掌のイタズラ
隣で揺れる君の髪。金色に輝く二つの長いしっぽが小動物のようで心が和む。
「ねぇ見て、まもちゃん!」
指さす先はクレープの屋台やお菓子屋さん。
甘い香りに惹かれる君に、魅かれるオレ。
まるで小さな子どものようにキョロキョロとしっぽを揺らす。その仕草が可愛くて、先っちょを掴もうとするけれどスルリと逃げていく。
「もう、髪を持たないでよ」
「すまない、可愛かったからつい……」
「むぅ~」
オレが弁明を言い終える前に、口を尖らせながら頬を膨らませる。
おかしいな。褒めたつもりだったんだけど。
「まもちゃんはあたしより、髪の方が好きなの?」
その言葉を聞いて納得する。それならむしろ、妬いていたのはオレの方で。
「うさはオレより、甘い物の方が好きなのか?」
そう告げると、バツの悪そうな顔をしながら返す言葉を探しているようだった。
しかし、お目当てのセリフが出てくることはなくウルウルと瞳を濡らす。
「まもちゃんのイジワル……」
「イジワル返しだ」
ウインクしながら目を合わせると、うさは泣き顔から笑顔になってくれた。
「この世でまもちゃん以上に好きなものなんて、ある訳ないじゃない」
「……オレもだよ」
見つめあう距離が縮まっていく。そして唇が触れそうになった瞬間、オレたちは周りからの視線を感じて我に返った。
「こ、ここは人が多いな……」
「そう、だね……」
少し残念そうにするうさの手を引いて、その場を後にする。
オレたちはあてもなく川沿いの道を散歩していた。透き通っていた青空は、やがて鮮やかなオレンジとなり影を作る。
「キレイ……」
「夕暮れが?」
「うん……青空も夜空も好きなんだけど、夕暮れは特別なの……」
「特別?」
うさの頬が紅潮していく。それは夕陽のせいか、在りし日を想ってか。どちらかを探る必要なんてない。オレにとってはただ、横顔がキレイだったから。
「聞いてる?」
「あ、あぁ……聞いてるよ」
見惚れていてさっきの話を忘れていたなんて口が裂けても言えない。オレはうさに向き直って、口を開いた。
「それで、夕暮れが特別って?」
「地球からしか見えない色だから……」
それは前世で見た景色。月の王国は青空を表現することは出来ても、四季はない。そして本当の「外」へ出れば、漆黒の宇宙が広がっている。
だからセレニティは地球へ降り立った時にしか夕暮れを見ることが出来なかった。それはひと時の逢瀬の間、本当に短い時間だったかもしれない。だからこそ彼女の心には、その情景一つ一つが刻まれていた。
『キレイな景色……』
『君の横顔の方がキレイだよ』
あの時もそんなセリフを言った気がする。そして君の頬は夕陽より紅くなった。
触りたくても、触れない。その透き通った肌に邪な気持ちで触れてはいけない気がした。オレの手で君を汚したくなかったから。
『あたしの心、とっくにキレイじゃなくなってるのよ?』
『えっ?』
『貴方に妬いてほしくて、言ったから……』
愛しそうに夕陽を見つめる君を振り向かせたくて。
慌てて告げた先の言葉は、君の掌で踊っていた。
『何でもお見通しなんだな』
『……うんっ!』
両手を後ろに組んで、前かがみになりながら軽く跳ねる君。その表情はまるでイタズラが大好きな妖精のようだった。銀色のしっぽは掴めそうにない。
「昔からズルいよね……あたし……」
「オレは……うさが隣にいる時は、君より美しいものは見えないんだ」
「見ないようにしてるの?」
「いや……存在しないと思ってる」
陽が暮れる人気のない道。もうオレたちを遮るものはない。華奢な肩に両手を置くと、トクンと鼓動が伝わる。オレは両腕を背中に回して、触れたら壊れてしまいそうな体を抱き寄せた。
「ねぇ……ここまで計算通りだって言ったら?」
「テストで100点取れるな」
「もぅ」
未熟なオレたちは、これからも互いを支えあって生きていく。
それは諦めとか、無責任ではなくて。
弱さを認めあって、許しあう。
それが等身大のオレたちが育んできた愛だから。
「今なら、掴めるよ?」
「えっ……」
「しっぽ」
ペロリと舌を出しながら、上目遣いでオレを見る。
「それより……欲しいものがある」
「えっ?」
告げると同時に、唇を重ねる。
「んっ……」
何よりも尊くて、儚い時間。
だからこそ一瞬を大切にする。
夕陽より少し落ち着いた薄紅。
その唇から伝わってくるぬくもりは、オレと同じ気持ちだと感じた。
オレたちの影を重ねる川沿いの景色は、いつしか夜の帳が下りていた。
END
「ねぇ見て、まもちゃん!」
指さす先はクレープの屋台やお菓子屋さん。
甘い香りに惹かれる君に、魅かれるオレ。
まるで小さな子どものようにキョロキョロとしっぽを揺らす。その仕草が可愛くて、先っちょを掴もうとするけれどスルリと逃げていく。
「もう、髪を持たないでよ」
「すまない、可愛かったからつい……」
「むぅ~」
オレが弁明を言い終える前に、口を尖らせながら頬を膨らませる。
おかしいな。褒めたつもりだったんだけど。
「まもちゃんはあたしより、髪の方が好きなの?」
その言葉を聞いて納得する。それならむしろ、妬いていたのはオレの方で。
「うさはオレより、甘い物の方が好きなのか?」
そう告げると、バツの悪そうな顔をしながら返す言葉を探しているようだった。
しかし、お目当てのセリフが出てくることはなくウルウルと瞳を濡らす。
「まもちゃんのイジワル……」
「イジワル返しだ」
ウインクしながら目を合わせると、うさは泣き顔から笑顔になってくれた。
「この世でまもちゃん以上に好きなものなんて、ある訳ないじゃない」
「……オレもだよ」
見つめあう距離が縮まっていく。そして唇が触れそうになった瞬間、オレたちは周りからの視線を感じて我に返った。
「こ、ここは人が多いな……」
「そう、だね……」
少し残念そうにするうさの手を引いて、その場を後にする。
オレたちはあてもなく川沿いの道を散歩していた。透き通っていた青空は、やがて鮮やかなオレンジとなり影を作る。
「キレイ……」
「夕暮れが?」
「うん……青空も夜空も好きなんだけど、夕暮れは特別なの……」
「特別?」
うさの頬が紅潮していく。それは夕陽のせいか、在りし日を想ってか。どちらかを探る必要なんてない。オレにとってはただ、横顔がキレイだったから。
「聞いてる?」
「あ、あぁ……聞いてるよ」
見惚れていてさっきの話を忘れていたなんて口が裂けても言えない。オレはうさに向き直って、口を開いた。
「それで、夕暮れが特別って?」
「地球からしか見えない色だから……」
それは前世で見た景色。月の王国は青空を表現することは出来ても、四季はない。そして本当の「外」へ出れば、漆黒の宇宙が広がっている。
だからセレニティは地球へ降り立った時にしか夕暮れを見ることが出来なかった。それはひと時の逢瀬の間、本当に短い時間だったかもしれない。だからこそ彼女の心には、その情景一つ一つが刻まれていた。
『キレイな景色……』
『君の横顔の方がキレイだよ』
あの時もそんなセリフを言った気がする。そして君の頬は夕陽より紅くなった。
触りたくても、触れない。その透き通った肌に邪な気持ちで触れてはいけない気がした。オレの手で君を汚したくなかったから。
『あたしの心、とっくにキレイじゃなくなってるのよ?』
『えっ?』
『貴方に妬いてほしくて、言ったから……』
愛しそうに夕陽を見つめる君を振り向かせたくて。
慌てて告げた先の言葉は、君の掌で踊っていた。
『何でもお見通しなんだな』
『……うんっ!』
両手を後ろに組んで、前かがみになりながら軽く跳ねる君。その表情はまるでイタズラが大好きな妖精のようだった。銀色のしっぽは掴めそうにない。
「昔からズルいよね……あたし……」
「オレは……うさが隣にいる時は、君より美しいものは見えないんだ」
「見ないようにしてるの?」
「いや……存在しないと思ってる」
陽が暮れる人気のない道。もうオレたちを遮るものはない。華奢な肩に両手を置くと、トクンと鼓動が伝わる。オレは両腕を背中に回して、触れたら壊れてしまいそうな体を抱き寄せた。
「ねぇ……ここまで計算通りだって言ったら?」
「テストで100点取れるな」
「もぅ」
未熟なオレたちは、これからも互いを支えあって生きていく。
それは諦めとか、無責任ではなくて。
弱さを認めあって、許しあう。
それが等身大のオレたちが育んできた愛だから。
「今なら、掴めるよ?」
「えっ……」
「しっぽ」
ペロリと舌を出しながら、上目遣いでオレを見る。
「それより……欲しいものがある」
「えっ?」
告げると同時に、唇を重ねる。
「んっ……」
何よりも尊くて、儚い時間。
だからこそ一瞬を大切にする。
夕陽より少し落ち着いた薄紅。
その唇から伝わってくるぬくもりは、オレと同じ気持ちだと感じた。
オレたちの影を重ねる川沿いの景色は、いつしか夜の帳が下りていた。
END
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