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想い出は月の中に

「ひっく……ひっく……」

 あたしは商店街の外れにある公園のベンチに座って泣いていた。
 夜空には綺麗なお月様が煌々と輝いている。
 でもあの場所は、あたしの星じゃない。
 あたしの故郷なんて、どこにもないのだから。

「うさ……」

 衛さんだった。どうしてこの場所がわかったの、なんて聞かない。たった一週間だったけれど、お互いの気持ちは繋がっていたと今でも信じることができたから。

「あたし……うさじゃないよ……」

 すねるように言う。
 真実だけど、認められない事実。
 自分の存在すら否定されたようで、こう答えるしかなかった。

「だったら何だ?」
「それがわからないから、苦しいんだよ!?」

 思わず声を荒げる。今までため込んでいたものが堰を切ったように感情となって溢れ出てくる。

「あなたにあたしの気持ちなんてわからない! 記憶を失った衛さんと違って、元から記憶なんてないあたしは……人間ですらなかった!!」
「うさ……」
「来ないでよっ!? 同情なんてしてほしくない! あたしは……あたしはぁ……」

 頬を流れ続ける涙を地面に降らせながら取り乱すあたしの体を、衛さんの両腕が優しく包み込む。

「君は……オレたちの知ってるうさじゃないのかもしれない……」
「うっ……うぅ……」
「だけど……ここにいる」
「えっ……」
「オレの目の前で、確かに悲しんでいる」

 見上げると、衛さんも涙を流していた。
 その瞳は同情や哀れみのフィルター越しじゃない。
 ただ純粋に「あたし」を見てくれていた。

「君の存在は幻想なんかじゃない……」
「まもる……さん……」
「君も含めて『月野うさぎ』なんだ」
「あたし……生まれてきてもよかったのかな……?」
「いいに決まってる……君はまぎれもなく、オレが愛した運命の人だよ……」

 謝罪とお礼を言う間もなく、唇が重なる。
 あったかい。
 このぬくもりを永遠に感じていたい。
 けど、それが叶わないことも知っている。
 だから衛さんは「いま」のあたしを愛してくれている。
 もう一人の「月野うさぎ」として。

「ありがとう……こんなあたしに……」
「これ以上、自分を責めてほしくないな……君と過ごした一週間は、かけがえのない時間だったよ……」
「うん……あたしも……」

 人生というには短いと思うけれど、とても恵まれたひと時だった。
 みんな温かく接してくれた。
 ひょっとしたら、あたしの正体に気付いてる人もいたかもしれない。
 だけど、本当の「あたし」に接するのと同じように愛してくれた。
 それだけで、幸せだった。

「そろそろ、還るね……」
「寝ぼすけのお姫様を、起こしてきてくれるか?」
「ぐっすり眠ってるだろうから、たたき起こしてくるよ」
「……頼む」

 お互いに目を合わせて、頷きあう。
 眠り姫は王子様の口づけで目を覚ますという。
 さっきのキスで起きてくれてると、衛さんの愛が伝わってるようで嬉しいのだけど。
 あたしは目を瞑り、深層意識に潜っていった。
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