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時を越えた出逢い

 翌日。オレは今回の件をみんなに相談するか決めかねていた。

「その前に信じてもらえるかな……」

 こんな突拍子もない出来事を伝えたところで、昼間はうさの心だから証明が出来ない。おかしいと思われるのはオレの方だ。
 けれど、このまま彼女を放っておくことは出来ない。やはりみんなの知恵を借りるべきだろう。

「まずは、ルナあたりに……」

 ピンポーン

「えっ?」

 突然のベルに驚きながらモニターを見る。そこには困った表情でキョロキョロと周りを窺う、うさの姿が映っていた。

「うさっ! どうした?」
「あ、衛……」
「まもる……?」

 下の名でオレを呼ぶその声色。全体に溢れる気品。
 まさか。

「セレニティ……なんですか?」
「えぇ……昼間なのに、体を動かせるの……」
「と、とにかく中へ……」

 オレはセレニティをリビングへ通して、水を注いだコップを差し出した。

「いただきますっ」

 ゴクゴクと喉を鳴らす。余程焦っていたのだろう、一気に飲み干した彼女は胸に手を当て深呼吸をする。

「ふぅ……」
「大丈夫ですか?」
「ありがとう……朝起きたら、すでにわたしの意識だったの……」
「なら、うさの意識は……?」
「心の中で眠っているのが分かる……無事だから安心して?」
「よかった……」

 ホッと胸をなでおろす。ひょっとしたら、うさの意識まで過去と入れ替わっているんじゃないかと想像していたから。
 どうやら話を聞く限り、セレニティの方だけがこちらに来ているようだった。

「よくこの場所が分かりましたね?」
「貴方の光を辿ってきたら、ここへ……」

 声を震わせながら、怯えた様子で言うセレニティ。
 無理もない。見ず知らずの場所で一人、目覚めてしまったのだから。

「もう大丈夫……オレがこの状況を打破してみせます……」
「衛……」
「どうかしましたか?」

 胸を張って伝えても、彼女は目を伏せて落ち込んでいるように見えた。やっぱりオレなんかじゃ頼りにならないのかな。そう思っていると。

「薄々……分かっていたの……」
「えっ?」
「貴方たちが生まれ変わったということは……わたしたちは結ばれずに死を遂げたと……」
「セレニティ……」
「神様は……わたしにつらい未来を見せるためにこんなことをしたのかな……」

 彼女が口にした「真実」に対して、オレは何も言えなかった。これから起こるであろう悲劇を知ったうえで、元の生活に戻す約束をした軽薄な自分に嫌気がさす。
 オレはこの人に悲劇を知ってもらいたい訳じゃない。幸せな未来が待っていると、信じて暮らしてほしい。何度巡りあっても、オレたちの絆は揺るがないと。

「行きましょう」
「えっ?」
「オレが、貴女に真実をお伝えします」
「真実……?」
「貴女にこの世界を……オレたちの世界を知ってもらいたいんです」
「貴方たちの……世界……」
「えぇ、だからお連れします」
「何処へ行くの……?」
「もちろん、デートですよ」

 キザっぽく手を差し伸べると、彼女は戸惑いながらそっとオレの手を取った。





「あの……ここで何をするの?」
「そうですね……まずはクレープでも食べましょうか」
「くれーぷ?」

 商店街の中央広場にあるクレープの屋台を指さして、セレニティの手を引く。

「いらっしゃいませ」
「イチゴとチョコのクレープをください」
「あの……チョコって?」
「あ、すみません……うさが大好きだから、貴女もてっきり好物かと……」
「いえ、とても美味しそうな香りがする」

 よかった。よく考えたら勝手に注文して口に合わなかった場合を考えていなかった。困っていないかとセレニティを見ると、クレープを巻く様子を物珍しげに見つめていた。

「はい、どうぞ」
「ありがとう」

 はむはむとクリームを零さないよう、クレープを一生懸命に食べる彼女を見て、温かい気持ちになる。せめてこの時間だけでも、幸せを感じてもらえたら。未来を信じて歩むための思い出になれば「その瞬間」の悲しみは和らぐだろうか。

「気を遣ってくれて、ありがとう」
「えっ?」
「わたしを悲観させないために、楽しいことを教えてくれるんでしょう?」
「出過ぎた……真似でしたか……?」
「いえ、とっても楽しいわ……次は何処へ連れていってくれるの?」

 口元を綻ばせながら、今度はオレの手を取るセレニティ。これじゃあ、どっちが気を遣っているのか分からない。
 オレは気を引き締めなおして、デートを続けることにした。





 それからオレたちは色々な場所を巡った。

 本屋でこの時代の流行りを教えたり、お昼にイタリアンを食べたり。映画も観たし、他愛のない話もした。
 彼女が一番喜んでくれたのが、おもちゃ屋で買った小さなウサギのぬいぐるみだった。もっと大きなサイズを買ってあげようとしたら、これがいいと抱きしめて離さなかった。愛の大きさは、プレゼントの規模じゃないとオレに教えてくれるように。





「今日はありがとう」

 夕暮れの公園で、ぬいぐるみを抱きながらお礼を言うセレニティ。その姿は年頃の少女そのもので、一国の王女であると誰が思うだろう。
 無邪気な彼女の表情を見ながら、今日のデートを振り返る。

 オレのしたことは正しかったのだろうか。
 彼女に来世は幸せだから、安心して死んでくださいとでも言うつもりなのか。
 全てはオレの独りよがりじゃないか。幸せな時代に生きている側の考えだ。一方的に価値観を押し付けて、満足していたのはオレの方だった。

「衛?」
「すみません……オレは……」

 いい年して鼻をすすりながら涙を流す。そんな情けない様子を見て、セレニティは両腕をオレの背中に回した。

「泣かないで……貴方の優しさは、痛いほど伝わったから……」
「セレニティ……」
「思ったの……今回の出来事は、わたしの甘えが引き起こしたんだって……」
「甘え……?」
「最近は地球にも降りられなかったし、エンディミオンとも逢えなかった……だから夢の中だけでも、貴方に逢いたかったんだと思う……」

 オレを抱く腕の震えが全身に伝わる。この人は自らの未来を知ったうえで、誰かのせいにすることもなくオレを気遣ってくれている。それは王女として、一人の人間として尊厳あふれる立ち振る舞いだった。

「貴女は……立派です……」
「そんなことないわ……現にこうして貴方に迷惑を掛けているし……」
「いえ、情けないのはオレの方です……貴女の心を救ってあげる方法すら浮かばない……」
「それは……貴方が幸せにするべきなのは、わたしではないということ……」
「えっ……」
「感じるの……この世界に来るのは、これが最後だと……」
「セレニティ……?」
「納得したのだと思う……運命も、未来も……」

 女神のように微笑むその顔を見て、時が止まる。

「どうか、その愛で見つめてあげて……貴方が本当に愛する人を……」
「セレ……」

 言い終える前に、口がふさがる。
 広がるのは、甘く、神々しい感触。
 体も心も包み込んでくれるかのような口づけに、安らぎを感じる。

「さよなら……」

 唇を離し、耳元で囁く別れの言葉。

 それが、最後に聞いた彼女の声だった。
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