想い出は月の中に
インターホンを鳴らすと、中からとても綺麗なウェーブの髪をした女の人が迎えてくれた。
「いらっしゃい」
「こ、こんにちは」
「色々すまないな」
「いえいえ、あがって?」
リビングに通されると、そこには長身の美人さんと落ち着いた雰囲気の女性、小学生くらいの女の子が白猫を膝の上に乗せていた。
「デートは楽しんだかい?」
「は、はい……とても楽しかったです」
「今の自分の状況はつらいかもしれないけれど、みんなで解決してみせるから元気を出してね?」
「ありがとうございます」
「さぁ、座って?」
出迎えてくれた女の人に促されて、高そうなソファーに腰を掛ける。
「僕は天王はるか……今、紅茶を淹れてくれてる人は海王みちるだよ」
「わたしは冥王せつなで……この子は土萠ほたる」
「こんにちは!」
「そして美奈の相棒、アルテミスだよ」
「皆さん、よろしくお願いします」
「う~ん、やっぱりどこかよそよそしいなぁ」
「無理もないわ……今日、朝起きてから知らない人と連続で会っているんだもの」
困ったような顔で言うはるかさんを見て、せつなさんがあたしを気遣ってくれる。
「すみません……何にも思い出せなくて……」
「いいのよ、気にしないで?」
「はい……」
「紅茶を淹れたわ……どうぞ?」
「わぁ、いい匂い」
みちるさんが淹れてくれた紅茶からは、優しい香りが漂っていた。あたしは香りを楽しんだあと、ティーカップを口に付けた。
「美味しいです」
「ふふっ、ありがとう」
「そろそろ本題に入ってもいいか?」
衛さんが真剣な顔つきで四人と一匹に目を合わせる。みんなは頷いてあたしの方に向き直った。
「まず、外部からの侵入者はいない……形跡も痕跡もない」
「じゃあ、やっぱり……」
「そう思って、ほたるに会わせたかったの」
「ほたるちゃん?」
名前を呼ばれたほたるちゃんと目が合う。何でも知っているような、深い色の瞳。まるであたしの全てを見通すような、子どもとは思えないくらい神秘的な子だった。
「うん、今わかったよ」
「えっ?」
「目を見て確信できた……この情報はルナに伝えておくね」
「えっと、何がわかったの?」
「あなたはこれから、とてもつらい現実と向き合うことになる……」
「つらい現実?」
「その時は、真実から逃げないでほしいな」
真実。今のあたしにはさっぱり見当もつかないけれど、何となくこの子の言っていることは嘘じゃないような気がした。
「もし、どうしようもなくつらい時は信じてあげて?」
「な、何を……?」
「もちろん、隣にいる愛する人だよ」
ほたるちゃんに言われて、あたしは隣に座っていた衛さんを見る。不安に押しつぶされそうな気持ちを察してくれたのか、衛さんは優しい笑みを浮かべてあたしの手を握ってくれた。
「君がつらい時は、必ずオレがそばに居る……だから、いつでも頼ってくれ」
「はい……ありがとうございます……」
相変わらず敬語は抜けてないけれど、その包容力に安心したあたしは目を瞑って衛さんの体に寄りかかった。
「じゃあ、気を付けてね?」
「はい、今日はありがとうございました」
「また遊びに来てね!」
「うん、またね」
玄関まで送りに来てくれたみちるさんとほたるちゃんに挨拶をして、あたしと衛さんは夕暮れの道をのんびり歩いて帰っていた。
「今日は疲れただろ?」
「はい……正直、色んな事がありすぎて……」
「家まで送るから、ゆっくり眠ったらいいよ」
「あの……訊いてもいいですか?」
「何だ?」
「どうして……こんなに親切にしてくれるんですか?」
「そりゃあ、恋人だからさ」
「それ以上に、何か理由があるような気がして……」
あたしの疑問に少し考え事をする仕草を見せたあと、衛さんは遠い目をしながら口を開いた。
「わかるんだ……記憶を失くすつらさが……」
「えっ?」
「オレも六歳の時、事故で両親を亡くして記憶も全て失ったことがあるから……」
儚げな表情で言った告白を聞いて、声をかけることができなかった。あたしが想像していた以上の悲しい過去に絶句していると、衛さんはあたしの頭を優しく撫でてくれた。
「だから、君の不安が伝わってくるんだ……」
「そう、だったんですか……」
「だからこそ、君の記憶を取り戻したい……つらいだろうけど、一緒に頑張ってくれるか?」
「はい……」
何だろう。鼓動が高鳴っていく。今までは面倒見のいいお兄さんみたいな感覚だったけど、これが恋なのかな。紅潮した頬に冷たい風が当たる。
「もう陽が暮れてきたな……」
「今日は本当にありがとうございました……あたし、あなたが恋人でいてくれてよかった……」
「そう言ってもらえると嬉しいよ」
会話をしながら歩いているうちに、月野家へ到着していた。あたしは衛さんにお礼を告げて、彼が見えなくなるまで見送った。
「ただいま」
「姉貴、どこ行ってたんだよ」
「えっと、君は?」
「何寝ぼけてんだ? 弟の進悟だよ」
「そっか……」
「……具合でも悪いのか?」
「うん、ちょっとね」
「母さんたちにはオレが説明しとくから、部屋で休んでろよ」
「ありがとう……」
あたしは弟くんの配慮に感謝しつつ、自室へ向かった。
「おかえりなさい」
「ルナ……帰ってたんだ」
部屋に入ると、ルナがベッドの上から声をかけてくれた。あたしは今までの疲れがどっと出たような気がして、勢いよくベッドに転がった。
「今日はゆっくり休んでね……」
「うん……もう寝るね……」
夕飯も食べてないし、お風呂にも入ってない。だけどこの眠気には勝てない。そう開き直ったあたしは、目を閉じて眠りについた。
「いらっしゃい」
「こ、こんにちは」
「色々すまないな」
「いえいえ、あがって?」
リビングに通されると、そこには長身の美人さんと落ち着いた雰囲気の女性、小学生くらいの女の子が白猫を膝の上に乗せていた。
「デートは楽しんだかい?」
「は、はい……とても楽しかったです」
「今の自分の状況はつらいかもしれないけれど、みんなで解決してみせるから元気を出してね?」
「ありがとうございます」
「さぁ、座って?」
出迎えてくれた女の人に促されて、高そうなソファーに腰を掛ける。
「僕は天王はるか……今、紅茶を淹れてくれてる人は海王みちるだよ」
「わたしは冥王せつなで……この子は土萠ほたる」
「こんにちは!」
「そして美奈の相棒、アルテミスだよ」
「皆さん、よろしくお願いします」
「う~ん、やっぱりどこかよそよそしいなぁ」
「無理もないわ……今日、朝起きてから知らない人と連続で会っているんだもの」
困ったような顔で言うはるかさんを見て、せつなさんがあたしを気遣ってくれる。
「すみません……何にも思い出せなくて……」
「いいのよ、気にしないで?」
「はい……」
「紅茶を淹れたわ……どうぞ?」
「わぁ、いい匂い」
みちるさんが淹れてくれた紅茶からは、優しい香りが漂っていた。あたしは香りを楽しんだあと、ティーカップを口に付けた。
「美味しいです」
「ふふっ、ありがとう」
「そろそろ本題に入ってもいいか?」
衛さんが真剣な顔つきで四人と一匹に目を合わせる。みんなは頷いてあたしの方に向き直った。
「まず、外部からの侵入者はいない……形跡も痕跡もない」
「じゃあ、やっぱり……」
「そう思って、ほたるに会わせたかったの」
「ほたるちゃん?」
名前を呼ばれたほたるちゃんと目が合う。何でも知っているような、深い色の瞳。まるであたしの全てを見通すような、子どもとは思えないくらい神秘的な子だった。
「うん、今わかったよ」
「えっ?」
「目を見て確信できた……この情報はルナに伝えておくね」
「えっと、何がわかったの?」
「あなたはこれから、とてもつらい現実と向き合うことになる……」
「つらい現実?」
「その時は、真実から逃げないでほしいな」
真実。今のあたしにはさっぱり見当もつかないけれど、何となくこの子の言っていることは嘘じゃないような気がした。
「もし、どうしようもなくつらい時は信じてあげて?」
「な、何を……?」
「もちろん、隣にいる愛する人だよ」
ほたるちゃんに言われて、あたしは隣に座っていた衛さんを見る。不安に押しつぶされそうな気持ちを察してくれたのか、衛さんは優しい笑みを浮かべてあたしの手を握ってくれた。
「君がつらい時は、必ずオレがそばに居る……だから、いつでも頼ってくれ」
「はい……ありがとうございます……」
相変わらず敬語は抜けてないけれど、その包容力に安心したあたしは目を瞑って衛さんの体に寄りかかった。
「じゃあ、気を付けてね?」
「はい、今日はありがとうございました」
「また遊びに来てね!」
「うん、またね」
玄関まで送りに来てくれたみちるさんとほたるちゃんに挨拶をして、あたしと衛さんは夕暮れの道をのんびり歩いて帰っていた。
「今日は疲れただろ?」
「はい……正直、色んな事がありすぎて……」
「家まで送るから、ゆっくり眠ったらいいよ」
「あの……訊いてもいいですか?」
「何だ?」
「どうして……こんなに親切にしてくれるんですか?」
「そりゃあ、恋人だからさ」
「それ以上に、何か理由があるような気がして……」
あたしの疑問に少し考え事をする仕草を見せたあと、衛さんは遠い目をしながら口を開いた。
「わかるんだ……記憶を失くすつらさが……」
「えっ?」
「オレも六歳の時、事故で両親を亡くして記憶も全て失ったことがあるから……」
儚げな表情で言った告白を聞いて、声をかけることができなかった。あたしが想像していた以上の悲しい過去に絶句していると、衛さんはあたしの頭を優しく撫でてくれた。
「だから、君の不安が伝わってくるんだ……」
「そう、だったんですか……」
「だからこそ、君の記憶を取り戻したい……つらいだろうけど、一緒に頑張ってくれるか?」
「はい……」
何だろう。鼓動が高鳴っていく。今までは面倒見のいいお兄さんみたいな感覚だったけど、これが恋なのかな。紅潮した頬に冷たい風が当たる。
「もう陽が暮れてきたな……」
「今日は本当にありがとうございました……あたし、あなたが恋人でいてくれてよかった……」
「そう言ってもらえると嬉しいよ」
会話をしながら歩いているうちに、月野家へ到着していた。あたしは衛さんにお礼を告げて、彼が見えなくなるまで見送った。
「ただいま」
「姉貴、どこ行ってたんだよ」
「えっと、君は?」
「何寝ぼけてんだ? 弟の進悟だよ」
「そっか……」
「……具合でも悪いのか?」
「うん、ちょっとね」
「母さんたちにはオレが説明しとくから、部屋で休んでろよ」
「ありがとう……」
あたしは弟くんの配慮に感謝しつつ、自室へ向かった。
「おかえりなさい」
「ルナ……帰ってたんだ」
部屋に入ると、ルナがベッドの上から声をかけてくれた。あたしは今までの疲れがどっと出たような気がして、勢いよくベッドに転がった。
「今日はゆっくり休んでね……」
「うん……もう寝るね……」
夕飯も食べてないし、お風呂にも入ってない。だけどこの眠気には勝てない。そう開き直ったあたしは、目を閉じて眠りについた。