花の名
次の日曜。オレは花屋で取り寄せてもらった勿忘草の切り花を受け取り、リビングの花瓶に生けることにした。
「オレはまだ……君に未練を残している……」
うさという恋人がいながら、前世の君を忘れられずにいる後ろめたさが胸を締め付ける。
「もうすぐ、うさが遊びに来る時間か……」
そう思ったのと同時に、インターホンが鳴る。
「まーもちゃん!」
「うさ……上がれよ?」
「うん!」
嬉しそうにリビングへ走るうさを見ながら、キッチンで紅茶を淹れる。
「あっ!」
「どうした?」
珍しく大きな声を上げるうさに驚いたオレは慌ててリビングへ向かった。
「このお花……」
「これが……どうかしたのか?」
花が飾ってある窓際を見ながら、こちらに振り向こうとしないうさに不安が募る。
このまま顔を見ることができないような気がした。
あの時のように。
「……フォーゲットミーノット」
「えっ?」
「自分で調べたんだよ?」
振り向きながらオレを見る君の頬には、一筋の涙が流れていた。
「いつまで経っても、教えてくれないんだもん……」
「うさ……覚えて……」
「あの日を大切に想う気持ちは、あたしも一緒だよ……」
「あ……ぁ……」
ずっと、苛まれていた。
君の後ろに、あの頃の君を重ねていた自分に。
大切だったハズの想い出へ縋りついていた自分に。
「ゴメン……ゴメンな……」
それは誰に対する謝罪だったのだろう。
情けなく涙を流すオレを見つめる君に対してか。
古の恋人への遠い懺悔か。
「まもちゃん……」
「えっ……」
気が付けば、君のぬくもりを全身に感じていた。
「大丈夫……『あたし』は何処にも行かないよ?」
「オレは……君を透かしていたんだ……」
「分かってる……全部気付いてた……」
オレを掴む手がギュッと強くなる。本当にどこまで情けないんだ。
まるで浮気でもしているかのような罪悪感を隠しながら生きていたオレと、全てを受け入れたうえで愛してくれたうさ。
「軽蔑してくれて構わない……オレはセレニティを忘れられなかったんだ……」
「うん……」
「君という恋人がいながら、オレは……」
「話してくれてありがとう……」
「うさ……」
崩れ落ちたオレの目線まで屈み、目を合わせる。
「見てるこっちだって、つらかったんだから……」
「すまない……うさ……」
「すぐに今のあたしを愛してなんて言わない……だけど『真実』には向き合ってほしいの……」
「真実……?」
「あの時の気持ちや願いは、二人とも一緒だったってこと」
うさの瞳を見て、我に返る。
オレは花の意味を知っただけで真実を理解したつもりでいた。
あの日の君も大切に過ごした想い出を忘れないでほしいと願ってくれていたのに。
「あたしは単純だから、今のまもちゃんもエンディミオンも運命の人として愛しているけど……まもちゃんはマジメだもんね……」
君は少しだけ笑いながら、優しく諭すように言う。
そうか。
そうだったんだ。
「……同じ、なんだよな」
「うん……」
エンディミオンとオレ。
セレニティとうさ。
あの日の気持ち。
分けて考えていたのは、オレの方だったんだ。
信じてくれていたのは、今もあの時も。
「ありがとう……」
うさの体を抱き寄せて唇を重ねる。
今のオレなら、心からうさを愛することができる。
王子という立場に嫌気がさしていたオレの前に舞い降りた月の天使。
そして時を越えて再びオレを愛してくれた運命の人。
その全てを、オレも受け入れよう。
もう迷わない。
オレたちは、ずっと一緒だったんだ。
「愛してる……うさ……」
「あたしも……」
もう一度、深いキスを重ねる。
その感触は過ぎ去った想い出とは違う。
今のオレが愛している「うさ」のぬくもりだった。
「ねぇ、エンディミオン」
「何だい? セレニティ」
「この花の名前って……」
「フォーゲットミーノット」
「えっ?」
「『私を忘れないで』っていう意味だよ」
「教えてくれてありがとう……ちゃんと言えたね……」
END
「オレはまだ……君に未練を残している……」
うさという恋人がいながら、前世の君を忘れられずにいる後ろめたさが胸を締め付ける。
「もうすぐ、うさが遊びに来る時間か……」
そう思ったのと同時に、インターホンが鳴る。
「まーもちゃん!」
「うさ……上がれよ?」
「うん!」
嬉しそうにリビングへ走るうさを見ながら、キッチンで紅茶を淹れる。
「あっ!」
「どうした?」
珍しく大きな声を上げるうさに驚いたオレは慌ててリビングへ向かった。
「このお花……」
「これが……どうかしたのか?」
花が飾ってある窓際を見ながら、こちらに振り向こうとしないうさに不安が募る。
このまま顔を見ることができないような気がした。
あの時のように。
「……フォーゲットミーノット」
「えっ?」
「自分で調べたんだよ?」
振り向きながらオレを見る君の頬には、一筋の涙が流れていた。
「いつまで経っても、教えてくれないんだもん……」
「うさ……覚えて……」
「あの日を大切に想う気持ちは、あたしも一緒だよ……」
「あ……ぁ……」
ずっと、苛まれていた。
君の後ろに、あの頃の君を重ねていた自分に。
大切だったハズの想い出へ縋りついていた自分に。
「ゴメン……ゴメンな……」
それは誰に対する謝罪だったのだろう。
情けなく涙を流すオレを見つめる君に対してか。
古の恋人への遠い懺悔か。
「まもちゃん……」
「えっ……」
気が付けば、君のぬくもりを全身に感じていた。
「大丈夫……『あたし』は何処にも行かないよ?」
「オレは……君を透かしていたんだ……」
「分かってる……全部気付いてた……」
オレを掴む手がギュッと強くなる。本当にどこまで情けないんだ。
まるで浮気でもしているかのような罪悪感を隠しながら生きていたオレと、全てを受け入れたうえで愛してくれたうさ。
「軽蔑してくれて構わない……オレはセレニティを忘れられなかったんだ……」
「うん……」
「君という恋人がいながら、オレは……」
「話してくれてありがとう……」
「うさ……」
崩れ落ちたオレの目線まで屈み、目を合わせる。
「見てるこっちだって、つらかったんだから……」
「すまない……うさ……」
「すぐに今のあたしを愛してなんて言わない……だけど『真実』には向き合ってほしいの……」
「真実……?」
「あの時の気持ちや願いは、二人とも一緒だったってこと」
うさの瞳を見て、我に返る。
オレは花の意味を知っただけで真実を理解したつもりでいた。
あの日の君も大切に過ごした想い出を忘れないでほしいと願ってくれていたのに。
「あたしは単純だから、今のまもちゃんもエンディミオンも運命の人として愛しているけど……まもちゃんはマジメだもんね……」
君は少しだけ笑いながら、優しく諭すように言う。
そうか。
そうだったんだ。
「……同じ、なんだよな」
「うん……」
エンディミオンとオレ。
セレニティとうさ。
あの日の気持ち。
分けて考えていたのは、オレの方だったんだ。
信じてくれていたのは、今もあの時も。
「ありがとう……」
うさの体を抱き寄せて唇を重ねる。
今のオレなら、心からうさを愛することができる。
王子という立場に嫌気がさしていたオレの前に舞い降りた月の天使。
そして時を越えて再びオレを愛してくれた運命の人。
その全てを、オレも受け入れよう。
もう迷わない。
オレたちは、ずっと一緒だったんだ。
「愛してる……うさ……」
「あたしも……」
もう一度、深いキスを重ねる。
その感触は過ぎ去った想い出とは違う。
今のオレが愛している「うさ」のぬくもりだった。
「ねぇ、エンディミオン」
「何だい? セレニティ」
「この花の名前って……」
「フォーゲットミーノット」
「えっ?」
「『私を忘れないで』っていう意味だよ」
「教えてくれてありがとう……ちゃんと言えたね……」
END
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