このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

聖なる雪が君を照らす

 聖なる夜に降り注ぐ光。

 やっと、君に逢えた。





「じゃあ、今日の五時に商店街の入口でね」
「あぁ、寒いからちゃんと着込んで来いよ?」
「まもちゃんが唇越しに暖めてくれるから大丈夫だよ!」
「人前では流石に……」
「じゃねー」

 オレとの熱いキスを一方的に約束し、上機嫌で電話を切るうさ。公衆の面前だけは回避しようと説得を試みる暇もなく、受話器から聞こえるツー、ツーという音が耳にこだまする。

「参ったな……」

 時刻は四時。商店街へは15分もあれば着く。軽くシャワーでも浴びてから身支度を整えれば丁度いいか。オレは洋服を洗濯カゴへ入れ、浴室へ入った。





「ふぅ……」

 風呂上がりに熱いコーヒーを飲む。十二月の末ともなると、部屋の中に居ても寒さが身をすくませる。

「今までは何だかんだあって、ゆっくりクリスマスを過ごせなかったからな……」

 カオスという脅威を退け、留学も終えて帰国し初めての年末。やっと過ごせる二人だけの時間。オレは恋人とのイヴに心を躍らせていた。

「そろそろ行くか」

 どんなファッションで来るのだろう。予約を入れた店の料理に満足してくれるかな。そして月明かりに照らされた彼女の姿は。

 今日は雲一つない晴天。雪が降らない空はロマンチックさに欠けるが、月が彩る聖夜を君と過ごせることに感謝しよう。そんなことを思いながら外へ出て、鍵をかけた。





「遅いな……」

 商店街の入口に着いて三十分が経つ。つまり時刻は五時半。遅刻魔のうさだけど、今日に限って遅れるとは考えづらい。ついさっき電話で約束したばかりなのに。

「何かあったのかな」

 言い知れぬ不安を抱いたオレは商店街へ入り、辺りを見回しながらうさを探した。

「どこにもいない……」

 時刻は六時。陽も暮れてイルミネーションが煌々と光り始める。こんなことなら通信機を借りてくればよかった。

「通信機……そうか!」

 クラウンへ行けばいい。ルナたちが居るかは分からないが、システムを使えばうさの通信機へ呼びかけることができる。

「待っていてくれ、うさ……」

 オレは駆け足でクラウンへ向かった。





 本日の営業は終了しました。

 閉められたシャッターに貼ってある紙を見て絶句する。どういうことだ、イヴの夜だから客は入らないとでも思ったのか。こういう日こそ独り身の客を引き込むチャンスだろうに。失礼なことを思いつつ途方に暮れていると、聞き覚えのある声がオレの名を呼ぶ。

「あれ? まもちゃん何やってんの?」
「美奈……」

 振り向くと、そこにはアルテミスを抱いた美奈が不思議そうな顔で立っていた。

「今日はうさぎとヨロシクするって聞いてたのに」
「美奈っ! 下品な言い方はよせよ」
「何よ、ちゃんとモルモットに包んで言ったじゃない」
「それを言うならオブラートだ」

 普段なら笑ってしまいそうな漫才も、今のオレには聞いている余裕がない。ここは軽く挨拶を済ませてうさのことを訊こう。

「二人はどうしてここに?」
「ゲーセンで格闘ゲームでもやってスカッとしようと思ったから……でも閉まってるのよねぇ」
「そうか」
「まもちゃんもゲーム……な訳ないわよね」
「あぁ、実は……」

 真剣な表情で向き直った美奈たちを見て、オレは事情を説明することにした。

「へぇ……うさぎったら、また寝坊したのかしら?」
「ついさっきまで起きていたから、それはないと思うんだが」
「なぁ……」
「どしたの? アルテミス」
「待ち合わせ場所は商店街の『入口』なんだよな?」
「あぁ、そうだけど……」
「もしかして、反対側の『入口』で待ってるんじゃないのか?」

 反対側。つまりオレが出口だと思っていたゲート。確かにオレにとっての入口と、うさの考える入口を擦り合わせてはいない。まさか。

「もし、そうなら……」
「今頃、泣いてるんじゃないか?」
「うさ……」
「もう! 何やってんのよ!?」

 美奈に叱られ、呆然とした状態から我に返る。こんな所で突っ立っている場合じゃない。オレはとんでもないことをしでかしているのだから。

「すまない! 絶対にうさを見つけてみせる!」
「まもちゃん!」
「えっ?」
「あたしたちの大切なお姫様を、お願いね……」
「あぁ」

 いつになく真面目な表情で告げる美奈に親指を立てて返す。みんなの大事なプリンセスを、これ以上悲しませたりはしない。オレは反対側のゲートへ走り出した。



「なぁ、美奈……」
「なぁに?」
「今思ったんだけど、美奈の通信機を使ってうさぎへ繋げばよかったんじゃ……」
「あっ……」





「うさっ! どこだ!?」

 もう一つの入口へ着いたが、辺りを見ても彼女の姿はない。

「そんな……」
「なぁ……あんた……」
「えっ?」

 肩を落として息をしていると、近くで屋台を開いている店主のおじさんが話しかけてきた。

「なにか?」
「もしかして金髪お団子の彼女を探してるのかい?」
「ど、どうしてそれを!?」

 オレはうさの情報を握っているであろう男に詰め寄る形で訊き返した。

「いや、三十分くらい入口で泣きそうな顔をしながら立ってる女の子が居たから、事情を訊いたら彼氏が来ないっていうもんでさ」
「そ、それでその子は!?」
「友だちから連絡が来たらしくて、ハッとした顔で商店街の中へ入っていったよ」

 友だち。ひょっとして美奈がオレの状況を通信機で説明してくれたのか。というかバカかオレは。さっき美奈に通信機でうさへ繋げてもらえばよかったんじゃないか。

「すみません! ありがとうございます!」
「あぁ、会えるといいな」

 オレは再び商店街を駆けながらうさを探すことにした。





「あの……おじさん!」
「あれ? 君はさっきの……」
「彼がこっちへ向かったのなら、ここに居た方がいいって友だちに言われて……」
「そうか……たった今、その彼は君を探しに商店街へ戻って行ったよ?」
「えっ!? またすれ違い……」
「困ったね……空でも飛べればお互いを見つけられるのにな」
「空……そうだ!」
「どうかしたのかい?」
「おじさん! この辺で一番高いビル知りませんか?」





「居ない……どこにも……」

 どうしていつもオレはこうなんだ。うさに不安な想いばかりさせて。せめて何か目印を送りあえれば場所が分かるんだが。

「目印……そうか!」

 オレは路地裏へ向かい、タキシード仮面に変身して近くにあるビルの屋上へ跳んだ。

「ここなら……」

 右手にゴールデンクリスタルのパワーを集中させ、掌を空へ向ける。

「届けっ!」

 それはほとんど同時だった。

 金色と銀色の光が空へ放たれ、二つの帯は夜空で再会した。

 交わりながら螺旋を描くそれは、まるで永く離ればなれになっていた恋人同士が抱擁しているかのように映る。

 そして光の帯は融合し、金銀の雪となって街へ降り注いだ。

「あそこか……」

 オレはビルの屋上を伝い、愛する恋人の居る場所へ向かった。





「タキシード仮面」
「セーラームーン」

 どれほど待ち焦がれただろう。彼女の頬には冷たくなったであろう雫が伝っていた。

「お迎えに上がりました、姫」
「遅いよぉ……」

 ゆっくりと触れ合える距離まで近づく。

「ごめんな……」
「うん……」

 オレは人差し指で彼女の涙を拭いながら謝罪の言葉を告げた。

 そして静かに抱き合う。

「逢いたかった……」
「オレもだよ」

 夜空に浮かぶ月が、静寂に包まれた聖夜を彩る。

「綺麗だね」

 街へ降り注ぐ二色の光を指しているのだろう。

 だがオレとっては、この光すら君を引き立たせる演出に過ぎない。

「うさ」
「まもちゃん」

 情熱的に交わる瞳とは裏腹に、冷たくなった体。
 待たせてしまった分、オレのぬくもりで少しでも暖めてあげたい。
 オレは抱き寄せる両腕に力を入れ、唇を重ねた。

 あの時の。
 電話越しの約束をこのタイミングで果たすことになるとは。

 やっぱり、君には敵わない。





「ねぇママ! 見て見て、綺麗な雪!」
「変ねぇ……今日は雲もないし、予報も降らないって言ってたのに……」
「綺麗なんだからいいじゃない」
「そうね……とても素敵な光だわ」



「凄い色の雪だな……ていうか、コレ雪なのか?」
「異常気象かもしれないけど……そんな悪い雪じゃない気がするよね」



「美奈……この金色と銀色の雪、どう思う?」
「雪にしてはアツアツよね」
「全く、戦士の力をこんなことに使うなんて……」
「まぁまぁ、許してあげて? 今日だけはさ」
「……そうだな」
「よかったね……うさぎ」





「ねぇ、まもちゃん……」
「ん?」
「今日はホーリーナイト……聖なるイヴになったかな?」
「どちらかと言えば、ホーリー『ライト』……かな」

 気まぐれな空の代わりにオレたちが降らせた聖なる雪。

 それを運命の恋人が再会するために放った光だと知るのはごく一部の人。

 次会った時にお説教されるかもしれないが、その時は二人で仲良く謝ろう。



 だから今だけは、愛する君と輝きの下で永遠の時間を。



 END
1/1ページ
    スキ