さよなら恋心
うさぎお姉ちゃん。
明るくて優しい人。昼間は太陽のように、夜はお月様みたいにみんなを照らしてくれる。おっちょこちょいなところもあるけれど、愛する人を救うためなら命だって賭けられる人。
そんなプリンセスに、あたしは恋していた。
いつもと同じ場所。いつもと同じ時間。ここで待っていれば、学校帰りのうさぎお姉ちゃんに会える。あたしは胸を弾ませながら、クッキーが包んであるピンクの小袋を持って通学路に立っていた。
「あ、ほたるちゃん!」
「こんにちは、うさぎお姉ちゃん」
「最近いつもここで会うけど、もしかして待っててくれたの?」
「うん……手作りのクッキーを食べてもらいたくて……」
「あたしに? ありがとう!」
ドキドキしながらクッキーの入った袋を渡す。うさぎお姉ちゃんはあたしの頬が赤く染まっていることは気付かずに、嬉しそうに受け取ってくれた。
「開けてもいい?」
「うん」
「わぁ、おいしそう」
最初に袋から取り出したのはハート形のクッキー。偶然だったけれど、それはあたしが一番思いを込めて作ったものだった。鼓動が高鳴っていく。
「甘くておいしい!」
「ほんと?」
「うん、ほたるちゃんってお菓子づくりも上手なんだね?」
「えへへっ、みちるママに教わったの」
「そうなんだ」
何気ない言葉で談笑できる空間。あたしはこの時間が大好きだった。うさぎお姉ちゃんと二人きりで居られる、この時間が。
「よかったら家に寄ってく?」
「ううん……もう日が暮れるし、帰るね……」
「そっか、それじゃあ行くね?」
「バイバイ、お姉ちゃん」
軽く会釈をして、踵を返すうさぎお姉ちゃん。元々この人の領域に足を踏み入れる気はなかった。お家では月野家の人たちと楽しく暮らしてほしい。そしてそれ以外の時間は。
「あたしが入る余地なんて、ないよね……」
うさぎお姉ちゃんにはまもちゃんという最愛の人がいる。そしてみんなが二人を祝福している。幸せになってほしいと願っている。だからあたしも二人を応援しなきゃいけないんだ。自分の気持ちは殺さなきゃいけないんだ。それがあの人にとっての幸せなのだから。
「もう、帰ろう……」
うさぎお姉ちゃんが角を曲がるまで見送った後、軽く息を吐いて帰路に着いた。
次の日曜日。あたしが商店街の入口で雑貨屋さんを窓越しに眺めていると。
「あれ、ほたるじゃないか」
「えっ?」
「やっほー、何してるの?」
声のする方を振り向くと、仲良く恋人つなぎをしているうさぎお姉ちゃんとまもちゃんが立っていた。そんな二人を見て、胸がチクリと痛む。
「ランプを見てたの……」
「ほたるちゃん、ランプ集めが趣味だもんね」
「そ、そういうお姉ちゃんたちは?」
「オレたちは買い物だよ、うさの洋服を買いに来たんだ」
「ねぇ、よかったらほたるちゃんも一緒に行かない?」
「い、いいよ!? だって大事なデートの時間でしょ?」
二人の時間を壊すような真似だけはしたくない。片想いしているとはいえ、うさぎお姉ちゃんの隣にはまもちゃんが居るべきだから。
「いや、デートって感じでもないんだ……今日は本当に荷物持ちとして付き合ってるから」
「あたしも、ほたるちゃんと一緒に買い物したいな」
無邪気な顔で言うお姉ちゃんに、断ることができない。この甘えるような表情でお願いされると、みんな断れないらしい。あたしは観念して二人に同行することにした。丁度良いタイミングで別れれば、邪魔にはならないだろうと考えて。
「じゃあ、一緒に行く……」
「よし、行くか」
まもちゃんの大きな手が、あたしの頭をポンと撫でる。温かくて包容力のある掌。このぬくもりでお姉ちゃんを護ってくれてるんだと思うと、少し嫉妬してしまう。
「行こ? ほたるちゃん」
「うん……」
二人の間に入って手を繋ぐよう促されたけれど、うさぎお姉ちゃんの外側に行って空いていた方の手を繋ぐ。その位置に入っていいのは、ちびうさちゃんだけなのだから。
ひと通りショッピングを済ませて、休憩スペースのベンチで休もうと向かっていると。
「わっ!?」
「うさ!?」
「お姉ちゃん!?」
両手に買い物袋を持っていたうさぎお姉ちゃんが体勢を崩す。まずい。このまま両手がふさがった状態で倒れたら受け身が出来ない。もし頭でも打って、打ち所が悪かったら。
「うさっ!」
まもちゃんが両手に持っていた荷物を投げ捨てて、うさぎお姉ちゃんを抱きかかえる。その一瞬の出来事に、あたしは身動き一つとれなかった。
「大丈夫か?」
「うん」
「あんまり慌ててないようだな」
「まもちゃんが助けてくれるって、わかってたもん」
クスクスと笑いあう二人。抱きかかえてくれると信じて体を委ねたお姉ちゃんと、即座に動いたまもちゃん。お互いを信頼しあっているその関係を見て、あたしは声を掛けることが出来なかった。
「勝てないよ……」
二人の間には、揺るぎない絆が結ばれている。それは部外者が割って入れるようなものではなく、二人だけの愛という名の空間が広がっているように見えた。
「ほたるちゃん、ごめんね? 心配させちゃって……」
「うさぎお姉ちゃん」
「ん?」
「伝えたいことがあります……」
あたしは自分の気持ちを話すことにした。今日で全てを終わらせるために。
「まもちゃんにも、聞いていてもらいたいの……」
「あぁ、わかった」
あたしの真剣な瞳を見て、様子を伺っていたまもちゃんも向き直ってくれた。
「それで、あたしにお話ってなぁに?」
「……好きです」
「えっ?」
「一人の女性として、愛しています」
「えっと……」
「あたしの想いを、受けとめてくれますか?」
うさぎお姉ちゃんは少し戸惑ったあと、まもちゃんと目を合わせて頷きあった。きっと全てを理解したのだろう。今までのあたしの行動も、気持ちも。
「……ごめんなさい」
あたしの背丈まで屈んで、視線を合わせてくれる。
「あたしには、愛する人がいるの」
ハッキリと意志を持って伝えてくれた言葉。
「だから、ほたるちゃんの気持ちには応えられない……ごめんね……」
「……はい」
自分の子を諭すような優しい瞳。
落ち着きのある声色。
慈愛に満ちた表情。
フラれた直後なのに、その全てが温かいと感じてしまう。
「ほたるちゃんには、自分を愛してくれる人……そして愛してあげられる人に出逢えるまで、その気持ちを大事に持っていてほしいな……」
全身がうさぎお姉ちゃんのぬくもりに包まれる。今、やっとわかった。この人を好きになった理由が。
誰に対しても愛情を持って接してくれる。立場や考えも超越して、全てを包み込んでくれる。その宇宙のような広い包容力に、魅かれたんだ。
「わかり……ました……」
零れないよう我慢していても、頬は濡れていく。今は感情の赴くままに泣き続けよう。もう未練はないのだから。
「ありがと……スッキリしたよ……」
五分ほど経って、うさぎお姉ちゃんから離れる。そして様子を見守っていたまもちゃんに振り向く。
「うさぎお姉ちゃんを……お願いします……」
「あぁ……必ず幸せにするよ」
力強い笑みで迷うことなく答えてくれる。この人になら、全てを任せられる。そう思ったあたしは、笑みを返して出口へ向かうことにした。
「あ、ほたるちゃん!?」
「お幸せに……」
追いかけようとするお姉ちゃんを、まもちゃんが制止する。あたしは後ろを振り向かずにその場を後にした。
夕暮れの歩道を一人歩く。
初めての恋は実らなかった。だけど心はどこか清々しかった。
大好きなあの人を、幸せにしてくれる相手がいること。
そしてあたしのことも、大切に想ってくれていること。
その二つを見つけられて本当によかった。
だから前を向いて歩こう。
これからは仲間として。
貴女を護る戦士として。
どうか二人に穏やかな時間が訪れますように。
そして、いつまでも幸せに暮らせますように。
さようなら、初めての恋。
さようなら、愛するプリンセス。
始まりと終わりを気付かせてくれて、ありがとう。
悩んでいた時間も、焦がれていた時間も、全てが愛しかった。
うさぎお姉ちゃんへの恋は今日で幕を閉じたけれど、あたしの心は満たされていた。
ずっと追いかけていた、あの人の心に触れることができたから。
END
明るくて優しい人。昼間は太陽のように、夜はお月様みたいにみんなを照らしてくれる。おっちょこちょいなところもあるけれど、愛する人を救うためなら命だって賭けられる人。
そんなプリンセスに、あたしは恋していた。
いつもと同じ場所。いつもと同じ時間。ここで待っていれば、学校帰りのうさぎお姉ちゃんに会える。あたしは胸を弾ませながら、クッキーが包んであるピンクの小袋を持って通学路に立っていた。
「あ、ほたるちゃん!」
「こんにちは、うさぎお姉ちゃん」
「最近いつもここで会うけど、もしかして待っててくれたの?」
「うん……手作りのクッキーを食べてもらいたくて……」
「あたしに? ありがとう!」
ドキドキしながらクッキーの入った袋を渡す。うさぎお姉ちゃんはあたしの頬が赤く染まっていることは気付かずに、嬉しそうに受け取ってくれた。
「開けてもいい?」
「うん」
「わぁ、おいしそう」
最初に袋から取り出したのはハート形のクッキー。偶然だったけれど、それはあたしが一番思いを込めて作ったものだった。鼓動が高鳴っていく。
「甘くておいしい!」
「ほんと?」
「うん、ほたるちゃんってお菓子づくりも上手なんだね?」
「えへへっ、みちるママに教わったの」
「そうなんだ」
何気ない言葉で談笑できる空間。あたしはこの時間が大好きだった。うさぎお姉ちゃんと二人きりで居られる、この時間が。
「よかったら家に寄ってく?」
「ううん……もう日が暮れるし、帰るね……」
「そっか、それじゃあ行くね?」
「バイバイ、お姉ちゃん」
軽く会釈をして、踵を返すうさぎお姉ちゃん。元々この人の領域に足を踏み入れる気はなかった。お家では月野家の人たちと楽しく暮らしてほしい。そしてそれ以外の時間は。
「あたしが入る余地なんて、ないよね……」
うさぎお姉ちゃんにはまもちゃんという最愛の人がいる。そしてみんなが二人を祝福している。幸せになってほしいと願っている。だからあたしも二人を応援しなきゃいけないんだ。自分の気持ちは殺さなきゃいけないんだ。それがあの人にとっての幸せなのだから。
「もう、帰ろう……」
うさぎお姉ちゃんが角を曲がるまで見送った後、軽く息を吐いて帰路に着いた。
次の日曜日。あたしが商店街の入口で雑貨屋さんを窓越しに眺めていると。
「あれ、ほたるじゃないか」
「えっ?」
「やっほー、何してるの?」
声のする方を振り向くと、仲良く恋人つなぎをしているうさぎお姉ちゃんとまもちゃんが立っていた。そんな二人を見て、胸がチクリと痛む。
「ランプを見てたの……」
「ほたるちゃん、ランプ集めが趣味だもんね」
「そ、そういうお姉ちゃんたちは?」
「オレたちは買い物だよ、うさの洋服を買いに来たんだ」
「ねぇ、よかったらほたるちゃんも一緒に行かない?」
「い、いいよ!? だって大事なデートの時間でしょ?」
二人の時間を壊すような真似だけはしたくない。片想いしているとはいえ、うさぎお姉ちゃんの隣にはまもちゃんが居るべきだから。
「いや、デートって感じでもないんだ……今日は本当に荷物持ちとして付き合ってるから」
「あたしも、ほたるちゃんと一緒に買い物したいな」
無邪気な顔で言うお姉ちゃんに、断ることができない。この甘えるような表情でお願いされると、みんな断れないらしい。あたしは観念して二人に同行することにした。丁度良いタイミングで別れれば、邪魔にはならないだろうと考えて。
「じゃあ、一緒に行く……」
「よし、行くか」
まもちゃんの大きな手が、あたしの頭をポンと撫でる。温かくて包容力のある掌。このぬくもりでお姉ちゃんを護ってくれてるんだと思うと、少し嫉妬してしまう。
「行こ? ほたるちゃん」
「うん……」
二人の間に入って手を繋ぐよう促されたけれど、うさぎお姉ちゃんの外側に行って空いていた方の手を繋ぐ。その位置に入っていいのは、ちびうさちゃんだけなのだから。
ひと通りショッピングを済ませて、休憩スペースのベンチで休もうと向かっていると。
「わっ!?」
「うさ!?」
「お姉ちゃん!?」
両手に買い物袋を持っていたうさぎお姉ちゃんが体勢を崩す。まずい。このまま両手がふさがった状態で倒れたら受け身が出来ない。もし頭でも打って、打ち所が悪かったら。
「うさっ!」
まもちゃんが両手に持っていた荷物を投げ捨てて、うさぎお姉ちゃんを抱きかかえる。その一瞬の出来事に、あたしは身動き一つとれなかった。
「大丈夫か?」
「うん」
「あんまり慌ててないようだな」
「まもちゃんが助けてくれるって、わかってたもん」
クスクスと笑いあう二人。抱きかかえてくれると信じて体を委ねたお姉ちゃんと、即座に動いたまもちゃん。お互いを信頼しあっているその関係を見て、あたしは声を掛けることが出来なかった。
「勝てないよ……」
二人の間には、揺るぎない絆が結ばれている。それは部外者が割って入れるようなものではなく、二人だけの愛という名の空間が広がっているように見えた。
「ほたるちゃん、ごめんね? 心配させちゃって……」
「うさぎお姉ちゃん」
「ん?」
「伝えたいことがあります……」
あたしは自分の気持ちを話すことにした。今日で全てを終わらせるために。
「まもちゃんにも、聞いていてもらいたいの……」
「あぁ、わかった」
あたしの真剣な瞳を見て、様子を伺っていたまもちゃんも向き直ってくれた。
「それで、あたしにお話ってなぁに?」
「……好きです」
「えっ?」
「一人の女性として、愛しています」
「えっと……」
「あたしの想いを、受けとめてくれますか?」
うさぎお姉ちゃんは少し戸惑ったあと、まもちゃんと目を合わせて頷きあった。きっと全てを理解したのだろう。今までのあたしの行動も、気持ちも。
「……ごめんなさい」
あたしの背丈まで屈んで、視線を合わせてくれる。
「あたしには、愛する人がいるの」
ハッキリと意志を持って伝えてくれた言葉。
「だから、ほたるちゃんの気持ちには応えられない……ごめんね……」
「……はい」
自分の子を諭すような優しい瞳。
落ち着きのある声色。
慈愛に満ちた表情。
フラれた直後なのに、その全てが温かいと感じてしまう。
「ほたるちゃんには、自分を愛してくれる人……そして愛してあげられる人に出逢えるまで、その気持ちを大事に持っていてほしいな……」
全身がうさぎお姉ちゃんのぬくもりに包まれる。今、やっとわかった。この人を好きになった理由が。
誰に対しても愛情を持って接してくれる。立場や考えも超越して、全てを包み込んでくれる。その宇宙のような広い包容力に、魅かれたんだ。
「わかり……ました……」
零れないよう我慢していても、頬は濡れていく。今は感情の赴くままに泣き続けよう。もう未練はないのだから。
「ありがと……スッキリしたよ……」
五分ほど経って、うさぎお姉ちゃんから離れる。そして様子を見守っていたまもちゃんに振り向く。
「うさぎお姉ちゃんを……お願いします……」
「あぁ……必ず幸せにするよ」
力強い笑みで迷うことなく答えてくれる。この人になら、全てを任せられる。そう思ったあたしは、笑みを返して出口へ向かうことにした。
「あ、ほたるちゃん!?」
「お幸せに……」
追いかけようとするお姉ちゃんを、まもちゃんが制止する。あたしは後ろを振り向かずにその場を後にした。
夕暮れの歩道を一人歩く。
初めての恋は実らなかった。だけど心はどこか清々しかった。
大好きなあの人を、幸せにしてくれる相手がいること。
そしてあたしのことも、大切に想ってくれていること。
その二つを見つけられて本当によかった。
だから前を向いて歩こう。
これからは仲間として。
貴女を護る戦士として。
どうか二人に穏やかな時間が訪れますように。
そして、いつまでも幸せに暮らせますように。
さようなら、初めての恋。
さようなら、愛するプリンセス。
始まりと終わりを気付かせてくれて、ありがとう。
悩んでいた時間も、焦がれていた時間も、全てが愛しかった。
うさぎお姉ちゃんへの恋は今日で幕を閉じたけれど、あたしの心は満たされていた。
ずっと追いかけていた、あの人の心に触れることができたから。
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