巡る心
季節は冬。葉が枯れた木の枝に気を付けつつ、最愛の恋人と街道を歩く。
「あっ……」
ふいに声を上げる君。見ると道路脇に猫の死骸が寄せてあった。急いで駆け寄る彼女の後を、ゆっくりと追いかける。
「そんな……」
「もう死んでいるな……」
体を見るに轢死ではない。きっと車にはねられた衝撃で息を引き取ったのだろう。
「……行かないのか?」
悲しそうな瞳で「猫だった」モノを見続けるうさ。不思議に思ったオレは身動き一つしない恋人に声を掛けた。
「だって……このままにしておけないよ」
「触らない方がいい……虫がたかっているし、菌もある」
「っ!?」
瞬間。信じられないような表情でオレを見る。どうしたんだろう、何か変なこと言ったかな?
「何で……そんなこと言えるの……」
「えっ?」
「悲しいよ……あたし……」
「す、すまない」
何に対して悲しんでいるのか分からなかったけれど、彼女を傷つけたことは確かなようだ。うさは、困惑するオレから猫へと視線を戻した。
「埋めてあげなきゃ」
「どこへだ? 公園だって勝手に埋めていいわけじゃない」
「じゃあ、どうすればいいの?」
「保健所へ連絡する……わかってくれるな?」
「……わかった」
オレは公衆電話から保健所へ連絡を入れ、案内に従い自治体の窓口へ収集依頼をお願いした。
気まずい時間が流れる。リビングのソファーに座るうさへ甘いコーヒーを差し出す。しかし彼女は一向に口へ含もうとしない。
「まだ怒ってるのか?」
「……怒るよ」
「何に?」
「収集って言った」
「電話口でそう言われたんだ、それが正しい表現なんだよ」
その言葉は妥当な表現だとオレも感じる。もう「命」は宿っていないのだから。
「まもちゃんの考えは正論なんだと思うよ……でもね、心がない……」
「こころ?」
「死んだ瞬間に生き物じゃなくなるの?」
「そうだな……そうなるんじゃないかな」
今にも泣きそうな顔をしながら唇を噛むうさ。この先のやり取りはマイナスな結果しか生まない。そう思ったオレは話題を変えようと試みるが、次のうさの一言で凍り付くことになる。
「なら、あたしが死んだらどうする?」
「っ!?」
「死んだらもう興味ないんだよね……そうなったら別の人を探す?」
「うさっ!」
思わず怒鳴りつけてしまう。冷静になろうとする脳と、考えたくもない「たられば」を告げられて激情が走る脳が交錯する。
「まもちゃんが言ってるのは、そういうことなんだよ……」
「違う! あの猫は全然知らない猫だろ!? どうやって情を移せばいいんだよ!」
もはや情とかの話ではないと分かっていても、興奮した感情は止まらなかった。
「じゃあ、あの猫がルナやアルテミスだったら弔ってあげてたの!?」
「そうだよ! 仲間なんだから当たり前じゃないか!」
「知ってるか、知らないかが境界線ってこと!?」
「人間、誰だってそうじゃないか!」
オレは、何故こんなにもムキになっているのだろう。声を荒げ、最愛の人に向かって命の価値観を説く。極めて世間一般的な「結果」の話をしているのに、うさとはかみ合わない。そのズレが分かり合えていないような気がして腹が立つのだろう。
「悲しい考えだね……」
「そんなことない」
「やっぱり……大切な何かが欠けてるんだよ……」
「オレは満たされてる……こうして君に出逢えたんだから、幸せだよ」
「あたしに出来るか、わからないけど……まもちゃんに心を届けたいと思ってる」
「そんなことしなくても、オレはちゃんと心を持ってるよ」
かみ合わない会話。先程まで取り乱していたオレたちは、違う意味で落ち着いていた。
同情と、意地。
そんなやり取りが続くわけないと踏んだオレは、今度こそ会話を切り上げることにした。
「もうやめよう……お互い少し冷静になるんだ」
「今日は帰るね……」
そう言って、うさは俯きながら立ち上がり玄関へ走って行った。
『行かせたらダメだ』
誰かの声がする。
『このまま二度と逢えなくなってもいいのか?』
二度と逢えない?
『追いかけろ』
勝手なことを言うな。
お前は誰なんだ。
『オレは……お前の……』
ガチャッ
もう少しで分かりそうだった声の正体は、冷たく鳴るドアの音でかき消された。
「心か」
最後にうさから告げられた言葉。
「まるで今のオレには心がないみたいじゃないか」
確かに六歳以前の記憶はないが、それ以降の学生時代。何よりうさたちと出逢い戦ってきた記憶は消えない。それがどれ程大事なものかは理解している。
「でも、今日の件は別だよ」
「知らない」という事実は悲しさのレベルを決める重要なカケラだと思う。現にオレは想い出のない両親へ何の感情も抱いていない。記憶が残っていればいつまでも引きずるだろうが、最初から「いない」者へどう悲しめというのか。
それよりも「いま」を共にしてくれるうさや仲間たちの方が大事だ。みんなかけがえのない存在だし、支えあってこの地球ほしを護りたいと思っている。
ほんの少し考えがズレていただけなんだ。だから心配はいらない。きっと明日になればまた笑顔を見せてくれる。そうだ、パーラークラウンへ行ってパフェを一緒に食べよう。また笑いあいながら絆を深めていくんだ。
だから、悲しそうな瞳をしないでくれよ。
「あっ……」
ふいに声を上げる君。見ると道路脇に猫の死骸が寄せてあった。急いで駆け寄る彼女の後を、ゆっくりと追いかける。
「そんな……」
「もう死んでいるな……」
体を見るに轢死ではない。きっと車にはねられた衝撃で息を引き取ったのだろう。
「……行かないのか?」
悲しそうな瞳で「猫だった」モノを見続けるうさ。不思議に思ったオレは身動き一つしない恋人に声を掛けた。
「だって……このままにしておけないよ」
「触らない方がいい……虫がたかっているし、菌もある」
「っ!?」
瞬間。信じられないような表情でオレを見る。どうしたんだろう、何か変なこと言ったかな?
「何で……そんなこと言えるの……」
「えっ?」
「悲しいよ……あたし……」
「す、すまない」
何に対して悲しんでいるのか分からなかったけれど、彼女を傷つけたことは確かなようだ。うさは、困惑するオレから猫へと視線を戻した。
「埋めてあげなきゃ」
「どこへだ? 公園だって勝手に埋めていいわけじゃない」
「じゃあ、どうすればいいの?」
「保健所へ連絡する……わかってくれるな?」
「……わかった」
オレは公衆電話から保健所へ連絡を入れ、案内に従い自治体の窓口へ収集依頼をお願いした。
気まずい時間が流れる。リビングのソファーに座るうさへ甘いコーヒーを差し出す。しかし彼女は一向に口へ含もうとしない。
「まだ怒ってるのか?」
「……怒るよ」
「何に?」
「収集って言った」
「電話口でそう言われたんだ、それが正しい表現なんだよ」
その言葉は妥当な表現だとオレも感じる。もう「命」は宿っていないのだから。
「まもちゃんの考えは正論なんだと思うよ……でもね、心がない……」
「こころ?」
「死んだ瞬間に生き物じゃなくなるの?」
「そうだな……そうなるんじゃないかな」
今にも泣きそうな顔をしながら唇を噛むうさ。この先のやり取りはマイナスな結果しか生まない。そう思ったオレは話題を変えようと試みるが、次のうさの一言で凍り付くことになる。
「なら、あたしが死んだらどうする?」
「っ!?」
「死んだらもう興味ないんだよね……そうなったら別の人を探す?」
「うさっ!」
思わず怒鳴りつけてしまう。冷静になろうとする脳と、考えたくもない「たられば」を告げられて激情が走る脳が交錯する。
「まもちゃんが言ってるのは、そういうことなんだよ……」
「違う! あの猫は全然知らない猫だろ!? どうやって情を移せばいいんだよ!」
もはや情とかの話ではないと分かっていても、興奮した感情は止まらなかった。
「じゃあ、あの猫がルナやアルテミスだったら弔ってあげてたの!?」
「そうだよ! 仲間なんだから当たり前じゃないか!」
「知ってるか、知らないかが境界線ってこと!?」
「人間、誰だってそうじゃないか!」
オレは、何故こんなにもムキになっているのだろう。声を荒げ、最愛の人に向かって命の価値観を説く。極めて世間一般的な「結果」の話をしているのに、うさとはかみ合わない。そのズレが分かり合えていないような気がして腹が立つのだろう。
「悲しい考えだね……」
「そんなことない」
「やっぱり……大切な何かが欠けてるんだよ……」
「オレは満たされてる……こうして君に出逢えたんだから、幸せだよ」
「あたしに出来るか、わからないけど……まもちゃんに心を届けたいと思ってる」
「そんなことしなくても、オレはちゃんと心を持ってるよ」
かみ合わない会話。先程まで取り乱していたオレたちは、違う意味で落ち着いていた。
同情と、意地。
そんなやり取りが続くわけないと踏んだオレは、今度こそ会話を切り上げることにした。
「もうやめよう……お互い少し冷静になるんだ」
「今日は帰るね……」
そう言って、うさは俯きながら立ち上がり玄関へ走って行った。
『行かせたらダメだ』
誰かの声がする。
『このまま二度と逢えなくなってもいいのか?』
二度と逢えない?
『追いかけろ』
勝手なことを言うな。
お前は誰なんだ。
『オレは……お前の……』
ガチャッ
もう少しで分かりそうだった声の正体は、冷たく鳴るドアの音でかき消された。
「心か」
最後にうさから告げられた言葉。
「まるで今のオレには心がないみたいじゃないか」
確かに六歳以前の記憶はないが、それ以降の学生時代。何よりうさたちと出逢い戦ってきた記憶は消えない。それがどれ程大事なものかは理解している。
「でも、今日の件は別だよ」
「知らない」という事実は悲しさのレベルを決める重要なカケラだと思う。現にオレは想い出のない両親へ何の感情も抱いていない。記憶が残っていればいつまでも引きずるだろうが、最初から「いない」者へどう悲しめというのか。
それよりも「いま」を共にしてくれるうさや仲間たちの方が大事だ。みんなかけがえのない存在だし、支えあってこの地球ほしを護りたいと思っている。
ほんの少し考えがズレていただけなんだ。だから心配はいらない。きっと明日になればまた笑顔を見せてくれる。そうだ、パーラークラウンへ行ってパフェを一緒に食べよう。また笑いあいながら絆を深めていくんだ。
だから、悲しそうな瞳をしないでくれよ。
1/2ページ