡くなったから、代わりに月野うさぎが拾ってくれるものと思っていたが』

 オレの心を取り戻してくれたのは、うさの。

『感謝しろよ? 未来の両親に』

 あぁ、そうだな。





「どうしたんだい?」
「いえ……本当にありがとうございます」
「ふふっ、何だかわからないけど元気になってよかった」
「パパ、そろそろ……」

 育子さんが腕時計を指差しながら謙之さんに声を掛ける。時計の針を見た謙之さんは、両膝に手を着いて立ち上がると再びオレの瞳を見た。

「うさぎのフィアンセが君でよかった……これからもよろしく頼むよ」
「……はい!」
「じゃあ、うさぎのケアをお願いね」

 そう言って、二人は病室から出て行った。





「うさ……」

 静寂が包む空間で、眠り姫を眺める。白い肌で静かに横たわるその姿は、永遠に眠っているかのようだった。

「おはよう、まもちゃん」
「起きてたのか?」
「うん、まもちゃんの星の輝きを感じて……」

 ゆっくりとベッドから上半身を起こし、オレを見つめるうさ。

「本当に……心配したんだぞ……」
「ごめん……あたしバカだから、こんな方法しか思いつかなかった……」
「何を言って……まさか……」

 こんな方法。
 つまり、その言葉の意味するところは。

「わざと……足を……」
「ごめんね……」
「どうしてそんな危ない真似をっ!?」
「命の重さを……知ってほしかったから……」

 命の重さ。

 ついさっき謙之さんから教わったこと。人は死んだら生き返らない。「転生」という手段があるオレたちだって、奇跡的に生まれ変われたんだ。

「もう、大事なことは教わったよ」
「えっ?」
「君を大切に想うご両親からね」

 キョトンとした表情で首をかしげるうさ。
 本当に君も、命懸けでオレのカケラを拾おうとしてくれてたんだな。

「父さんと母さんは、きっと身を挺して庇ってくれたんだ……だからオレたちは出逢えた……」
「何で……今その話を……」
「覚えてないか? オレだって庇ったことあるんだぞ?」
「あっ……」

 それは前世での記憶。
 オレは君を助けたくて、ただそれだけの想いで君を護って散った。
 だけど、ふと考える時がある。

 その後は?
 オレが逝った後、残された君は。

「ずっと、泣いてたの……」

「呼びかければ、目を開けてくれる……」

「もう一度、セレニティって呼んでくれると信じて……」

 だから、オレの命は巡ることが出来たんだ。
 君が信じてくれたから。
 抜け殻になった「オレ」を、まだ「オレ」だと想ってくれたから。

「やっと……わかった……」

 死んだら終わりじゃない。

 生まれる前も。

 生きている間も。

 死んでしまった後も。

「一つの……命だったんだ……」

 あの時。
 オレにとっては「猫だったモノ」。
 でも、うさにとっては生きている猫と変わらない「命」。

 君からすれば、差なんて無かったんだ。
 命を区分けしていたのはオレの方だった。
 そんな大切なことを、身代わりになってくれた両親から学ぶことができなかった。

「オレは本当に……大バカ野郎だな……」
「なら、一緒に素敵な人になろう?」
「うさ……」
「あたしもバカだからさ……まもちゃんと一緒に成長できたらなって」

 恥ずかしそうに頬をかく姿は、父親譲りなのかな。
 そんなことを思っているオレに、笑顔で手を差し伸べる君。

「こんなオレで……いいのか?」
「そんなまもちゃんだから、好きなんだよ」
「ありがとう……うさ……」



 まるで永い眠りから覚めたような、そんな心地だった。

 オレの心は六歳の頃から止まっていたんだ。

 そして君と出逢って、動き出した。



「ねぇ、まもちゃん」
「何だよ」
「あたしね、好きな言葉があるんだ」
「へぇ、どんな?」
「ありきたりだけど、命を運ぶって書くの」



 あぁ、そうだよな。

 まるでオレたちそのものじゃないか。

 オレも好きだよ、その言葉。



 オレたちは繋がっている。

 前世でも。

 現世でも。

 来世でも。



 だから、使い古されたセリフだけど言わせてくれ。

 オレに心を教えてくれた君に。

 オレの人生を彩ってくれる君へ。



「愛してる……うさ」



 END
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